第30話

  区画管理者自宅 玄関前


 昼間までは綺麗な花が色とりどりと咲いていた庭は、見事なまでに原型を失くしていた。

 ある場所では焼け潰れ。ある場所では陥没しており、そこで戦争でもあったかのような状態になっていた。


「さすがにA級の称号は伊達じゃないわね。このままだと地形が変わってしまうわ」


 緋真は飛んでくる血晶をただひたすらに、躱して炎で飲み込むだけの作業を続けていた。

 機械のように繰り広げられるその行為で、みるみるうちに凄惨な光景へと変貌を遂げてしまった。


「ブロンズのお姉ちゃんが避けるからこんなことになっちゃうんだよ」


 空から降ってくる光源に濡れた水色の髪を靡かせながら、月は火薬の練り込まれた爆弾式の魔具――血晶を次々と放り投げていく。

 両手の指の隙間に四つずつ――計八つ。

 片方を贅沢に四つ同時に投げつける。


 ――退路はなく ――左右もなく ――向かうすべもなく


 分散された血晶は緋真の動きを完全に封じる。

 緋真は最善の手段でもって、対抗する。魔法で薙ぎ払い、空を飛んでいるうちに無力化させたのだ。

 間髪入れずに続けて月は残りの四つの血晶を緋真に的を絞る。


「―――!」


 拡散されずに集中して投げ出された数発の血晶は、単発の威力とは比べものにもならない。

 あれをまともに受ければ致命傷は避けられないと判断した緋真は、咄嗟に指先に魔力を練り始めた。 

 血晶は衝撃によって爆発する。その認識は間違えてはいない。すなわち、魔力弾では必ず爆発してしまうということだ。

 だが、それは正規の場合という話しだ。

 魔力が凝固していき、魔力弾を形成。

 その中に炎を練り込んでいく。それはまるで太陽のような、あかい炎の魔力弾。

 密集した血晶を音もなく粉々に散らして、そのさらに奥にいる月へと向かっていく。


「――わっ!」


 横へ勢いよく転がって躱すと、月のいた場所の背後に炎の魔力弾は焦げ跡を残して着弾した。


「そんなものを使うなんて危ないよ! 月じゃなかったら死んじゃってたかもしれないんだからっ!」

「大丈夫よ。あなたが避けることを計算して使ったんだから」

「どうしてそんなことしちゃうの。ブロンズのお姉ちゃんのイジワル」

「子供のくせにそんな危険な物を使うからでしょ。そんな悪い子には、お仕置きをするのが当然じゃない。……まったく、せっかく可愛いんだからもっとお淑やかにしなさい」


 敵味方問わず、月の暴虐の限りを尽くすような戦闘方法が気に入らない緋真。

 余計なおせっかいなのかもしれないが、今後の月の成長に関わるような案件なので手は抜かず、再教育のつもりで放った一撃だった。


「そんなことお姉ちゃんには言われたくないよ。悪いのはお姉ちゃんの方なんだからッ――!」


 更に血晶を取り出す。そしてまた、緋真は魔法で掻き消して月へと襲う。

 荒れ狂う猛き炎に対して、血晶が振りまかれるその姿はまるで遊戯の如し。

 

 取りこぼした血晶は地表に花火の音を奏で――弾ける。

 

 踊る炎。歌う爆発。

 燃える音が、爆発音が旋律メロディを生み出し、二人の表現に加わる。

 死の舞台に降り立った炎の精霊《緋真》と爆弾魔《つき》は、互いに一歩も譲ることもなく、自分を魅せ付け合う。

 静寂に包まれた町に突如として開催されたステージに観客はいない。

 終幕を迎えるのは疲弊し、ネタを切らしたとき。

 

 ――終局を迎えるまでは……あともう少し先のこと。


「ちょっといくらなんでも多すぎるんじゃないかしら。一体いくつ持ってきてるのよっ?!」

「んー……分かんない!」


 律儀にも思い出そうとしながら答える月。

 実際のところアンチマジック三十区支部を出る時、月は魔具倉庫から適当に持てるだけ持ってきたのである。把握なんてしているわけがない。


「でも、ちょっと数が減ってきたかな?」


 感触を確かめながら、最初とはずいぶんと減っていることはすぐに分かる。


「月……ちゃんだったかしら? そんなこと敵である私の前で言っていいのかしら」

「あ――! こ、これぐらいは、ハ、ハンデだもん。お姉ちゃんと月はこれぐらいで丁度いいのっ!」

 

