雑用係です、パシリの方が良いですか?

 部活動や委員会は、大体夏休み前に三年生は引退する。

 だけど、夏休み後の体育祭だけは例外で。

 白月学園では、一年から三年まで各クラスごとで競い合うけど、応援合戦や選手なんかは三年生が中心になって決めていく。

 そんな訳で三年のクラスに選手名簿を取りに行ったら、生徒会を引退した紅河さんに見つかった。


「出灰?」

「生徒会雑用係です。あ、パシリの方が良いですか?」

「……ちょっと、来い」


 作って貰った『生徒会雑用』の腕章を見せて名乗ると、しばしの沈黙の後、紅河さんは俺の腕を掴んだ。

 そして「名簿を受け取ってから」と言っている間に、紫苑さんにも見つかって――俺は、二人に挟まれる形で生徒会室に連行された。

 何かこれ、良く見る捕まった宇宙人(グレイ)の写真みたいだよな。通じなさそうだから、言わないけど。



 白月学園では、二学期から生徒会が新体制になり(三年生が引退し、一年生が指名される)体育祭が初仕事になる。

 そして、白月学園の生徒会は王道学園らしく『抱きたい・抱かれたいランキング』での指名制で。

 生徒会長には、かー君が。副会長には、緑野が。そして書記には、空青と海青の双子がなった。二人でセットなのは双子で離れたがらないのもあるけど、分かれてしまうと一年生が一人しか入れないからだそうだ。

 そんな訳で、会計と庶務にはそれぞれ一年生が選ばれた。

 抱かれたいランキング一位の、中夜黒士(なかやこくし)

 抱きたいランキング一位の、赤嶺朱春(あかみねすばる)

 ……だけど体育祭準備中の今、一年生二人の姿は生徒会室にはなかった。

 中夜は、家の仕事の手伝い(と言うと呑気だが、なかなかの大企業らしい)を理由に、初日から姿を見せず。

 赤嶺は来るには来たが、自分の仕事を連れて来た『友達』にやらせるんで、かー君が「体育祭後に話そうね」と追い返したらしい。


「何年かに一度、あるんだよね……指名されたけどやりたくないとか、選ばれたのは良いけど仕事が出来ないとか」

「「まさか、一年二人ともとは思わなかったけどー」」

「…………」


 かー君のため息混じりの言葉に、空青と海青の二人が揃って唇を尖らせる。

 そして緑野は、生徒会室にやって来た俺をギュウギュウと抱きしめてきた。ちょっと苦しかったけど、緑野曰く「……充、電」らしいんで逆らわないことにする。

 新学期になってから、生徒会メンバーを見かけないなとは思ってた。

 最初は、夏休みが忙しかった(生徒会の皆や刃金さんと海に行ったり、カラオケに行ったり、飯に行ったりした)んで静かで良いなと思ってたんだけど。


「一年生メンバー、戦力にならないから二年生メンバーだけで頑張ってるらしいよ?」


 ……一茶が、そんな話を仕入れてきた。聞いてしまえば、流石に放ってはおけない。

(夏休み中、随分とおごって貰ったしな)

 我ながら不純な動機だと思うけど、本当、ジュース一本買ってないんだ。元々の財布力が違うと言えばそれまでだけど、少しくらいはお返ししたい。

 そう思った俺は、特待生権限(どこでも入室OKカード)を使って生徒会室へと乗り込んだ。そしてかー君達に、体育祭の手伝いを申し出た。


「えっ……嬉しいけど」

「「良いの?」」

「……目立、つ」


 うん、確かに特待生とは言え一般生徒(庶民)が手伝ったら、また文句言われたり呼び出しされそうだけど。


「まあ、今更かなって……だったら、手伝った方が俺の気が済むし」

「まあ、りぃ君らしいよね」

「「僕達にワガママ言えるのは、出灰だけだよねー?」」

「……許、す」


 呆れたように返されたけど、それぞれ顔は笑ってたから良しとしよう。

 そんな訳で、俺は『雑用係』(かー君達には止められたけど、少しでも周りを刺激しないように)として手伝いを始めたんだけど。


「どうして出灰に、生徒会の仕事を手伝わせているんだ?」

「うら……いえ、特待生とは言え、生徒会室に一般生徒を入れるのは禁止されていますよ?」


 俺を確保してきた紅河さんと紫苑さんが、口々にかー君達を問い詰めた。

 それにしても、紫苑さん。うら……めしや、とかじゃないだろうから「羨ましい」って言いかけたんだろうな。本当、デレると本音がダダ漏れになる人だよな。


「解ってますけど……そもそも、ランキング形式に無理があるんですよ。どうして、選挙制にしないんですか?」


 数年に一度って、確立高すぎるだろ。負担がでかいって解ってるのに、何でもっと早く対策を取らなかったんだ?

