※39話 お兄ちゃんへ。お義姉さんに迷惑かけていませんか?

 金曜日の夜。うちの嫁さんは、はしゃいでいた。


「明日はお休みだっ♪ お休みだっ♪ 土曜日なのにー、お休みだっ♪ お休みだったら、らったったたん♪」


 家に帰ってくるなり、不思議な踊りをしながら、着席した。


「今日のごはんはなんですかーっ!」

「肉じゃがだよ」

「きゃほーっ!! 肉っ、にくぅ!!」


 キャラがブレているのはさておき。肉食系女子の嫁さんは、今夜はテンションが高い事も相まって大喜びだ。二人で手を合わせて「いただきます」と声をかけあってから、箸を取る。


「ねぇねぇ、旦那さん、旦那さん。明日は一緒におでかけしましょうよ」

「悪い、明日は俺の方が仕事おしてるから無理。日曜までに、新規で目を通したい小説の原稿もあるし」

「にゃ……それじゃ、いつもの夕方からの、お買い物コースですかね」

「ごめんな」


 俺はフリーのイラストレーターをやっている。日曜は、ほぼずっと仕事のイラストを描き続けるサイクルを取っていて、土曜はその事前準備をしたり、逆に余裕ができたりすると、朝から二人、どこかに遊びに出かけることもあったりする。


「じゃあ私も、夕方までのんびりしてますかねぇ」

「二階の掃除をやってくれても良いんだぞ?」


「……」

「……」


 間。嫁さんがふっと目をそらす。


「お掃除は、別の日にやります。お昼ごはんは作ります」

「俺は良い嫁さんをもったなぁ……」


 しみじみ。うちの嫁さんは掃除が嫌いだ。料理はする。作れば、自分も食べられるからだ。そんなわけで、基本的に家の掃除は主夫を兼任する俺の指導で行われる。


「まぁ、今週は忙しかったみたいだし、ゆっくりしてなよ」

「旦那さんっ、だーい好きっ!」


 うん。嬉しくないな。

 声には出さず、笑顔でやんわり告げた時、家の電話が鳴った。


「私がでますねっ」


 嫁さんが素早く立ち上がり、こっちの視線から逃れるように受話器に飛びついた。ていねいに対応する。


「あっ、みーちゃん? 久しぶりだねぇ」


 その名前に、俺も肉じゃがを突く箸を止めた。


「うん、うん。私は構わないよ。えっと、旦那さん――お兄さんに変わるわね」


 嫁さんが楽しそうにこっちを見た。視線で会話する。

「こっちの実家?」「うん。妹のみーちゃんから」


 箸を置く。電話の子機を受け取って、耳元に当てると、一回り以上に歳の離れた妹の声が聞こえてきた。


『お兄ちゃん、久しぶり。お義姉ちゃんに迷惑かけてないですか』

「……いきなりだな」


 相変わらず、なんというか、年齢以上にしっかりしてる妹だった。下手をすると、うちの嫁さんよりも……いやなんでもない。


『お兄ちゃん、あのね。明日そっちにお邪魔してもいいかなぁ』

「学校は? 土曜日なら」

『心配しないで。明日から春休みだよ』

「あぁ、そうなのか」


 ちらりと嫁さんの方を見る。「OKです」と、小声で肯定された。


「みー、悪いんだけどさ、日曜は俺がイラストの仕事入ってるから」

『うん。わかってる。土曜日の夕方には快速線で帰るよ。片道一時間ぐらいかかっちゃうけど、お父さんに車で迎えにきてもらう予定。日曜日に家の手伝いする約束で、契約済みだよ』


「……しっかりしてんなおまえ。でも悪いけど、土曜も俺はあんまり付き合えないぞ。仕事が詰まってるから」

『良い事だね。でも私も主にお義姉ちゃんに会いたいだけだから、問題ないよ』


 ――さっくり。


 割とフラットな妹の言い回しに、心が傷つく音がした。


「フッ……シスコンですねぇ」


 不覚。会話の詳細は聞こえていないはずだったが、向かいの席で肉じゃがを突いていた嫁さんが、糸コンニャクを啜りながら「( ̄ー ̄)ニヤリ」としていた。腹立つ。


「さすが、某イラストブログの人気投票第一位は、モテモテでツラたん……」

 