 時には魔法が飲み込み。時には血晶による破砕が周囲を震わす。

 これではとてもではないが、割り込む者などいないだろう。

 完全に二人だけの世界で演技ちからが交錯しあい、攻防一体の接戦を繰り広げる。


 「これじゃあ、どうしようもないわね。早く終わらせて彩葉ちゃんの方にも行かないといけないのに」


 緋真は内心焦っていた。

 彩葉と茜の元には目の前にいる月よりもさらに上のS級戦闘員である殊羅が向かったのである。

 どう考えても相手にならないことは明白だった。


「安心して。お姉ちゃんたちが傷つくことはないから」

「そんなことを信じられるわけないでしょう」


 どうして敵の発言を鵜呑みにしなければいけないのか。至極当たり前のことなのだが、月には「なんで?」と、問いたげな表情になっているのが緋真には不思議だった。


「だって、月がやっちゃダメって言っておいたもん。だから大丈夫だよ」


 ガクッと肩を落としたくなるような答えに脱力感が湧いた。


「えーっと……根拠はそれだけなのかしら。それだと全然信用できないわね」


 過去の経歴からして月は害の無い魔法使いを襲撃したこともなく、殲滅したこともなかった。

 そして、害のある魔法使いであっても殲滅はしたことがなかった。ただ、致命傷を与えて無力化するだけの戦闘員。

 

 それが――水蓮月だ。

 

 そんな月が彩葉たちの元に向かっていたのならば、致命傷は避けられないとしても、殺されることは断じてありえないことは経歴が物語っている。

 しかし、殊羅に関しては何も情報がなかった。

 見かけで判断するならば、やる気のなさからして大事には至ることはなさそうではあった。が、それはあくまでも素人からの偏見の感想になる。

 幾度となく戦闘員との対決を潜り抜けてきた緋真には分かってしまった。あの男には得体の知れない、未だ出会ったことのない最凶最悪の力を秘めていることを直感的ながらも感じていた。


「疑り深いお姉ちゃんだね。ちゃんと返事してたから大丈夫だよ」


 殊羅はただ、面倒くさがっていただけなのだが、月にとってはそれで十分信頼に足るもののようだ。


「あのねえ、あなた大人になったら苦労するわよ。私……あなたが悪い大人に引っかからないか心配してきたわ」


 月は中学生ぐらいの風貌をしている。それに付け加え、人を疑うことのない純粋な心を持っていた。

 緋真にはそれだけで、いつもの姉としての本能が目覚め、不安を覚えた。


「余計なお世話だよーだ」


 べーっと舌をだして挑発する月。

 その可愛げのある仕草に緋真の母性本能のようなものがでてきそうになるも、ぐっとこらえた。


「そんなことよりも自分の心配をしたほうがいいよ」


 懐に手を突っ込み、血晶を確認する。

 だが、そこで気付いた。


「あれ? あとこれだけしかない」


 残りの血晶数は三発。

 念には念をもって多めに持ってきたつもりだったのだが、予想以上に使いすぎてしまったようだ。


「でも。これだけあれば――」

 

 勝てる。

 

 ここまでの戦闘で緋真は魔法による相殺と回避しか行ってこなかった。

 緋真は遠距離タイプの魔法使いであることは明白だ。

 加えて連続に続けた回避は緋真の体力を奪い、動きは鈍くなっていた。

 ここから一気に近距離に持ち込むことが出来れば勝負は着くだろう。

 消極的になった月から血晶の残数が僅かだと悟る緋真。

 

 そして――不意に動きを止めた月によって、奇妙な静けさが支配した。

 

 一気に戦いの幕を閉じに来るのだろうことを緋真は感じ取る。

 

 緊張感が増して、次の月の行動に備えた。

 

 手の平に握りしめられているであろう、血晶から目を片時も外すことはない。

 打ち合いは終わった。残数を考えれば、一手一手確実に仕留めていく算段でくるだろう。

 緋真は一つ残らず撃ち落とすつもりでいるが、このまま膠着状態がつづくようであればこちらから手を出すしかない。何せ、相手の攻撃手段が限られているのだから。

 先に手を出すのはどちらか? 出方を窺がい、思い思いの決着までの道筋を夢想する。


 途端、月が静から動へと変わった――!



 ――第一の投擲

 風を切るように、真っ直ぐに一粒の血晶が緋真へと襲い掛かる。

 すぐさま魔法を発動し、直線状に突き進む血晶を炎が飲み込み焼き消される。 


 ――第二の投擲

 それは第一の投擲から僅かのこと――放物線を描いて緋真の上空にそれはあった。

 気づいた時にはすでに眼前にまで迫っていた血晶を、緋真は瞬間的に魔力を練り上げ、魔力弾でもって粉砕。

 直後に爆風が顔を撫でるも、前方に視線を持っていくと、月が距離を詰めて来ていた。

 俊足の速さで駆け付けた反動で月の羽織っている黒のマントが翻る。

 一瞬だが、その時に腰のあたりに差し込まれているソレを緋真は見てしまった。

 

 その刹那――


 月は腰に差してあった脇差を疾く抜き放つ――ッ!


 胴を狙った鬼気迫る一閃を前に緋真は咄嗟に飛び退く!! 

