第47話

 近場の公園のベンチに座って一休み。

 ざっと見ただけでは、私の近くにある時計塔の公園よりは遊具が多いような気がする。ど真ん中に時計塔がない分そう見えるだけなのかもしれないけど。


「あまーい! おいしーい! こんなおいしい物ならいくらでも食べれちゃうよ!」


 横ではがっつくようにたい焼きをほおばる月ちゃん。

 安い出費でそんなにも喜んでもらえるとは。買って良かった。

 結局、お昼前だと言うのに我慢できずに私も一個買ってしまい、かじりつく。

 ちなみに私はあんこで月はカスタード。


「お姉ちゃん。もう一個頂戴っ!」


 月ちゃんはこれがお昼ご飯となるようで、二つ買ってあげた。ちなみに二つ目もカスタード。


「そんなに焦らないでってば。……はい。って月ちゃん顔にカスタードついてるよ」

「え? どこ?」


 私の右頬辺りを指で指し示してこの辺りだと教えてあげる。すると、月ちゃんは何故か左頬を舌で舐め取ろうとした。当たり前だけど、全然届いてない。


「それじゃ、届いてないよ。ちょっと待って」


 ここで乙女の必需品であるポケットティッシュを取り出す。まあ、薬局で風邪だと分かっておまけでもらったやつだけど。それは内緒で。

 月ちゃんは礼を言って、ティッシュを二枚ほど抜き取ると、同じく何故か左頬を必死で拭いている。

 その姿が可愛くて、暖かく見守りたい気持ちになってくる。


「あれ? と、取れてないっ?! もしかして――お姉ちゃん騙したでしょーっ!」

「だましてないよ」

「だって笑ってるもん! お姉ちゃんのイジワル」


 ついつい顔に出てしまったみたいで、月ちゃんは少し不機嫌。


「月ちゃんそっちは左だよ。ついているのは右だから逆を拭かないと」


 反対側の頬を教えてあげると、月ちゃんは疑り深く拭くと黄色いカスタードが取れた。


「あ、あれ? お姉ちゃん右側だって言ってたのに、なんで左についてるの?」


 そんなことは一言も言ってないんだけど、なんて純粋な子。


「なんでって言われても鏡みたいなもんだよ。月ちゃんの右側についていたから右の頬を触ったけど、月ちゃんから見たら左側についているように勘違いさせてしまったみたいだね。ちょっと……分かりづらかったかな?」

「? そんな難しいことはよくわかんないもん」


 口で右側についているよって教えた方がよかったかな? 右を触って教えたから、月ちゃんも右側だと思ってくれているんだと思ってたんだけど。


「ごめんごめん。これでも食べて機嫌直してよ」


 たい焼きを差し出すと、そのままかぶりついてきた。まるで獲物を見つけた小動物の様に。なんだか餌付けしているような気分にもなった。

 やがてしっぽの方までたどり着くと、身の危険を感じ取る――。


「びっくりした! 私の手まで食べる勢いだったでしょ。いまの」

「えへへー。さっきの仕返し」


 仕返しどころか倍返しぐらいの勢いがある行為だったような気もするんだけど。

 ともあれ月ちゃんはお腹が膨れたこともあってか満足そうにしている。とするならば、本題にそろそろ入ってもいい頃だろう。


「ねえ、月ちゃん。話って何の話なの?」

「うん。月のお仕事のことだから、あんまりしゃべっちゃダメって言われているんだけど、いま、ある魔法使いを探しているんだ」


 汚れたティッシュを丸めて、たい焼きの入っていた紙袋に入れながらあっさりと話してくれる。


「魔法使いって、私たちじゃないんだったら誰? ……もしかして緋真さんのこと?」


 屋敷前のときは、明らかに緋真さんだけ集中的に狙っていた。

 私と茜ちゃんは全く眼中になかったことから、今回も緋真さんを追って来てのことになるんだろうか。

 多分、私と緋真さんが一緒に行動していることなんてお見通しだと思うけど、あまり色々話さない方がいいかもしれない。


「いまは……違うよ。月は強い戦闘員だから、いろんな魔法使いと戦わくちゃいけないんだ」


 冒頭の重く強い口調。諦めているというわけではなさそう。

 一時的にターゲットから外してもらえているみたいだけど、安心は出来ない。

 もしかすると、あの魔法使いのようにとばっちりで狙われるかもしれないんだ。


「いまは……かあ。じゃあ、どんな魔法使いかな。A級戦闘員の月ちゃんが戦わないといけない魔法使いだったら、相当危険な魔法使いだってことでしょ」


 危険はあるかもしれないけど、戦闘員の事情を知るまたとないチャンスだし。ここは上手く話しに乗って、せめてどんな奴を目的にしているのか情報を抜き出しておいた方が対策も取れるというもの。


