第69話

 陣形は大きく乱れ行く。

 彩葉、纏が己が刀剣を手に執りながら、敵陣へと突進し。その後に、覇人が半透明の刃を携え、そのさらに後方に銃を構えた茜と魔眼で見据えた蘭が付いていく。

 その動きに合わせ、二十人の警備兵も動き出した。

 まずは、小手調べとばかりに十人が迫って来る。

 ガラス箱の観測者からすれば、これをどう捉えるべきなのか。


 災害に挑む愚かな人――

 殺し屋に首を差し出す自殺志願者――


 橋の上では――いま、まさに十人と二人が武器を交えようとしていた。


 だが、相手は所詮警備兵。

 対魔法使い戦に特化された部隊ではない。

 警棒が纏の太刀とぶつかり合うが、魔法使いではないとはいっても、根本的に格が違った。

 魔具――散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスで警備兵を薙ぎ払う。

 防御として構えた警棒は、ただの棒切れとしか機能はせず、みっともなく床に体を擦りながら転がった。

 彩葉も負けじと、襲い掛かる警備兵の攻撃を華麗に避けては斬り伏せていく。


「ねえ、相談なんだけど。殺すのは止めとかない? 魔法使いの評価をこれ以上落としたくないし……」

「ああ、それでいいさ。俺だってそんなことはしたくない」

「つっても、半殺しの時点で評価わりぃけどな」

「それはそれ。向かってくるんだから正当防衛ってことで。とにかく、相手の身動きが取れない程度までにしとこう」


 もうすでに魔法使いは絶対悪という印象が世間には付いているが、彩葉にとってはそうではなかった。

 魔法使いの中にも色々いる。それを知ったからだ。


 例えば、自分の両親。

 例えば、穂高緋真。

 例えば、いま、隣り合っている仲間たち。


 先日のような凶悪な魔法使いもいれば、そうではない魔法使いもいるのだ。


「まずい! 一人抜けられた」


 さすがに十人を一気に相手にするには厳しすぎた。

 彩葉と纏の前衛を抜けた警備兵が覇人へと牙をむく。

 しかし、その過ちに気づけるわけがなかった。


「行かせるかよ――」


 刃状の透明物質で腹部を突き刺し、勢いを殺すことなく線路と道路を分け隔てている柵へと杭で差し押さえるように叩き付けた。

 標本みたいにされた人体が柵を飾る。

 血反吐はいて、うめき声を漏らしていたところをみると生きてはいる。


 いまは――まだ。


 いずれは大量出血で死ぬことは間違いない無しといったところか。

 このメンバーの中でも突出した力を持った、覇人の無情な一撃が残った警備兵を黙らせる。

 誰もが慄いた一瞬だった。


「や、やりすぎじゃないですか……」


 その気持ちを理解できるという共感を持てた者は果たしてこの場で何人いただろうか。


「……ボサッとするなよ」


 状況の動きに気づいたのは蘭だった。

 魔力弾を彩葉目がけて撃ち放つと、そこに迫っていた終末無限の世界蛇ヨルムンガンドに絡めとらせる。


「……ちっ! やっぱ、てめえが動くよな。蘭」

「あたしの眼を甘く見ないでほしいわ」


 彼女らもまた、戦場の場数を踏んでいるだけあって、この膠着した状態を見逃す手はなかった。


「殺したくないって気持ちも分からねえわけでもないけどな、プロもいるってことを忘れんなよ」

「そうよ。出来る範囲で手助けはするけど、さすがに毎回は約束できないわよ」

「う……うん。気を付けるよ」

「ごめんなさい。こういう時こそ、後方の私がしっかりしないといけませんよね」


 覇人の忠告と今しがたの命拾いを体験した彩葉たちは、ここが命の取り合いの場だという認識に持ち直した。

 もう二度とヘマをするわけにはいかない。

 一瞬、一瞬を見極めて行動をすることこそがこの場で生き残る為に必要な手段である。


「茜。あたしたちは援護に徹するわよ。よく、状況を見ておきなさい」

「はい!」


 残った敵が一斉に猛攻撃を仕掛ける。

 こちら側は数が五人と少なめだが、優秀なバックアップと中衛がいる。前衛の戦力に乏しさを感じさせるが、この程度の敵ならば彩葉と纏でも十分戦える相手ではある。


 一対一で圧倒しながら斬り伏せる纏。

 回避を軸に戦う彩葉は、向かってくる敵の攻撃を流れるように避け、抜けざまに一撃浴びせる。


 しかし、彩葉の刀は軽すぎるゆえに、痛みをこらえて、転びそうになりながら抜けていく警備兵も少なからずいた。

 その先に待ち受けていた覇人が弱った連中にとどめとばかりに刃状の物質でぶん殴る。無傷で抜けてきた敵には斬り伏せ、大地に転がる。覇人の後方には倒れ伏した警備兵が量産されるだけだった。

