第39話

 予想外の露天風呂を満喫したあと、夕食にかかった。

 残念ながら川には魚がいなかったので、宣言通り緋真さんが夕食を少し削ることになる予定だった。――が、

 見ていて申し訳なさが大いに私と茜ちゃんの心を満たしていって、私たちの分を緋真さんに分けることにより、これを解消することを目論んだのだ。

 もちろん、緋真は

「お姉ちゃんなんだから、いいわよ。二人で食べなさい」


 ――と言って頑なに断っていたけど、そこはそれ。

 見かねた茜ちゃんが、


「緋真さんだけ量を減らすのはやっぱり納得いきません。これ――緋真さんの分。食べないのでしたら、捨てますよ?」

 という、半ば脅迫じみた説得でついに折れてしまった緋真さん。

 さすが、店員をしていただけあって交渉は慣れたものである。それにしても、死活問題を盾にしたやり方とは。考えたなと感心してしまう。

 茜ちゃんが必死になってくれたおかげで私の出番はほとんどナシとなってしまった。

 結果的に、食事は仲良く三等分にして、明日一日ぐらいは余裕で持ちそうな勢いとなった。気持ちも軽くなって、これで安心。

 残すは睡眠を取るだけとなったが、わざわざ林の中に戻る必要もなく、今日は川辺で寝ることになった。



 夜に溺れた木々の独特な神秘性。

 霊気感じる冷たい空気による演出。

 気味の悪い自然の湿った臭気。

 ホラー映画の撮影と間違えてもおかしくないような寝床から変わって、安心して眠れるような気がした。



「…………ん、……」

 持っていたカバンを枕代わりにして眠っていたが、不意に目覚める。

 でこぼことした自然の敷布団にレジャーシートを敷いただけの雑な寝床からのろのろと起き上がる。

 瞼をこすり、目の前でメラメラと揺らめく温かい炎が迎えてくれた。

「あら、起きたの?」

 側近で火の番。――兼、見張りをしていた緋真さんが声をかけて来てくれる。

「おはよ……?」

「まだ夜よ。それに、交代の時間までまだ時間はあるわ。もう少し寝ていなさい」

 いつ何時に危険が迫るかも分からない為、一時間交代で見張りと火の番をすることになっている。

 最初に緋真さん。その一時間後に茜ちゃん。その次の一時間後が私の番。

 私の番がくるまでは最低でも一時間以上はまだ残っているはず。いま寝ておかないと、見張りの時が辛くなってしまう。というのは分かっているのだけど、お得意の二度寝は発動しない。

 地面が悪いせいで寝付けない、と勝手に石のせいにしておく。

「あれ? 茜ちゃんは?」

 すぐ隣では次の番のために、寝ているはずの茜ちゃんの姿が見えなかった。

 どこに行ったんだろうと、辺りに目をさまよわせると川辺から茜ちゃんがこちらに向かって来ていた。

「おかえり」

 緋真さんが出迎える。

「緋真さん。お待たせしました。

 ――あれ? 彩葉ちゃん目が覚めたのですか? いつもなら起こすまでは起きないのに珍しいですね。

 もしかして、眠れないのですか?」

「まあ、ね。私だってどこでも寝れるってわけじゃないよ。茜ちゃんこそ寝ておかないと、見張り番しんどいよ? 次でしょ」

「私も眠れなくて。だめですね……。あの木々の香りに慣れたみたいです。寝る環境が変わると中々眠れないですね」

「うぇ……。私あれ無理。なんかホラーっぽいじゃん。逆に落ち着けないよ」

 なんか物凄い納得した顔で私の方をみてるよ!

 ずっと、カバンやら茜ちゃんやらにしがみ付いていた状態で寝ていたから、そんな目で見られるのも仕方ないかもだけど……

 私にとっては生き地獄にも等しいのに、なんであんなところで安眠できるのかなあ? 

