第71話

 リーチの差なんだと思う。

 振り下ろされた短剣よりも先に、私は創りだした刀で相手の腕を斬り飛ばす。

 盛大に悲痛の声を叫ぶ戦闘員。

 あまりにもうるさいから、そのまま刀を振り下ろして戦闘員を黙らせた。

 初めて人を殺したというのに、罪悪感なんかは感じなかった。溜まった何かを吐き出したことで、むしろすっきりとした。湧き上がった衝動のままにしたのが良かったのかもしれない。

 次に短剣を構えて襲ってくる戦闘員。足を引きずっていようと関係なく、逆にこれがチャンスなんだとばかりに向かってくる。ほんとに容赦がないね。でも、殺す気で来ている相手からすれば格好の的かもしれない。

 だからって黙ってやられるつもりもないからね。


「――っ!」


 向かってくる戦闘員に刀を振るけど、魔具である短剣で防いでくる。ちょっとづつだけど、食べられていく刀。切れ込みが入っていって真っ二つにされるのは時間の問題になってきた。

 ううん。考えるのはナシ。むしろ丁度いい。このまま全部食べさせる。

 切れ込みが入っていることで、力を入れたら簡単に折れた。いや、ちがうのかな。食べられたのか。細かいことはどうでもいいとして、断面はなめらかに斜めに切れた。

 その刀を戦闘員の胸に突き刺す。ずぶりと奥まで貫通して、背中から刀が見えていた。

 その時、短剣が手から滑り落ちていった。あれはたしか、結晶体の部分が壊れたら魔力弾と同じ効果があるんだった。

 無我夢中で落ちる前に受け止めると、遠くにいる戦闘員目がけて投げた。

 私の刀から魔力を吸い取っていたおかげで、着弾したのと同時に小規模だけど爆発した。そんなに魔力を吸い取っていなかったみたい。

 これを機に私は引きずった足が痛みに耐えきれなくなって、倒れ込むようにして茜ちゃんに寄り添った。


「茜ちゃん! しっかりして!」

「だ、大丈夫ですよ……。彩葉ちゃんを置いてなんて、いけませんからね……」


 呼びかけると、たどたどしく返事をしてくれた。咳き込みながら微笑んで、私を安心させるつもりなのか、手を握り返してきてくれた。まだ、暖かい手。


 生きている。

 生きている。

 生きている。


 それだけが分かっただけでも十分に嬉しい。息をしているなら、まだ助かる可能性もあるんだから。


「でも、……どうしよう……これ……私……っ! どうしたらいいの?」


 流れるだけ流れる血。このまま放っておくわけにもいかないし。かといって、私に何がきるんだろう。


 分からない。

 分からない。

 分からない。


 助けたいのに助ける手段が分からないことほど辛いことはない……っ。


「どきなさい彩葉!」

「……蘭」

「お姉ちゃんの見様見真似でしかないけど、止血ぐらいならあたしでもできる筈だわ」

「うん。お願い!」


 魔眼で茜ちゃんを見る。魔力が濃く出ている腹部からやるみたい。

 何かあった時のために常備していた包帯で、その場しのぎで手荒くやっていく。

 覇人と纏もそれぞれ戦闘員と対峙してくれている。数名、動きの良い戦闘員が覇人と戦っている。D級とE級、そしてF級戦闘員が数名いる。

 纏の元にはF級戦闘員が二人がかりで挑んでいた。

 戦力からしたら、それが妥当だと考えたんだろうね。

 みんな、頑張っているんだし、私も何かしないと。ただ、見ているだけなんて絶対に嫌だ。


「――彩葉! 後ろ!」


 蘭が叫ぶと同時に疾く反射的に振り向く――

 また、戦闘員が来た。ほんとに私たちを殺すためなら、どんな時でも関係ないんだね。


「邪魔しないで――っ!」


 短剣を創って、こっちに来る前に投げて突き刺すと戦闘員はうめき声をあげて倒れる。あの人もF級戦闘員だ。もっと上の階級ならあれぐらいは多分、避けられているはずだし。

 とにかく、私は足を引きずりながら近づいて、刀を掲げる。


「もう……いいよ。そっちが殺す気でくるんなら、私だってもう遠慮はしないよ。私たちだって、生きるために必死なんだから――!」


 みっともなく叫びをあげた戦闘員に止めを刺した。

 一人殺すのも二人殺すのもそう変わらない。正当防衛ということにしておけば数なんてどうでもいいや。

 ここに一般人がいなくてよかった。裏社会のことなんて何も知らない人たちだから、出来れば魔法使いの印象は悪くしたくなかった。けど、ここの人たちからは最悪な印象をもう受けているんだから、今更どうだっていい。だから、遠慮なく。