 ある程度減らしていったところで、その道のプロが動きをみせた。

 柚子瑠の鞭は警備兵が彩葉たちに寄ってたかっているうちでは、真価を発揮できなかったから手を出す機会をうかがっていたのだ。


「……やばっ!」


 蛇のように這いずって来る鞭をどう対処するべきか。

 受けよりも躱す方が得意な彩葉は、もちろん回避に出た。

 ガラス張りになっている壁を蹴りあげて、宙がえりに飛び上がる。壁にバネでも埋まっているのではないかと錯覚するような鮮やかさが映える。

 方向転換の利かない鞭はアーチ状に飛んだ彩葉の下を虚しく潜っていく。

 攻撃に特化している柚子瑠にとっては、そうくるとは思っていなかったために一瞬、目を奪われた。

 いまこそ、反撃の時だ。

 驚異的な跳躍を成し遂げた彩葉はとっさに手に刀を造りあげると、柚子瑠に投擲する。

 矢のように飛んだ刀と伸縮自在の鞭の縮む速度。


 さて、どちらが速いか――


 答えはすぐに出た。

 捩った身体に靡いた頭髪が散ったことを柚子瑠は感じ取る。

 そうだ、間に合わなかった。しかし、手遅れになるのかといえばそうではない。実力のなせる判断が自身を救う結果に落ち着けたのだ。

 だが、彩葉には気を抜く暇すら与えられなかった。

 着地と同時に、警備兵が二人警棒で殴りかかって来る。


「――――!」


 両手に刀を携えた彩葉は、しゃがみこんだ状態から回転を加えて切り刻みながら跳躍。鮮やかな剣舞を魅せた彩葉はついに体力の限界か、一瞬の隙が作られた。

 そこへもう一人、警備兵が畳みかけようとするが、その一撃は彩葉を襲うことはなかった。


「今度はちゃんと守れたみたいですね」


 先ほどの失態を取り返した茜は怪我のない彩葉にホッとする。

 銃を生みだした魔法から魔力の弾丸が胸を狙い撃ち、彩葉を救うことが出来たのだ。


「さすがに噂の魔法使いだけあって、舐めてかからない方が身のためってか。クソ、厄介な連中が野放しにされていたもんだぜ」


 悪態を呟く柚子瑠。気づけば、ほとんどの警備兵が倒れ伏していた。

 格下だと思っていた魔法使いたちに、柚子瑠は危険度を改めておく。


「あんたの方が不利になってきてるわね。このまま戦っても結果は見えてるわよ。大人しく、そこを通らせてくれないかしら」

「職業柄、たとえうちが負けることになったとしても、その願いだけは聞けないんだわ」

「雑な仕事をする割には、いつもあんたって律儀に役割は果たそうとするわね」

「雑だろうが丁寧にやろうが、魔法使いはとりあえず殺しておく。これ以上にラクな仕事は早々ないからな。失業だけはしたくないんだよ」


 柚子瑠の鞭が道路と線路を隔てる柵を捉える。

 伸縮の力で強引に引き抜くと、網目になっている部分からへしゃげて原形が無くなっていった。


「え?! うそ!? なにあれ、メチャクチャ過ぎない!」

「どうやらB級は伊達ではないみたいだ」

「こんな力を持っていてもまだB級だなんて……」


 驚くにはまだ早かった。

 蘭はかつて、柚子瑠とともにアンチマジックの戦闘員として活躍してきた。

 その戦闘スタイルから、かなりの力任せな手段で攻勢に出るだろうと身構える。


「ほらよ! これならどうするつもりだ!」


 軋みを上げながら泥のように付着した地盤ごと柵が亡くなっていく。

 鞭が荒れ狂うとともに、前方から次々と柵が波と化して彩葉たちに襲い来る。


「仕方ない――解放するしかないか」


 誰よりも一歩前に歩み出た纏は、静かに佇んでは柵と対峙する。


「おいおい。一体何するつもりなんだよ」


 訝しんだ覇人が纏の背中から語りかけた。


「この太刀の前では、所詮ただの障害だ。この力なら道を切り開ける――」


 鞘に納められた太刀を居合いの構えで、機をうかがう。

 その視野が捉えるのは荒波の柵。

 何も難しいことはない。纏がその手に持つのは散りゆく輝石の剣クラウ・ソラス

 ならば、その名の如く散って魅せようか――


 ――――断!!


 抜き放った一瞬、阻害されることを許さない黒き刃が前面の障害を断ち切った。

 失うものは光。だが、代償に得るのはあらゆる断絶。

 一段階――美麗なる輝きを落とした太刀は確かに役目を全うしたのだ。


 横に綺麗な割け跡を残した柵は上下に両断される。

 片方は両者の間に横たわる様に落下し、もう片方は彩葉たちの上空を通り過ぎて後ろで落下音が響いた。


「もう本調子になっているみたいね」

「ああ、あと二発は撃てるさ」


 対峙したのは初めてのことだったが、噂には聞いたことがあった柚子瑠はその太刀の能力を知っていた。


 ただ、三度限りの一閃とともにあらゆる物質を引き裂く飛ぶ刃。

 断/裂/斬の三拍子が重なれば、防御に必要性はなくなる。

 元来、攻撃に特化されている魔力に鋭利性が加わっているのだ。

 その力は遠ざけることこそが最善の防御となる。

 障害に障害を重ねた柵の荒波は、事実――柚子瑠には届かなかった。

 それ以外に防ぐ術があるとするならば、同じ魔具をぶつけてみるか――


 終末無限の世界蛇ヨルムンガンドは魔力を絡めとることが可能だ。だとするならば、同じ魔力である、あの刃ですら絡めとることは出来ないことはないだろう。

 しかしながら結局のところ、考えてもどんな結果になるかなんてやって見なければ分からない。魔力弾と同じであれば、鞭で捉えることが可能。そのまま自分の武器として使うことが出来る。

 無理ならば、魔具そのものを使わせなければいい。或いは壊すか? それとも取り上げてしまうか? 