 それはたしかに。地面はここよりはマシだけど。美点と言ったらそれしかない。

 茜ちゃんは私の隣に座り込むと、レジャーシートの上にピンと伸ばした包帯を置いて、乾かし始める。

「あ、包帯洗いに行ってたんだ。傷の方はどんな感じ?」

「もうほとんど治っていますよ」

 茜ちゃんが左手を差し出して、傷跡をみせてくれる。

 綺麗な手にうっすらと目立つ、ふさがりかけた切れた皮膚。

 殊羅とかいうやる気ゼロの戦闘員につけられた跡である。生々しくも深い裂傷がここまで回復するなんて……緋真さんの治療は医者以上なのかもしれない。 

「それだけ治っていれば包帯はもう必要なさそうだね」

「そうよ。だから、包帯は洗ってもしものときの為に使いまわすのよ」

「なるほど。リサイクルね」

 資源は大切に。

 サバイバル生活をしている以上、何があってもおかしくないしね。

「それにしても数日で完治するまでに回復するなんてね。さすがに驚いたわ。茜ちゃんって怪我の治りがはやいのね」

「そんなことないですよ。緋真さんの治療が良かっただけですよ」

 それにはまったく同じ意見。

「そっか。まだ数日しか経ってないのかぁ。なんか色々あり過ぎて昔のことのように感じるよ」

「ですね。あまり実感が湧きませんね」


 私と茜ちゃんが魔法使いになって――


 緋真と出会って――


 たくさんの人の悲しみと生きている喜びを見て――


 初めて殺されそうになったり――


 覇人と知らない魔法使いが助けてくれたこと――


 覇人が魔法使いで――


 覇人と緋真が知り合いだったり――


 ――あれ? そういえばなんで緋真さんと覇人が顔見知りなんだろう?


「ねえ。すっかり忘れてたんだけど、あの時助けてくれた覇人と……あの、えーっと……。汐音だったっけ? とどういう関係なの? そもそも私、覇人が魔法使いってこと自体知らなかったんだけど、もしかして覇人って有名な魔法使い?」

「私も気になります」

 二人で緋真さんを問い詰めるような視線を送る。

「汐音は友達よ。ちょうど彩葉ちゃんと茜ちゃんのような関係よ。それと覇人は……そうね。私が戦闘員と戦闘中に助けてくれて、それ以来の付き合いね」

「へー。覇人が人助けかあ。あ、いや。魔法使い助けか。どうせ覇人のことだから狙ったようなタイミングで助けてくれたんじゃないの。覇人って昔からタイミングだけはいいから」

「そんなところよ。それと、お姉ちゃんも会って初めて知ったんだけど、彩葉ちゃんの言う通り。覇人は有名な魔法使いよ。といっても、源十郎さんと同じ悪名高い魔法使いとしてだけどね」