 私は生きるために殺した。

 大切な人を守るために殺した。

 そういう殺人は、神様だって理解してくれるよね。許してくれるよね。


「――私は間違ったことはしていないよね」

「そうね。少なくとも彩葉はいま、あたしたちを守ってくれたわ。それに、元々あたしたちは殺し合う立場なのよ。あたしはそういうのを、彩葉よりもずっと前から体験してきてるのよ。悔やむことはないわ」


 そう。そうだよね。これが本来の私たちの立場。緋真さんだってあの時、月ちゃんと殊羅から私たちを守ってくれた。それと一緒だ。

 安心したら、力が抜けた。

 痛む足。立っていられるのも限界に近付いてきて、刀に体重を預けて楽な姿勢になる。まだ、敵はいるんだから、倒れるわけには行かない。私が出来るのは戦うことだけ。蘭が茜ちゃんの介抱するだけの時間を稼ぐ。


「――木の上よ!」


 あんなところにも隠れていたなんて思ってもいなかったし、引きずった足ではどうあがいても避けきれない。


 それでも足掻いてやる。 


 紅い光線がやってきて、私は支えにしていた刀を押して横に倒れ込んだ。

 わき腹辺りに焼けるような痛みが走る。手で抑えて感覚を紛らわす。

 覇人はまだ余裕を残してそうだけど、纏はもう満身創痍な状態になっている。私も立ち上がる力もなくなってきてるし、蘭は茜ちゃんの介抱で動けない。

 本格的にこれはまずい状況になってきていた。


「なに――?! なんなのよ? この数は……」


 蘭が魔眼を見開いて何かに怯えたような、驚いているような声を出した。

 一体、その眼に何が写っているのかな? いやな予感をさせてくれる。


 その時だった――


 爆発音が響き、木々がなぎ倒されて、私を撃った戦闘員が墜落してきた。

 どうして、突然こんなことが起きたのか状況が飲み込めない。

 訳も分からず、地面を這いずっている戦闘員を呆然と見ていたら急に弾け飛んだ。

 この木々も含めて、いまのは魔力弾の一撃だった。

 更に続けてくる魔力弾が、次々と戦闘員を蹂躙していき、絶叫の悲鳴を哭かせていく。


「誰なの? あの人たち」

「嘘でしょう……!? 全員、魔法使いよ」


 数えたら十人いた。

 あれがすべて魔法使いなんだったら、二十九区側に住んでいる魔法使いってことなんだろう。


「同族の危機なようだ。勝手ながら手を出させてもらうぞ」


 このメンバーを引き連れてきたと思われる男性魔法使いが言った。


「あれだけの大人数が徒党を組んでくるってことは、グループの魔法使いたちか」

「知っているのか? 覇人」

「まあな、一応、害のない連中ってことは間違いねえよ。とりあえず、手を貸してくれるってみたいだしよ。ここは任せちまった方がいいんじゃんねえか?」

「そうだな。茜もあんな状態だ。彼らの力を当てにして、一気に駆け抜けるぞ」


 纏がそう言うと、魔法使いたちもさっきの男性の合図のもと、一気に動き出す。

 なけなしの気力を使って、茜ちゃんの傍まで寄る。


「私が、茜ちゃんを運んでいくよ」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ! 足を怪我しているのだから、あんたは自分のことを考えなさいよ。茜はあたしが連れていくわ」


 茜をそっと背中に預けて持ち上げる蘭。

 いまの私では歩くだけでもしんどいのに、その上茜ちゃんを運んでいくことなんて出来ないし、ここは蘭に任せてしまおう。

 私と蘭は並んで走り出す。お互いに全力疾走が出来ないのが悔やまれる。そんな私たちに合わせて、覇人と纏が先導してくれる。

 戦闘員と代わりに戦ってくれている魔法使いたちの間を抜けていく。


 すれ違う戦場。


 行き交う銃弾と魔力弾の暴風――

 舞い散る赤い雨と雷鳴のように轟く悲痛の連鎖――


 犠牲となった人と魔法使いの死体を踏み越え、掻い潜り、私たちは嵐を離脱する。


「よく持ちこたえたな。あとのことは任せてくれていい」

「すまない。見ず知らずの俺たちのためにわざわざ……」

「別に気にすることはない。同族を救うための親切心だとでも受け取ってくれて構わない」


 理由はどうであれ、助けてくれたことは本当にありがたい。感謝してもしきれないほどに。

 当然のことをしているだけと言い張るリーダー格の男が、別の若い魔法使いを呼び寄せる。


「この先に俺たちが住んでいる隠れ家がある。そこのお嬢さんもどうやらヤバそうなことだし、そこでしばらく滞在してくれていい」

「なにからなにまで悪いわね」

「こんな時だからこその助け合いの精神だ。あとで俺たちも合流するから、先に行っててくれ。

 ――道案内は任せた」


 呼び出された魔法使いは、付いてこいと先頭に立って走り出す。

 一刻の猶予も争う事態、私たちは魔法使いの後を追って駆け出した。

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