3-13
久々にワイバーン同士、ロと喧嘩をしたり、大狼とドラゴニュートが力比べのような緊張感の無い喧嘩をしているのを眺めたり、はたまたロがドラゴニュートに叩きのめされるのを見たりしながら数日が経って行きました。
ロはもしかしたら、ドラゴニュートを越える為だけに智獣を沢山食らっているのかもしれないと思いながらも、それでもやはり、私は智獣を無闇に襲うのはどうかと言いたい気分でした。
ロもドラゴニュートの言葉を理解しており、私も文字を書こうと思えば尻尾で地面をなぞる事によって書けて、ドラゴニュート越しにそれを伝える事は出来たのですが、流石にそれをする気はありません。
魂がワイバーンという魔獣に完璧に合致するものでなくとも、私は言葉を持つ必要が無いワイバーンとして生きて来て、そうでありたいと思っていました。
なので結局、私はロが狩りに行くぞ、と気合を入れて飛び立つ時に顰め面をする程度の事しかしませんでした。
ドラゴニュートは狩りは大狼に任せ、やる事と言えば木を素手で薪にしたり、後はただぶらぶらと辺りを歩いていたり、大狼とぼけっとしているだけで、世捨て人のような生活をしていました。
魔獣を私も含めると三匹も周りに置いて生活している様は私から見ても少し異常に思えたのですがが、しかし自分の事について喋る事はタルベと同じく殆ど無かったので、何も推察する事は出来ませんでした。
ただ、大狼とは仲が良いな、とだけは数日をここで過ごす内に良く思うようになりました。
大狼に体を預けてのんびりと空を見ながら過ごす姿や、時たまブラッシングをして毛並みを整えていたり、戯れたりしているのは、従えている、という訳でもなく、本当に相棒のようなそんな関係のようだったのです。
何かしらの深い事情があるのだろうと、何となくそう思えました。
そしてその夜、私は次の日の朝に行く事にしました。夜にでも行こうかなと思っていたのですが、ロも一緒に付いて来てしまう気がして、次の日の朝の狩りをしてそのまま行ってしまう事にしました。
もうそろそろほとぼりも冷めた頃でしょう。
私とロはあの場所で姿を見られていないと思えますし、殺した二人の肉体も私とロの体の中に消えています。
今となっては肉体は糞となって、骨は私が練習で撃った毒針となって、全て大地に還っています。
時間さえ経てば私が戻ったとしても疑いの目は向けられないでしょう。
ドラゴニュートは焚火を眺めながら、大狼が狩って来た特徴的な角を持つ鹿の一部を大きな串に刺して焼いていました。
脂が垂れ、炎の中で弾けました。
美味しそうだなぁ、と私もロも、生肉をそのまま食べている大狼も思っているでしょう。岩塩もそれに振りかけられました。
それは私達ワイバーンが冬に偶にやる、ただ肉を焼いて食べるだけの行為ではなく、料理という行為でした。本当に美味しそうで、毎度ながら私は涎を垂らしていました。
ロはもう慣れているようでただ見つめているだけですが、それでもやはり、とても羨ましそうでした。
ドラゴニュートはそんな私を見て、言いました。
「ああ。こいつには、俺に勝ったらこの丹念に、丁寧に焼いて味付けもした肉を食わせてやるって言ってるんだ」
……くだらなく、素晴らしい理由でした。
ドラゴニュートを越える為にここに居るという理由は合っていましたが、純粋にそれだけではありませんでした。
ロが馬鹿らしくも見えましたが、アカの時のように見境なく、ただ暴れるようにドラゴニュートに襲い掛かる事はしなくなっていたのは嬉しい事でした。
そのままだったら、ロもドラゴニュートと大狼の腹の中に消えてしまっていた事でしょう。
「お前もそうするか?」
いや、と私は首を振りました。
「何だ、つまらないな」
ここに長居するつもりはもう、ありません。姉さんを助けたら、とにかく一旦群れへと姉さんを連れて戻らなければいけませんし、……その時に私がどうなっているかも分かりませんし。
ドラゴニュートはじゅわりと焼けた、肉汁溢れる肉に齧り付きました。
でも、私が群れに戻れないとしたら、それも良いかもしれないと思いました。
そうなっては欲しくありませんが。
-*-*-*-
ロを連れて来た時よりも少しゆっくりと飛び、一日程掛けて私は町へと着きました。
早朝、ファルが自分の家の中庭で寝転がっている所に私はゆっくりと着陸します。
「おお、戻って来たのか」
そう言いながら、ファルは意外だとは思っていないように見えました。
「そりゃそうだろうな。自分の仲間を助ける為に智獣まで殺したんだからなあ。
自分が疑われない為に、少し時間を置いて帰って来たって所かな?」
びく、と私は震えてしまいました。
まさか、そんな、どうしてばれている?
