第94話

 通された部屋を一言で表すと異質だった。

 明るすぎない、薄暗さを演出している仄かな光が部屋を照らす。そして、四方の壁一面にはスクリーンが張り出されていた。

 例えるとするなら、まるで座席のない映画館みたいな部屋。何かが映し出されるんだろうことだけは、見て取れる。


「ここまでの長旅、お疲れさまでした」


 静寂に満ちた部屋に、凛と澄んだ声はよく響き、私の耳に流れ込む。

 薄暗い部屋の中央に佇む一人の人物。その魔法使いこそが裏社会で暗躍する秘密犯罪結社“白聖教団”のリーダー――!


「度重なる苦難を乗り越え、よくこの白聖教団へ辿り着いてくれました」

「あ……え!? この人……前に一度――」

「はい。たしか、如月久遠……さんでしたよね」


 茜ちゃんが熱を出して、しばらく滞在していた咲畑町。そこで私たちを追って来ていた、当時戦闘員だった纏の捜索をしていた時に偶然知り合った魔法使いだ。


「お久しぶりです。あのときは都合が悪かったものでして、身分の方はあえて伏せさせていただきました」


 覇人が言っていた。私たちが一度会ったことがある魔法使い。それって、如月久遠……さんのことだったんだ。ということは、この澄んだ声で上品そうな立ち振る舞いをしているこの人が、リーダーなの? 


「改めまして、自己紹介からさせてもらいましょう。私(わたくし)の名は如月久遠(きさらぎくおん)。この白聖教団を束ねている者です」


 外見からでは、とてもそうだとは判断しづらい人物だ。だけど、本人がそう名乗っているのだから間違いないんだろう。

 如月久遠。二十代前半ぐらいで整った顔立ち。透き通った声と合わさって、上品さがにじみ出ている女性。まるで美しい絵画と出会ったかのような、心奪われる佇まい。つまり、一度見れば印象に残るような美人な魔法使い。

 それが、白聖教団リーダーの正体だ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あんた、本当にリーダーだって言うの?」

「どうやら信じてもらえていないようですね」

「当たり前よ。じゃあ聞くけど、なんであの町であたしたちに情報提供をしてきたのよ?」


 情報提供……? 一体何のことだか。私と茜ちゃんの疑問に答えるかのように、纏が補足してくれる。


「咲畑町で彩葉たちの滞在していたホテルを教えてくれた一般人で間違いないよな。まさか、魔法使いだとは思いもしなかったが。それもアンチマジックと敵対している組織のリーダーだとは」


 ホテルに滞在していたとき、何の前触れもなく私たちは狙撃された。蘭たちは前もってあそこにいることを知っていたんだ。目の前にいる情報提供者のおかげで。


「分かってるの? あんたは、魔法使いである彩葉たちをアンチマジックに売ったということになるのよ」


 確かに。あのとき、それが本当だったら私たちは売られたことになる。


「……あなた方が、これから迎える波乱の時代を生き抜くためです」

「どういうことだ?」

「そういえば、私たちにも何か意味深なことを言っていましたね」


 確かに言われた覚えがあるような。あんまり意味がわからなかったから、聞き流す程度だったけど。記憶の片隅には残っている。


「あの町には、揃わなければいけない人たちが丁度集まっていました。そこで、私(わたくし)はあなた方と接触し、再会を果たせるように導びいただけのことです」

「私たちは誘導されていたのですか?」

「気に入らないわね。あたしたちはともかく、お姉ちゃんはあんたの仲間じゃないの? なのに、わざわざ守人とぶつけるなんて、何を考えているのよ。あんたのせいで、お姉ちゃんはあんな目に合ったのよ!」


