第9話
時計塔頂上付近にて、少女はスナイパーライフル越しに奏の死を確認した。
魔法使いといえど、通常の人間よりも重厚な魔力を所持しているだけで、特別体の構造が変わっているわけでもない。ゆえに、死んでいるかの判別は出来る。
風で流れる硝煙。なびく金髪を手で抑えながら、蘭は監視室詰めになっている監視官、樹神鎗真と通信を取った。
「ターゲットAを殺したわ。そっちでも確認取れる?」
『ああ……こっちでもAの死亡を確認』
鎗真は数ある監視カメラの中から、最も現場に近い映像から確認した。
『それにしてもよくその距離から当たったな。今日は風も強く、天気も荒れるっていう予報だったが』
「この仕事に就いてからは手に馴染んだことだから、これぐらい簡単よ」
さもそれが当然のことのように言ってのける蘭。
『そうですか。せっかく褒めてやったのに可愛げがないですね』
「今ので褒めていたつもり? なってないわね」
『悪かったな。ガキを褒めるのはあまり慣れてないものでね』
「どうかしら? 女子供関係なく、そういうことは苦手そうだと思うけど? あの子に足しても同じ態度を取っているじゃない。褒め方が下手な男はモテないわよ」
『相変わらず減らず口を。貴様のほうこそ、将来苦労しそうなもんだがな』
「あんたよりはマシよ」
吐き捨てるように蘭は言い放つ。その対応の仕方に樹神鎗真は、更に何かを言い返そうとしたが、蘭はとっさに遮るように話題を変えた。
「それよりも、もう一人の魔法使いはどうするのよ」
『……そうだな。今ので警戒されているだろうから二度も同じ手は通じないと思うが、しばらく様子を見てみるか――!? いや、蘭! 今すぐそこから離れろ!!』
状況が変わったのか、鎗真は最後の方を強い命令口調で発した。
「なにそれ。どういうこと――」
瞬間、時計塔が揺れる。強風が吹いているが、その程度で揺れるほどのヤワな造りにはなっていない。まるで横から大型トラックにでも突っ込まれたような感じだ。それに付け加え、下層から火の手が上がってきていることが最上階から確認できた。タンクローリーにでも突っ込まれたか。気になって下を覗きこんだ蘭は、むせ返るような火の手を中で確かに見た。
見るも無残に潰れたタンクローリーをだ。
「馬鹿なの? なんでこんな状況でそんな物が突っ込んでくるのよ。一体どうなっているの」
『あいつだ! 識別名B。ブロンズ色の髪をした魔法使いが真下にいる』
今もっとも警戒すべき魔法使いの出現を確認し、声を荒げて答える鎗真。
「別部隊が捜索しているんじゃなかったの」
『最悪なことにこっちにきていたみたいだな。取りあえず巻き込まれる前にそこから脱出しろ』
「そんなこと言われても」
気づけば炎は時計塔全体を包み込んでいた。焼死体となるまでの時間がやおら回りだす。
さっさと死ねと急かしているかのように最上階の地盤が崩れ始め、蘭は意を決して飛び降りようとするも炎が遮ってくる。それが余計に蘭を躊躇させ、どうしようか迷っているその時間がもったいなかった。とうとう音を上げた塔が呆気なく崩れ去った。
「……!? きゃあああああ」
『蘭!? おい蘭!』
鎗真は必死で呼びかけるも蘭の悲鳴を最後に通信は途絶えた。
源十郎は奏に駆け寄り、何度も呼び掛けていた。だが、返ってくる言葉はなかった。
額からドロドロと流れる血液。止まることもしらず、みるみるうちに奏の顔や地面を赤く染めていった。
源十郎は歯噛みし、己の浅慮さを悔いていた。敵は二人いることは分かっていた。罠だということも想定した。気の緩みが奏を死に至らしめてしまった。
だが、後悔してももう遅い。失った命を戻すことなんて出来ない。