「すっごく危険な魔法使いだよ。でも、顔も見たことがないからどんな魔法使いなのか誰も分からないの……」

「え? なにそれ。それだと探しようがないんじゃないの」

「うん。だからお姉ちゃんだったら知っているかなって気になっちゃったんだ」


 そんなこと言われても、私が知っている魔法使いなんて茜ちゃんと緋真さん。それに屋敷前で会った覇人と綺麗なお姉さんしか心当たりはない。

「月たちの間では『回収屋』って呼んでいるだけど、お姉ちゃんは聞いたことがないかな?」

「ないね。それに私って魔法使いになってから一か月も経ってないから、あまり裏の事情とか聞いたことがないしね」

 期待の当てが外れたのか残念そうにしている月ちゃん。

 アンチマジック。その魔法使い殲滅部隊である戦闘員ですら把握できてない魔法使いなのだから、同じ魔法使いである私なら何か知っていると思ったわけなんだね。


「でも、回収屋って何かゴミ集めしている人みたいな呼び方をするんだね。ほら、丁度あんな感じの人みたいに」


 たまたま通りかかっていた清掃員のような人を例えに出してみる。


「お姉ちゃんの言っていた通り、回収屋は魔法使いを回収する魔法使いだよ。丁度あの人みたいに回収してどこかに連れて行っちゃうんだよ」

「それって人さらいなだけなんじゃないの」


 まさかの誘拐犯だったとは……。魔法使いとか関係なしで、結構やばいことをやってそう。


「ううん。ちがうの。回収屋は月たちがやっつけた魔法使いを奪っていっちゃうんだ。おかげでたくさんの戦闘員が被害に遭っちゃって大迷惑になってるの」

「そりゃ大変そうだね。――あれ、でもちょっと待って。戦闘員にやられた魔法使いを回収しているんだったら、どこが悪い魔法使いになるの。ただ、仲間を助けに来ているってことになるよね」

「違うの。お姉ちゃんたちだったらいい魔法使いになっちゃうけど、月たちにとっては、戦闘員を殺してでも連れて行く悪い魔法使いなんだよ」


 ああ、そうか。魔法使いの思考からしたら、味方になるんだけど。月たち戦闘員からしたら、殲滅した魔法使いを敵側に取られるということになるわけだ。

 人間と魔法使いの相違の見解ってことになるんだ。私もこういう考え方にたどり着く辺り、すっかり魔法使いとしての自覚が出てきているのかもしれない。


「最近はあんまり活動しているお話は聞かなくなっちゃったんだけど、少し前だったらいきなり研究所を襲ってきたこともあるんだよっ」

「け、研究所?! それがどんなところなのかは知らないけど、回収屋って魔法使いは一人でしょ。もしかして、桁違いにヤバい奴なんじゃないの?」


 予想していたレベルを超えてそうな魔法使いかもしれない。

 A級の月ちゃんが討伐の指示を出されているぐらいだから、軽く緋真さんと同じぐらいの強さはあるってことじゃない!?


「だから月みたいなA級以上の戦闘員しか戦っちゃダメって言われているの。それ以下の戦闘員の人たちはみんなやられちゃっているから」

「月ちゃんはさ、そんな魔法使いを見つけたらどうするの?」


 言って気づく。どうしてこんなことを聞くのだろう? 月ちゃんは戦闘員で敵のはず。

 答えなんて分かっている。けど、私よりも年下の女の子が緋真さんと同じぐらいの魔法使いを相手に無事でいられるわけがない。

 私はこの子にどうしてもらいたいんだろう。


「もちろん――――殺すよ」


 一瞬、戦闘員としての月ちゃんの姿が現れた。どちらが水蓮月なのか。無邪気な顔と死を運ぶ顔。豹変した、というよりは。表裏一体って言った表現の方が近い。

 傍にいるだけではっきりと伝わる明確かつ、底冷えする驚異的な死の気配。どこに向けられているのかも分からない。目に見えない敵に対するソレは、周囲にも伝播していた。


 散歩途中の猫。


 木々で安らぎを得ていた雀が一目散に蜘蛛の子を散らすように去っていく。


 敏感にとらえる柔肌を持つ赤ん坊が、たまたま通りを過ぎただけで泣きじゃくる。


 これが――A級。


 だけど、そういうことは関係なく。こんな、普通にしていたら可愛らしい女の子が物騒なことを言っていることに対して、怯む。

 何か間違っている。そんな気がする。だから、私は。


 この子を、否定する――!!