 あぁ。嫁さんの頬を引っ張ってやりたい。大体その人気投票は、参加者が計四名しかいないからな。第二位と第三位は、金魚だからな。


 第四位? 俺だよ。オレオレ。……世の中、間違ってる。


『――お兄ちゃん? ちゃんと話聞いてくれてる?』

「えっ、あ、あぁ……悪い。なんだって?」

『しっかりしてね。明日、お昼前には、そっちの家にお邪魔させてもらおうと思ってるの。仕事のジャマにならない様に気をつけるから、どうかなぁ』

「わかった。こっちの駅に着いてからはどうする? 家まで地味に距離あるぞ」

『レンタル用のサイクリング自転車あるから、それに乗っていくつもり。百円で乗り放題だから十五分で着くよ。明日は雨も降らないらしいから、それで行くね』


 ぬかり無し。まだ制服を着る学生の年齢でありながら、十分に落ち着き払った態度だった。俺も安心して「じゃあ待ってるよ」と言って、もう二言ほど交わして電話を切った。


「みーちゃんと会うの久しぶりですね~」

「だな」

「うーん、明日はなに食べましょうかね~、お寿司とかいいなぁ。ふへへへ」

「……」


 この差である。環境の違い。慢心。大人とは。

 いや、深くは考えていけないのだ、きっと。


 * * *


 俺が家を出て、会社勤めをはじめたころ。妹もまた、赤いランドセルを背負いはじめたばかりだった。


 仕事は忙しかった。夏も帰省せず、正月に二日間だけ顔を出すと、妹はいつも緊張した表情でこっちを見上げていた。


「こ、こんにちは……」


 歳が離れていたのもあってか、実の兄妹でありながら、対応は完全に『親戚のおじさん』に対するそれだった。とはいえ、俺もなにを話せばいいか分からないのは同じで、最初の一声が「背が伸びたなぁ」なのだから、大概だ。


 そんなわけで、兄妹の仲は、お世辞にも良いとは言えなかった。両親が席を外して二人になると、非常に気まずい空気が流れた。


「じゃあな、みー。元気で」

「うん。またね」


 結果として休みが終わったあと、自家用車のミラー越しに、そんな挨拶をするだけだ。正直心なしかほっとして、また慌ただしい日常に帰っていくという、そんな流れができていた。


 兄妹の関係に変化が生じたのは、俺が会社を辞めて、フリーのイラストレーターになり、嫁さんと結婚してからだろう。


 家を出たばかりの頃は、一歩でも遠くに行きたかった。けれどいくらか歳を取り、べつにそんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな。と思い始めてからは、お互いになにかあれば、すぐに駆けつけられる場所に家を買った。


 まぁ……それでまっ先に体調を壊して、心配をかけたのは、俺なんだけど。


 とりま、それはおいといて。


 今度は妹が高校生になり、当時の俺と似た様な心境になり始めていた。自分の世界を狭く感じ、身近にいる大人たち以外に憧れを見出したくて。

 一歩でも遠く、どこかへ行きたいお年頃になった。だけど自由にできる資金には限りがあって、せいぜい、お隣の県に行く程度しかできないわけで。


 ――ふむ。ちょうど良い『手頃な場所』が、あるじゃないですか。


 そんな風に思っているのは、間違いなしだった。


 * * *


 土曜日の朝、妹の〝みー〟が、うちにやってきた。玄関を開くと、春らしい明色のパーカーワンピースと、赤いスニーカーを履いていた。肩には若草色のバッグをかけている。


「こんにちは。お兄ちゃん、お義姉ちゃん」

「よくきたな」

「いらっしゃい、みーちゃん」


 ていねいにお辞儀したあとに、土間に上がり、ケーキの箱を差し出す。


「これ、お父さんの作った新作ケーキです。よかったら食べてください」

「きゃ~、いただきますとも~」


 うちの嫁さんは (ノ´▽`*)ノ【箱】 ← こんな顔をしていた。


 ケーキの箱を受け取る。


 その際に妹が、さっと一瞬だけ視線をそらした。両左右の窓淵と、反対側の花瓶の生け花に目をやったのだ。良かったな嫁さん、君だけじゃ、妹の姑チェックは乗り切れなかったぞ。来週は掃除、しような。