 次に来た攻撃次第で出たとこ勝負で対処すればいい。柚子瑠にはそれが出来るだけの戦闘経験もあった。


「その飛ぶ奴って、また使えるようになったんだ」

「充電が完了したからな」

「充電……ですか?」


 一回り輝きを失った太刀を掲げてみせる纏。


「この魔具は刀身と鞘で一対なんだ。

 太刀は刃を撃ち放ち、光を失う。そして、鞘の役目は光の復元だ。

 消え去った輝きは三日三晩。鞘に納めることによって、再び太刀に真の力を発揮させる。さしずめ、鞘は充電器と言ったところだな」


 失ったものは取り返せる。

 一晩につき、一つ戻り。三日目にすべてを完了させる。

 前回の使用から、すでに三日以上も経っているために。今はフル充電されていた。

 あと、二発。切り札が放てるということは、彩葉たちの戦局からすれば非常に有利だといえよう。


「裏切り者の戦闘員のくせにいっちょ前にいいモノを使いやがって。

 ――返してもらうぜ。

 もう、てめえには持つ資格なんてないだろうがよ――」


 纏の腕に終末無限の世界蛇ヨルムンガンドが食らいつく。

 振り解くことも出来ず、ギリギリと締め付けられていく腕に痛みが増していった。

 と、同時に柚子瑠は駆け出した。

 鞭の伸縮を利用し、纏側へと引っ張られるようにして加速されたその速度に、片腕を封じられた纏にどうすることの出来なかった。

 距離が縮まったことで、柚子瑠の拳銃が二発火を噴いた。

 銃弾に苦痛をあげる纏。

 すかさず、柚子瑠は顔面に蹴りを入れる。

 衝撃で締め付けられていた纏の腕から太刀が手を離れ、それを柚子瑠は収納した拳銃から持ち替えた。


「借り物は返してもらうぜ!」

「――ちょっと! それは纏のだよ!」

「ほざけ! こいつはアンチマジックうちらのもんだよ!」


 振り回した太刀で彩葉の刀を押し返す。

 遠心力の利いた一振りに、彩葉はいとも簡単にガラス壁へと叩きつけられ、苦痛の声を聞かせる。

 受けた痛みが残留している彩葉は身動きが取れなくなり、その場でうずくまった。


「残りはてめえらだけだな」


 散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスの切っ先が蘭たちへと向けられる。


「――剣は慣れてないけどな、コイツをぶっ放す分にはそんなものは必要ねえ」


 魔力が刀身に乗る。

 目の前にいるのは三人の魔法使い。

 周囲に味方がいない今、まとめて屠るには丁度いい攻撃だ。

 対処方はもちろん、蘭は知っている。しかし、その術がなかった。

 なにせ切断の属性に変換された魔力になんていまだ出会ったことがないのだから。

 当たり前だ。魔法使いの魔力には切断なんてものはない。有るのは爆撃。