 そりゃあ、選挙もある意味、人気投票だけど……少なくとも立候補にすれば、やりたくない人間にはさせないんでリスクは減ると思う。

 俺がそう言うと、紅河さん達だけじゃなく生徒会メンバー全員が黙った。えっ、何か俺変なこと言ってるか?


「……立候補にすると、下心のある奴が入ってくるだろう?」

「同感です」

「やっ!」


 紅河さん、紫苑さん、そして緑野が顔をしかめて言う。なるほど。親衛隊とかが入ってくるのを、心配……って言うか警戒してる訳か、でもなぁ?


「今まで、生徒会役員同士でつき合ったことってないんですか?」

「「「っ!?」」」


 俺の質問に、三人だけじゃなくかー君達も黙る。その表情(かお)を見る限り……あったみたいだな。

 まぁ、紅河さん達も仲良いし? 恋愛に発展する可能性も、ゼロじゃないよな。


「生徒会同士が恋心で、それ以外が下心って言うのは乱暴ですよ? そもそも、選挙にすると抱きたい・抱かれたいランキングとは違う結果になる可能性がありますし」

「「「「「「…………」」」」」」

「仕事が出来ない生徒は、選挙で弾かれますよ。あと立候補なんだから、ランキング上位でも嫌ならまず参加しなければ良いんです……俺個人としては、もし選挙制にするとしても現メンバーには立候補して欲しいですけどね」


 かー君達は、生徒会の仕事をすごく頑張ってる。ただ、流石に無理にやれとは言えないからな。

 そんなことを考えていたら、紫苑さんが思いがけないことを言ってきた。


「それなら、出灰も立候補すべきです」

「…………は?」

「言い出したのは君ですよ? 今回の一年のうち、一人は立候補しない可能性が高いですし。第一回目となれば、そもそも立候補する生徒がいないかもしれません」

「いや、俺は二年ですし」

「認められなければ、選挙で弾かれますよ」


 にこにこ、にこにこ。

 笑顔でさっき、俺が言ったことをそのまま切り返してきた紫苑さんに黙ったのは――まあ、それもそうかと思ったからだ。

(確かに、俺に投票する奴なんていないだろうし……逆に、俺に任せておけないって立候補者も出るかもしれないし)


「そうですね」


 うん、何の問題も無い。って言うか、確かに第一回目だから噛ませ犬って必要だよな。

 そう思って頷いた俺は、気づかなかった。


「副会長、グッジョブ!」

「敵に塩を送るようで、何ですが……白月(ここ)の生徒会には、ちょっとしたブランド力がありますからね」

「お前の言う、片腕プロジェクトの一環か? まぁ、悪くはねぇけどな」

「「紫苑、ありがとね!」」

「……ありが、と」


 生徒会メンバーが、俺を一員に引き込む為に盛り上がっていたことを。



 全員参加は、体育祭も例外ではなく。体育祭の打ち合わせの為に、俺はFクラスへと向かった。

 ……これは、俺が手伝ってて良かったかもな。まあ、生徒会の面々なら強面不良だからってビビらないだろうけど。


「「「クイーン!」」」

「いらっしゃい、今、お菓子用意しますからっ」

「……お構いなく」


 Fクラスに行ったら、途端に温かく迎えられた。

 それをやんわりと辞退し、体育祭について聞く為に刃金さんを探すと……あれっ?


「刃金さんは?」

「今日は休み。あ、体育祭のことなら俺に聞いて?」

「えっ……どこか、具合でも?」


 だとしたら、お見舞いに行かないと。そう思って尋ねた俺に、内藤さんがヒラヒラと笑って手を振る。


「違う違う、ちょっと野暮用……もっとも本当に病気でも、クイーンが心配してたって聞いたら気合いで治すだろうけどね」


 そう言って、ポンポンと頭を撫でてくる内藤さんに、俺はふと引っかかった。

(……何か、ごまかされた?)