「とりあえず上がって、お茶入れようか。昼からすぐに出かけるんだろう」

「うん。夕方5時の電車には乗りたいから」

「ごめんね、みーちゃん。泊めてあげられなくて」

「大丈夫だよ、お義姉ちゃん。なにかあれば、お兄ちゃんが悪いから。それからね、その……お義姉ちゃん素敵」

「あらあら、ありがとう」


 嫁さんもまた、オシャレに化けていた。黒カーディガンと、それに合わせたやや暗色のフレアスカート。テーマは『大人びてない、ナチュラルな大人』だそうで。


 まさに猫をかぶって、いやなんでもない。


「そんなに高くなかったのよ。セールで買った安物だしね。みーちゃんのパーカーも可愛いじゃない」

「うん。でも、私も早くお姉ちゃんみたいな服、着れるようになりたい。最近背が伸びなくなっちゃったけど……」

「そうだよな。みーって、150cmあるのか?」

「……うるさい」

「旦那さん、失礼よ」


 すいません。


 * * *


 女子による、女子のための、女子会。


「二人とも、コーヒーに砂糖はいくつ入れる?」

「ひとつ」

「ふたつー」

「了解」


 給仕よろしく、居間で話を弾ませる二人に、コーヒーを煎れる。台所で豆を砕いて匂いが広がると妹が言った。


「お兄ちゃん、それ、うちで仕入れてる豆?」

「分かるのか」

「うん。慣れてるのはね。あと今年の夏休みにでも、コーヒーインストラクターの検定受けようと思ってるから。テイスティングとか勉強中」

「偉いな」

「どこかの長男が家業を継がなかったから、どこかの妹にしわ寄せがきてるんだよ?」

「すまんな」


 返す言葉もない。とあるケーキ屋の夫妻の間に産まれた長男は、あろう事か、甘いものが苦手という体質だった。職人の父親からも、とりあえず勘当されている。


「みーちゃんは、ケーキを食べ飽きちゃったりしてないの?」

「うーん、飽きたというよりは、まぁ、そういう食べ物だって感じかなぁ」

「ケーキはごはん。カレーは飲み物みたいな?」

「あはは。うん、そういう感じ」


 うちの嫁さんと妹は、タイプは違うが仲が良い。で、俺は会話に入れず、こぽこぽと音を立て始めたコーヒーメイカーに向き合っていた。


 * * *


 女子共は、ケーキとコーヒーで〝軽く〟胃袋を満たしてから、予定通りに買い物へと出かけていった。妹はレンタルのサイクリング自転車を借りていたので、嫁さんも俺の自転車に乗って、きゃっきゃうふふと出かけていった。


「さてと……原稿に目を通して、ラフ用の構図を考えていかないとな」


 慣れた味のコーヒーを一口飲んでから、仕事部屋の椅子に掛ける。プリントアウトした小説の原稿を目で追った。


 世間では『ライトノベル』と呼ばれるジャンルの小説だ。去年デビューした作者の続刊で、名前は『海夏煌江』というらしい。まだ直接顔を合わせたことはない。性別も年齢も知らないが、文章に目を通せばなんとなく「若い」という印象を受ける。


 たとえば、剣と魔法のファンタジーのみならず、若人は『天使の翼』や『光の剣』『悪魔の炎』『トゲトゲ、ツンツンした髪型』のように、まずはイメージからその世界に入る。


 =直感的な、視覚的な『主人公の造形』としての分かりやすさ。

 それを求める傾向にあるわけだ。この作者もまた。


(まぁ、作品読んでの感性なんて、あてにならない事がほとんどだけどな)


 自分が特別だと思うことは、悪いことじゃない。最近では『厨二病』や、『意識高い系』という言葉が浸透しつつあるが、それは単にある程度、成熟した大人の目線であるはずだ。


 むしろソーシャルネット等のツールで、本来はその感性とマッチする世代が「実は恥ずかしいことなんだ」と疑ってしまうことが残念だ、勿体ないと思う。


 だから、俺はライトノベルが好きだ。登場するキャラクターが、自分に素直に生きてゆき、一生けんめいなのが読んでいて楽しい。イラストレーターという仕事をしていて、そういったライトノベルの仕事が来るのは、ありがたい。


