第109話

 無事に白聖教団へと帰り着き、休む間もなく私たちはリーダーである如月久遠の元へと報告に向かう。

 研究所跡地の襲撃から逃走まで。そして、紗綾ちゃんと汐音の二人が回収をしてくれていること。その中には、一部私の知らないことも含まれていたけれども。


「様々な困難に立ちふさがられたようですが、まずは初の任の完了……ご苦労さま。緋真と覇人も大変お疲れでしょう」

「そんなことないわ。彩葉ちゃんたちと久しぶりに一緒に行動できて、中々楽しかったもの」


 綻んだ表情をみせる緋真さん。スリリングな印象が強かったけど、それはそれとして何だか懐かしい物があった。あんまり時間が経っていない筈なのに、そんな風に感じた。


「それは置いといてだな、緋真らが会ったという例の人物。間違いねえんじゃないか」

「やっぱりそう思うわよね」


 報告の中で緋真さんが話していていた、蘭と一緒に橋の上で交戦したという人物。


 ――樹神鎗真。


 蘭と纏がアンチマジックから脱退した際に戦闘員へと異動された元監視官。本名はソーマ・エコーというらしい。

 聞き慣れない名前なのは、外部の人間だからとのこと。蘭はそのことについては、戦闘員時代では全く知らなかったそう。


「人類の裁定、観察を司る世界の観測機関――異端診断室。その処刑人たち処刑人たちディミオスに違いないでしょう」

「ということは、マスターの予想が当たっちゃったみたいね」


 何か、私たちの知らないところで勝手に話しが進んでいるっぽい。とりあえず、会話に付いていけるようにはしないと。


「その異端診断室というのは一体どういう部署なんだ?」

「監視官の入っているところよ。それともう一つ、ディミオスと呼ばれる数人だけで構成されている戦闘部隊がいるわね」


 よく分からないけど凄そう。そんな印象。


「そこが鎗真。いや、ソーマ・エコーの本来の所属だったってことなのね」

「そうよ」

「噂程度にしか聞いたことがないけど、実際どういう連中なの」


 聞いた話では、瞬間移動みたいに忽然とその場から消える移動手段を持っているらしく、魔法使いの根源である“全ての贈り物で満ちた世界(パンドラワールド)”を応用した能力を使いこなしているのだとか。


「診断室が決めた脅威度の高い危険指定されている魔法使い。そして魔法使い化や要監視指定されている全人類の調査と抹殺を主目的としている戦闘部隊よ」

「全人類……それって魔法使い以外も含まれているという意味ですよね」


 じゃあ、まだ魔法使いになってない普通の人も。敵味方関係なしのやり方をしているの?


「そこが戦闘員と違うところね。同族も対象にした血も涙もない方向性から組織内でもかなり嫌悪されているらしいわ。あとやっていることが非道で汚れ仕事を一手に引き受けていることもあって、機密性も高いみたいだし、蘭が聞いたことないのも無理ないわ」

「アイツ、あたしよりも格上どころかそれ以上じゃないの」


 元C級戦闘員の蘭よりも格上ってことは、少なくともあの柚子瑠クラス以上になるんだね。ひょっとして、とんでもなく厄介な人物が現れたんじゃない?


「しっかし、緋真らと交戦したってことは、狙いはお前ら二人のどっちかか片方か。てところか」

「おそらく違うでしょう。本命は別にあるはずです」


 久遠が断言する。そういえば、ディミオスなんて新しい脅威にもあんまり驚いていなかったし、予想通りとも言ってたような。


「その割には緋真らと交戦してたみたいだったけどな」

「あれはついカッとなってやっちゃったのよ」


 なるほど。蘭と顔見知りらしいし、ちょっかいでも掛けられたんだね。なんとなくそんな想像ができそう。


「そんなことりも、あの男の狙いまでは予測が付かないけど、それとは別件で連合の方も探っているみたいよ」

「やはりそう来ますか」

「どういうこと? あの件について、問題でも起きたのかしら」


 さっぱり分からないけど、覇人は理解しているみたい。緋真さんもおおよそ分かってるみたいだし、どうやら私たちにはまだ知らされていない要件にかかわることなのかもしれない。