 緋真さんは白聖教団の幹部でもある。おそらく、組織の中でも重要なポジションでもあるはず。


「もちろん。すべて承知の上で仕組みました。――蘭さんが魔法使いになるかもしれないという可能性も含めてです」

「……っ。あんた――何を考えているのよ」


 何もかも見透かしたように如月久遠は言う。初めて出会った時から得体の知れなさがあったけど、ここにきて更に深まった。


「先ほども申した通り、波乱の時代を生き抜くためです。そのために、私(わたくし)の手の者を常に側に付かせました」

「まあ、そういうことだ」


 ずっと黙っていた覇人が急に口を開く。


「俺と緋真はお前らが途中で倒れねえように、十分に力を付けさせる目的もあってな。その上で白聖教団に連れてくるつもりだったんだよ」

「全部、あんたたちの手のひらの上ってことなのね」

「でもさ、こうしてここまで来れたんだし、結果的には良かったんじゃない? 文句を言うのはちょっと、可哀想かなぁ……なんて」


 むしろ、感謝? しておくべきかな。よく分からないけど。どっちにしろ、白聖教団側の都合に巻き込まれた感じがする。


「あなた方にとって、さぞや苦労したことでしょう。ですが、分かってほしいのです。これからのこと。そしてそれは、白聖教団に身を置く上では避けられないことです」

「秘密犯罪結社“白聖教団“。確かに俺たちはここへ身を置くために頼らせてもらった。だから、この組織について教えてくれないか。俺たちには、あまりにも理解できていない部分が多すぎるからな」


 そこは気になるところだね。聞けば、かなりの大規模な組織らしいし、大掛かりな計画があるのだろうけど。


「いいでしょう。ですが、賛同できないというのなら、あなた方を迎え入れることは出来ません」

「組織のために働けってことだよね。いいんじゃない? 働かざる食うべからず。的なやつでしょ」

「彩葉ちゃん、一応話しは最後まで聞いておきましょうね。仮にも裏社会で恐れられている秘密犯罪結社なのですよ。そこへ参加すれば、私たちも悪事に手を染めないといけないのですよ」

「え? あ……そっか。そうなるね」


 話しが自然に進み過ぎて、悪とか善とかそういう感覚が追いついてこなくなっているかも。


「まず、この組織の立ち位置ですが。正確には、連合結社所属、五番結社”白聖教団”。それが正式名称と立場です」

「連合結社……ですか?」

「それぞれが独立した思想で動き、外部と呼ばれる外の世界で暗躍している、計八つの結社が集った名称です」

「白聖教団と似たような組織が他にも存在しているというのか」

「はい。連合結社全体には、とある計画が提示されています。各組織はこの計画に賛同したうえで集まり、互いに協力関係が結ばれています」


 途方もない話で、現実味が中々湧いてこなかった。アンチマジックはそのことを把握しているのだろうか。


「そんな話し、聞いたことがないわ」

「おそらく、アンチマジック内でも知っている者は数少ないでしょう。白聖教団内においても、全容を把握している者はいません」

「そうなんだ。じゃあさ、覇人もそんなに知らなかったりするの?」

「まあな。つーか、ぶっちゃけ外部と他の連合結社のメンツなんざ、ほとんど知らねえよ」


 組織である以上、禁足事項にあたる部分はやっぱりあるんだね。あまり、踏み込んで聞いたとしても意味はなさそうか。


「話せない部分があるのは仕方がないとして、この組織の目的ぐらいは明かしてくれても良さそうだと思うのだが」

「私(わたくし)たちの目的は、魔法使いを恐怖から解放することです」


 連合結社としての目的ではなく、白聖教団としての目的。そのまま受け止めれば、良い事をしようとしているのではないかと思える内容じゃないのかな。


「恐怖……。もしかして、アンチマジックのことですか?」

「それもあるでしょうが、もっと大きな存在を言いますと、魔障壁のことです」


 各区画を要塞のように囲っている壁。魔法そのものを受け付けず、魔法使いたちが区画からの逃走を阻害している障害だ。実際、私たちもこっちの区画に渡る際に、アンチマジックの軍勢に立ちふさがれて、あやうく全滅しかけたぐらいだ。


「魔法使いを逃げ場のない壁の内側に閉じ込め、処罰していくシステム。これは、アンチマジックにとって、効率のいい狩り方と言えましょう。そのことは、お二人には身に染みているはずです」


 その言葉に反応を示したのは、元アンチマジックの纏と蘭だ。


「外側には魔障壁。内側には魔力検知器。魔力の反応さえあれば、あたしたちは迅速な対応ができたものね」

「確かに効率は良かったな」


 ふと、気づいたけど、それって魔法を使えばすぐにアンチマジックに知れ渡るってことだよね。魔法使いなのに、魔法がまともに使えないというのもおかしな話に思えてくる。


「魔障壁を取り払い、本来在るべき姿を取り戻すこと。それこそが、壊れた世界の復元となるのです」

「理解が追いつかない部分はありますが、魔法使いが自由に区画間を移動できるようになれば、私たちには都合がいいかもしれませんね。でも、それは逆に一般人にとって、更に恐怖が増してしまうのじゃないのですか?」

