昼: 政務官の憂鬱 [須佐政一郎]

 困ったものだ。弟や鍛冶宗家当主代行殿の無茶な要求の度に頭が痛くなったものだが、今まさに物理的にズキズキと痛む。

 昨晩の傷が原因だ。

 昨晩、シャルロッテ嬢とテレジア嬢を静さんの屋敷へ連れて行った際、黒騎士達の襲撃を受けた。

 テレジア嬢が黒騎士を抑え、私は黒騎士と行動を共にする少年が具現化させて兵隊の一人に立ち向かうも、一合と渡り合うことなく、頭部へ一発貰い、昏倒し、気絶した。

 全く情けない限りだが、あのような生死が入り混じる場で刀を鞘から抜くことができたこと自体奇跡なのだ。私の密やかな誇りなのだが、武人の住むこの町ではそのようなことは口が裂けても言えない。ささやかな秘密のままにしておこう。

 対策本部に集められている情報にもう一度目を通す。

 幾つもの衝立てに何枚もの紙が貼りつけられ、読む者を意識していない字が書きなぐってある。

 当初、肆とした警戒レベルを参と引き下げたものの、この本部の慌ただしさは変わることがない。高木翁の独断で肆とした警戒レベルは『敵の脅威度を過敏に判断し過ぎた』として参に引き下げている。ただ黒騎士の襲撃に伴いヒトガタの活動も活発になっている。このまま後手に回り続ければ数日の内に警戒レベルは肆に戻るだろう。

 椅子の一つを手元に引き寄せ、腰を下ろす。

 机の上に集められた報告書と分析書の詳細には目もくれず、衝立てに貼りつけられた付箋と、描かれた図を見る。全て一度目を通した代物だ、思い出そうと思えば何時でも思い出せるが、一通り最初から振り返ってみようか。

 まずは一枚目、襲撃者二名について見るとしよう。

『黒騎士』、『少年』と我々は呼んでいる。

『黒騎士』の恩寵は、『鉱石食い』と想定している。鉱石を食い、その特性を得る。風間君の<風切>を喰ったことから錬成した恩寵兵装も取り込むことが可能と判断している。

 昨晩の襲撃の際、青江の蔵に秘蔵してあった刀が一本紛失していた。黒騎士の仕業と見て間違いないだろう。

<風切>と言えば、シャルロッテ嬢がわざわざ欧州より届けて下さった風切の兄弟刀、<風転>を巡って鳥上学園で人死にが出なかったのが不思議なぐらいな大乱闘があったと報告が来ていたな。他にも夜間警備の協力申請書の束や、学園の校庭の一部を我々に貸し出すと言った嘆願書もあったか。一体何があったか、想像するに頭が痛いな。

 さて、話を戻そう。『少年』の恩寵は、『復元』もしくは『複製』と推定している。これは彼の持つ恩寵兵装の『絵札』と関連付けてのものだ。

『少年』の呼び出した兵士は致命傷を与えると絵札に戻る。我々が回収した絵札はこれまでに合計二十四枚だ。そこには四種類のマークと、三から十三までの数字が描かれていた。旧時代に流行した『トランプ』に似ているが違う点もある。

 マークだ。スペード、ハート、クラブ、ダイヤ、これら四つが一般的に旧時代で用いられた絵札のものだが、少年のものは、それらが、剣、杯、硬貨、棍棒と組み合わさっている。スペードと剣、ハートと杯、クラブと硬貨、ダイヤと棍棒——種類自体は変わらず四つだ。

 問題はそこではない。初日の関所での襲撃、および昨晩の青江家の襲撃に、同じ絵札が使われていた。スペードの十番とハートの七番だ。

「ふむ」

『具現化』を持つ絵札の恩寵兵装だ。損失した絵札を補間・再生する機能がついていると言う意見と、少年の恩寵により『復元』していると言う意見が対立している。

 一日と言う僅かな時間である点と、私達が保管している絵札の切れ端に何ら変化がないことを考えると、後者——『少年』の恩寵により『復元』したものが再度使われた、そう考えている。

