第83話

 爆風に追いやられるように一階へと駆け上がる。

 振り返ると、火だるまになった緋真さんが昇ってきて、その姿に驚愕してしまった。火傷とかそういう軽い症状で済ませれそうになかったけど、本人が言うには、炎を操る魔法を使うので服を着ているようなものなんだとか。冬場だと快適に過ごせそうで良いね!

 研究員たちは全員、緋真さんと同じ状態に合わされていると考えられ、下からの襲撃には心配はないらしい。

 無惨な姿に変えられ、そこから更に黒こげにまでなってしまっているのだから、とことん救いようがない結末になってしまった。

 半分ぐらいは自業自得とも言えなくはないけど、緋真さんのやり方は加減を知らない。危うく、私たちまで巻き添えになりそうになったのだから。

 おかげで、汐音がグチグチ緋真さんに突っかかっていく様子が見れた。あの時、嫌そうにしていたのはこういう理由があったんだね。

 まあ、でもこうして無事に一階へと昇れたし細かいことはいいや。終わりよければすべて良しってね。

 兎にも角にもあとは入り口に向けて走っていくだけとなり、行きと同じく覇人に道案内してもらいながら目指す。

 確か、一階は研究員の私室があるという話しになっていたはずだけど、どうやら全員下の騒ぎで駆け付けたらしくて、もぬけの殻になっていることは蘭が魔眼で確認してくれた。

 その蘭が、入り口まで差し迫ったところで小さめの声音を出した。


「気を付けて、二人待機してるわ」

「まだ、二人も残っていたのですか」

「たった二人じゃん。そんなに気にすることもないって」


 どうでもいいけど、みんな下に行ったのにまだ上に残っているってことは、サボりなんじゃないの?


「その敵はまだ目に見えて来ないのか?」

「あたしの眼に透視能力はないのよ。魔力反応だけは探れても、障害物が邪魔で姿までは視認できないのよ」


 巨大迷路を体験しているような現状では、一面壁で到底入り口なんか見えて来ない。いまはまだ蘭が確認したという魔力反応の位置が入り口だというところまでしか分かりきっていない。

 それを頼りに進んでいくと、やがて曲がった先に大きな広間に辿り着き、蘭の魔眼で敵の姿を確認するまでもなく、すでに待ち構えていた二人組の方が出迎えた。


「あ! やっと来た。もう遅いよ。お姉ちゃん。月ったら暇すぎて死んじゃうところだったんだよ」

「寝てれば退屈も凌げただろうに……」

「殊羅、そればっかり。子供はね、遊んでなきゃ退屈しのぎにならないんだよ」


 最強で最悪の二人組。天使と悪魔。悪魔は言い過ぎかもだけど、強さ的には悪魔級。でも片方の容姿は天使。未知の生物と出くわしたかのような圧倒的な存在に待ち伏せされていた。


「あんたたち……なんでこんなところにいるのよ」


 天使と悪魔とはバーで会ったばかりで、そのあと汐音の報告だと篝さんの仲間を殺害したという話しだった。


「なんでって言われてもな……仕事で立ち寄っただけだ」

「今朝のアレのことですわね」

「わぁ……! 綺麗なお姉ちゃんだね」


 初めて汐音と知り合った月ちゃんは、私が最初に思った事と同じ感想を漏らしていた。汐音はまだA級戦闘員月ちゃんの生態をよく分かっていないこともあって、どう反応したらいいの分からずに沈黙を貫いていた。


「でも、アレを見ちゃったってことは、ここまで月たちを追って来てたのは、お姉ちゃんなんだね」


 さっき話題に出ているアレっていうのは、篝さんの仲間を殺したときのことだよね。


「やはり、ばれてましたのね。A級とS級戦闘員の追跡があまりにも上手く行き過ぎていたものだから、おかしいとは思っていましたのよ」

「汐音。お前、どうやら嵌められちまってたみたいだぜ」

「そのようですわね。けど、まさか秘密裏にしている研究所を教えるような真似をするとは思ってませんでしたのよ」


 同じ戦闘員ですら、知らされていない場所を魔法使いに晒すようなことをするなんて、裏切り行為になったりしないのかな。


「わざわざ俺たちを罠にまで嵌める理由。月、君たちは何がしたかったんだ?」

「えー……だって。月たちが魔法使いを殺して、研究所まで案内してあげたら、探している回収屋に見つけられると思ったんだもん」

「しばらく姿を消してはいたが、まだこの辺りにいることは分かっていたからな。ちょっと隙を見せてやれば釣れると思ったが……こうも上手くいくとはな。探す手間が省けたぜ」


