リアルは俺には手強すぎる
二階奥にあるFクラスは、三学年まとめて一つのクラスになっている。一茶によると、親が寄付金を払って素行の悪い息子を押しつけてるんで、そもそも授業をやらないらしい。
そんなFクラスに呼び出された俺は、何故かキングこと安来さんのボタンつけをやっていた。
「ソーイングセット……?」
「庶民は買い直せないから、持ち歩いてんのか?」
「違います」
周りの不良から、なかなか失礼なツッコミが入る。まあ、確かに男が珍しいかもしれないけど、意外と便利なんだぞ? 安全ピンとか、値札の糸切ったりとか。
ただ、やっぱり男だとあんまり常備してないと思うから、何で俺が呼び出されたかは謎だ。あ、平凡庶民への無茶振りって言う嫌がらせか。
「それを言うなら、金持ちだったら執事とかメイドがつけてくれるんじゃないですか?」
「「「何だよ、その偏見?」」」
「お互い様ですよ」
強面不良達と、そんなやり取りをしながらボタンをつけ終わる。
「はい、どうぞ。じゃあ、失礼します」
「待て」
そしてブレザーを安来さんに渡し、立ち去ろうとしたけど――制するように、腕を引っ張られた。
「……何ですか?」
いや、本当に何だよ。何で俺、安来さんの膝の上に座らされてんだよ。
「ほら、食え」
そんな俺の質問には答えず、安来さんがポテトチップスを差し出してくる。
(食うべきか、食わざるべきか)
「いただきます」
「「「はぁっ!?」」」
考えたのは一瞬で、どっちにしても怒られると思った俺は素直に口に入れた。お菓子は別腹だからな。
当然、周りはどよめいたけど、意外と怒鳴られたりはしなかった。よく訓練されてるよな。生徒会ファンも見習えばいいと思う。
「……これも食う?」
「はい」
そんな俺に、今度はさっきの青頭がポッキーを差し出してきた。
まだ腹には余裕があったんで食おうと口を開けたら、安来さんに抱き竦められて阻止された。だから何だ、この状況は。
(こう言うのは、真白にやってくれないかな……でも、下手に言い返すと何かムキになりそうだし)
どう言えば、穏便に帰れるんだろう――なんて、安来さんの腕に収まったまま考えてたら、不意に青頭が噴き出した。この学校の人達って本当、笑いの沸点低いよな。
「キ、キングに抱き着かれてんのに平然としてる……」
「え? 十分、驚いてますよ?」
「棒読みで言うなって……な? 面白いだろ?」
「いや、キングのキャラ崩壊も十分おかしいって」
目尻に浮かんだ涙を拭って青頭が言うと、周りも同感とばかりに頷いた。あんた達が仲良しなのは解ったから、そろそろ解放して下さい。
「……谷、無事かっ!?」
そんな俺の祈りは、妙な形で天に届いたらしい。
何故だか一茶と奏水を引き連れて、現れたのは真白だった。
ようやく、安来さんとのフラグが立つか――とは、思えなかった。真白からも、そして背後にいる安来さんからも怒りのオーラを感じたからだ。
「無事かって、おれ達がコイツに何かするって思ったのか?」
「現にしてるじゃないか! 谷のこと、拘束してっ」
「わぁ、胸キュン体勢が物騒な呼ばれ方されてるー」
青頭が茶化すのを、真白が瓶底眼鏡越しに睨みつける。何でこいつ、こんなに攻撃的になってんだ?
「キングだけじゃなく、ナイトにまで……」
「てめぇ、ふざけんのは見た目だけにしろよっ」
「……ナイト?」
Fクラスの面々が荒ぶる中、俺はふと引っかかった。そして青頭を見ると、軽く目を見張られた。
「あ、名乗ってなかったか。俺、内藤藍(ないとうらん)」
「……名前からですか、解りやすいですね」
「まぁ、皆ガキだからな」
うん、主にあだ名をつけるセンスがな。
逃避はやめて、真白のことに戻ろう。クラスの奴らみたいに、喧嘩売られた訳でもないのに。
(あ、もしかして)
「お前、不良が嫌いなのか?」
「「「っ!?」」」
「だってガラが悪くて乱暴で、皆に怖がられたり嫌われたりするじゃないか!」
俺の質問でFクラスの空気が凍り、真白の返事で一気に殺気立った。人のこと言えないけど、真白って本当いい度胸してるよな。
「俺は、ここの人達に何もされてないし……逆にお菓子貰ったから、むしろ嫌う理由がない」
「そう……なのか?」
「不良全般だと知らないし、皆がどうかも知らないけど……嫌なことされなきゃ、俺は別に怖くない」
「……本当か?」
思い込みは激しいけど、話は素直に聞く奴だから――変に毛嫌いして、不良フラグをへし折られたら困るから、俺は真白にそう言った。
……言った、んだけど。
「いいぞ、平凡!」
「流石、キングが見込んだ奴っ」
「平凡なんて、失礼じゃねぇ? ここはキングの相手だから、クイーンで」
「勘弁して下さい」
何で、俺贔屓になるんだよFクラス。生徒会同様、簡単すぎるだろあんたら。
「相手って何だよ、谷はオレのっ!」
「「「何っ!?」」」
そして真白、何を張り合ってるんだ。ある意味、仲良くなってるけど――俺が言うのも何だけど、母親を取り合う子供かよ。
「谷君、Fクラス攻略おめでとう! 平凡受けキタコレ!!」
「まあ、無事だから良かった……のかな?」
鼻を押さえながら親指を立てる一茶と、状況を何とか理解しようとしてる奏水にはうん、何も期待しない。
(っと、時間)
壁にかけられた時計を見ると、もうすぐ昼休みが終わる時間だった。
そんな俺の行動に対して、不意に安来さんの腕が外れる。良かった、授業をサボらせる気はないらしい。
「失礼します」
「また明日な」
「え、駄目です」
立ち上がって即答すると、途端にFクラスの面々が俺を見た。
流石に言葉が足りなかったかと思い、俺は話の先を続けた。
「俺、ちょっと野暮用があるんで」
「親衛隊待ちだったら多分、ココに呼ばれた時点で様子見になったと思うよ?」
そんな俺に、青頭――じゃなく、内藤さんが言った。あだ名もだけど会話の運び方からして、この人がFクラスのナンバー2なのかな?
