第53話

 お昼の腹ごしらえを済まし、ウィンドウショッピングと合わせて、もう一度町の中を見て回ってみた。

 戦闘員は五人。その中に纏がいることはどうやら確実みたいなので、希望をかけてみたわけで。

 天童守人と御影蘭と纏。三人グループで行動をしているのか、単独行動をしているのかは分からない。

 蘭と纏は年が近そうだったので、カップルを装っているのかもしれないし、守人と纏は親子でもあるので、家族連れのような形でいるのかもしれない。

 というのが、私なんかよりも遥かに頭のいい茜ちゃんが考えてくれた。

 午前中よりも捜索の仕方が変わって、ターゲットは三人組の親子かカップルで探してみる。別々の場合はもう無視。人も多いし、一番見つけづらそうだったから。

 そんな感じで進めて意外とイケそうと楽観的にいたのが間違いだった。

 帰宅で浮足立っている会社員と仲良さそうに雑談に余念がない学生が町を埋め尽くしていき始めた。

 さすがに人が多くなりすぎて、一気に捜索が困難になってしまったので今日のところはこれで終わることとする。キリがいいところで引き上げるのも大事だよね。

 ゾンビのようにズルズルと足を引きずって、ホテルの部屋へと帰ってくる。


「あれ? 緋真さんはまだ戻ってないみたいだね」


 真っ暗な部屋に照明をつけて、ベッドに腰掛ける。半日ぐらい歩き回って、疲れが限界まで来ている。筋肉痛とかになったらどうしよう。


「どうやら、帰りは遅くなりそうですよ」

「へ? そうなの?」

「はい。ここに――」


 机に置いてあった一枚の紙きれを取り上げて、ざっと流し読みをした茜ちゃんが紙をひらひらさせる。


「「先にご飯とお風呂に入って、休んでおくのよ。寒いからしっかりと温まってから、夜更かしはしないこと!」 と書いてますね」


 緋真さんっぽい口調で茜ちゃんは短く読み上げる。地味に上手い。


「ふーん。そういうことなら先に休ませてもらおっかな。……はぁー疲れた」


 ベッドに大の字で転がる。ふかふかの弾力が心地いい。


「先にご飯にします? お風呂にします? どちらでもすぐに行けますよ」


 ほほう。どちらでも行けると……。理想の主婦像がそこにはいた。といってもどちらも可能にしてくれるのは茜ちゃんでも誰でもないホテルの従業員なんだけど。

 ありがたいことに選択肢を用意してくれたが、茜ちゃんはもともと体力があまりないこともあって、疲れた顔がありありと窺がえる。となれば、お風呂から行くべきか。


「じゃあとりあえずは――て、何してるの?」

「彩葉ちゃんがどちらを選んでもいいように、準備はしっかりとしとかないといけませんから」


 さっきからガサゴソと漁る音が聞こえるなと思いきや、ちゃっかりと私と茜ちゃんの分の着替えが用意されていた。

 それはあれかな? 食後のあとでもすぐにお風呂に行けるように準備をしてくれているのかな? そんなわけないよね。

 二択のはずがいつのまにか一択になってるよ。


「お風呂にしとこうかな」

「はい! そうですね。そうしましょう!」


 顔が綻んでいるよ。よっぽど、入りたかったのか私の手を引っ張って連行された。

 ああ、これが誘拐される児童の気持ちか。



 まだ早い時間でもあって周りに人はいない。完全に貸し切り状態だ。

 人目に付かないことをいいことに、洗いあいなんてしてみたり。

 思えば、茜ちゃんと二人きりで入浴するなんて出会った小学校四年生以来となる。お互いに成長した体。私の方が遅れ気味なような気がするのは置いておこう。

 たっぷり長風呂を堪能した後は、彩り豊かなホテルの晩ご飯。

 バイトをして昼休憩の時以来に二人きりでの食事。ここ最近は、緋真さんを含めて三人で食べることが続いていたから、寂しさもあった。

 それを紛らわすように、他愛のない話やウィンドウショッピングの感想なんかで花を咲かす。

 それは、数週間前まで当たり前だったような日常。久々に思い切り、素を出せた一日となった。



 pm21:00


 一日が終わりへと近づいていく。夕食も取って、入浴も取ってあとは寝るだけとなる。

 今日一日は何も得る物はなかったはずなのに、気持ちはどこか充実感に満たされていた。


「こんなことを言うのも変だけど、なんか今日は楽しかったな」

「一応、人探しが目的だったのですけど、久しぶりに羽を伸ばすことが出来ましたので、私も楽しかったですよ」

「結局見つからなかったけどね。……一体どこにいるのかなぁ」


 窓から映る照らされた町並み。地元では見れない光景だ。


「今もこのどこかで私たちを探してたりするのかな?」

「戦闘員の活動が激しくなる時間帯が、人気の少なくなる深夜だそうなので、これからだと思いますよ」

「そっか」


 近いのに遠い。ここから姿が見えたらいいのに。

 そうしたら、飛んで会いに行けるんだけど。


「次は、皆揃って今日みたいな日が送れたらいいね」

「ウィンドウショッピングをですか?」

「うん。そう。絶対楽しいよ」

「私たちだけが盛り上がって、纏くんと覇人くんが退屈になりそうですね」

「あの二人なら付き合いもいいし、付いてきてくれるって。それに、買い物は女の子が振り回してしまうものじゃない。それで、退屈させずに楽しんでもらえるようにすればいいだけだよ」