 私たちがこの区画に到着すると同時に、覇人の指示で汐音は回収屋の代替わりも含めて、身を潜めていた。そして、私たちがいざ動こうとした矢先に篝さんの仲間が襲われた。それは運悪く汐音が組織から出されていた命令である、私の父さんの捜索。その囚われていた研究施設と重なっていたんだ。

 相手からしてもラッキーなのかもしれないけど、私たちからしても研究所を探す手間が省けてラッキーという状況になっている。

 お互いに得をしたと言っていいのかも。


「さて、回収屋はどいつだ? 尾けてきた方か? それとも――銀髪の男の方か?」


 殊羅の中では、覇人か汐音のどちらかに正体を絞っている様子。

 私や茜ちゃん。元戦闘員である纏と蘭が回収屋であるわけないしそうなるよね。 


「俺だよ。汐音には代役をさせてただけだ。本物がしばらく動けねえ状態だったもんでな」


 隠しきれないことを分かってか、覇人は堂々と正体をばらした。


「やっぱりお前だったか。屋敷前で一度、見掛けたときからお前は頭一つ抜けていたからそうではないかと予想はしていたがな」

「やれやれ。お前みたいなおっかない奴に目つけられるのは勘弁願いたいんだけどな」

「殊羅だけじゃないよ! 月も目を付けてるもん」

「お子様でも勘弁だっつーの。ったく、なんで俺ってこう変な奴にばっかり目を付けられるんだよ」


 出来れば庇ってあげたいけど何もコメントできないね。だって、今度は私に火が飛んできそうだし。それは私も嫌だし。


「ま、ここで出くわしたのも巡りあわせだろ。大人しく引き返して牢に閉じこもってくれや」

「な、何を言っているのですか?」


 冗談なのか本気なのか、いまいち判別が付きにくい提案に呆気に取られた茜ちゃんが確認の意味も込めて聞き返す。


「どうせ俺らを越えていくことは無理だろ。俺も格下の相手をするのはめんどくせえもんでな、お前らが引き下がってくれたら、それでこの件はすべて解決するだろ」


 悔しいことに、この人数でも殊羅と月ちゃんを倒して先に進むのは難しいかもしれない。私や茜ちゃん、纏や蘭もまともに相手にされることはない。せいぜい、緋真さん、覇人、父さん、汐音の四人ぐらいしか戦える魔法使いはいない。


「手間を掛けたくなかったのなら、研究員と共に戦えば良かったものを。おかげで彼らは禁忌の研究の被検体となったというのだぞ」


 この施設にいた研究員は全員、魔法使い化して狂気に駆り立てられながらも私たちを逃がさない様に必死になっていた。来てほしくはなかったけど、もし殊羅と月が駆けつけて来たなら無駄な命を落とすこともなかったと思うのに。