(って言うか、わざわざ安来さんからの呼び出しって言った辺り、確信犯か)
「あと、谷君に残念なお知らせ! 真白が谷君いないからって、お昼中断してこっち来たから……生徒会メンバーから明日、真白と一緒に食堂に来るようにってさ!」
そして追い打ちをかけるように、一茶がとんでもないことを言い出した。ってお前、言葉と顔が全く合ってないぞ? ニッコニコしやがって。
(ますます、親衛隊のターゲットになりそうだけど……動くのは、ドサクサに紛れやすい鬼ごっこかな?)
明日は金曜。土日の休みの後、月曜の新歓が親衛隊との決戦(予定)日か――そこまで考えて、安来さんを見る。
「そんな訳で、やっぱり明日は駄目です」
「解った」
(あれ? 意外と素直に、話が通ったな?)
そう思った俺の前で、安来さんがニヤリと笑って言葉を続けた。
「じゃあ明後日は、おれと出かけるぞ」
「…………はい?」
確かに土曜日は、今のところ予定がない。だけど何で、俺の予定が勝手に埋まってくんだ?
「ちょっ、待てよ! そんなのズルいっ」
「どこがだ? 明日はお前と一緒だから、明後日って話だろ?」
「うっ……」
そして真白は、あっさり安来さんに言いくるめられていた。いや、真白、話すり変えられてるぞ。皆も一緒なのと、二人っきりとは違う。
(あ、もしかして他にも誰か一緒とか?)
「二人で、だからな。時間なんかは後で知らせるから、連絡先教えろ」
「……解りました」
わざわざ付け加えられてしまった。王道転校生みたいに鈍感じゃないんで、流石に目をつけられたのは解るけど、俺は自分をよーっく知っている。
(きっと、怖がらないのが新鮮なんだよな……一日、付き合えば飽きてくれるだろ)
「「「おめでとうございます、キング!」」」
そんな風に思っていると、Fクラス一同が安来さんに声を揃えてそう言った。
……さっきは訓練されたFクラスを、生徒会ファンが見習えばいいって思ったけど。
(あんたら、チワワ達を見習え。そんなあっさりと、物分かり良く賛成するな)
前言撤回した俺は、うん、悪くないと思う。
※
「で、真白は何で来たんだ? 昨日、親衛隊と話すって言っただろ?」
「……ゴメン」
俺まで生徒会に呼ばれたせいか、ますますピリピリした教室で授業を終え。
寮に戻り、夕飯(今夜は鮭のホイル焼きとモヤシのナムル)を用意したところで、俺は真白に聞いた。
怒ってるって言うんじゃなく、単に不思議(昨日は納得してたからな)だったんだけど、真白は箸を握ったまま謝ってきた。
何か、ペシャンと垂れた猫耳が見えて――うん、これは怒れない(元々、怒ってないけど)
「親衛隊ならね。ただ俺の親衛隊のチワワちゃんから、谷君がFクラスに連れてかれたって聞いたからさ」
「……そっか」
一茶のフォローを聞いて、納得した。成程、不良の王国(実は単純馬鹿の集まり)に呼び出されて心配したって訳か。
「じゃあ、ゴメンじゃないぞ真白」
「ふぇっ?」
「むしろ、俺がお礼を言わなきゃ。ありがとな、真白」
「……谷ぃ」
親しき仲にも礼儀ありだ。そう思ってお礼を言った俺の手を、不意に真白が掴んでくる。
「オレ、生徒会の邪魔してないからな!」
「……うん?」
「新歓はちゃんと出来るし、親衛隊のこともオレ、悪く言うの怒ってやったぞ!」
(あ、そっか。俺の言うこと、ちゃんと聞いてくれたんだ)
「ありがとう、真白」
「……おうっ」
俺がまたお礼を言うと、真白の口角がご機嫌に上がった。うん、鬘と眼鏡のインパクトにすっかり慣れたな、俺。
(ただし、突然のスキンシップはいかがなものか)
少し悩んだけど、真白のこれからの恋愛(男同士って茨道)を考えたら、このままでもいいかと思った。この調子で、ガンガン攻めていって欲しい。
(あれ、真白は受けだから攻めなくてもいいのか?)