「どうして、月ちゃんがそんなことをしないといけないの。もっと、女の子らしく普通にしていたらいいじゃない。その手を殺人に染める必要がどこにあるの?」

「――え? それは、月が戦闘員だから。みんなが笑顔でいられる楽しい暮らしができますようにって。だから、月が頑張らなきゃいけないんだもん」


 それは本当にあなたのやりたいこと? そう問いただしたくなるようなぐらい、自分に課した使命のようなニュアンスが含まれていた。


「みんなが笑顔になるぐらいなら他にも方法があると思わない? 例えば、さっきみたいに月ちゃんが笑って、はしゃいでいてくれるだけで、皆ハッピー、私もハッピーな気持ちになったよ。ま、私の手を齧ろうとしたりと、お茶目な所もあるけど、それも含めて愛らしいと思うし」

「違うのっ。月は、みんなを笑顔にしたいわけじゃないの。みんなが悲しむ顔から守ってあげたいだけだもん。月にはそんなことが出来る力があるんだから、そのために戦わなくちゃいけないの!」

「そういうことは、大人の役目だよ。月ちゃんはまだ中学生ぐらいでしょ。私がそのぐらいの年の時なんて、まだ遊び盛りな年頃だったよ。だから月ちゃんもそれらしく、無邪気にはしゃいでいていいんだよ」


 少なくとも、中学生で仕事とかそういうことは何も考えないもの。

 ――違う。考えたくないものである。


「月は、アンチマジックのみんなのおかげで楽しくやっているからいいの。それに、お姉ちゃんだってアルバイトをやってたって知ってるよ」

「私は高校生だからいいの。あのね、高校生っていうのはね、大人への階段を上り始めている年頃だからね。そりゃ、大人ぶってみたくなるよ。大きくなれば分かることだってあるんだよ」

「なによ。お姉ちゃんったら急にえらそうにしちゃって。いいもん。月は好きでやっていることなんだから、お姉ちゃんには関係ないもん」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 少し、言い過ぎたのかもしれなかったかな。これが大人げないというやつか。


「そうだね。私には関係なかったね。だから、これは私のお願い」

「お願い? 月が魔法使いを殺すことを止めてほしいってこと?」

「魔法使いを殺すということに否定するつもりはないよ。私たちが勝手に後ろ向きになって、魔に憑りつけれただけなんだし。それで騒いで、魔法を使って、誰かに迷惑をかけているんだから。アンチマジックはそんな私たちから、一般市民を裏から守っている立派なことだと思うよ」


 そう。全て私たちが悪い。魔法使いは強力な、怨み、妬み、怒り、殺意、嫉妬や精神が不安定になるような負荷がかかって、魔法使いに堕ちている。一度はそんな感情に魅入られたからこそ、こうして危険な存在となり果ててしまったのだから。すべては自己責任。誰の所為でもなかった。