 緋真さんが地下一階全土を焦がしてしまった後では、もう何も言えないけど。


「ああ、それはだな――」

「殊羅がサボったんだよ。月はね、行かなきゃって言ったのに……地下は研究員に任せて、入り口で待ってようって殊羅が提案したから」

「あんなややこしい道を探し回るのはめんどくせえだろ。どうせ、出口はここしかないんだしよ。ここで待ち伏せしていたほうが楽でいいと思うがな」

「殊羅のバカー!! そうやって面倒くさがるから、いっぱい人が死んじゃったんだよ」

「……じゃあ、かたき討ちでもしたらどうだ? こいつらまとめて相手にするには、お前さんが戦う理由には十分だろ」


 殊羅が恐ろしい提案を出してきたが、たしかに月ちゃんが魔法使いを倒す理由としてはそれだけで十分すぎる。

 証拠に月ちゃんもそれには一応納得したようで、しぶしぶながらもやる気を見せている。


「……そうだけど。それじゃあね、殊羅も今度はちゃんと協力してくれる? このお仕事はね、月と殊羅に任されたことなんだよ」

「仕方ないな……少しだけならな」


 殊羅が纏っている外套から鞘を抜き出す。

 まだ刀は納められているというのに、まるでむき出しの刀のような、鋭利な威圧を漂わせている。

 ただ鞘を握っているだけの所作にこんなにも怯えてしまう私がいる。

 それは一度、体験した恐怖が染みついているからなのかもしれない。

 だから、次に何をされるかなんてことはあらかじめ予測が付いてしまった。

 鞘を振ったその一瞬、天地震わす圧倒的な存在を伴って射出された衝撃波は、私たちの真上にある天井を砕いた。

 弾丸のように降り注ぐ天井の欠片に翻弄されながらも、私たちはなんとか前へと走り抜けることで回避する。

 おかげで、殊羅と月ちゃんとの距離が縮まってしまうことになったのだけど。


「みんな、無事……ですよね」

「うん。なんとかね」


 他の人たちもそれぞれ無傷であることを教えてくれる。

 それは良かったんだけど、後ろには瓦礫の山が出来上がり、ちょっとした山登り感覚でないと戻れなくなってしまっている。


「力任せなやり方ですわね。緋真そっくりですわ」

「心外だわ。私はちゃんと周りの被害のことも考えてるわよ」

「あなた……さっき下で何をしたのかもう忘れましたの?」

「……悪かったわよ。そんなことよりも、これで退路は断たれてしまったわね」


 緋真さんの言う通り、いよいよ後ろには戻れなくなってしまった。もう、目の前にいる最強コンビを乗り越えるしか私たちには道がなくなった。

 そもそも後ろに戻る気はなかったから、別に塞がってしまったこと自体は全然問題ないけどね。これはこれで覚悟を決める良いきっかけになったんじゃないかなとすら思えてくるよ。

 刀を創り、構える。

 たとえ私の格上であったとしても、退くに引けない状態になってしまっては無理でも押し通るしかない。

 大丈夫。こっちにはすごい魔法使いが何人もいるんだから、絶対に負けない。まじないのように言い聞かせて勇んだところを蘭に突然呼び止められる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 彩葉」

「な、なにかな? 別に玉砕覚悟で挑もうとしていたわけじゃないよ」

「あんたねえ……はぁ、もういいわ。それよりも――」


 うっかり零してしまった本音さくせんに蘭はため息を交えて答えた。だけど、魔眼を発動させた蘭の瞳にはすでに私は映していなく、最強コンビの方に向いていた。


「殊羅。一つ、確認を取らせてもらうわよ」

「……あ?」


 魔眼の眼力で睨み付けるように見据えた瞳で何かを感じたんだね。だいたい蘭が怖い声だして睨んでる時って、そういうことがある。


「あんた……さっきの衝撃波は、どう見ても魔力を放っていたわよね。ただの人であるはずのあんたが」

「……」


 誰もが耳を疑っている。私や茜ちゃんは何度かあの一撃を見たことがあるけど、一度たりとも魔力なんて感じていない。蘭の魔眼だからこそ感じ取れる一瞬のことなんだろう。

 いや、それよりも。殊羅が魔力? みんなが疑ってしまうのはそこだよね。

 すべての人間には少なからずの魔力が宿っている。だけど、魔力を扱えるのは魔法使いだけ。となると、魔力を放ったと言った蘭の言葉を信じると、殊羅は魔法使いということになってしまう。

 アンチマジックで――それも魔法使いを狩る戦闘員なのに魔法使いを雇っているの?