いや、でも誘い受とか襲い受って言葉もあるし――しばし悩んだ俺の手を両手で握ったまま、真白はニコニコ笑ってた。
※
「奏水が心配してたよ? 谷君って危なっかしいって言うか、ほっとけないって」
「……えっ?」
「真白と仲良いよねー。俺的には奏水との姫カップルもイイけど、可愛い攻めと平凡受けもアリだから嬉しいけど♪」
真白達が部屋に戻った後、一茶にそんなことを言われて少し驚いた。
えっ、もしかして俺も妄想対象になってるのか?
「一茶。お前、いくら腐ってるからってそれは見境が無さすぎるぞ? 平凡を一括りにするな。確かに平凡受けってジャンルはあるけど、現実は愛されない平凡、つまりはただの平凡が大部分なんだからな」
「そこまで言うの!?」
驚く一茶を余所に、下げた食器を洗っていく。そして最後の茶碗を洗うと、俺はため息と一緒に呟きを落とした。
「……難しいよな」
「えっ?」
「ある程度、王道は把握してるつもりだけど……お前みたいに、楽々こなしてないからさ?」
楽々どころか、巻き込まれる――とは思ってたけど思った以上に目立ったり、振り回されてる気がする。
何だろう。見た目は勿論だけど、人付き合いのスキル的な問題か?
(友達とか、今までロクにいなかったし)
一人だけいたけど、ガキの頃に引っ越しちゃったし。苛められこそしなかったけど母さん仕事してたから、家を空けないように友達と遊ばなくなったんだよな。
「……楽々として見える?」
「うん」
「アハ。じゃあ、成功してるんだね」
そう言って笑う一茶に、少し驚いた。そんな俺に、一茶が笑ったまま話の先を続けた。
「最初は悩んだよ? 男なのに変な趣味だし、かと言って恋愛はノーマルだから……オープンにするまで悩んだし、してからも誤解されてまた悩んだ」
「一茶……」
「確かに、学園の雰囲気とか生徒は王道物そのままだけど……そこはリアルだから、やっぱり違うところもあるよ」
「……悪い」
自分の想像力の貧困さが情けなくて、俺は謝ることしか出来なかった。
そんな俺の頭を、不意に一茶がクシャッと撫でてきた。
「っ!?」
「わぁ、サラサラだね」
驚いて顔を上げると、そんな一茶の声と笑顔が降ってきた。
「楽々とじゃなくて、良いんだよ。谷君が、やりたいようにやれば」
「……一茶」
「そりゃあ勿論、王道展開とか平凡受けは見たいけどさ? 友達でもあるから……愛があるならともかく、嫌々くっつくんなら流石に止めるよ?」
「つくづく残念だな。あと俺については、妄想要員から外せって」
そうツッコミを入れつつも、俺は内心感謝していた。
理解不能なことばっかりだし、前途多難だけど。
一茶や奏水、真白に会えたのは――友達になれたのは、良かったんだろうな。
風呂に入り、部屋に戻った俺は新作を書いて桃香さんのPCにメールで送った。ガラケーで、スクロールしないくらいの文字数を一ページにしてるから、書き出したら……一章(四十ページ前後)に、二~三時間ってとこかな?
王道転校生が、出迎えに来た(テンポを考えて、お約束通り朝にした)副会長にキスをされ。理事長の伯父に抱き着かれ、ホスト担任に気に入られた後、クラスで挨拶するまでを第一話にした。
そんな俺のガラケーに、桃香さんからメールが届く。
『うん、見事に王道ね。転校生君も可愛いし……でも、名前が毬藻君はちょっと』
『ですよね……ただ、真白からどう変えればいいか、浮かばなくて』
『まあ、そこは私も考えるわ。ところで出灰君、一匹狼君は結局いなかったの?』
『一匹狼じゃなく、不良のリーダーならいました。ただ、真白とは何か相性悪くて』
『王道君とはって……出灰君! そこのトコ、kwsk!』
OKが出た後、質問に何気なく答え――失敗した、と思った時にはもう遅かった。
ガッツリ食いついてきた桃香さんに、仕方なく安来さんのことを話す。
『何、その萌え展開……ねぇ、出灰君?』
『真白と絡めるのは、難しいですよ』
『違う違う。いっそ、主人公出灰君にしない?』
『……お疲れみたいですね。寝言は、寝てから言って下さい』
そうメールで返すと、俺は携帯とパソコンの電源を切って布団に潜った。
桃香さんが何か、妙なこと言い出したし――明日、頑張って真白と生徒会を進展させないとな。
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