奴隷達の決意、その1―九年後の姫君―

(また、あの夢だ。現実は、夢の中まで追いかけて来るものだな……)


 闇系魔道師キアとその部下、氷系魔道師メアリーと火系魔道師フィアロスによるフィブラス砂漠での悲劇から、早くも九年の歳月が流れた。


 砂龍族の王女リタは、父王ランディーや国民達から引き離され、ガルドラの最北端――十一属性の魔道族とその奴隷達がいる領国レザンドニウムで、キア達の奴隷の一人として働いている。


 彼女達の主な仕事は、キアかメアリーが主催する《闇の大蜘蛛バウト》で、闇のように真っ黒な蜘蛛と戦うことだ。


その蜘蛛は、糸はもちろんのこと、闇の塊も吐いて攻撃してくるので、かなり手強い相手だ。


奴隷達の中で、闇の大蜘蛛に勝った者は、一人もいない。


もし無事に闇の大蜘蛛に勝つことができれば、その魔族だけが領国から脱出する権利が与えられるのだ。


リタはいつも大蜘蛛退治を試みているが、勝つのはなかなか難しい。


というのは、大蜘蛛は体が大きいが、意外にも動きが素早いので、いつも呆気にとられてしまうからだ。


そんな毎日を送っている彼女は、疲労感と自分の故郷が恋しい気持ちとが交叉しているせいで、ここ最近は毎晩のように、辛い過去を思い出させるような悪夢を見ている。


(ああ……。いつまで、こんな寂しくて過酷な日々が続くんだろう。いつまで、キア達の奴隷として生活していくんだろう)


(ああ……。十柱の龍神達よ。どうか、私達奴隷を全員釈放してくれ。そして、私を故郷で待ってる父や乳母、近衛兵、一般の砂龍達に会わせてくれ)


 リタは、奴隷部屋で休憩している時も、仲間達と一緒に寝ている時も、同じことをずっと考えていた。


「リタ……」


 リタの近くで、少年の声がする。


彼女に声をかけたのは、少年にしては小柄な奴隷仲間のヨゼフだった。


「何だい?」


「これ……あげる……。というよりは、これを食べさせてやってくれって言われた」


「誰に?」


 ヨゼフはリタの質問に答えるように、いつも部屋の隅に腰掛けている、セピアの髪の少女を指差した。


「ナンシーが?」


「ナンシーは、いつも憂鬱になってるあんたのことを、気にかけてくれてたんだよ。なのに、あんたはいつも彼女と喧嘩しててさ」


 ヨゼフから三分の一の大きさのクロワッサンを受け取って、リタは同い年のナンシーに話しかけた。


「ナンシー……」


「何? 今、瞑想中なんだけど」


「邪魔して悪いね。君に伝えたいことがあるんだ。クロワッサン、三分の一だけど嬉しいよ。ありがとう」


 ナンシーは、リタが初めて礼を言ったことに照れていた。


「い……嫌だなぁ、リタ。急に改まって、どうしたの? いつものあなたらしくないわよ。そ……そんな……クロワッサンくらいで……」


「そうかな? でも、ちゃんとお礼は言わないとね。諺にもあるじゃないか。《親しき中にも礼儀あり》、てね」


「それはそうだけど……」


 リタとナンシーが楽しそうに会話しているところへ、ヨゼフが入ってきた。


「リタ。あんたは最近、よく魘されてるけど、何か、怖い夢でも見てるの?」


「うん。九年前のことだけど……」


 リタは自分が五歳の時に起きた事件の内容、魔道族によって無理矢理このレザンドニウムに連れて来られたこと、自分が砂龍族の王女だということを、ヨゼフ達に明かした。


ヨゼフ達は胡座をかいて腕を組み、ふむふむと頷いている。


「なるほど。つまり、キアはあんた達砂龍族や僕達水龍族、そしてナンシー達火龍族への見せしめにするために、この国であんたを奴隷にしたってわけだな?」


「うーん……。ほとんど正解だけど、君達の一族だけに限らず、この魔界全ての龍魔族を根絶やしにするための下準備だと、あいつは言ってた」


「何ですって?」


「キア、腐りきってる」


 リタの大それた発言に、奴隷全員が驚きの声をあげた。


と同時に、奴隷部屋の屋外から、氷系魔道師メアリーと下級魔道師達の声が響くように聞こえた。


「どうやら、闇の大蜘蛛バウトが始まるみたいだね。それも、氷系魔道師メアリー主催の」


 リタは、怯えながら言った。


案内役の少年が彼女達の所に来て、新しいバウトのルールを説明した。


「えー、またバウトのルールが新しくなる。今までは一対一だったが、今回から三対一で戦うことになる。ついでに、今回のバウトのメンバーも発表する。砂龍族のリタ、水龍族のヨゼフ、火龍族のナンシー。今指名された魔族は、闘技場まで来い」


 魔道族の少年は、命令口調でリタ達に言った。


彼女達も現時点では、この少年に従うしかない。


(ちぇっ、何だよこいつ、偉そうに。いくら身分が少し上で、僕達よりも年上だからって、威張ってる。それと、もう一つ気に食わないのは、キアが気紛れなことだ。毎回毎回、バウトのルールをあいつがころころ変えるから、混乱するよ)


 ヨゼフは、何も言い返せずに苛々していた。


が、今は闇の大蜘蛛を倒し、レザンドニウム領国から脱出する権利を得なくてはと思ったのか、彼は槍を構え、深呼吸した。


「何してるの、ヨゼフ。早く闘技場に行こうよ」


 ナンシーに促され、ヨゼフは慌てて彼女達について、闘技場に行った。


リタもナンシーも、奴隷専用の武器を構えて準備している。


 彼女達が戦闘準備をしてから一分弱が経過した頃、下級魔道師達が大勢集まっている観客席の前に、中級の氷系魔道師メアリーが姿を現した。


頭には、マイク付きのヘッドホンをつけている。


「えー。ただいまから、我が領国主催の《闇の大蜘蛛バウト》を開催します」


 バウト開催を宣言するメアリーの声と共に、席に腰掛けている下級魔道師が一斉に、

「キア様、万歳!」

「レザンドニウム領国、万歳!」

 

という声をあげた。


「な、なんか、凄く盛り上がってるね」


「でも、私達も負けてられない。今回こそは勝利して、領国を出なきゃ」


「僕もリタと同意見だ。こんな所で、生涯を送ってたまるか」


 リタとヨゼフは、強い意志と希望を込めて言った。


「闇の大蜘蛛、入場!」 

メアリーは、闇の大蜘蛛に入場の合図を送る。


そして今、砂龍族のリタ、水龍族のヨゼフ、火龍族のナンシーによる、闇の大蜘蛛を退治するための戦いの火蓋が、切って落とされた!

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