「あたしの眼は誤魔化せないわよ。魔力を使う戦闘員なんて聞いたことがないわよ! ……あんた、一体何者なのかしら?」


 蘭が問いただしても、沈黙を貫く殊羅。その後、補足するように纏が流暢に付け加える。


「アンチマジックに入った当時に殊羅の資料を呼んだことがあるのだが、経歴不詳になっていたな。出生からすべて過去が隠蔽されていた。分かっていたのは名前と性別。それから階級だけだった。しかし、アンチマジックに入っているということは人であることは間違いがないはずだ。過去、魔法使いを雇ったという前例はないからな」


 前例がないってことは、初めは魔法使いじゃなかったけど、途中からなったってことになるのかな。

 ここにいる蘭のように。と言っても蘭は戦闘員から抜けてしまったんだけど。でも、そのまま隠し続けて戦闘員としてやっていけてたら、もしかしたらあり得るのかもしれないね。


「もし、この件がアンチマジックに知れ渡れば、あんたは戦闘員としての地位を失うどころか、俺たちと同じ。狩られる側になるはずだ。最強のS級戦闘員――神威殊羅。あんたは、魔法使いなのか? それとも人なのか? どっちなんだ」


 次々と明らかになる謎について、黙って聞いていた殊羅はついに口を開いた。


「俺が何者なのかだと……答えは――両方だ」


 人と魔法使い。ハーフ……で解釈していいのかな。


「まさかとは思うが……いや、一応この場はそのままの意味で理解させてもらうとしようか」


 研究者である父さんだけは、話の展開に付いていけていた。


「人と魔法使いの境界線に立った俺は、人でもあるが同時に魔法使いでもある。それが、魔人と呼ばれる由縁だ」

「……人外……魔人。それがあんたの通り名だったわね」

「魔人とはいうが、正確にはどちらでもないらしいがな」


 人でもなく、魔法使いでもない。その間を取って魔人。魔力を操ることが出来る人ということでいいんだよね。


「うーんとね、月も難しいお話はよく分かんないんだけど、殊羅が魔力を全部出しちゃったら、誰も手出しできないぐらい凄いんだよ!」

「いまの状態でも十分に凄いのですけど、魔力を出せば更に強くなってしまうのですか?」

「月もみたことはないんだけどね、殊羅が特別になっちゃった理由は、人だけど魔力が引き出せるからなんだって」


 天上を崩した程度の魔力だとまだまだほんの一部ってこと? 私の下手くそな魔力弾を全力で撃ったとしても、たぶん天井を崩すどころか、柱の一本でも壊すことぐらいしか出来そうにないのに……なんだか魔法使いとしての面目が丸つぶれな気がしてきた。


「ま、安心しろ。本気なんざ滅多に出す気はないんでな。しかし……数名興味が持てそうな奴がいるが、その状態では満足にやり合えそうにもなさそうだし、今回のところは手を引いてやろう」

「ちょっと殊羅! またサボっちゃうの?」


 鞘を外套の中に戻し、完全に戦意を失くした殊羅。


「退路は塞いどいてやったんだ。あとは、お前さん一人でもいけるだろ」

「また月一人でやるの? 殊羅、ちょっとしかお仕事してないじゃん」

「仮にも最強のA級戦闘員を名乗ってぐらいなら、こいつらの相手ぐらいなら十分任せちまってもいけるだろ。……まあ、仕事上“回収屋”の相手だけならしてやってもいいが」

「もう……じゃあ、回収屋を捕まえるお仕事はしてよ。残りは月が全部やっつけちゃうから。ちゃんと血晶もいっぱい持ってきたし、月が本気出しちゃえば、お姉ちゃんたちは一人でも倒せるもんね」


 殊羅と対照的に敵意をむき出しにした月ちゃんから殺気が迸る。

 使うのは、血晶と見えない様に腰に差している一本の脇差。いまはまだ抜いておらず、居合のように使いこなすらしい。

 前回、緋真さんが戦ってくれたおかげで戦法だけは分かっている。

 離れていたら血晶を使い、不意に接近してきては脇差で斬り伏せる。つまり、月ちゃんの小柄な体型を活かした速度に対応しきらないと接近戦にまで追い込まれることになるってこと。


