4-6
流石に、強いワイバーンだけが生き残ったとは言え、私達の方の灰色のワイバーンの一匹がとうとう負けました。
私が気付いた時にはそのワイバーンが勝者のコボルトに起こされ、渋々と言った形で首に小さな飾りの付いた輪を掛けられました。
ぎゃあぎゃあと、遠くの巣穴から子供のワイバーンが鳴く声が聞こえ、そんな時もあったなぁ、と懐かしく思いました。
今、父は何をしているのでしょうか。その内帰って来るのでしょうか。
それは、分からない事でした。死なないでいて欲しいとだけ、思いました。
それからすぐに、色違いもまた、一匹が首に刀を突きつけられて動けなくされました。
刃引きされているだろうとは言え、動いたらその刀でも喉を切る程度なら出来るでしょう。
しかし、それでもその色違いはどうにかしてこの状況を打開しようとしているのが分かりました。
族長はそれを見て、仕方なくと言ったように色違いに近付きます。コボルトはほっとした表情を見せ、その瞬間に色違いはコボルトに向けて尻尾を突き刺そうとし、族長がそれを踏みました。
「ギャッ」
怯んだ隙に、族長はその色違いの頭を殴って気絶させました。
色違いの族長はそれを見て、流石に何か思ったのか、のしのしと歩いて近付いて行きましたが、族長が既に負けたワイバーンの方を指し示して、その方を見ると、渋々納得したというように立ち止りました。
それから、負けたら従わなければいけないという事は、次第に色違いの方にも伝わって行きました。
しかし、自分達が負けたとしても従わなければいけないだけで殺されない、という解釈をしたのか、色違いは嬉々として戦いを挑むようになり、気付いたら色違いの方が戦っている数としては多くなっていました。
-*-*-*-
事が終わってみると、私が想像した通りの結果になりました。
ワイバーンを従えられたコボルトは本当に僅かで、少し他に死ななかったコボルトは居たのですが、それは次々と屠られていくコボルト達を見て自信が無くなり、戦わなかったコボルト達でした。
子供達や番と別れを告げる、その負けた僅かなワイバーン達も他に負けたワイバーンが少ない事が少し気まずそうでした。
負けたワイバーンが多ければ、自分が弱いと大して思わずに済むのに。
そんな感情が伝わって来るようでした。
そして、別れが済んだ後にコボルトを乗せて、飛ぶ準備をしました。
戦わなかったコボルト達の数人は一緒に乗って帰ろうと思ったのか、従えたコボルトと一緒に乗ろうとしたのですが、ワイバーンはそれを許しませんでした。
意気地無し何て、乗せる価値も無いと言っているようでした。
従えた僅かなコボルト達はそうして意気地なし達を放ってワイバーンに乗って帰り、戦わなかったコボルト達はそれを見送りながら、とぼとぼと歩いて帰って行きました。
…………。
いや、それは何かおかしいような。
戦えなかった色違い達や、夕方、また腹が減って来ていたワイバーン達が何となくそれをじっと見つめています。
コボルト達は、既に粒にしか見えない程に遠くに行ってしまった勝者達を羨ましく見ながらとぼとぼ歩いているだけで、私達がそれを見ている事には気付いていません。
色違いの族長は、どうなんだ? と私達の、灰色の族長を見ました。
族長はいつもと違う儀式が終わって少し疲れたのか、背伸びをしただけで特に何も答えませんでした。しかし、それは答えたと同じでした。
儀式が終わった今、私達ワイバーンとコボルトの関係はもう、何もありません。
強いて言えば、捕食者と被捕食者の関係になるのでしょうか。それも、その被捕食者は食らえば強くなれるというおまけが付いています。
食べて良いんだな? 良いんだろう。
灰色同士で、色違い同士で、そして灰色と色違いで、互いに顔を見あわせながら、僅かな沈黙の時間が経ちました。
そして一匹が飛び立つと、それを皮切りにしてワイバーン達は嬉々としてとぼとぼと歩くコボルト達に襲い掛かりました。
ああ。今から行っても、もう遅いか……。そう思いながらも私も追い掛けました。
コボルト達はこのような事になるとは予想していなかったのでしょう。
ワイバーン達が獲物を狙う目で追いかけて来るのに気付くと急いで逃げ出しました。
しかし、逃げると言っても、コボルトの走る速さよりワイバーンの飛ぶ速さの方が遥かに速いです。
更に残念な事にコボルト達に対策と言ったものは、逃げ先を川沿いの見晴らしの良い場所ではなく、森の方に変える程度の事しか無いようでした。
それは私にとっても食べられないという点で残念な事でしたが、まあ、儀式に参加しない時点であのコボルトと似たようなものなのかもしれません。
食べる資格も無いと言われれば、頷くしかないでしょう。
コボルト達は単純に、見る見るうちに、足の遅い順に踏み潰され、火球を身に受け、毒針で足止めを食らい、どんどん屠られていきました。
最低限頭を食い千切ればそれで強くなれると知っているワイバーンは、頭だけ食い千切ってもう一匹と欲張りに行き、それを知らないワイバーン達は残りのただの肉塊となった残骸を虚しく奪い合っています。
