第13話 エピローグ

 あれから五年が経った。早いもので私ももう二十歳になり、この歳で三つ編みはさすがにちょっと恥ずかしいので、カトレアさんのようにバッサリと短髪にした。正直あまり似合ってなくて後悔している。鏡の前で化粧をしながら、ふと部屋の時計を見た。


「あっ! やば、もうこんな時間!」


 急いで支度をして、部屋を飛び出した。キャメリア村の天気は今日も快晴だ。菜の花が咲き誇る道を走りながら、すれ違う村の人達に挨拶した。お腹の虫が鳴る。ああ、しまった……朝ごはん食べるの忘れてた。


「ふう、やっと着いた……」


 村の外れにある三階建ての小さなビル。ここの一階を借りているのだ。腕時計を見ると、九時五分を指していた……遅刻だ。扉を開けた。


「はあ、はあ、みんなおはよー!」


「アイリス先生おそーい!」


「また遅刻だよー」


「ごめーん!」


 私は生徒達に手を合わせて謝った。そう、ここが私の今の職場だ。先生はまだ私一人。だから学校というよりは教室だ。生徒数は四十人で、年齢層は六歳から十七歳までと幅広い。


「せんせー、今日は何教えてくれるの-?」


「ふふ……今日はねえ、杖から自由に水を出す魔法を教えます!」


「えー、何か地味」


「もっと面白いの教えてよ」


 うっ……意外と不評だ。私はムッとして反論した。


「お、面白いよ! 先生の一番得意な魔法なんだからね。極めればこんなことだって出来るんだから!」


 私が万年筆を振るうと、水で出来た透明な蝶々が、教室内をヒラヒラと飛び回った。生徒達から歓声が上がる。続いてシャボン玉。赤や青、黄色や緑、カラフルなシャボン玉で教室を埋め尽くし、生徒達のハートを鷲掴みにした。おかげで教室内は水浸しだ。後でオーナーに見つかる前に掃除しよう……。


 一時間ほど座学をした後は、外に出て実習だ。川近くの土手の原っぱで、各々練習を始めた。下級生の子は杖の先から水滴がポタポタ垂れる程度だが、上級生の子はさすがに既にホースのように水を出している。私は遠くからその様子を眺めていると、こちらに近付いてくる人影に気付いた。腕時計を見る……ちょうど約束の十一時だ。私と違って時間に几帳面なあの人らしい。


「はーい、みんな集合ーー!」


 生徒達が集まってくる。その人もちょうど同じタイミングで私の隣についた。


「昨日も話したけど、今日は新しい先生を紹介します。護身魔法担当の、ロゼ先生です! 先生、自己紹介をどうぞ!」


「………………よろしく」


 場がしーんと静まりかえった。ロゼさんは無表情のままだ。生徒達がひそひそ話を始めた。でかい、怖い、幽霊みたい、そんな言葉が聞こえる。これはまずい。私はロゼさんに耳打ちした。


「ロゼさん、生徒達が怖がってます。もうちょっと愛想良く……」


「アイリス、私やっぱ帰っていい?」


「駄目です。みんな楽しみにしてたんですから」


「はあ……もういいから話進めて」


 まったくもう……。私は仕方なく生徒に向き直った。


「コホン。えー、前々から言ってることですが、護身魔法は断じて人を傷つけるための魔法ではありません。使い方を間違えれば大変危険な魔法です。自分の身や自分の大切なものを護る時に、どうしてもという時にだけ使うこと。約束できますか?」


 はーい! と元気のいい返事が返ってきた。みんないい子達だ。


「ではロゼ先生、お手本を」


 ロゼさんが何も言わずに川へ向かって歩き出す。懐からナイフを取り出し、川の方向へ向けた。一瞬だけナイフが光ると、先端から物凄い勢いで火炎が放射され、川が炎を反射して赤く染まる。生徒達から驚きの声が上がる。続いていくつもの火花が発射され、まるで打ち上げ花火のように川の上ではじけた。さっきまで怖がっていた生徒達も釘付けになって見ている。来てもらって良かった。私ではここまでは出来ない。