奏を強く抱きしめたあと、源十郎は守人と向き合う。
静かに怒りをたたえ、研ぎ澄まされた殺気が守人へと向けられる。
双方が臨戦態勢を整えたそのとき――源十郎の眼前、守人からすれば後方に位置する高さ十メートルを誇る時計塔が突如として炎に包まれる。
「な!? 何が起きている」
「……あの魔法は」
源十郎にはあれが同業者の仕業だとすぐに気づけた。偶然にもあの魔法を扱えるものが近くにいることを知っていたから。
「あそこには蘭が待機しているはず」
守人が蘭の心配する束の間、時計塔が崩れ去っていく。大きな音をたて、直立していた時計塔は瓦礫となっていく。轟音とともに衝撃が地を伝わってくる。
「一体どうなっている。これほどの大規模な火災を起こせられるやつなんているはずが――」
そのとき、守人の脳内に先日の三十一区の全焼を思い出す。そこから導き出される人物は一人しかいなかった。
「蘭は無事なのか」
無事なわけがない。それでも蘭の無事を祈らずにはいられない守人。同時に仇がすぐそばにいるかもしれない可能性に闘志を燃やす。しかし、その前にやるべきことへの意識を向け直すことにした。
「いや、蘭のことも気になるが、まずはお前からだな」
突然の事態に臨戦態勢は解けたが、再び両者は向き合った。
源十郎からみた守人への考察――魔力弾を捕えることが出来る魔具を使用。よって、魔力弾はやつの武器にもなる。体術はかなりの物で近接戦は得意分野。常に近づいてからの攻撃で遠距離攻撃はなし。女の身であるとはいえ、一撃で奏の内臓にダメージを与えたところをみると、暗殺拳の類だと想定。
「本気を出さないとこちらがやられるな……」
源十郎は魔力弾を撃つ動作に入る。それをみて、守人も構える。
両者の殺気が場を支配する。共に相手の出方を伺う。
初手、源十郎が魔力弾を放つ。
「馬鹿の一つ覚えにそれか」
最早幾度となく見てきた戦闘法に受け止める気にもなれず、回避し直進する。だが、源十郎のいた場所には避けたはずの魔力弾があった。
守人は背後に人の気配を感じた。そこには、源十郎がいた。
ガラ空きとなった背中に魔力弾を放つ源十郎。
回避した手前、思いのほか守人のすぐそばにいた源十郎の攻撃に反応できず、魔力弾を浴びる守人。
衝撃で吹き飛んだ体を立たせようとしたところに、源十郎は冷血な面持ちでその隙を逃さず立て続けに仕掛ける。
矢継ぎ早に繰り出される魔力弾を掴んでは投げて相殺させる守人。断続的に続いていた魔力弾に隙が生まれ、この程度ならと慣れてきたのか片手で弾き飛ばして一気に肉薄する。
「……くそ。このままではまずい」
直前まで迫った守人は拳を繰り出す、それが源十郎に当たる寸前で魔法が発動する。守人の後方に飛んでいた魔力弾の一つで入れ替わった。
源十郎と守人がお互い背中合わせになる。源十郎の方が一瞬早く動き、反転する動作に合わして魔力弾を放つ。だが、守人は少ない動作で魔力弾を放たれる手を払う。狙いが逸れ、地盤が砕ける。
続く挙動では、近接戦で遥かに源十郎を越えている守人の渾身の一撃が繰り出される。
為すすべもなく、とっさに防いだ源十郎の腕は砕け、ダランと垂れ下がる。
「なんてやつだ。ぼくの魔法にもうついてこられるとは」
源十郎は侮っていたわけではないが、守人の動きが予測を大きく上回っていた。
相手はいくつもの修羅場を潜り抜け、幾多もの魔法使いを殲滅してきた男。そんなやつがまともな戦闘能力をしているわけがない。経験と感が武器となり、素早い順応力を見せつけた守人。
砕けた腕を支えながら、よろよろと立ち上がる源十郎。その間に守人は魔法分析を行う。
