追分
サタケモト
第1話 起点
き‐てん【起点】
ものごとのはじまるところ。とくに、鉄道・道路などの出発点のこと。
「人生は、カタチにするとしたら、まるで道のようなものだと思いませんか?」
どこかで一度は聞いたことのあるようなありきたりなことを、その人は口にした。
「道のうえには、軌跡ができます」
そのことばと同時に、一筋の光が、まるで道のように伸びてゆく映像が流れた。
ナレーションと映像、しずかな音楽。
そんな空間がひろがっている。
「ただいま、このさきの道は、障害発生のため一時一方通行になり、行き止まりとなっています」
そしてはじまったかと思うと同時に、終了を告げるようなピーッと甲高い音がけたたましく鳴る。
カタカタとタイピングで打つように、おなじ音調とスピードで自動音声のように語られる言の葉。
「障害そのものを避けるより、行き止まりに遭遇したときに、自分がどのように対処するか、その方法を考えることが出来る知恵を身につけなさい」
ヒトの声で語られる言の葉。
「一度来た道へ引き返して戻るも良し、壁をよじ登る、破壊する……手段はなんだっていいんだよ、道草を食べていたっていい。なにもしなくてもいい」
「ただ、なにをするにしても、その選択は自分で選ぶんだ」
「選択肢をいくつ用意するのか、その選択肢のうちのどれを選択するかは、そのとき、その場の自分でしかないんだ」
そうだれかから昔、教えられた。
いったい全体、何の話をしているのか、今と同様にさっぱりだった。
だが、それはわたしの理解が疎いだけで、その人たちが言っていることは、とても身近に潜んでいる物事のヒントとなるようなことばかりだった。
わたしは、ただ理解しきれていないだけだった。
いつだって先人の吐き出したことばは、わたしやひとりひとりに寄り添っていた。
――――そうやってわたしがひとり、辿り着いたところは、だれも立ち入ることが許されない立入禁止だった。
その場所は『行き止まり』ではなくて、『立ち入り禁止区域』だったのだ。
どこか遠くから鐘の音が聞こえる。
立ち入り禁止を目の前に、ただ茫然と立ち尽くす。
するべきこともない。何をすべきかも見当がつかない。
いつもいつも詰めが甘い。
想定外の物事に即座に対応が出来ない。
行き当たりばったりで、立ち往生する羽目になる。
そのたびに、もっといろいろなことに留意しておけばよかったと思う。
自分は、想像力が欠如しているのか。
それとも現実に根ざしていないことばかりいつも想像しているから、現実で生きて行くことが困難になるのか。
そんな自虐的に自分のことを考えても仕方がないと、諦めに似た境地で小さく溜め息を吐いて、空を見上げる。
見上げたからと言って、空は何も方向性を指し示してくれるわけではない。
どうすれば方向性を見出せるのか、それすら分からなくて息が詰まる。
こんなにたくさん広がる空気のなかに居ても、酸素が足らなくなる。
見上げた空の上には、なにもない。
空には、広大にひろがる青色も、白い雲も、眩しいくらいにあかるい太陽もあるのだろうけれど、何ひとつ、自分に降り注いでは来ない。
いつからか空に色を感じなくなっていた。
空だけではなく、身の回りのすべてのモノに対して色を感じることはなくなった。
ひろがるのは灰色だ。すべてが灰色に映る。
戻ろうか。それとも進んでみようか。
どうしようか。
ただそれだけの決断に、自分はどれほどの時間をかけているのか計り知れない。
「ねえ、思い残したことがあってさ、一度来た道を戻ってみようかなって思ったことがあるんだ」
「そうなんだ、よくあるよね。戻ろうか、戻らないか悩むこと」
「そうそう。でも、戻ったところで一〇〇パーセント迷子なんだよ。土地勘も道もわからなくて、どちらに進めばいいかわからなくて、途方に暮れている自分が想像できるんだ。戻るか戻らないか、それすら悩むようなそんな心の迷いがあるとしたら、それは本当に迷子だ。戻りたかったならすぐ引き返せばよかったんだ。頭であーだこーだ考えてなんかいないでさ」
「結局、どうなったの?戻ろうとして、立ちすくんでいたの?」
「いいや、結論戻っていないから、立ちすくんでもいない。そんな自分がみじめでいやになると思うから、そんな行動にも踏み出せずにいた。そして言い訳がましく、『戻ってみても、どうせ時既に遅し、手遅れさ』って
「じゃあ、たらればな話。あなたが特殊技能を持ち合わせているとして、時間を巻き戻してみたいと思う?」
「いいや、そうは思わない。きっと自分は巻き戻したところで、何も変わっていやしないんだから、それこそ時間のむだだよ。巻き戻してみたところで無駄だ……。それにしてもいつの時代もタイムリープものは流行るね。夢があるのかね、時間を巻き戻すことに。自分の過ちをやり直したいって。そんなふうに望んだことはある?ないって言ったら嘘になるけれども。なんだかんだで、戻らないという決断を下した自分を間違っているとは思わないね」
「自分の過ちを直して正すというよりは、受け入れてひたすら前に進むしかないもんね。ゲームが影響しているのかな。ゲームのリセット機能的な……どんなに言ったって、人の命には
「くり返すのは、
「口は災いの元、だからね」
人生は兎角、道に喩えられる。
ただ一本の道が続いていく。
人生の道の中にはいくつかの岐路が必ずあって、人はその選択にいつも苛む。
そちらの道で正しいのか。
こちらの道のほうが険しくないのではないか。
あっち
そっち
こっち
どっち?
作為的に生み出した自分の疑惑で思い悩んでしまう。
あなたのその選択は正しいか?
自分の本当の気持ちを見失っちゃいないか?
理解したふりをしちゃいないか?
わたしはこれでいいんだと開き直ったりしてはいないか。
その道(選択肢)も、自分次第。
膠着状態なこの状況すらも自分が生んだ世界。
どうするの?
どうしようもない。
溜め息をまたひとつ吐いて地面へと視線を落とす。
溜め息ばかりついていると、幸せが逃げてしまうよ、とそれもだれかに言われた気がする。
これからの行く末を考えながら、沼のような自分のなかへと落ちて行く……。
その沼はまるで、井戸を覗き込んでひろがる暗闇のなかのようだった。
冷ややかで、湿っぽくて、暗くて、さびしくて、どこからか吹きすさぶ風に煽られて。
神よ、なぜわたしを見放したのか。
「神なんていないよ」
どこからかそんな声が聞こえて来た。
その通りだとわたしは思った。
「言ってみただけだよ。言うだけは
「言うのは
そんな憎まれ口をたたく、だれか。
ああ、後悔ばかりだ。人生なんてコウカイと言う名の船旅ではないか。
「困ったときの神頼みだ。そうだ、このことばってよく耳にするね。そもそも頼みごととかお願いって、困ったときしかしないものなんだよ。大抵のことは自分自身で解決するものさ」
「みんな、自分が可愛くて、自分のことしか考えていないんだ」
「……ねえ、ところできみはいったい、どこから見ているの?」
箱庭のなかにいるような、広いようで狭いこの息(生き)苦しい世界からは到底抜け出せそうにない。
この箱庭のような鳥かごのような井戸の底のような閉鎖された空間から抜け出すことは出来ない。
わたしはずっと、死ぬまでここで生きていくしかない。
蜘蛛の糸を辿れば、そこには楽園が待っているの?
そんなわけはなくて、きっと待っているのは、ここと大差のない世界。
ここには最初から、希望も期待もない。
ただ、終わりだけを待つ世界。
終わりはいつだって目に見えるところに広がっている。
終わることだけが人生だ。
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