「えー、それはちょっと違うと思いますよ。男の子を疲れさせるだけじゃないですか。ちゃんとお互いに行きたいところを決めてから回るべきですよ」

「そっかなぁ」

「そうですよ。女の子同士なら遠慮はいりませんけど、男の子もいるのなら当然です」


 こういうことは女の特権みたいなやつが発動できる唯一のタイミングで間違いなしのはずなのに(私の主観ではだけど)、茜ちゃん的にはそうでもないみたい。


「茜ちゃんって、早めに結婚とかできそうだよね」

「私が……ですか? 彼氏もできたことがないのにできるでしょうか」

「茜ちゃんのことをずっと見てきたから問題ないって。なんだったら私がもらってもいいし」

「女の子同士じゃないですか」

「愛は性別の壁を超えることも出来るんだよ」

「すごいですね。愛って。気持ちは嬉しいですけど、相手は男の子がいいですね」

「速攻でフラれたっ!」


 部屋に笑いが溢れる。いつまでも続くはずの時間がここにはあった。

 一しきり笑い合って、部屋を見渡す。

 ここにはいないもう一人、新しい友達? 知り合い? 人生の先輩? が増えた。みんなとも仲良くしていけるはず。そうすれば今以上に楽しくなりそう。


「まだ時間もありますし、もう少し帰ってくるまで待ってみませんか?」

「ほどほどにしとかないと、緋真さんが怒りそうだから日付が変わるぐらいまではそうしてよっか」


 早めに休むようには言われていたけど、十分に起きていられる時間でもあった。



 Am1:00


 日付が変わって一時間が経った。

 もう、帰るだろうと辛抱強く待ってはみたものの、とうとう緋真さんは戻らなかった。


「いくらなんでも遅すぎるよね」

「なにかあったのでしょうか」


 遅くなるようなことを書いてはいたけど、ここまでとは。

 昨日、今日で戦闘員が入ってきていることは緋真さんも知っていることなのに、さすがに心配になってくる。


「探しに行ってみよっか」

「危険ですよ。深夜は戦闘員が仕掛けてくる時間帯でもあるのですから」

「まあ、そうなんだけど。ここにいても朝になるまで眠れそうにないし」


 なにより落ち着かない。


「……そうですね。私も同じ気持ちですし、行ってみま……しょ……う――」


 茜ちゃんが反応したことに、私も一緒にその理解できる力に反応する。

 濃密で重厚な気配。薄汚れた力の源。同志だけが分かってあげられる荒い瘴気。


 これは――魔力だ。


「もしかして――緋真さんっ!」

「ここからそう遠くはなさそうです!」


 ほとんど明かりが消えていて、はっきりとは分からないけど、多分公園の方だ。 吸い込まれそうな黒色に、浮かび上がる紅蓮が太陽のように映えている。まるで真下に宇宙が構築されたみたいな光景に――


 彼女はいる。


「すぐに行こう――」


 緋真さんが襲われている。躊躇なんてしてられない。


「――っ! 彩葉ちゃん待ってくださいっ!!」


 静止の叫びと共に茜ちゃんが身体に覆いかぶさり、地面へと勢いよく押し付けられる。

 その間もない瞬間に窓ガラスの破片が飛び散り、刃のような残骸が散乱する。


「怪我はないですか?」

「あ、うん。大丈夫。それよりも何があったの?」

「狙撃です」


 遅れて理解する。小さく空いた穴と波紋のように広がる窓のひび。どうやら、間一髪のところで助けられたらしい。


「もうここはばれているみたいです。急いでここから出ましょう」


 立ち上がると同時にもう一発銃弾が流れ込んでくる。

 地面にめり込み、茜ちゃんから血が流れていないところをみると、外れているようだ。良かった。

 それも束の間の安心でしかない。

 もたついていたらハチの巣にされてしまう。急がなければ次が来てしまう。

 小さな処刑場となったこの部屋にいつまでも隠れていたってしょうがない。

 目測だけでも出口まではそう遠くない。次が来る前に逃げ切ってやる。


「茜ちゃん――!!」


 命に瀕した私の足は、おそろしいまでの瞬発力が発揮される。

 電動でアシストされているかのような軽さで、硬直していた茜ちゃんの手を取る。

 眼前には行く手をふさぐ扉。いちいち開ける時間が煩わしくてしょうがない。こんなものついてなければいいのにと初めて思った。


「私に任せてください」


 茜ちゃんは空いたもう片方の手から魔力を練り上げると球体の形へと留めた。



 ――――壊ッ!!



 最小限の被害で抑えられて穿たれる障害。音を立てて原形を留めきれなくなった扉。その視界から消え失せた先に待つ射程外ろうかが安全圏。

 撃ち殺してやるという殺気を漲らせた銃弾が、急かすように追いかけてくる。


 行くんだ――! 立ち止まっていたら狙い撃ちにされてしまう。


 疾く動き出した体は前へと進むことに戸惑いを見せない。

 左手に茜ちゃんの手をしっかりと握ったまま、開けた大穴でぐちに駆け込んでいく。

 前に広がった廊下の壁に銃弾が直撃した音を最後に、ホテルからの脱出に成功した。

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