「近い内に連合結社第六番、“MEグループ”が新開発した兵装を持ってくる予定があります。その運搬作業が異端診断室に気づかれたそうです」

「そういうことね。あの人たちの技術力は認めるけど、周りが見えてないことが多いのが瑕なのよね」


 連合の技術担当って言ってたところだね。この地下施設の設計もしたんだとか。確かに技術は凄そうだけど、色々と人格的に慣れ合いづらそうな人たちだ。


「連中のせいでこっちまでとばっちりを喰らうってか。やれやれ、手間を掛けさせてくれるぜ」

「搬入の際は私の方で調整しときますので、あなた方は引き続き計画の進行を任せますよ」

「一体何を持ってくんのか気になるが、まあ楽しみは取っておくか」


 覇人でも知らされていないんだ。うーん、これは相当大掛かりな代物だと見た。教える気はなさそうだし、楽しみが増えた程度で思っておこ。


「ところで今後、私たちはどう動けばいいのかしら。ディミオスが動いているとなれば、当面は私たちの方も監視していそうだけれど」

「おそらく警戒する必要性はあまりないでしょう。放っておきなさい」

「あら、いいの? あのディミオスの男。ソーマだったかしら、かなりの手練れだと思うわよ」

「彼一人では、この事態を止めることは不可能です。ましてや、ここは長年閉ざされてきた地。本来の監視官の役目も機能していません。恐れる要素にはならないでしょう」


 さりげなく無能って言ってるような。実際のところ、これまで拠点どころか組織の全貌すら掴まれていないんだから、その通りなのかもしれないけど。


「それもそうか。いやぁ、おかげさまでちったあ楽できそうだぜ」

「あの、ちょっといいですか?」


 嬉しそうにしている覇人に水を差すように茜ちゃんが声を掛ける。


「監視官の役目とは、魔法使いの捜索……なんですよね。本来のということは、他にもあるのですか?」


 あー、そういやそんなこと言ってたっけ。心配ないみたいなことを言うから気にしてなかったよ。


「一応それもあるのだけれど、本来の役目は全戦闘員と人類の監視ね。戦闘員の補助をしてると聞いてるかもしれないけど、実際はディミオスの方よ」

「そう、なの?」

「人類の裁定と観察を司る世界の観測機関。その名の通り、監視官は魔法使いや戦闘員も含めた全人類の監視が本来の役目なのよ。そして、手を下さなきゃいけない場合の実行部隊がディミオス」


 難しく言われてるようだけど、それって要は敵味方関係なしに、まさしく処刑人として働いているってことだよね。


「ま、そんなわけで連中の立場上、連合とも敵対していたりもするんだけどな」

「それじゃあ、あいつら連合のことはある程度把握していると見ていいのかしら」

「どこまで掴んでるかは知らねえけどな」


 なんとなく裏社会の対立が分かってきたような。

 戦闘員と私たちの関係は今まで通り変わらなさそうだけど、それ以上に厄介なディミオスというのがいる。けど、この人たちは全人類を処刑の対象にしていて、実行に移さないといけない要件の時だけ動く、と。そして、連合とも敵対している。戦闘員と違うのはこの辺りかな。

 戦闘員は魔法使いを――。

 ディミオスは対象人物だけを――。

 とりあえず私はターゲットに入ってるわけじゃないから、この辺は心配する必要は無し。つまり、それ以外の誰か。それは、魔法使いかもしれないし、一般人かもしれないし、アンチマジック関係者かもしれない。

 話しを聞く感じだと積極的に連合と対立するつもりでもなさそうだし。確かに現時点では放っておいてもいいのかも。私じゃよく分からないから、そんな感じで捉えておけばいっか。何かあれば、あれこれ指示出してきそうだし。


「大まかな事情は分かった。それで、肝心の計画とやらに俺たちはどう関わればいいんだ。覇人と違って、まだ全貌は明かされていないんだが」


 おっとそういえばそうだ。一仕事終えた感あって、次は休憩とかでいいんじゃないかな。なんて展開を期待する。


「すでに聞いているかもしれませんが、私の立場からあなた方に直接命を下すつもりはありません。私からの伝令はすべて彼女らに追って伝えています」


 任務中に聞いていた通り、本当に幹部を通じてやり取りをしてるんだ。じゃあ、緋真さんたちから指示を貰って動けばいいんだね。


「今のところ、私たちからは特にないわね。……ゆっくりと好きに過ごしちゃっていいわよ」

「え、ほんと! じゃ、しばらくダラダラしてよっかな」


 ラッキー。ここで変にやることないかとか聞くのも悪いし、素直にお言葉に甘えてさせてもらおう。


「いいんですか。手も空いていますし、手伝えることがありましたら手伝いますよ」


 余計なことは言わなくてもいいのに……ああ、茜ちゃんったら真面目。そんな言葉を聞いて、緋真さんも何事か考えるような素振りも見せてしまってるし。嫌な展開になりそう。


「そうね……でも、本当にいまは特にないのよ。あ、でも一つだけ。紗綾と汐音が帰ってきたら、また彩葉ちゃんのお父さんから頼みごとがあるかもしれないわね」

「そういえば、この件も彩葉の父親からだったな」


 そうだった。魔具の開発がどうのこうのと言われて魔法使いを回収しに行くのが目的だったっけ。


「どうするべきかは、あなた方が決めると良いでしょう。この組織に入った時点であなた方にはあらゆる自由を与えています。引き受けるもよし。拒否するもよし。好きに決めなさい」

「今さらなんだけど、なんで久遠から直接私たちに指示を出さないの?」


 こういうのって、普通はリーダー格の役目な気がするけど。は、もしかしてめんどくさいからとか? 


「自由を許しているあなた方に対して私から指令を出せば断りづらいというものでしょう。ですので、計画の采配はすべて緋真らに任せているのです。私はただ、全体の統括と責任を背負っているだけです」


 納得。確かに一番上の久遠よりも一個下の幹部の人たちからの方がやり取りがしやすいかも。


「つくづく変わった組織ね。アンチマジックとは大違いだわ」

「頭の固そうな組織だしな。つってもあっちもあっちで色々内部はややこしくなってんだろうけどさ」


 巨大な組織故の問題があるんだろうね。ディミオスとかいかにもその代表っぽいし。私こっちの方が向いていそう。


「ところで、二人はいつ頃に戻ってきそうなんだ?」

「明日中には戻るでしょう。それまでは十分な休息を取っていなさい」


 なんだか最後は任務を押し付けたような展開になってしまったけど、無事に帰ってきてくれるといいな。汐音は魔法使い回収に慣れてるらしいけど、まだまだ子供な紗綾ちゃんには苦労を掛けてしまってるかも。帰ったら思う存分構ってあげよう。


「それではみなさん。早朝の帰りでお疲れでしょうし、各々自由に過ごしてください」

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