「う、うーん。そう、かもね。魔法使いって、一般人には印象最悪だし」


 壁とアンチマジックがあって、成り立つ表の社会。それはそれで、一応ながらも平和な世の中になっている。

 でも、魔障壁が無くなってしまえば、魔法使いにはある程度の自由が許されそうなものだ。そうなれば、魔法使いを処罰することも難しくなってしまう。

 もちろん、そうなってくれた方が嬉しいんだけど、代わりに表の社会は混乱する。それが良い事なのか、悪い事なのか。私には分かりそうもないけれど。


「人々が魔法使いを恐れ、殺める。その判断こそが、すでにおかしいのですよ。真に恐れる対象は、善良と信じて止まない人々の方なのです」

「……どういう意味だ」


 善良とみなされている纏が疑問を持つ。


「不安定な精神を持ち、一時の感情に流されて破壊衝動に駆られる。そうして、魔力が発現し、魔法使いが誕生するのです。ですが、本来人間というのはそういう生き物だということを理解しなければなりません」

「破壊が許される行為だと言い切るつもりなのか」

「はい」


 涼し気に言い返す如月久遠。自分の言葉を信じて疑っていないというように。


「感情の揺らぎを抑え込みながら生きている者よりも、自らの本質に従って生きている者の方が、より人間らしいとは思いませんか」

「自制心は大事だろう」

「そうですね。しかし、それでも瓦解はするものです。戒め、律した生活が失敗に終わった時、人間は脆く、壊れやすい。そうして、魔法使いへと身を変じた者もいます」

「確かに……あんたの言う通りなのかもしれないな。けど、自分を見失って、一時の感情に任せた力が善良とは言えないだろう」

「哀しくて、寂しくて、悔しくて流す涙。憎くて、虚しくて、傷ついて振る暴力。それらは全て、空っぽとなった心を満たしたい欲求です。その力こそが魔力と呼ばれる物です。それでもまだ、魔法使いは悪だとでも?」


 分かる。すごく分かる。私は、父さんと母さんが目の前で惨い姿にさらされているのを見て、哀しくて涙を流して、仕返しがしたくて暴力に出た。

 それが、私が魔法使いになった理由。

 茜ちゃんや蘭も似たような理由で魔法使いになっている。だから、二人の気持ちもすごく理解できた。

 けど、纏はまだそんな感情を持ったことがない。なぜなら、人だから。


「なんなんだ一体……? 俺がおかしいのか?」

「あのね、纏。私たちは神様でも聖人でもないんだし、人間なんて薄皮一枚剥がしたらそんなもんだよ」


 人間らしさっていうのは、きっと普段は隠されているんだ。だから、剥がれさた先にさらけ出された本性こそが、人間らしい一面と言えるのかもしれない。


「だからと言って、魔法使い全員が善良とは限らないわよ」

「殺人鬼みてえな質の悪い魔法使いもいるしな」


 ああいう魔法使いは何というか、別物だよね。考え方や価値観がズレている人間というのはいるもんだよ。


「随分と話しが逸れてしまいましたが、私(わたくし)のこと。そして、白聖教団について理解してもらえましたか?」

「概ねは……だな。だが、あんたたちがやろうとしていることは、更なる争いを生み出すぞ」

「それこそが波乱の時代です。何かを変えるためには、犠牲はつきものですよ。多少、やり方が強引な点は否定しませんが。どうでしょうか、以上のことを含めて、私(わたくし)たち、白聖教団に協力するか、否か。あなた方に決めてもらいます」


 どうしよう。組織に入れば、より苛烈を極めた争いに巻き込まれてしまう。

 初めはここに助けてもらおうとして、訪ねて来たはずなのに。いつの間にか、大規模なことに首を突っ込んでしまっていた。

 いや、そもそも秘密犯罪結社に助けてもらう。なんて、考えの方がおかしかったよね。よく考えてみれば。

 一通の手紙から始まって、なんとなくここまで来てみたんだということに、今更ながら気づかされた。


「道中、あなた方は過去の教団の行いについて、噂を見聞きしてきたかと思いますが、あれらも全て計画遂行に必要な行いだと理解しておいてください。同時に、あなた方がこれから関わる件でもあることを」


 言われて、いくつかの大事件が頭に思い浮かんできた。


「――屍二の惨劇……」

「蘭、緋真、汐音。この三名に所縁のある災厄ですね」

「白聖教団とアンチマジックが始めた戦闘にあたしたちは、何もかも失ったわ。……ずっと気になっていたのだけど、お姉ちゃんと汐音ちゃんはどういう経緯で参加してるの?」

「あなたと同じですよ」


 拾われた。どうせなら、蘭も一緒に白聖教団で拾ってあげたら良かったのに。でも、その頃には蘭もアンチマジックに拾われたあとだったのかもしれないと思うと、何も言えそうにない。