 虚空を切り裂くに留まったものの、月は諦めない。


 ――第三の投擲

 飛び退いてバランスを崩したところを、最後の血晶が終わらせる――が、

 あともう一歩も踏み込めばという至近距離で絶対に当たると思っていた月は、緋真の圧倒的な反応に驚愕した。

 燃え上がる炎が緋真を覆い、結界のようにして生まれた炎が血晶を無力化したのだ。


「――そんな……ここまで追い込んだのに……」

「惜しかったわね」


 決して油断をしていたわけではなかった。間違いなくこの算段で緋真に致命傷を与えることができるという確信が崩れ去り、ただ驚きだけが残った。


「さて、血晶もなくなったようだし――どうするのかしら? このまま続けるの?」


 月の戦闘の主流は血晶だ。

 それがなくなったのならば、残された手段としては先ほど抜いた脇差ぐらいだろう。


「当たり前だよ。お姉ちゃんが魔法使いで月が戦闘員なんだから見逃すわけがないよ」


 再び抜いた脇差を胸の前にかざし、戦闘の意志をみせた。

「どうして、そこまでして戦うのかしら。聞いた話だとあなた、魔法使いを一度も殺したことがないそうね。それで戦闘員なんておかしいいんじゃないかしら。戦闘員っていうのは魔法使いを殲滅する部隊のはずよ」


 それを聞いた途端、月の表情が強張った。


「そんな……殺すなんて簡単に言っちゃダメだよ!」


 予想していなかった発言に緋真は目を丸くした。

 魔法使いを殲滅し、社会の歪を正すことこそが戦闘員だというのに、目の前の少女はそれを否定した。

 とはいえ、魔法使いを生け捕りにしておくこともあるそうなので、そうおかしいことでもないかもしれない。付け加えるなら、幼いゆえに死者に対する痛ましい心があるからなのかもしれないが、真意は不明だ。

 しかし、月はこう見えても最強のA級戦闘員だ。一度も魔法使いの殲滅を行わずにその階級まで上り詰めた経歴に、緋真は疑問を持った。


「月はただ、魔法使いに反省してもらいたいだけなの。だから殺す必要なんてないの。きっと何か事情があってそういうことをしてしまったんだと思うから」

「それは戦闘員の言う言葉じゃないわ」

「分かってるよ。けど、月は知ってるもん。魔法使いにもいい人はいるんだってことを」


 その言葉に嘘偽りは感じられない。まるで、魔法使いを間近で見たきたかのようだ。

 それゆえに、月は魔法使いを殺すことに抵抗があるんだと緋真は感じた。


「……やっぱりあなたは戦闘員に向いてないわ。悪いことは言わないからやめなさい。でないと、いつか魔法使いに堕ちるわよ。それに見たところ、中学生ぐらいのようだし、まだまだやり直せれるわよ。普通に学校に行って、友達を作って、あと、可愛いんだから素敵な男の子にも会えるわよ。――これ、お姉さんからの忠告と未来の予言」

「ほら、お姉ちゃんもいい魔法使いだ」


 確信を持って、月は微笑みを付け加えた。

 年相応の可愛らしい素顔に緋真も釣られて頬が綻びそうになる。


「……だったらこれ以上はもうやめましょう。私だってあなたと戦いたくなんてないわ。月ちゃんも私のことをいい魔法使いだって認めてくれるなら、無理に争う必要なんてないわよ」

「それは無理だよ」


 首を振って、残念そうに月は否定した。


「どうして? 私がこの町の人たちに被害を与えたことがそんなに許せないの?」


 すでに百名にもあがろうかという死傷者が出ている。

 その現状からすれば、月の怒りも分かる。

 だが、月は魔法使いを殺したいのではなく、捕えたいだけだ。それにここまでの流れからして、月は戦闘を嫌っているのだと思った。


「人間は絶対に間違ったことをする生き物で、そんな人たちに魔法使いっていう罰が与えられるんだと月は思うんだ。けど、魔法使いが悪いことをしたら罰を与える物がないから、その為に月たち戦闘員がお姉ちゃんたちを捕まえて、反省させるの。だから、月はお姉ちゃんを逃がすわけにはいかないの」


 緋真の目を見て答える月の視線に、真摯に向き合いながら応える。


「そう……立派な考えだと思うわ。けど、月ちゃんがその年でそんな考えをもつ程のことがあったのだとしたら、やっぱり私はこれ以上月ちゃんとは戦いたくないわ」

「じゃあ、大人しく捕まってくれるの?」


 やわらいだ表情で問いかける月。

 それにつられて緋真も優しい眼差しになり、微笑を漏らす。


「……そういうわけにはいかないわね。――じゃあ、こうしましょう! 私は精一杯逃げるわ。だから月ちゃんは私を精一杯追いかけてきなさい。お姉ちゃんと追いかけっこよ」

「え! え?! なになに? どういうこ――」


 緋真は屋敷に沿って、彩葉たちの逃げた方向へと走り出す。


「私についてこられるかしら」

「よーし、こうなったら月も本気を出すんだから――」


 まるで子供の遊戯に付き合っているかのような光景だ。


(ふふ、やっぱり笑っている顔が一番似合うわね)


 無邪気に追ってくる月の姿は、年相応のものではあったが、片手には脇差を手にしており、戦闘員としての意識は忘れてはいないようだ。


「あれがなければもっと良かったのだけれどね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る