腕輪を付けていた数人のコボルトが、その腕輪を無理矢理引き千切るようにして外し、魔法を使いました。
ああ、とまた、私はかなり前の事を思い出します。同じく数年前の儀式の時、儀式で勝ったワイバーンが智獣を食べていた時に何か光る物を吐きだしてたなあ、と。
きっと、あの腕輪は自分の魔法を封じる物なのでしょう。
しかし、半ば恐慌状態に陥っているコボルト達が使った魔法は酷いものでした。
炎を出そうとしたのでしょうが、それは逆に自分自身を焼く結果になったり、光線が出てもそれは太陽の光のようにワイバーンには傷一つ付かなかったり。
結局、一人を除いて全てのコボルトはあっと言う間にワイバーン達の胃の中に納まりました。
最後の一人は、身体強化を足に掛ける事が出来ていて、飛ぶ速さによりもやや速くワイバーン達から逃げられていました。
背後からの火球や毒針も躱していて、逃げられそうだな、と思っていると、河原でこけそうになってしまいました。
私はそれを見てもう、私は食べられないなと思い、追うのを止めました。
こけそうにならなければ、その身体強化で十分に加速されたまま川も飛び越えて森へと逃げる事が出来たのかもしれませんが、そのコボルトは加速を失ってしまい、川を飛び越える事は出来ませんでした。
ばしゃり、と川と飛び越えられず、水の中に着地した時にはワイバーン達は追いつきつつあります。
そのまま走れば良いものを、後ろを振り返って、顔が引き攣ったのがここからでも分かりました。
既に自分以外は胃の中に納まり、沢山のワイバーンが自分だけを狙って我先にと追って来ているのです。
そして、また走り出そうとしてまた転んでしまい、川を越える事は叶わずに呆気なく踏み倒されて、川の色は赤くなりました。
ほんの僅かなその奪い合いの時間は終わり、私は、喉を鳴らして満足そうに帰るワイバーンや、腹を満たせずにそのまま森に行くワイバーンを傍目に、コボルトが捨てた腕輪の近くに着地しました。
少し探して、それはすぐに見つかります。
魔法を封じる腕輪。それには毛皮と血が付いていました。
きっと、そこまで外し辛くなっている理由は魔法を使わずにワイバーンを従えられたという証明の為でしょう。
そこまで克己的にならなくても、大丈夫だと今となっては思うのですが。
魔法を使っても勝てれば良いんじゃないか、と私は思いました。どうせ、そうしたとしても族長には勝てないでしょうし、本当の成獣したワイバーンにも通じにくいでしょうし。
まあ、決まり事には私は何も言えませんし、沢山のワイバーンが連れて行かれるのも困る事ではありますが。
私は尻尾を使ってその腕輪を拾い上げました。
そしてそれを口に咥えて飛んだり、角に嵌めたり体に押し当てたりしてみますが、体が弱くなった感覚もしませんし、空を飛んでも不自由は感じません。やはり魔獣にはその効力は無いようでした。
魔獣の魔法は目に見えない形で無意識に使っているものです。意識的に使う智獣とは違い、邪魔は出来ないものなのでしょう。
でも、私だけの無意識の魔法は封じる事は出来るかもしれません。
……いや。
この特性を持っていて、これから損をする事はあるのでしょうか。寧ろ、得をする方が多いのではないのでしょうか? あの時のように、この魔法のせいで誰かを喪ってしまう事があるのでしょうか?
私は、もうこれ以上悲しい思いも、辛い思いもしたくありません。
回数だけで考えれば、この特性で助かった事の方が多いのです。……姉さんを喪った時も、私が魔法を使っていなければ私もロも死んでいたかもしれません。
そうは思いたくない部分もあるのですが、最悪の結果にはならなかったのです。
それでも、どうして自我まで失ってしまったのかと、何度も何度も思い返しているのですが。本当に、自我さえ失わなければ、最良の結果まで行けたかもしれないのです。
要するに、これを身に付けるべきか、という問いは、私はこれから先、自我を失う程に感情を昂らせてしまう事はあるか、という問いに等しいのです。
しかし、そんな事は分かりません。これからどういう事が起きるかもしれないか何て、分からないのです。
この世界で二番目に長く生きて来たと言える程に長く生きているとは言え、その記憶はあやふやなのです。思い出したのはほぼ無駄な知識だけです。
無駄に長く生きただけの私は、経験に頼る事さえ出来ません。
……どうすれば、良いのでしょう。
この腕輪を嵌めるべきか、嵌めないべきか。
危なくなりそうな時に身に付けるなんて、そんな事は出来ないのです。
…………。
今すぐ決めなくても良い事でしょう。この約八年間ここで暮らしてきて、そこまで感情が昂った事は、ここではまだ一回しかありません。
早めに決めなければいけない事ではあるのでしょうが。
なので取り敢えず、二つ程持ち帰る事にしました。
振り返ると、アカが大蛇を足に突き刺して持って帰っているのが見えました。
何となく、私も腕輪を両足の爪に刺して持って帰る事にしました。
すぐに落として素直に咥えましたが。
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