――自身と物体の位置を入れ替える転移魔法。範囲は自身から半径五メートルといったところ。先刻の攻防の最後、転移しなかったところをみると連続の使用は不可。次回発動までに数秒の間隔が必要と推測。
これだけ分かれば十分。いくらでも対応はとれる。守人がそう思ったところに源十郎から光線状の魔力弾が放たれる。
魔力砲。魔力を固めて撃ち放つ魔力弾と違って、魔力そのものを切らすことなく流し続ける魔力弾の高位型。
戦闘経験から魔力砲は一直線上にしか突き進めない。ゆえにタイミングを見極めて避けるだけでどうとでもなる。
「これならどうする」
そのとき、源十郎は魔力砲を横に薙ぎ払い、避けた守人の方へとスライドする。反則じみた動きに動揺するも冷静に対応する守人。胴体寸前まで迫った魔力砲を手で押しとどめ、そのまま押し返す。軌道が逸れ、大地が削られる。
「――まさか!? これを押し返されるとは。なんてデタラメなやつだ」
驚愕に顔を歪める源十郎。その間に接近戦に持ち込まれる。回避のために魔法を発動。先読みした守人は魔力砲が逸れた地点にいた源十郎に回し蹴り。だが、源十郎の方も素早い対応で後退する。遠距離型である源十郎はなるべく敵から距離を置くしかなかった。
守人の推測通り、源十郎は魔法を使わず避けた。ならば、今が好機。
置き土産のつもりで後退と共に撃たれた魔力弾を守人は左腕を犠牲にし、捨身の攻撃に出る。これが決め手となった。守人の拳が源十郎の額を砕き、鈍い音が響く。バランスを崩した源十郎の腹部を殴りつけ、壁面に蹴り飛ばし、ぐったりとした源十郎のそばに歩み寄る守人。
「……なぜ、殺さない」
「魔法使いは一人残らず殺すさ。が、上層部はお前には聞きたいことがあるらしい」
守人は源十郎を見下ろしながら冷やかに告げる。
「キャパシティについて。そしてお前たちが秘密裏に進めている計画について」
「どちらも……教えるわけには……いかないな」
「そうか、ならば場所を変えてからゆっくりと聞かせてもらおうか」
守人はしゃがみこみ、源十郎の首に手を当ててゆっくりと圧迫していき、意識を奪った。
二人の魔法使いの無力化を確認した守人は達成感に満ちていた。と、そこに通信が入る。相手は鎗真だった。
『無事に終わったようですね』
「少々手こずったがな」
『さすがは秘密犯罪結社の幹部クラスといったところですか』
「今まで戦ってきたなかでも一番強い相手だった。まさかここまで追い込まれるとは」
死闘を繰り広げた結果、守人の勝利で終わったが気を抜いていれば、ここで倒れているのは守人だっただろう。それほどまでの傷を負った。
「ところで、蘭は無事なのか」
『ええ、うまく逃げられたようですね。いまそっちに向かっているところですね』
「そうか。合流次第、一旦支部に戻る。私も少し休みたい」
そういって通信を切ろうとした守人を慌てて止める鎗真。
『それともう一件。というより、これからが本題なのですけども。例の少女がそちらに向かっています』
例の少女というのは奏と源十郎の子、彩葉のことだ。
「もう来たのか。もしや、両親の正体を知っていて追ってきた可能性もあるな」
『どうするのです?』
「仕方がない。最悪の場合はこいつを使うか」
守人はズボンのポケットに入っている硬い感触を確かめる。
そこには常に携帯している一丁の拳銃が入っていた。
そう時間の間が空くことなく、一人の少女と思われる気配を感じ取った守人は通信を切り、気配を殺して来訪者との対面に備えた。
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