[第一部]
《Bird SIDE - 1》すべての発端となり中心となるヴァンブランの声
「おい、ワガリ。どうしておまえがモテないかわかるか?」
ヴァンブランは翼を高く上げ、幼馴染みであるワガリに向かってケタケタと笑った。
「そりゃわかってるさ。“声”だよ…… おいらはうまく歌えないしね、その、ヴァンブランみたいに」
ヴァンブランとワガリはブラックバードと呼ばれる鳥類である。黒で覆われた羽毛と短い嘴くちばし、額にちょこんとレモン・イエローの毛が逆立つのが特徴的だ。
「話によると人間はよくこういうらしいぜ。同じくらいの愛情なら外見がいい方が良い方がいいに決まってるってな。俺たちは外見は同じだってのに不思議なもんだよな」
ワガリは弱々しく笑いながらも認めざるを得なかった。彼の声は特別なのだ。
── ひょっとしたら、それは鳥類だけでなく生物界全体にとってもそうなのかもしれない。大袈裟かもしれないがワガリは本気でそう思うこともしばしばあった。
それだけヴァンブランの声は特別なのだ。その歌声はアーレファンの森にいる全ての鳥たちを、動物たちを魅了した。
甘美な歌声に聞き惚れるのは何もメスばかりとは限らない。遠い異国からその声の噂を聞きつけ、はるばる訪れる猛禽類までいるほどだ。
「おい、ヴァンブー。おまえを捕って食おうってやつがいたら安心しな。俺たちが守ってやる。なんてったってお前は俺たち鳥類の誇りなんだからな」
だがそんなお世辞もヴァンブランにとっては日常茶飯事なので別段これといったありがたみを感じることなど皆無だった。ヴァンブランは続けた。
「だがな、ワガリ。おまえはついてるんだぜ。なにしろおまえはこの俺の幼馴染みなんだからな」
それは確かに昔、ワガリ自身も感じたことだった。ヴァンブランの友というだけで何だか誇らしかったし、チヤホヤのおこぼれにもありつける。それに、なによりワガリは彼の歌声を誰よりも尊敬していたからだ。その声は弓のように伸び、三百年生きてきた高僧の説法のごとく聴く者の感情をとらえる。
それはまさに天から与えられた才としか言いようがなかった。だが──
ヴァンブランはそのまれに見ぬ自分の才能に“気付いて”しまった時、すっかり変わり果ててしまったのだ。
「なあ、ワガリ。どうしてこの声はおまえのものじゃなくて俺のものなんだろうな」
ヴァンブランはくるりと旋回すると楡の木の幹にとまった。ワガリにとってはもはやそんな言葉など皮肉の部類にも入らない。
── まったくその通りだ。不公平だ。あの才能はなぜおいらのものでなく、ヴァンブランのものなのか?
ワガリはそんな感情を愛想笑いの奥底に隠した。
そんなある夜のことだった。いつものように気まぐれに歌い出した時がヴァンブランのコンサートの幕開けである。
森中の鳥たちはこぞって集まり狐やイタチもその時ばかりは喧嘩をやめ、ヴァンブランの歌声に静かに耳を傾ける。
だが、今夜はひとつだけハプニングが起こった。
バササッ──
こともあろうにヴァンブランの歌声がその絶頂に達した時に飛び立ってゆく一羽の鳥がいたのだ。それはヴァンブランと同じ種であるブラックバードのメスだった。
ブラックバードの場合、メスはオスよりもやや大きく、その翼の色は黒というより群青に近かった。光を当てればラメのようにキラキラと光が瞬く。
ヴァンブランは少なからず動揺した。
── くそっ、なんだあいつ。せっかく俺が歌ってやってるってのに!
なんだかムカムカした気分で、その日のコンサートはすっかり
バサササッ──
パタタタッ──
すっかりプライドを傷つけられたヴァンブランは翌日いつも以上に熱を込めて歌った。周りの動物たちはもはや魔法にかかったようにとろんと目を半開きにしている。
まるで微生物でさえもその活動を停止しているかのようなその静寂を破り、またもや羽音が響き渡る。
ファサ、バササッ──
さすがにヴァンブランも今日という今日は我慢の限界だった。彼はコンサートを放っぱらかし、その群青の翼を追いかけた。
こんな事態は前代未聞だった。あまりに突然の出来事に巨大な月の輪熊さえもあんぐりと口を開け放しであった。
「おい! コラ、おまえ!」
ブラックバードのメスはまるで蝶の燐粉のように光るラメの残像を残しながら高く高く舞い上がっていく。真っ黒な原生林を眼下にヴァンブランはスピードを上げた。
「待てっていってるだろ! 聞こえないのか?」
カッとなって追い抜くと彼女の毛先がピクリと反応し、しばらく空中に漂うと翼を上下しながら飛行を待機する形となった。
そのキョトンとした顔を月明かりの中に見た時、ヴァンブランは図らずも自分が真実を言い当てているのだということに気付きハッとなった。彼女が不思議そうに首を傾げた時、彼は全てを理解したのだ。
『こいつは耳が聞こえないのだ…… 』と。
それがこれから始まる全ての物語の始まりであることなど、その時の彼が気付くはずもなかった。
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