 さすがに今日のこれだけで、生徒達が護身魔法を覚えてくれるとは思っていない。本来、一つ覚えるのに何ヶ月もかかるのだ。今日はこういう魔法もあるということを、みんなに知ってもらえればそれで良かった。



 *



 昼休み。そのまま土手でピクニック気分で昼食を取る。いち早く食べ終わった生徒達は、さっき覚えたばかりの水鉄砲で遊んでいる。私とロゼさんは土手の坂の上で、並んで弁当を食べながらその様子を見ていた。


「……懐かしいわね。五年前、地下室であんたと汗だくになって水鉄砲をかけあっていたのを思い出すわ」


 ロゼさんが呟く。確かにそんなこともあった。まあ、あんな和やかなものではなかったけど……。


「ロゼさん、今日はありがとうございます。生徒達も喜んでいます。また教えてあげてくださいね」


「……気が向いたらね。ていうか、よくこんな事が許されたね。護身魔法なんて体のいい事言ってるけど、元は禁呪だからねこれ」


 確かに、ここまで来るのには苦労した。魔法教室自体はいいとして、禁呪を教えることにはさすがに政府や親御さん達も最初は反対した。しかし、私とロゼさんはガーデンを救ったということでちょっとした英雄扱いを受けており、その私がどうしてもというので何とか許可を得て、数年越しの苦労を経てここまでこぎ着けたのだ。ロゼさんを説得するのに一番苦労したことは言うまでも無い。


「要は使う人の心次第です。ハサミや包丁だって使い方を間違えれば凶器になるんですから。私は禁呪は人を傷つけるための魔法ではなく、人を護るための魔法だと思ってます。私はあの子達ならそれを分かってくれると思ったからロゼさんを呼んだんです。みんなロゼさんのこと気に入ってくれたみたいですよ。男の子なんか特にああいう派手なのが好きみたいで」


「そう、さっきから気になってたんだけど、何で男の子がいるわけ? しかも魔法使えてるじゃないの」


「あの子達も魔女の血を引いてます。今まで女の子しか魔法を使えないと思われてましたが、男の子でも訓練次第で使えることが分かったんです。女の子に比べて、やっぱりちょっと覚えるのが遅いですけどね」


「……長い魔女の歴史や常識をあっさりと覆してくれたわね」


 男の子も来てくれたおかげで、私の教室はとても賑やかだ。最初はキャメリア村の数人の生徒しかいなかった。しかし、国を救った魔女が魔法を教えてくれるという事もあってか、噂はあっという間に広がり、国中から生徒が集まり始めたのだ。今でも希望者は増え続けている。あの教室にも、もう間もなく収まらなくなるだろう。


「私、いずれはガーデンだけでなく、世界中に魔法という文化を広めたいんです。もしかしたら今でも、世界のどこかでカトレアさんのように突然魔力が目覚めて、苦しんでいる人がいるかもしれない。世界中の人が魔法に対して理解があれば、差別も起こらないんです」


「随分壮大な計画ねぇ。一体何十年かかることやら。まあ、精々頑張りなさい」


 弁当を食べ終えたロゼさんが立ち上がり、帰り支度を始めた。


「……やっぱり近々また呼んでちょうだい。次はもっと凄いのをあの子達に見せてあげるわ」


「ふふ、もちろんですよ」


 ロゼさんが帰路に着くと、それに気付いた生徒達が声を上げた。


「ロゼ先生! また来てね-!」


 ロゼさんは振り返らず、片手を挙げて応えた。そろそろ昼休みも終わる。午後の授業も頑張ろう。私は立ち上がり、大きく背伸びした。ふと足下を見ると、鮮やかなピンク色を放つ、一輪のカトレアの花が咲いていた。

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