「お姉ちゃんたちも、目的を知っているうえで参加しているのよね」

「原則、組織内においての行動と発言に制限はかけておりませんので。本人の意思を尊重したまでです」


 その辺りは何となくそんな気がする。覇人や緋真さんなんか結構好き勝手に動いているらしいし。特に緋真さん。


「そう……。だったら断る理由がないわね。あんたたちの計画に荷担するわ」


 緋真さんや汐音もいるんだし、蘭なら絶対残るって言うと思ったよ。


「……」

「あなたはどうします? 人を組織内に所属させるのは、いささか不本意ですが、あなたはすでにアンチマジック側とは縁を切っていますね。ならば、後はあなたの意思に任せましょう」


 纏は深く考え込んでいる様子だった。このメンバー内で唯一の人。魔法使いと関わり、共に行動することを選んでくれた纏。でも、これからは正式に魔法使いの味方になって、アンチマジックと本格的に敵対していくことになる。

 もう、二度とアンチマジック側に戻れなくなってしまうだろう。これが、退くか進むかの最後の選択だ。

 私は、纏がどっちを選んでも気にしない。好きにすればいいと思う。私が口出しできるような問題じゃないからね。


「あんたの言った通り、俺はアンチマジックを裏切って、魔法使いの味方をしている。人でありながら、魔法使いに関わっていく。そう決めたのだから、今更引き返すわけにはいかないだろう。だが、俺はあくまでも人だ。だから、組織には所属せず、協力者という立場でなら、計画に協力させてもらうよ」

「あなたがそう決めたのなら、好きにするといいでしょう。アンチマジックの戦闘員の力。借りさせてもらいますよ」

「望むところだ」

「いいのですか?」

「ああ。それに、親父に従って行動するよりは、こちら側に付いている方がまだマシさ」


 アンチマジックの新リーダー、天童守人。纏のお父さん。

 天童守人のやり方には、確かに纏は似合わなさそうだった。


「お二人はどうですか?」


 私たちに今度は順番が回って来る。けど、別に迷うことなんて私にはなかった。父さんがここに所属しているのだから、私も当然ここに入る。第一、家に残る気でいるのなら、こんなところまで苦労してくる必要もないんだし。


「私は残るよ。というか、そもそもここで厄介になるつもりで来たんだし、帰るわけないじゃん」


 ここにいれば、もっといろんなことに巻き込まれるだろう。でもせっかく来ておいて、やっぱり家に帰るなんてみっともない。やるだけのことはやろう。結果的にどんなことが待っていようとも、その時にまた考えればいいや。


「彩葉ちゃんが残るのなら、私にも残りますよ」

「い、いいの? 私なんかに合わせて? そりゃ、一緒にいてくれるのなら嬉しいけど――」

「いいのですよ。だって、私には帰る場所も迎えてくれる身内もいませんし……」

「あ、ごめん。そう……だったよね」


 茜ちゃんは母子家庭だ。野原町が火の海に沈んだ日、いままで面倒を見てくれていた母親が、崩れた自宅の屋根の下敷きになって、焼け死んだ。

 いまの茜ちゃんは独り身なんだ。


「でも、彩葉ちゃんが側にいてくれたから、私は寂しくなんてないんです。何より、私は彩葉ちゃんと一緒にいたいのです」

「……」


 なんか、感極まった。私もいま、同じ気持ちだよ。


「それに、彩葉ちゃんを一人にさせてしまいますと、どんどんだらしなくなってしまいますから。私がしっかりと面倒を見てあげないと」

「そうね。さすがにあたし一人の手には余るわ」

「何気にひどくない? ま、まあ一緒にいたいって気持ちはすごく嬉しかったけど」


 私ってそんなに一人でいるとダメなのかな? 自分ではそんなことはないと思っているのだけど、他人から見たらそうでもないのかな。


「纏まったようですね」


 それぞれ協力する理由は違うけど、気持ちは全員一緒だ。


「お前らならそう言うだろうとは思ってたぜ」


 覇人も心なしか嬉しそうにしている。引き続き、私たちは揃っていられる。それが、きっと嬉しいんだ。


「雨宮彩葉、楪茜、御影蘭、天童纏。現時刻をもって、以上四名を白聖教団に歓迎します。改めて、ようこそ白聖教団へ。あなた方の今後の活動に期待させてもらいますよ」

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