 実は、やっぱり体調を崩してるとか――あるいは怪我とか、それとも『野暮用』が嘘なのか?


「あー、クイーン落ち着いて! キングは元気だし、危ないことにも関わってないからっ」


 考え込んだ俺に、内藤さんが慌てたように言ってきた。となると、その用事が『秘密』なのか。

(まあ、俺に関係あることなら教えてくれるだろうし)

 そうじゃなければ、そもそも聞いちゃいけないだろう。そう結論づけた俺に、内藤さんが不意に尋ねてきた。


「クイーンって、生徒会に入るの?」

「……そう見えます?」

「んー、あと願望もあるかな?」


 選挙の話はまだオフレコなんで、質問返しでごまかそうとしたら思いがけないことを言われた。

(願望ってことは、俺に生徒会に入って欲しいってことだよな?)

 そうなると、目的は何だろう? 俺が生徒会に入って、内藤さんが得をするとしたら……あ。


「内藤さん、刃金さんのこと好きなんですか?」


 生徒会役員になったら、忙しくてFクラスに来られなくなるかもしれない。もし俺が邪魔なら、物理的に遠ざけられる。そして俺が邪魔な理由は、って遡っての発想だった。

(内藤さん受け? いや、でも下克上も需要ありそうだよな)


「……ブハッ!」


 そんなことを考えてた俺の前で内藤さんは噴き出し、次いでその場にしゃがみ込んでの大爆笑で応えた。

 仕方ないので、俺もその前でしゃがんで笑い終わるのを待ってると――しばらくして、目尻に浮かんだ涙を拭いながら内藤さんが口を開いた。


「キングと俺が卒業しちゃったら、Fクラス(ここ)クイーンの後ろ盾としては弱くなるだろ?」

「……はぁ」

「だとしたら、生徒会に入って貰った方が安全だし……逆にクイーンが生徒会入りしたら、こいつらに目かけて貰えるし」

「そういう見方も、あるんですね」


 正直、頭っから認めて貰えないと思ってたんで、俺が生徒会入りするメリットを聞かされて素直に感心した。そんな俺の頭を、内藤さんがポンポンと撫でてくる。


「生徒会とかキングほどじゃないけど、俺らもクイーンの味方だからね?」

「「「勿論っス!!」」」

「……ありがとう、ございます」


 不良ではあるけど、うん、内藤さんもFクラスの皆も良い人だ。

 しみじみとそう思い、嬉しかったんでお礼を言ったら、途端に内藤さんに抱きしめられた。あれ、どうしてこうなった?


「あー、癒される……キング、良いなー」

「「「落ち着いて下さい、ナイト!」」」

「大丈夫、今の気軽にツッコミ入れられるポジションで満足してるから」


 周りの悲鳴みたいな声に、内藤さんがあっさりと答えた。


「そうですね。(これ以上増えても面倒なんで)内藤さんはそのままでいて下さい」


 そして俺がそう言うと、内藤さんは笑いながらクシャクシャと俺の頭を撫で回した。



 文化祭同様、走りっ放しだったけど何とか無事に体育祭は開催された。

 王道学園らしく応援合戦(コスプレ・女装あり)とか、障害物競走(コスプレ・女装あり)とか、借り物競争(告白あり)があった。一茶が大喜びで写真を撮りまくっていたので、まあ、成功だったんだろう。


「出灰? 他人事みたいに言ってるけど、出灰の写真も撮ったからね?」

「……俺はただ、運ばれただけだ」


「やっぱり、真白は期待を裏切らないね! 借り物競争で『好きな人』って札を引く強運っぷりもだけど、真っ直に出灰のところに来てお姫様抱っこしたもんね♪」


 嬉々として語る一茶を殴りたくなった俺は、悪くないと思う。まあ、おかげで真白は借り物競争で一位になったし、俺の代わりに奏水が一茶を叱ってくれたんで良しとしよう、うん。

 そして、振り替え休日の後――白月学園高等部初の『生徒会役員選挙』を行うことが、正式に公布された。

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