「こちらは何とかなるのだがね」

 一人、呟く。

 旧時代のトランプと同型と考えれば、五十二人の兵士が突然現れると言うものだろう。対処は厳しいが無理ではない。それを上回る兵力で対処すればいいだけの話だ。事実、初日には奇襲されたにも関わらず『絵札の兵士』を六名討ち取ることに成功しているのだ。

「問題はこちらの彼なのだね」

 視線をもう一人の襲撃者への情報へと移す。『黒騎士』——現状島にいる警備員では太刀打ちできない。

 初日の風間君の居合に続き昨晩は御手口君の突撃を耐え切ったと報告にあった。体に傷をつけても無意味であり、鎧を着られたら刃が通らない。

 毒物を炊いたり眠り薬を撒いたりと、手を変え品を変えやってはみるも効果は無い。

 何より、腕が立つ。ただ、強い。手も足も出ない、出せないのだ。

 加えて黒騎士の兵装、『大鎌』についても確たる情報が無い。せいぜいが鋭利な刃物と言うだけだ。

 私の黒騎士と戦えそうな者は壱係にはもういない。可能性があるのは伍係の国司君ぐらいか。彼は中央が送り込んできた使人材と言うことぐらいしか我々鳥上政庁では把握していない。渡された経歴書に黒塗りの部分が多すぎるのだ。ぶつけてみるのも悪くはないが、壱係を差し置いて伍係を矢面に立たせるのもね。壱係の者達は我こそはと意気込んでいるのだ。

 待てよ、国司君の報告書だ。<思い出す>——そうだ、リーゼリッヒ・ヴォルフハルトだ。彼女の恩寵は<強制視>だったか。黒騎士をのならば何かしら情報が得られていそうだが、彼の報告書には何も無かったな。ふむ、我々が彼女を信用していないことの意趣返しか。

「おい、政務官だ! 政務官が戻られてるぞ!」

「政務官殿、外町からの荷物についてのご指示をお願いします!」

「政務官殿! 復帰した人員と外町からの人員を加えた警備計画が練り上がりました!」

「中央へ送付していた質問状への回答が届きました! 読み上げます!」

「警戒レベルの引き下げに伴い、飲食店組合から営業時間と食材の仕入れに関して苦情が来ています」

 やれやれ。私の周りに人が集まり、ガヤガヤと音を立て始める。

 大勢から同時に話されても私が理解できると知れ渡った結果、皆が好き勝手に報告をし始める何とも頭の痛い状況と相成った。時間の節約にはなるのだから良いのだが、精神的に参るのだ。