聞かれるかもしれない、とは思っていましたが、こんなすぐに、断定するかのように言われるとは全く思っていませんでした。
すぐに身構えた私に対し、ファルは笑って言いました。
「はったりだったのにな。まあ、他人に話す気は無いけどさ」
それでも構えを崩さない私に対し、ファルは続けて言いました。
「見張りを務めていたコボルトとリザードマン、二人が大量の血を残して消えていた。血は致死量位の多さだったけれど、死体は見つからない。見つかった痕跡はワイバーンの毒針一本のみ」
毒針……? あ、最初に外した一本、そのままだった。
失敗した、と思いながらも恐る恐る、私は聞き続けました。
「あの近くの檻にワイバーンは居なかったから、あの毒針は外部からの物だとは分かったけれど、ワイバーンの仕業とは誰も思わなかったよ。
ワイバーンが食べ散らかした血の量でもなかったし、綺麗に食べたとしても綺麗すぎた。態々殺して持ち帰ったとも思えない。
智獣を食べるなら、こんな場所の智獣を襲うんじゃなくて、郊外に単独で出ている智獣を襲えば良いしね。その方が安全だし、誰かに食わせる目的だったとしても運ぶ距離は短くて済む。
そんな理由から、ワイバーンの仕業に見せかけた殺し、と思われてる」
ほっとしながら、ファルは続けました。
「私はそうは思わなかったけどね。君はワイバーンにしては賢過ぎる。その位の事はやれるだろうと思えたよ。
……推測するに、君は仲間を助けようとしたものの、檻を壊せなかったんじゃないのか?
だから、私かタルベにでも助けを求めたくて戻って来たんじゃないか?」
殆ど見抜かれている。
そして、どうすれば良いのか分からずにいると、ファルは話し続けました。
「私は獣医の方に重みを置いているが、こんな便利な魔法を使える身として智獣を治す事も沢山あるし、私自身も智獣だ。
余り、正当な防衛でもない人殺しに関わる事はしたくないし、私自身、危なくなるのは嫌に決まってるだろう?」
「ヴ……」
「それは困ると。
けれどもね、そもそも、私が君に対して借りを作っているならともかく、君の方が借りを私に作っているだろう?
その左目が見えるようにしたのは私だ」
「……」
駄目なのでしょうか。
脅迫などしても意味がありません。
……方法は、彼らに頼るしか無いのに。
そう途方に暮れていると、ファルが言いました。
「……諦める気は無いのか?」
無い。私はそう首を振りました。
姉さんに助けに来ると約束したのです。姉さんは今も私を待っているのです。
「どうやってやるつもり……いや、聞いても答えられないか」
もう、なりふり構っていられませんでした。僅かでもファルやタルベが助けてくれるならば、私が正真正銘のワイバーンでないと知られても良い、と決めました。
そして、私は尻尾を地面に付け、文字を書き始めました。
文字を書いていると、ファルは唖然とした顔で地面の文字も見ずに私の顔を見ていました。
「酸で檻を破壊し易くしたい……」
書かれた内容にも、ファルは驚きの顔を見せました。
「本当に、君は何なんだ? 何でそんな方法を思いつく?
どうして酸なんて言葉を知っている。そもそもどうして文字を書ける。
いや、文字を書けるなら教えてくれ」
私は、もういいや、とまた書きました。智獣としての前世があったワイバーンだ、と。
「……前世? そんな魔獣、聞いた事も無い。
存在するなんて、信じられない……」
頭を振り回し、掻き毟りながらファルは叫ぶようにして私の存在を認めようとしていないように思えました。
「……前世があるっていうなら、それは何だったんだ?
前世の全てを鮮明に覚えているのか? 君は前世でどうやって死んだんだ?」
私はその矢次早に出される質問に淡々と答えて行きました。
ファルは、その全てに驚きを隠さず、混乱したまま家の中へと戻って行ってしまいました。
私は、ファルが私を助けてくれるのか、ただそれだけが心配でした。
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