 ――ただ、同時に競争過多でもある。出版不況という言葉は、どんな業種をしていても耳に届くし、ライトノベルのイラストレーターをやりたいと言っても、まず自分自身を見つけてもらうのが困難だ。

 

 しかしこの『海夏煌江』という人の場合は、若干事情が違っていた。


 * * *


「――直々の、イラストレーター指定だったんですよ」


 出版社のパーティーに顔を出させてもらった時に、編集の一人からそう言われた。


「貴方でないと、受賞を辞退して、ネットに公開するから構わないと言われましてね。いや、正直引き受けてくれて助かりました」

「……性格に難のある作家さんとか? 会場にも姿が無いようですが」

「あー、どうですかねぇ。ここだけの話、だいぶ若いんですよ。で、本人からプロフは一切表に出すなと言われまして。ぶっちゃけ担当の私も、一度しかお会いしたことが無いんですよ」


 それはどうなんだろう。今時、覆面作家なんて流行るのかと思ったが、


「ただ、締切は必ず守るし、筆は早い作家さんなんですよね。仕事はきっちりやる、みたいな。ツイッターなんかでも、しっかり節度ある内容で宣伝して、着実に信者増やしてるみたいなんで。僕も楽ですよ。あ、そういえばツイッターと言えば、また奥さん関連でノロケて、爆発しろって言われてましたねぇ」

「お恥ずかしい限りです」

「いやぁ、絵師の方はきっと、テキトーな人間だろうと思ってたんですが、こんなに真面目だとは思いませんでしたよ。あっはははは」

「ははは……」


 そのテキトーな人間の正体が、おまえの言ってる奥さん本人だよ。猫又だよ。

 というのは黙っておいた。


 ともあれ、ありがたい話である。もちろん、生活していかなくてはいけない以上、ある程度は堪えて引き受けることも多い。


 イラストレーターが築いた身分なんてものは、ふっと息を吹きかければ、それこそ儚く霧散する。しかしそれを分かっていて、あえて悪質な依頼をふっかけられる事だってある。そういうのが続くと、確実に仕事内容にも影響がでる。


 一寸先は闇。


 この言葉が、これ以上なくしっくりくる。それが俺の仕事だ。もう一口、コーヒーを口付け、プリントアウトした原稿、指定されたイラスト希望の文章を前後して見つめ、イメージを固める。


「よし」


 なにもない光の中に、線を引く。

 正しい時が止まり、自分と目前の世界を関連づける。誰かの世界に、自分の力が役に立てばいいなと、そう思いながら絵を描いた。


(でも、実力あるよな。この作家)


 若いのだが、どこか、視点が達観している。懸命に背伸びをしているといっても良かったが、それでも一部「おっ」と思わされる場面がある。



『――直々の、イラストレーター指定だったんですよ』



 それは、俺のファンというよりは、



(ライバル視されてる、そんな感じが、するんだよなぁ) 


 まったく、なんの根拠もないのだが。

 この作者の原稿を読んでいると、そういう気持ちにさせられるのだ。



 筆を持ち、幻想を生み出す存在よ。


 名も知らぬ我からの挑戦を受けてみよ。


 ありえない世界を、万人の目に宿るように顕現せよ。



 おまえに、できるか?


 わたしの選んだ、イラストレーターよ。



 * * *


 月曜の朝は忙しい。まずは燃えるゴミの回収日が月曜なので、庭に出てポリバケツの蓋を開いて、回収場に運ぶ。


 戻ってきて手を洗ったら、炊飯器のスイッチを入れて、弁当作りと朝の味噌汁作りを並行して作る。しばらくすると目覚ましが鳴る。音は途中で止むが、嫁さんは起きてこない。


 俺はふたたび二階に上がり、寝室に入ると、布団に抱き付いて、ミノムシか、ちくわか、バウムクーヘンになった嫁さんがいるので、どうにかして叩き起こす。


 朝ごはんをぐずぐずと食べる嫁さんを急かして、励ます。今日は23DPを稼いだ。やっと家を出て会社に向かったら、食器を片付けて掃除と洗濯をする。日曜は家の掃除をしていないので、結構時間がかかる。


