第43話

 三十区の崩落した魔障壁前で悠木汐音と別れた後、彩葉たちを追っていた途中のことである。


 騒がしい戦の終りは告げられた。

 荒れていた空気は緩和されて、元の静けさが戻ってくる。それが在るべき姿とでも云うように。


 なぎ倒された木々の連なり。穿たれた穴の数々が大地に痛みを残していることを教えている。


 そこに一人の少年が一本の木から降りてくる。

 少年――近衛覇人は横たわった魔法使いの遺体に目を通すと、深く祈りを捧げる。


「助けてやれなくてわりぃな」

 そう口にはしていたが、語弊がある。覇人は助けてやれなかったわけではなく、助けなかったのだ。

 戦闘員から逃げ惑う魔法使いを終始見届けていた。

 キャパシティの幹部である、位階第四番の枠に収まっている覇人からしてみれば、救いだすことは容易なことではあった。


 では、なぜそうしなかったのか? 決まっている。二人の戦闘員のうち、一人は天童纏であったからだ。


 いまはまだ、出会うときではない。覇人が魔法使いである以上は戦闘は避けられないだろう。それに、彩葉たちがいないところで解決することでもなかった。


「本業の方が忙しいんでな。このまま置いていかせてもらうが、せめて奴らに利用されないようにはさせてもらうから、それで許してくれねぇか」


 魔力弾で空けられた穴に、遺体を労わる様に棺の中に寝かせる。

 弾け飛んだ土をかき集めて蓋をする。その上にカモフラージュとして落ち葉で敷き詰める。

 懐から一本の煙草を取り出し、線香代わりに死者を慰める。


 そして、もう一度。

          死者に祈りを――。


「にしても、やっぱりそう来るよな。――纏」

 予想の範疇であったことではあったので、驚きは当然ない。むしろ、それが当然の選択だったと思っているほどだ。

 父親が戦闘員であることは知っていた。それも、あのA級の戦闘員だ。流れ的にいって同じ道をいくだろうことは予測できる。

 それに以前はこう話していたことも覚えていた。


 ”母親が魔法使いに殺された”


 覇人と纏が出会ってそれなりに打ち解けあった時のことであった。

 本当に色々なことがあった仲だった。

 登下校は常に一緒。クラス内でも基本的に一緒にいることが多かった。そして、彩葉たちとも一緒だった。


 長い長い夢のような時間は終わりを告げて、悪夢が襲い来る。


 纏と出会った時からいつかは来るだろうことは分かっていた。それでもあえて、気づかぬふりをして青春を楽しんだ。これは覇人に対する罰なのかもしれなかった。


「俺も甘かったな……。こうなっちまったら余計にやりづらくなりそうだ」

 一人つぶやく。

 過去の思い出に耽って、自分が思った以上に楽しんでいたんだなと改めて感じ取る。

 過ぎてしまったことを悔いていても遅い。分かっててやってきたことなのだから、受け入れることはすんなりといく。


 纏は彩葉たちを追う。だとしたら三人はいやでも再会することになる。

 覇人は彩葉たちの監視をしなければならない。纏に手を出すのは覇人の役目ではない。いまは自分のやるべきことに着手しなければいけなかった。


「あいつは彩葉たちに任せておけばどうにでもなりそうか。――しっかし、あとの二人は厄介だな」


 C級戦闘員――御影蘭。

 A級戦闘員――天童守人。


 どちらも一筋縄ではいかないはずである相手だ。

 覇人はさきほどの戦闘の風景を思い浮かべては思案する。


 正確無比な射撃。この暗闇の中であれだけ見事に後衛を努めきれていることには素直に感嘆するしかなかった。

 守人は言わずもがな、A級としての実力は先日、雨宮源十郎を屠った時点で二人とは一線を画していることは明らかである。


「こっちも面倒な連中に追っかけまわされているっていうのに、緋真の方もヤバいな……これは」

 緋真と守人は多少の因縁がある。それを考えれば必然だと思えるが、懸念はまだある。

 纏は完全に敵に回った。それはまだ、彩葉たちは知らないはず。もし三人が再会すれば、何が起きるかは想像もつかない。

 そして、蘭はと面識がある。当然、纏が彩葉、茜の友達であることも知っているだろう。その上で、纏のサポートをしている。

 嫌な予感しかしなかった。

「今回ばかりは緋真ひとりでは厳しいかもしれねえな……。仕方ねぇ、連中に見つからねえ程度に急ぐか」

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