第8話 重臣会議

 八月の上旬。クラネッタ領都アミーンに王都から驚くべき知らせが入った。クラネッタ謀反の噂が王都中に広まっているというのである。

 そしてそれに呼応するかのように、東部騎士領筆頭ユンク伯爵家とその派閥がエリザを謀反の首謀者として王室へ告発したとの報告もあり、クラネッタの重臣達は緊急に会議を開いた。

 会議室の長机には臣下の主だった者達の姿が揃っていた。彼らの年齢はまちまちであったが、皆エリザに人として惚れ込んでいる者達だ。この会議も公爵家から召集されたものではなく、知らせを聞くや否や領内の各方面から自ら集まったものであった。

 自分達の主人、ダニエル公爵へ具申する対策の内容として、ユンク家を初めとする告発した家々への強い抗議と、王室への無実の主張まではすんなりと決まったが、万一王室がユンクらの告発を受け、エリザが審問に召喚された場合についての対処に関しては意見が真っ二つに割れた。


「姫様が謀反人などと! ユンクのひよっこは気狂いにでもなったのかっ。王室がもし審問を行うなどと言ってきても、受け入れるべきではない!」

「しかしユンクの他、多数の東部騎士の連名での告発だ。無視するわけにもいくまい」

「数が多かろうと、事実無根の訴えだ! 貴様、我らが姫様をおめおめと審問会へと差し出すつもりか!」


 一般の臣民に対してならばともかく、貴族への審問は長い王国の歴史を辿たどってもそう多くはない。

 貴族同士の争いが起こった場合、双方と利益関係を結ぶ貴族や商人が仲裁を行い、当事者間で解決する事が多かった為である。長い歴史が貴族達の利害関係を複雑なものとしていた。

 そして王室が介入した場合、その手を煩わせたとして、証言が不当であると見なされた貴族が処分される事がほとんどであった。これらの理由から、貴族同士が表立って争うことは不利益にしかならなかった。

 その為、犯人が露見しにくい嫌がらせの噂が流される事はまだ考えられても、それをエドモンが告発したのは重臣達にとって予想外だった。ともすれば彼自身の首を絞める事にも繋がるからである。


「そうではない! 堂々と申し開きをして、言いがかりであることを証明するのだ。貴公こそ血気にはやって姫様のお立場を悪くするつもりか!」

「何だとっ!?」


 会議は荒れに荒れた。自分の案こそがエリザにとって最も良いと考える重臣達は互いに一歩も譲らず、今にも掴み合いそうな勢いで自論を強調する。

 その中で一人、むっつりと黙り込んでいる武人がいた。灰色の髪と赤銅色の肌を持つ屈強な男、マルセル騎士団長である。一家が救われて以来、エミリーと同じく彼もエリザに絶対の忠誠を誓った。姫君を守る力を得る為に功績を上げ続け、遂には四十過ぎと言う若さで騎士団長にまで上り詰めていた。


「マルセル殿! 御身はいかが御思いか。姫様の剣、盾にならんと常日頃から申されているではないか」

「そうだっ。マルセル騎士団長、当然不当な審問は突っぱねるべきであろう」

「いや、姫様には堂々と申し開きをして頂くことが正道というものだ!」


 双方がマルセルに水を向けると、彼は重々しい口調で話し始めた。


「それを決めるのは私ではない。貴公達でもない。私は、公爵様と姫様の判断を信じ、それを全力でお支えする。私が意見を申すのは、お二人がお困りだと感じた時だけだ」

「今がその時ではないのかっ。例えあるじに煩わしく思われようと、具申する事が忠義というものだ!」


 意見を述べようとしないマルセルに重臣の一人が噛み付く。他の者たちも頷き、その態度を非難した。マルセルは大きく息を吐くと、彼らの顔を見渡し、言い聞かせるように語り始めた。


「貴公らもご存じの通り、今回の噂は数か月前から行われている大々的なものだ。事前に、そして工作の合間に行われたであろう敵方のクラネッタへの調べも相当なものになると思われる。今回の告発も、何か言いがかりの根拠を見つけてこその断行だろう」

「そうだ。だからこそこうして対策を話し合っているのではないか!」

「今から取り組んでも遅い。それに、それは既に出来ている」

「どういうことだ……」


 いぶかしげな表情になる重臣達に、彼は静かに、しかし少し誇らしげに話し続ける。


「噂の存在を知った時、姫様はこのような事態を既に予想していらっしゃった。その為、出所の調査以外に、告発への対策、そして仕掛けた者への反撃の方法を既に模索されていらっしゃったのだ」

「おおっ、流石は姫様」

「やはりあの方は常に先を見据えていらっしゃる。しかし我々にもご下問かもん頂ければ、どんな事でもお答えしたのだが……」


 敬愛する姫君の慧眼に感嘆するも、出来れば頼って欲しかったと重臣達が残念がる。しかし続くマルセルの言葉に、彼等は驚きと喜びを覚えたのであった。


「この噂が立ち始めた頃、姫様が諸兄にお訊ねになられた事を覚えているか」

「無論だ。姫様のお言葉を我らが忘れるはずが無い」


 重臣の一人の言葉に、そうだ、とあちこちから同意の声が挙がる。彼らの脳裏には、エリザが自らの改革に対する評価と、懸念する点があれば教えて欲しいと愛らしく頼む姿が鮮明に浮かんでいた。


「私も先日初めて知ったのだが、あの時我らにお可愛ら……何気なくお訊ねされた事が今回の対策のお役に立つようなのだ。諸兄。姫様は決して我らを蔑ろにしているわけではない。機密を守りながらも、我々の意見を聞き入れて下さっていたのだ」

「姫様はそこまで我らを……」

「私達を宝と言って下さった姫様のお心は、幼き頃からなにも変わられていないっ」

「あのけがれ無きお方を守らなければ! マルセル殿、今からでも私達に出来る事がある筈。娘御が姫様にお仕えしている貴公なら、何か思い当たるものがあるのでは?」

「それは――」

「そこから先は私が直接話しましょう」


 重臣達は益々エリザに心酔し、食い入る様に自分達が出来ることをマルセルに訊ねた。彼が口を開こうとしたその時、会議室の扉が開かれ、彼らが主同様に忠義を奉げる黄金色の美少女が純白のドレスに身を包んで現れた。



 会議室に入ると、重臣たちは俺の唐突な登場に驚きつつも、皆すぐさま腰掛けていた椅子から立ち上がり迎えてくれた。そして直立したまま言葉を待っている。付き従っていたエミリーが扉を閉めるのを確認した後、俺はゆっくりと話し出した。


「声が聞こえたので勝手に入らせてもらいました。皆さん。私の為にわざわざ集まってくれてありがとう」

「っ勿体無いお言葉に御座います。我らもユンクらの姦計を打破すべく、全力を尽くします!」

「我らクラネッタ家臣団、姫様の御為おんためならば何処いずこへとも参り、いかなる難行も成し遂げる所存です」

「我が娘エミリーと共に、必ずや姫様をお守り通します」


 重臣達は次々に自らの意志を告げ、助力を申し出てくれた。


「ありがとう……それでは、私のあなた方への願いを聞いてくれますか?」


 なんなりと! そう声を揃える彼らに頷き、今後の作戦を語り始める。彼らの忠義に心打たれた俺の声は、かすかに震えが混ざっていた。

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