 昼前には、必ずメールチェックを行う。日曜日は、必ず一枚はなにかしらの完成イラストを送付しているので、それに関する返信がなければ、それとなく催促する。


 他にも料金の未納はないかとか、確定申告用の領収は送られているかとか、家計簿を付けながら整理し、スケジュールの再調整を行うのも、だいたい月曜日が主だ。

 

 そうしていると、あっという間に昼になっている。食パンを一枚焼いて、インスタントのコーヒーだけを淹れ、充電していたスマホを取る。嫁さんにメールで「今夜はなに食べたい」と聞いて「ステーキ!」と言われたので、スーパーのチラシを目にすると、幸運にもオーストラリア産のステーキ肉がセール中だった。


「ステーキ、了解」

「ま、マジで!?(*´▽`*)」


 たぶん、いや間違いなく、その嬉しそうな顔文字と同じ顔で、心ぴょんぴょん跳びはねている嫁さんを想像して、期待を裏切らなくて良かったと思う。


 ついでに、普段はあまり触れることのない、ソーシャルツールを起動した。自分のアカウントのパスワードを入れて起動すると、普段は代わりに使っている嫁さんが、相変わらず変なことばかり呟いていた。


「うん。時間の無駄かな」


 画面をタップし、大量のお気に入りやら、リツイートやらを、上から下まで2秒で飛ばしていく。


「ん?」


 その時にふと、視界の中に見知った単語が留まった。タイムラインを戻してみると、俺の描いたキャラクターをアイコンにした海夏煌江が、ツイートしていた。


『新刊のサイン本を告知したポップを、書店様のコーナーに飾らせて頂きました。この度は週末でお忙しいところ、快く引き受けてくださり、ありがとうございました』


 送付された写真と、該当する書店名を見て、実は前から気になっていた点が、確信めいたものに変わった。


「やっぱり、結構近い場所に住んでるんだな」


 日付は二日前になっている。土曜日か。


「……あれ、そういえばこの日って、みーが遊びにきて、二人で買い物に出かけてた日か」


 連絡をもらい、駅前で合流した時に、二人ともどこか「一仕事終えたところです」という、やりきった表情を浮かべていた。


 特に妹が履いていたスニーカーは、家にやってきた時は真新しかったのに、夕方に再開した時は、爪先の方にうっすら埃が触れている状態だった。ずいぶん歩いたんだなと聞けば、二人は顔を見合わせて「そうかもね」という顔を向けてきた。


「お義姉ちゃん、今日は本当にありがとう」

「いえいえ、大人の女性の政治力が必要なら、いつでも呼んでいいのよ?」

「ありがとう。お義姉ちゃんは、本当に格好いいよ」

「みーちゃんっ」

「おねいちゃんっ」


 駅のホームでひしっと抱き合う隣で、ひとり「俺もコーヒーとか煎れたよね?」という顔をしていた。無視された。べつに寂しくないんだけどね。


 そして電車が来て、妹は家に帰っていった。両手には買い物袋を下げていて、確かその中には、俺も利用する大型書店から、個人営業らしい、小さな書店まで、やたらとたくさんの書店の紙袋を下げていた気がする。


「――もしかしたら、海夏って人とすれ違ってたかもしれないな」


 あるいは、ちょうどポップを飾ってたいたところに、遭遇したのかもしれない。

 

「けど、みーって確か、人見知りが激しかったはずだよな」


 両親から聞かされている。しっかりしている反面、休日は家の手伝いをするか、一人で過ごす事がほとんどだったと。部活にも入らずひたすら、机に向き合っていたと。「おまえと一緒で、なんか物書いたりしてるみたいだぞ」と、父親から報告もあった。


「ふむ、将来はもしかすると、こっちの道に来るかもな」


 父親はガッカリするかもしれないが、兄の俺としては、嬉しいような、心配なような。なんとも言えない気持ちだ。まぁとりあえず今は、昼ごはんを食べて、スーパーにでかけよう。ステーキ肉が売り切れる前に、買ってこなくては。


 

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