 これから始まる煩雑な手続きに思いを馳せ、痛み出したこめかみを押さえて業務に励むとしようか。


 全ての指示を出し終え、私の周りに群衆がようやくいなくなった。

 一息つけるかと思ったとの時、

「須佐政務官」

「ああ、弥生君か」

 いないと思ったらいたのか。最後の最後に頭の痛む案件が来たか。

完全通行許可証フリーパスの件、回答は貰えたかね?」

「いえ、昨日と同じく『調査中』としか。手配した者が手を回しているのでしょうか?」

「それはそうだろうね。下手を打てば外乱誘致で極刑だよ。良くて誰かに罪をかぶせてトカゲの尻尾切りだろうね。期待はしておかなくて正解だったかな」

「それが……。手形の件だけならまだしも、要請しておいた対黒騎士の人員についても『検討中』と取り下げられました」

「それは困ったね。島内の人員では黒騎士へ対処するのは難しいのだが……。確か、外町の周辺には陸軍と海兵隊が今も駐屯しているのだろう?」

「はい。陸軍は特殊作戦班が、海兵隊は第八師団が先月から演習しています。彼らをよこせと言うつもりはありませんが、ただの一人も応援に出せないと言うのは解せません」

「しょうがないさ。いざとなったら、危機ごと島の中に閉じ込めておくのが外町の対応だからね。火中の栗を好んで拾いに行く者はいないさ」

「そうでしょうか? 黒騎士の強さを広く伝えれば、腕試しをしたい強者が集まる者と思いますが……?」

 痛い、頭が痛い。

「おいおい、それじゃあ島内の警備局の立場が無いじゃないか」

「ですが……。問題なのは黒騎士達を早急に捕まえることなはずです。面子にこだわっては後手に回ってしまいます。第一、奴らを匿っているはずの内通者の特定に割く人手が足りていません」

 その台詞を聞かせてあげたい人間の顔が次々と思い浮かぶ。ああ、忌々しい。<思い出す>恩寵は誠に結構なことではあるが、我が身が恨めしい。

 人手が足りていない、確かにそうだ。しかし、黒騎士達の目的はほぼ判明している。

 政庁地下の祠と、青江の祠を破壊したことから明らかだ。残る六つの祠を狙いに来るだろう。

 ま、この島の結界と祠のことは、弥生君の機密取得権では教えられないがね。

「内通者については絞れているじゃないか」

 二つ目の衝立には、彼らを匿う内通者の情報がまとめられている。そのほとんどは教会にいる彼女達に関してだが、公平な意見もあるのだ。

「空間の操作か。妥当な線じゃないか」

「昨晩、青江の屋敷から逃走する際、下で待ち受けていた壱係の強襲対策班には遭遇していませんから」

 青江の屋敷は丘の上にあり、屋敷へと至る道は螺旋状に側面を通っている。一本道だ。結局、道の出口にいた壱係の部隊と遭遇はしなかった。

 それだけならば初日と同じだが、昨晩は『感知』の恩寵を持つ弐係の人間が黒騎士の力を捉えていた。出現と同じく唐突に消え去った、との報告だ。

 そこから得られるのは一つ、どこか別の空間へ移動した、と言うことだ。存在強化の鳥上結界は通常の道でならば通用する。こことは異なる空間を出現させられるとしたら、その空間への道を通ることは結界の妨げにならない。

「内通者などいるのでしょうか? 私には黒騎士が持つ大鎌の特性のように思えますが……」

「かも知れないね」

 残念ながら内通者は確実にいるのだ。それは昨日の段階で分かっている。しかしそれを彼女に伝えることはできない。

「こういう遊撃ゲリラ戦においては、体を休める場所が必要になるのだよ。黒騎士がそれを自分自身で作り出せるというのならば、良いのだがね」

「政務官は違うと?」

「さて、武の道は私の本文じゃないからね。あの大鎌の特性が戦闘用のものだとしたら手に負えないね。どちらにせよ黒騎士は打ち倒さねばいけない、と言うことか」

 それができそうにないからこうして困り果てているのだが……。

「政務官、鳥上学園の生徒達から夜間警備への参加申請が増えています。彼らを戦力評価し、黒騎士との戦いにあてるべきではありませんか?」

 こめかみを押さえ、天を仰ぐ。

 嗚呼、頭痛が続く。

 先程の議論でも随分出ていた話題だ。

「弥生君、君まで無茶を言わないでくれよ。学生を我々の業務に参加させるのはあくまで補助的な役割だよ。黒騎士と対決させるなんてもってのほかさ」

 武官の連中の耳に入ったら我々文官との溝は深まる一方だろう。奴を討つのは我々だ、学徒などに何を任せるのか、と。

「お言葉を返すようですが、こと恩寵と言う点においてならば黒騎士に対抗できる可能性のある者がいるかも知れません」

「話をややこしくしないでくれ給え。何だい、黒騎士討伐隊募集とでも学園に張り出すのかい?」

 誰がどんな恩寵を持っているのか、とは中央政府が管理している情報だ。鳥上学園を含め、日本国全ての教育機関で中央から派遣された職員が管理し、学生の成長具合に合わせて情報を更新する。