 やり方はひどくても、アンチマジックのやっていることは間違ってない。


「だけど、月ちゃんが戦闘員をやるにはまだ早いと思う。子供は子供らしくしているのが一番ってね。そうしたら、月ちゃんとももっと仲良くなれそうなのになあ」

「たしかに。お姉ちゃんと仲良くするのもとっても楽しそう。……でも、月はいまの生活や、アンチマジックのみんなが大好きだから、お姉ちゃんのお願いは聞けないよ」

「……そっかあ。うん。じゃあ、しょうがない」


 これ以上言うのはよそう。アンチマジックとして、戦闘員としての生活に慣れ過ぎている。私の知らない世界で長く生きてきているせいだろう。

 たかだか裏の世界に入って数えれる程度の日数しか経っていない私には、想像も出来ないことを見て、学んできている。

 だからこれ以上のことは私がもっと裏社会に馴染んで、月ちゃんと同じ土俵に立てた時――言えることなのかもしれない。

 その時が来るまで、おあずけにしとこう。


「そろそろ行くね。お姉ちゃん。お仕事もしなきゃダメだし、月の保護者も来ちゃった」


 おもむろに椅子から立ち上がった月ちゃん。

 釣られて私も立ち上がる。すると、公園の入り口から一人の男が入ってきた。


「……勝手にうろちょろするなよ。探す手間が増えてめんどくせえだろ」

「殊羅がなかなか起きてくれないのが悪いのー!」


 前見た時と変わらない。気だるげで覇気の感じられない風貌にもかかわらず、圧倒的なまでの戦力の威圧感を感じさせる。S級戦闘員という肩書を持っている男。


「――神威殊羅。月ちゃんが来ていたから、もしかしてとは思ってたけど、やっぱりいたんだ」

「ん……。ああ、そっちはしばらく見ない内に顔つきだけはマシになったようだな」

「おかげさまで、ここまで来るのに苦労したからね」


 嫌味っぽく言ってみる。実際大変だった。人生で初めての経験で得難いこともあったけど、二度は体験したくない数日を送ってきたわけだし。


「それで、月ちゃんから聞いたけど、私たちのことは見逃してくれるってことでいいんだよね」

「まあな。こっちは別の要件で動いているもんでな、さして興味があるわけでもないから、好きなようにすればいいぜ」


 嫌な言い方をするなあ。興味って……嬉しいような嬉しくないようななんとも複雑な気分にさせてくれる。


「そうそう……って、あーっ! 殊羅! お仕事だよ。回収屋をさがさなきゃっ」

「人探しならお前ひとりの方が上手くやれるだろ。子守りも意外と楽じゃないんだがな」

「一緒じゃないとダメって言われているからしっかりとやらなくちゃ。怒られちゃうんだよ」


 うーん。これだとどっちが年上なんだか分からない。

 しかし、殊羅も口では面倒くさがってそうだけど、月ちゃんを探しに来たりしたぐらいだから、意外と面倒見がいいのかも。

「いいなあ。月ちゃんと仲が良さそうで妬けそうだよ」


 あんな妹がいたら、毎日賑やかそう。あんな男にはもったいないとつい口からこぼれてしまいそうになる。

 あ、親目線で子を見る気持ちが分かったかも。


「……そういうことだ。お前さんらを追っている連中には加担するつもりはないし、あとは好きにしてくれや」

「え?! ちょ、ちょっとまって!」


 気だるげに踵を返して去っていこうとしていた背中に声を浴びせる。

 いま、なんと言ったか。聞き捨てならないことを口走っていたような。


「追っている連中って……あなた達以外にも戦闘員がいるってことなの?!」

「なんだ? 気づいていなかったのか。森の中であれだけ派手に殺りあっていたら、分かると思うがな」

「いや、それは知っているけど……。もしかして、もうここに到着していたりするの?」


 あのすぐ近くで休憩を取っていたから、気づかないわけがない。というか、月ちゃんたちもあの森にいたの? 

 半狂乱して慌ただしく鳥たちが飛び交ったから、森の外にまで伝わっていたか、どっちかとだ思うけど。

 何にせよ、あんなところで月ちゃんたちと出会ってなくて良かった。


「うーん。月たちよりも一日遅れて来ちゃったみたいだから、多分今日あたりには来ているはずだよ」


 確信した。あの魔法使いは殺された。そして、いま、この町のどこかで身を潜めている。


「どんな戦闘員か教えてくれたりしない……かな? 私だって回収屋のことで教えたんだから、今度はこっちの質問にも答えてほしいな」


 さすがに無理があるか……。だけど、ここはぜひともフェアでいきたいところ。こっちだけ何も知らないなんてずるい。


「いいよ。お姉ちゃんたちには死んでほしくないから、特別に教えてあげる」

「ラッキー。ありがと」


 死んでほしくないってところが相手の強さを表してそうで、引っかかるけど、どうでもいっか。緋真さんが付いていたら、怖い物なしな気がするし。


「えっとね。三人組でね。守人と蘭。あとは――」


 顎に指を当てて、思い出していくかのように一人、また一人と名前を上げていく。


 そして――耳を疑った。


「さいきん新しく入った纏って人」

「――――え」


 それはとても親しく、側にいた名前。

 不意に頭が真っ白になる。それだけ、衝撃的な一瞬だった。

 数十秒。いや、数分間にも及んで頭が機能することを忘れてしまったかのような感覚に襲われる。


「あの炎の女が付いてりゃ乗り切れるだろう。新人の方もお前さんらと互角ぐらいのはずだ。ま、あとはせいぜい頑張ってみることだな」

「蘭たちにも死んでほしくないし、お姉ちゃんたちにも死んでほしくないし……月、どっちを応援しちゃおうか迷っちゃう」

「……」


 何か言っているけど、よく分からない。依然として空っぽになった脳内に轟くのは、残響していく二人のやり取り。


「どっちが勝ってもいいだろうそんなことは。めんどくせえことはあいつらに任せて、俺たちはこっちのことをとっとと済まして帰るぞ」

「待って、月を置いていかないでよ殊羅~! お姉ちゃんっ! またね! ばいばーい」

「あ、うん。バイバイ」


 たった一言、別れの言葉だけが私に響く。

 纏が戦闘員で私が魔法使い。

 月ちゃんの笑顔に複雑な気持ちで、愛想笑いで見送った。

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