 茜のように銃を造りだして撃ち出された魔力であれば、銃弾の性質に変換クラスチェンジするタイプもあるが、それは銃から撃ち出されたものに限る。これは防げる。防弾チョッキでもいいし、仮に撃たれたとしても即死するわけではない。すでに前例として警備兵が撃たれている。

 さらに言えばいま、目の前に刀を魔力で作っている人物がいる。しかし、これは魔力そのものではない。


 魔力を糧にして生みだされた技法――魔法だ。


 鉄そのものでは鈍器にしかならないが、加工次第ではそれ以外にもなる。もちろん優れた刃にも変えれる。

 だから、あれは剣そのものなのだから、斬れて当然である。

 しかしあの刃は魔力そのものだ。切れ味もさっき見たばかり。防げなければおそらく致命傷は免れない。

 蘭が保有しているのは魔眼。こんなものでは防ぎようがない。


 だが、一人だけ。防いだ人物がいる。


 膨大な別の魔力が一点に集中し始めていた。それは茜の銃からだった。


「――そうね! その手があったわ」

「一度だけ、纏くんが放った刃をこれで相殺したことがあります。だから、今回もこれでいけるはずです」

「あの時の喧嘩か……。前例があるんだったら、大丈夫そうだな。俺も加勢するぜ」


 蘭が魔力砲を構え――

 茜が充填し終えた銃を構え――

 覇人が魔力弾を構え――


 それぞれが別ジャンルの魔力で柚子瑠と対峙する。


「……へー……そうくるのかよ! だったら、二倍はどうなんだよ!」


 散りゆく輝石の剣クラウソラスがさらに魔力を帯びる。禍々しいまでの黒き奔流が包み込み、その微塵も許さない一振りで決着を付けることに決めた。


「すごい魔力ですね……」

「上乗せね。単純に残った二発分を一発にまとめてるだけよ」

「魔力が尋常じゃねえな。……もう少し、魔力を上げておくか」


 覇人にも魔力が足され、自由自在に操れる魔力弾の威力が膨れたことは魔法使いでなくとも、見れば分かる。


 そして、この場に集った魔力が一斉に解き放たれる――


 破壊の限りが尽くされることは必至。


 散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスは限りある輝きのすべてを支払う。その十分に見合った対価は暴風の如く、荒れ狂った刃となって発揮された。


 迎え撃つのは、三者三様に惜しげもなく投与された魔力の嵐。


 蘭が放った魔力砲が地を開拓し、通り過ぎたあとには焼け跡のような砕かれた石畳。

 茜の変換された魔力が、弾丸の形式に変えて風を切っていく。

 覇人は凝縮した魔力弾を撃ち放ち、その姿形からは到底想像も出来ない暴威が大気を震わす。


 砲と弾と爆が混ぜ合わさって、それらすべてを斬り裂く刃が接触する。爆音と暴風が吹き荒れ、ガラス壁に覆われた橋の隅から隅まで駆け抜けていく。

 ゴミくずみたいに散乱する石畳だった欠片。断ち切れて、剥がれる線路。それを庇いきれなかった役立たずの柵は見るも無残に潰れた。だが、それでもガラス壁は余裕で耐えきった。

