肆章外伝 【出立】


太平洋の真ん中に、一つの物体が浮き上がった

それはその巨大さから『大陸』と名付けられ、様々な組織がそれを奪い合って殺し合いを繰り広げた

その戦いの果て、ついに勝利者が決まり、長き戦いは終わりを告げた

その戦いで、傭兵と呼ばれる人間達もいた。が、戦争を飯の種とする彼らは、戦いが終わると仕事がなくなる。大陸から離れなければならないのだ

傭兵達が大陸から去る時が近付いてきていた












四本足の人型機動兵器がゆっくりとコンテナを抱えて歩く。行き先は壊滅した集落だ

大陸の勝利者が最後の依頼として傭兵に頼んだのは、復興の手伝いであった。長く長く続いた戦乱で完全に疲れきった大陸の人々に、生きるための活力を求められないのだ

ならば仕事熱心な雇われ連中を頼らねばならない

四本足の機体デストロイア改の他にも、何人かの同じ様な傭兵達があくせく働いている

なにせこれがこの土地で最後の仕事だ。意外と報酬額も仕事の割に色目が付いているし、断る理由もない それに物運びくらいしかやることもないので、皆こぞってやっている

彼らの機体の足下から土埃が舞い上がり続ける。休み無く歩き続け、傭兵達は仕事に没頭していた

「アレックス、休憩は良いのか」

デストロイア改のコクピット、無線通信機から凛とした声がパイロットを呼ぶ

「そうですね、これをここに置いたら少し休みます」

アレックスはそう答え、言葉通りにコンテナを近くの草むらの上にゆっくりと置いた。中身は非戦闘員のための復興物資だ、雑には扱えない

足を折り畳んだ四足の人型機動兵器のコクピットハッチが開いた。中にいるアレックスは外気を肺いっぱいに吸い込み、吐き出した

深呼吸を終えると、メアリが水筒を持ってコクピットの前に立っていた

「飲め、もう一仕事したら食事も持ってくる」

それを見たアレックスは慌てた。メアリ・クロードに軽いとはいえ作業させてしまったからだ 

メアリには安静にしてもらわねばならない理由があるのだ

「メアリさん、手術の影響が・・・」

「寝たきりになっても早く死ぬ。なら少しでも悔いのない生活をしたい」

メアリ・クロードは普通の人間とは少し違う

彼女を、ある企業が実験と称して人為的に、それも本人の肉体を考慮せず強化改造した。大陸で仕事をし始めた頃は全く実験の副作用のようなものが現れなかったが、今になってそれが出現し始めた

しかし、残念ながら、治療の方法などない。彼女は体の根本的な部分まで普通とは違うモノとされてしまっていた。それにリハビリテーションでどうにかなるレベルの症状ではなく、メアリの余命は長くはない

「傭兵が必要なくなったから、気が緩んだのかもな」

時に彼女は、そう言った

元々大陸の傭兵というものは命を省みない刹那的な者達である。金のために殺し合い、鉄の棺桶で己から命を晒す職業である

彼女からすれば、今更死ぬことになってもそこまで気にはしていない

むしろ遅いとすら、往生際が悪かったとも思っていた

「どうして立てたり料理したりできるんですか、無理も度が過ぎてますよ」

「気合いだよ、これくらいは傭兵なら普通さ」

水筒の中身は牛乳ベースのフルーツミックスジュースだ

普通の飲み物より手間がかかるはずだ。だが、メアリはそれでも作業に走り回るホーネットクルー全員分、あまつさえお代わりまで用意している

それを、手作業で渡して回っている 健康な成人男性でも少々耐えきれないものがあるだろう

それを、彼女は、

「さて、アリシオンに戻る。手が足りないなら呼べ」

人型機動兵器を操縦しながら配達をしている。無論、物資コンテナの輸送の片手間だ

「敵わないなあ」

苦笑して、アレックスは一つ言った

「『外』で落ち着いたら、そばで看病位させてください」

背を向けようとしたハイパーアリシオンが足を止めた。通信機からやはり凛とした声が聞こえた

「プロポーズにしては下手だな?」

「俺じゃ釣り合いませんよ、ハハ」







「プロポーズにしては下手だな?」

いつからだろうか、こんな軽口が言えるようになったのは。そう、ホーネットに拾われてからではなかったか

彼らには心の底から感謝している。体はもう人間とはかけ離れていたが、人間らしさは取り戻せた

それに、教え子とも言える人間も手に入ってしまった

メアリはアレックスの機体を見た。彼が父から受け継いだものだ

その切欠は、父の死だ

そして父を殺した相手は、ホーネットから寝返った『死神の傭兵』だ。だが、アレックスは仇討ちなど微塵も考えなかった

父の遺言と遺品を受け継ぎ、ぱったりと未練を捨て去ってしまったのだ

切り替えが早いとも言える。だが、そこまでの早さで切り替えることなど普通はできるものだろうか

その答えは、この依頼の遂行中にわかった

「次のコンテナはこれか!?どこに持ってけばいい!」

「一キロ先の村だ、食料不足で弱ってたぞ」

「わかった、全速で向かう!」

情が深いのだ、アレックスは

情が深いからこそ父の意思を汲み取って、仇討ちではなく『仲間の仲間を取り戻す』ため死神と戦ったのだ。情が深いからこそ、依頼者の旧白虎帝国のために一歩も引くことなく戦い抜いたのだ