 国とは、国土、国民、主権より成り立ち、恩寵はその総ての根幹に関わる。それを中央政府が一手に取り仕切るからこそ、国家の体面が保たれるのだ。

 恩寵を取り扱う法案、国民基礎恩寵情報保護法案が成立した遠い昔には随分とゴタゴタがあったと記録されているが、試行された今となっては遠い昔のことだ。

 残念ながら我々地方役人が個人の恩寵情報の開示を願い出たとしても却下されるだけだ。中央と地方、偉いのは何時だって中央なのだ。

 もっともここに入島する際の申請書類に記載されていた恩寵は全てこの頭の中に入っている。だが恩寵は成長するのだ。進化もするし、退化もし、変化する。今現在の恩寵情報にアクセスできるのは中央の特権だ。我々地方は古ぼけた情報を頭を叩いて思い出すのがやっとだ。

「本日、夜警への参加希望を新たに出している学生が多数いることは事実です。彼らと一緒に巡回に出た部隊がたまたま偶発的に黒騎士と遭遇し戦闘に陥ってしまうこともあるでしょう」

 弥生君が眉一つ動かさずにとんでもないことを言う。だめだ、頭痛がする。

「中央に提出する答弁書のようなことを言わないでおくれよ。私の知る限り——……」

 政庁の代表として昇武祭本戦の決勝五種は毎年必ず見ている。ここ三年に限って言えば午後からだが予選も見ている。彼らの戦いぶりを<思い出す>……

「黒騎士の防衛力を突破できる子なら一人ぐらいはいるかも知れないがね。問題は、ダメージを負わせることができたとしてもすぐに回復されることと、黒騎士はただ黙って突っ立っていてはくれない、と言うことだよ」

 いかな斬れ味を誇る名刀とて、当たらなければなまくらと同じだ。

「学生を矢面に立たせる作戦など提案も承認もできないよ、こればっかりはね」

「はい……失礼しました。先程のことはお忘れ下さい」

「はは、別にいいさ。現に昨晩は学生の一人が黒騎士と対峙し怪我を負ったのだからね。うん、鳥上学園の協力はありがたく受けさせて貰おう。内通者のことも含めて、弥生君、君に任せていいかな?」

「私ですか? 適任とは思えません。私は中央から来た人間です。島のことに詳しい学園の卒業生に任せるべきでは?」

「そうやって島内、島外と色分している段階ではないよ。むしろ、外の目線を持っている方が惑わされないだろう。やることは山積みだ。やる気の逸る学生を使いつつ、きちっと業務へ参加して貰って人手不足を少しでも解消して貰わないとね。それに欲しいのは武官の人材だけじゃない」

 ふぅと息を吐く。

「後方支援の適正がある子を探して本部に引っ張ってきて貰いたいね。そんな人材はどうしても埋もれがちだ。結論を言えば、今回の件の全体像を把握しつつ、鳥上学園に学生と警備局の合同基地を立ち上げることの重要性をきちんと理解し、かつその実行力を持つ人材——平たく言うと君以外の適任はいないと言うことだよ」

「政務官……そんなに私のことを……。はっ! 不肖この弥生一美ひとみ! 全身全霊をもってこの任務に当たらせて頂きます!」

「ああ、頼んだよ」

 彼女が最敬礼を取り小走りに、いや、全力で駆けていく。

 これは焚き付けてしまったかな。まぁ職務に励んでくれるのは良いことだ。彼女はすれ違う人間に声をかけ、私の出した指示を確認していく。

 椅子から立ち上がり、彼女との会話で出てきた黒騎士の大鎌に関する推論を付箋に書き込むために筆を持つ。

「まだ、授業中か」

 リーゼリッヒ・フォルフハルト、彼女に関する書き込みは夜で良いか。昨日開催されなかった鍛冶組合との会合が夕刻にある。


「なら、今日の国司君達の警備場所はあそこにしようか」


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