「何それ? 友達と身内が悪名高い魔法使いってなんかショック……」

 私の周りって危険人物しかいないような気がする。こんな事実なら知らない方がよかった。

「覇人くんと彩葉ちゃんのお父さんが心配ですね。人に迷惑をかけるようなことでなければいいのですけど」

「大丈夫よ。二人共そういうことはしていないから安心していいわ」

「緋真さんがそういうならそういうことでいっか。それに二人がそんなことをするわけないしね」

「ですね。ちょっとでも疑ってしまった私……。反省です」

 あんまり気にしなくてもよさそうだけど、茜ちゃんは些細なことでも謝罪は欠かさない。よく出来た親友である。

「あ、そろそろ時間じゃないですか? 交代しますよ」

「そうね。それじゃあ、あとは任せて休憩させてもらおうかしら。

 彩葉ちゃんももう一度、寝ておきなさい。夜はまだまだ長いんだから」

「うん。分かった。茜ちゃん。無理はしないでね」

「何かあったらすぐにお姉ちゃんを起こすのよ」

「はい」

 茜ちゃんの返事を最後に私たちのガールズトークは幕を引いた。

 茜ちゃんは緋真さんと場所を入れ替える為に立ち上がる。

 それに合わせて私もレジャーシートの端っこによって、緋真さんと二人が寝れるようなスペースを開ける。



 だけど、丁度そんなとき――息を吹き返したように木々が啼きはじめた。



「「「――――!!!!!」」」



 とっさに侵入者を拒むような闇の迷宮の入り口に目を向ける。

 眠りについていた鳥たちも鳴いて空へと逃げ去る姿が慌ただしい。

 木々が倒されて、破壊されてしまったせいなんだと思う。

 さっきのはその音のはずだ。


「まさか……! もう追いつかれたのかしら……!」

「そうみたいですね。――緋真さん。どうしましょう?」

「そうね。幸いにもこの戦闘音は私たち以外の魔法使いと交戦中と考えてもよさそうね。

 誰だか知らないけど、おかげで敵の居場所が分かることが出来たわね」

 敵が追って来ているのにも関わらず、緋真さんは相変わらず落ち着いた余裕を持って答えてくれる。

 おかげで、あんまり不安が襲い来ることはない。

 でもよくよく考えてみれば、その襲われている魔法使いは、私たちを追って来ていた戦闘員にとばっちりを喰らっていることになるんだよね。

「大丈夫なんでしょうか。その魔法使いは。私たちも戻って助けに行くべきですよね」

 茜ちゃんの判断を緋真さんに提案する。

 同じ魔法使い同士、目の前で襲われているのを見て見ぬふりをするのはさすがに出来ない。

 そのせいで、魔法使いが戦闘員に殺されたとなったら後味が悪すぎる。

 私の意見も当然、茜ちゃんと同じで緋真さんに進言してみる。

「――いえ。私はあなた達の安全を確保しないといけないわ。それが覇人ととの約束でもあるのよ。だから悪いけど、この機を逃さず私たちは逃げるわ」

「そんな――っ! 私たちも戦う力ぐらいはあります。見捨てるなんてあんまりです……っ」

「そうだよ。また、父さんと母さんみたいに知らないところで誰かが死ぬなんて嫌だよっ!」

 あの時は何も出来ず、わけも分からずに母さんと父さんが殺されてしまった。

 けど、今回は違う。

 いま、まさに襲われていて、助けることが出来るかもしれないんだ。

「彩葉ちゃんたちの気持ちは分かるわ。だけど、勘違いしてはダメよ。誰かを助けるという行為はね、まずは自分の身を守ることが出来るようになったからこそできる行いなのよ」

 理解させるための落ち着かせるような力強い声色。

 あなた達はそれすら出来ていないと言いたいんだろう。

 一度しか戦闘経験がないんだから、まったく以てその通りかもしれない。


 保証なんてない。

         絶対なんてない。

                 出来るなんて言いきれない。                   

            ――分かっている。


 あの時もそうだった。知っていたところで助けることなんて出来はしなかっただろう。あの後、私は殺された……はず。

 いま、私は同じ過ちを繰り返そうとしていることを緋真さんは止めてくれているんだ。

「それに相手の階級クラスも分からなければ、規模も分からないわ。そんな中に飛び込むのは自殺行為に近いわ」

「でも、緋真さんなら何とか出来るんじゃないの。私と茜ちゃんと緋真さん。それともう一人の魔法使い。こっちは四人だよ」

 やはりそれでもあきらめるという選択肢は選べない。

 可能性が零ではない限り、たとえ一パーセントしかない可能性だとしても。縋り付きたくなるのは人間の性なんだと思う。

「一か八かの賭けのようなことをやっても確実に生き残れるのは私だけよ。三日前のことを忘れたの? 私と彩葉ちゃんたちが離れ離れにされたらどうするの? あの時は相手が甘かったから助かったけど、今回も同じようにいくとは限らないのよ」

 それを言われると何も言い返せなかった。

 緋真さんの言うことは多分正しい。

 数の問題じゃない。二人と三人だった。


 ――けど、相手の方が実力がさらに上をいっていたから、私も茜ちゃんも死にかけた。

 思い返しただけでも怖い。



  ――結局、まだ私たちには助けることも。

  自衛すら出来ない。



 そんな私たちが助けに向かったところで、邪魔でしかないのかもしれない。

 ただ、唇を噛んで、弱さを恨んだ。

 そんな私たちの様子を汲み取ってくれたのか、緋真さんは優しい口調で語り掛けてくれる。

「分かってちょうだい。お姉ちゃんにとっては彩葉ちゃんたち二人の命が最優先なのよ。だから、いまは逃げましょう。あなた達が強くなったら、その時は仲間である魔法使いを助けてあげなさい。お姉ちゃんが彩葉ちゃんを救ってあげたように――」

 うなだれる私たちの頭に濁った心を洗いさらしくれるような手のひらが重なる。

 とても暖かく、心地の良いもの。

 私を助けてくれた救いの手。


 いつか――なれるかな。この手に。

 いつか――救えるかな。この手で。


 私の目指すべきはこの人なのかもしれない。

 魔法使いを助けることができて、人間の救いになれて、そんな魔法使いに――なれるだろうか。

 ううん。なれるかどうかじゃない。なりたい。

「分かった。いまは我慢する。いつか強くなれたその時まで――」

 茜ちゃんもすべてを悟って逃げることを決意する。

 了承と納得を得た緋真さんは、微笑み。

「なれるわ。必ず。お姉ちゃんがその時まで面倒を見てあげる」

 振り向いて、遠ざかる背中。

 私と茜ちゃんは背中あこがれを追いかける。

 後ろめたさは残るけど、振り向かない。



 名前の知らない魔法使いさん。願わくば――無事に生き残れますように。

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