「傭兵として強く生きろ。仇討ちなんか考えるな、運命は必ず来る」


それが、アレックスの尊敬する父マイケル・ジョンソンの言葉

彼は父のその言葉を踏みにじることなく確かに聞き入れ、新たな仲間であるホーネットのメンバーのためにデストロイアを受け継いだ

「成長したものだ」

どことなく、デストロイア改の背が頼り甲斐のあるものに見える。マイケルとはまた違った強さだ

「世話になっても・・・いいかもしれんな」

微笑むメアリは、これから先のコトを考え始めた

まだ見ぬ未来を考え始めた

















「このファイルは、そこね。うん、そう、その引出しの中に置いて」

金髪の可愛らしい女性が、ビジネスデスクのチェアに座りながらパイロットスーツの男性に指示を出している。本人も書類に色々書いたりして仕事をしていた

てきぱきと作業をしながら、パイロットスーツの男はふと時計を見た。昼時を回っていた

「もう、こんな時間かぁ・・・少し休もっか?」

女性の一言と同時に、男も今やっている仕事に一区切り付ける。たった今渡されたファイルを棚に入れただけだが

二人はビジネスデスクの後ろにあるドアノブを回し、その部屋に入った。ソファとラジオとやや大きめのテーブル、そして簡単なキッチンが備え付けられたそこは、給湯室兼休憩室だ

ソファに早速身を沈ませ、ミシェル・レイクはゆっくりと伸びをした。綺麗なブロンドがさらりと揺れる

冷蔵庫から冷えたジュースといくつかの食材を取り出したパイロットスーツの傭兵は、厨房で作業を始めた

それを、ミシェルはじっくり眺める

彼を眺めるだけで、幸せだ。一緒にいることをしっかりと認識できる

目の前で自然に振る舞ってくれる。それがとても嬉しくて、そして満足だった 

少々気持ち悪いだろうか。でもミシェルは傭兵を見つめ続けた

「あ、出来た?ありがとう。ごめんね作らせちゃって」

十数分後には、簡単な料理がいくつか並んでいた。所々狐色のベーコン、つやつやのスクランブルエッグ。インスタントのコーンスープとロールパン

ほうれん草ときのこのソテーからは香ばしいバターの香りがする。その隣の小鍋は久しく見る料理だった

「これ、お汁粉?」

黒に近い赤の小豆汁に、白い餅のようなものがいくつか浮いている。インスタントにしては白玉の大きさが少し不揃いだ

「手作りなんだね、これ・・・おいしそう」

笑顔で料理を口に運ぶ。汁粉はデザートに取っておくことにした

メニュー的には昼食というより朝食だが、文句など出ようはずもない

ミシェルにとって、そして目の前の死神にとって、こうして一緒に食べていることに、意味はあるのだから

「うん、おいしい。私より、料理が上手なんだね」

一口二口食べて、素直な感想を言ってみる

食事の暖かさも、その味も、疲れた体にはよく染みる

大体の皿が空になった頃、ミシェルはお玉に掬った小豆のスープをコップに注いだ

目を閉じて、唇で小さな輪っかを作り、息を吹く。少し長めに吹いて、一口飲む

「お汁粉も、甘くてすごくおいしいわ」

ややしつこいが優しい小豆の匂いと、舌触りのいい白玉が口を癒してくれる

しかしミシェルは、一杯で飲むのを止めてしまった

「私はもういいよ。ラドリー達の差し入れにしよう?」

それを聞いて、死神はまず後片付けを始めた。料理を一人でさせてしまったので、片付けくらいはとミシェルも手伝った

少しすると、一つの皿を取るときにお互いの手が触れあった。一瞬固まったが、

「大きいね、このお皿」

ミシェルの一言で、二人で一緒に持つことにした

恥ずかしそうにはにかみながら、ミシェルは右側を持つ。手を伸ばし、傭兵は左側を持つ

別に二人で持つほどの大きさではない、が、

互いに、どちらから言うまでもなくそうした














小鍋を持った死神の傭兵が整備ドックへ向かう

そのとなりを、紙コップやプラスチックのスプーンをいくつか重ねて持ったミシェルが着いていく

落とさないように、指輪をはめた左手でやや強めに持つ

唐突に、ミシェルは輸送機の窓から外を眺めた

砂漠の荒野が見えた。静かに風が吹いている

少し前までは、彼はあの地を慌ただしく飛び続けていた。魂を刈るためである

しかし、もうその必要は無くなってしまった

ここから、大陸から、去るときが来たのだ

命の危険もいくつかあったし、辛いことだらけだった。しかし

なぜだか、感慨深いものを感じた、気もした

「・・・あっ、ごめんね!」

振り返ったパイロットスーツがミシェルを待っていた。気付いた彼女は申し訳なさそうに謝った

少し駆け足で追い付く。それまで死神は、ミシェルを待ってくれていた

未開の大陸で、死神はもう飛ぶことはない

彼女を待つだけである

そう、ずっと一緒にいると誓った彼女を


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