「――さすがにちょっと血を抜かれ過ぎたみたいだわ。いくら、前回互角に相手したとしても、今回ばかりは厳しいわね」

「本調子であればまだ可能性はあったが、今の僕と緋真の状態では本来の力を引き出すことは叶わないだろうね」

「そうね。頼みの綱となる覇人は、神威殊羅の相手で手いっぱいになるし、さすがに弱ったわね」


 やっぱり二人とも無理をしていたんだ。そりゃそうだよね。見つけたときには衰弱していたんだし、ここまで頑張ってくれた方だと思う。

 だから、今度は私たちが頑張る番だ。


「足りない分の力は俺たちで埋めさせてもらうよ。個人で見ればまだまだ未熟な力だが、チームワークならば誰よりも優れていることには自信がある」

「私たちだけでB級戦闘員を倒したこともあるしね。実績は十分にあるよ」


 父さんと緋真さんの力が弱まっていたとしても、私たちが加勢すれば張り合えるぐらいの力にはなるはず。

 緋真さんにはあのとき、庇いながらじゃ戦えないから逃げろと言われたけど、今度は何も言ってはくれなかった。それは、私たちの成長を感じ取ってくれたからなのか、止めても無駄だと分かってくれているからなのか。どっちか分からないけど、ただ黙って炎を展開させていた。

 それを共闘の許可を貰えたんだと思った私は刀を創り、他のみんなもそれぞれの武器を手にする。


「頼もしい子たちですわね」

「でしょ。私の可愛い妹分たちだもの。当然よ」

「そう言われると、なんだか妙な説得力がありますわね」


 地面から大量の犬人形が生まれてくる。何度見ても死者が蘇ってきているような光景にしか思えない魔法は、汐音のものだね。

 これで私たちの準備は整った。

 目の前にいる圧倒的な力を持った存在に対抗するための、数に物をいわせた戦略でどこまで通じるのか。

 こればっかりはやってみないことには分からない。

 でも、きっと通じる。根拠はないけど、人の思い込みって時にはすごいまじないのような力にもなるんだと思う。

 そう思っている間は、負ける気がしない。戦いは、気の持ちようでも左右されるもんなんだよ。


「それじゃあね、改めて。研究所を攻撃して、悪い魔法使いになっちゃったお姉ちゃんたちを月の敵にしちゃうね」


 来る――! そう思った瞬間、目にも止まらぬ速度で魔力弾が月ちゃんの後ろから襲い掛かる。

 撃ってきたのは入り口の方からで、もちろんやったのは私たちの誰かじゃない。

 魔力弾が直撃する寸前、月ちゃんは命の危機に瀕した獣の如き勢いで反応していた。だから、月ちゃんは生きている。あの一発程度では無傷のまま立っているはずだ。

 予感は見事的中していた。なんともなかったように立ち尽くしていた月ちゃんだったけど、その刹那――立て続けに魔力弾が降り注いだ。

 疾風を纏った速度で機関銃のように撃ち放たれる魔力弾。瞬く間に月ちゃんと殊羅を飲み込み、爆ぜる音の連鎖が耳に流れ込む。

 やがて、弾薬切れを起こした魔力弾の嵐は止んでいく。だがそれでも、そこにはむせた月ちゃんと埃を払う動作を入れた殊羅の元気な姿が在った。


「もう、誰なの? 不意打ちしちゃうなんて、ズルはいけないんだよ」


 向いているのは入り口側。

 太陽の光が地面を煌々と照り付け、眩しさからピンボケした写真に映った人のような姿が見えた。

 徐々に光から外れて、暗がりになっている研究所内に足を踏み入れてくれたことで、ようやく姿を拝めるようになる。


「……」


 その身体は小さく、幼さのある可愛らしい顔には無表情の仮面が張り付いている。

 時計塔の前で出会い、私が体験した恐ろしくリアルな夢の世界でも再会した女が立っている。

 この子とは私と茜ちゃんで打ち解けあい、蘭が常に正体を疑い続けていた女の子。

 でも、この状況下の私たちを助けてくれた女の子は間違いなく魔法使い。その女の子は初めて出会った時と変わらず、無表情なまま、そして無言を貫いてこの場に乱入した。

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