 細長いガラス箱のような橋には爆煙が視界を奪い、内からでも外からでも視認は不可能な状態になっている。


 ただ、一人を除いてだが――


 その眼は観測の魔眼と呼ばれ、天性から備わった探知能力と合わさって“観測と索敵の魔眼”として開眼を果たしている。

 捉えた微量の生命の息吹へ、煙を薙ぎ払って魔力砲が柚子瑠を貫く。光を失った太刀で威力を和らげる動作を入れる辺り、さすがはB級と呼ぶべきか。受け身を取った柚子瑠は敵を視認できると同時に反撃へと転じた。

 確かに手ごたえを感じていた蘭に生じた一瞬の安堵が、迫った鞭への対処が遅れる。

 その時だった。蘭の失態をカバーしたのは彩葉だった。

 彩葉の腕を鞭が巻き付く。あざが残るかもしれない締め付けに苦悶の表情を浮かべた。

 そのまま柚子瑠は鞭を引き戻し、宙へと投げ出される彩葉。空を泳いでいるような感覚を味わっている彩葉へと向けられる一丁の拳銃。

 距離はそう遠くない。柚子瑠の射程範囲内だ。これだけ近ければ当たるはずだった――しかし。

 それを見越して彩葉は大剣を造りだすと、その重みで下へと引っ張られることによって、照準をずらす。

 空を撃った弾はガラス壁にぶつかって音が弾ける。


 直後――墓標みたいに突き刺した大剣の柄に逆立ち状態で降り立った彩葉は、柚

子瑠に向かって飛び跳ねる――!


 上空からの斬撃を柚子瑠は拳銃を彩葉に向けながら、後ろへと下がって躱す。

 躱された彩葉は空いた手にレイピアを造りだし、踏み込んでの刺突――と、同時に拳銃が炸裂する。


 どちらが速かったかなんてのは当事者ですら分かってはいない。ただ、終わった後には、胸に血の花を咲かせた彩葉と肩を貫通したレイピアが決着を物語った。


 魔法を霧散させた彩葉は柚子瑠と共に果てる。

 すぐさま、ほかの四人が駆けつけて、茜が彩葉の介抱にかかった。


「柚子瑠……あんたの負けよ。あたしたちはここを通らせてもらうわ」


 蘭が肩からの出血を抑えている柚子瑠に冷やかに告げる。

 敗者に情けは必要はない。本来なら、魔法使いと戦闘員がぶつかり合った時点で、どちらかが死ぬというような結果が待ち受けていることが大抵だが、彩葉たちは柚子瑠を殺すつもりなんてない。

 この橋を通り抜けることこそが一番の目的だからだ。それが達成でき、死人すら出ていないのであれば、十分だった。


「もう、てめえらを止める気はねえよ。完全にうちの力不足だ。

 ――さっさと行きな。うちは、見逃してやる」


 疲れ果てた柚子瑠は絞った体力で必死に立っている様子だ。


「それと――おい! その魔具はてめえに預けておいてやるよ。魔具だけ回収して魔法使いを討ち損ねたなんて報告はしたくねえしな。どうせなら、両方一辺に奪ってやるよ」


 魔具――散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスを鞘に納め、竹刀袋へと入れた纏を睨み付けて言った。


「悪いけど、コイツは俺の人生を切り拓くために必要な力だ。そう簡単に明け渡す気はないぞ」

「……そうかよ」


 柚子瑠とすれ違い、背を向けて歩き出す。

 これは与えられた戦利品。その獲得は裏社会に則ったルールだ。

 生きるか、死ぬかの選別に勝った彩葉たちは前へと進む。


「あんたとはこんな立場になってしまったけど、いつかまた会えるといいわね」

「そん時はてめえが地面に這いつくばるときだぜ」

「やれるものならやってみなさいよ。あたしたちのチームワークに勝てるのならね」

「……言ってろ」


 互いに背中越しに語り合う蘭と柚子瑠。

 柚子瑠が戦闘員を続け、蘭が死亡しない限りは。いつまでもあり得る可能性の邂逅。

 再び会いまみえるときは、本分を全うしなければならないかもしれないが、ひとまずはこの勝利に酔うべきだろう。


 さぁ、道は開かれた。

 これより先は、絶望か――希望か――

 未だ見ぬ先へと突き進む。

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