58「システムの管理者と監視者」
動ける者が中心となって、負傷者の手当てに当たる。
辺りの地形が変わるほどの激戦だったにも関わらず、奇跡的にも死者はほとんど出なかった。
アスティもステアゴルもジードもブリンダも、みんな無事だ。
俺自身も気力を使って怪我を治した。気力も魔力も消耗が著しいが、とりあえず身体は満足に動くようになった。
ふう、と一息つく。
それまで目の前のことでいっぱいいっぱいだったが、少し落ち着いてみると、様々なことが脳裏に浮かんできた。
そう言えば、ウィルはどこに行ったんだ?
「いない……」
探ってみたが、あいつの気がどこにも感じられなかった。
確かに途中までは、空の上から観戦していた気配があったのに。
それにもう一つ。気がかりなことがあった。
プラトーに付けておいた気の反応が、ここよりかなり北に移動して、そこで止まっている。
彼にも何か目的があるようだけど。
そんな辺鄙なところで、一人で何をやっているのだろうか。
嫌な胸騒ぎがする。
リルナによれば、プラトーは何か重い決意を秘めた顔で去っていったという。
心配だ。早まっていなければいいけど。
そこへ、携帯バッテリーでエネルギーの補充を済ませたリルナが近付いてきた。
「首都の方が気がかりだ。ラスラたちは、しっかり持ちこたえているようだが……」
「そうだな。君は戦えるみんなを連れて、すぐに応援に向かってくれ。あとはプレリオンの残党だけのはずだけど、あいつらも結構手強い」
「ああ。だがお前はどうする気だ?」
「俺はプラトーの所へ向かうよ」
「わかるのか? あいつの居場所が」
頷くと、彼女は思い詰めた顔でこちらを見つめてきた。
「……そうか。わかった。あいつを頼む。わたしの大切な仲間なんだ」
「大丈夫だよ。心配するな。ちゃんと連れて帰るから」
安心させるようにそう答えて、彼女に背を向ける。
辛うじてまだ無事に動く装甲車を一台だけ借してもらい、北に向けて全速力で飛ばした。
***
少し時は遡る。
ユウたちがバラギオンと死闘を繰り広げている最中、プラトーは目標の場所に迫っていた。
首都を取り囲むなだらかな広陵地帯の果てにそびえ立つ、白い尖塔が徐々に浮かび上がってくる。
それは巨大な電波塔だった。
操られていたナトゥラたちは、誰も近付こうとしなかった場所。
彼だけがここを知っていた。
彼は背後を振り返った。
遠く離れた空で、チカチカと光が明滅している。あまりに凄まじい規模の戦いの余波が、こんなところまで届いているのだった。
光の瞬く様子を見つめて、彼はぽつりと独りごちる。
「何か奇跡が起きて……あいつらが勝つと、そう信じるしかないな」
オレはただ、オレにできることをするだけだ。
決意を胸に、高速機動を続ける。
最後の「システム」からの命令を中継しているアンテナ装置。
あれを破壊すれば、ひとまず地上におけるプレリオンの活動は停止する。重大な助けになるはずだと彼は考えた。
ただ、「システム」にとって重要な拠点が、無防備で晒されているはずもなく。
彼の接近を察知して湧き出てきた無数の殺戮天使を前に、プラトーはビームライフルを構えた。
「出て来たな。わらわらと……。通してもらうぞ」
鬼のように襲い掛かるプレリオンを、プラトーは得意の早撃ちで次々と仕留めていく。
相手との距離を常に計算し、近くの敵から優先的に撃ち壊していった。
リルナほどではないもの、副隊長を張っていただけのことはある。隊の中でも頭一つ抜けた強さを持つ彼にとって、自身の劣化版に過ぎないプレリオンは、あまり大した敵ではなかった。
目に見える範囲の敵はすべて撃ち倒し、目標である電波塔はもうすぐそこに迫っていた。
しかし――。
塔の影から、一人の男が現れた。
中肉中背で、容姿だけは三十台前半ほどに見える。だがその髪は、まるで老人のそれのように真っ白になっている。
理知的な瞳はどこか疲れたように虚ろで、しかしその奥には、まだ消えない暗き野望の光を宿していた。
「プラトー。こんなところで何をしている」
「……やはり、ここに来ていたか」
プラトーは油断なく身構えた。本命の目的たる人物が現れたのだ。
男は、すべてを見透かしたように不敵な笑みを浮かべている。
「私を裏切るのか。残念だ。二千年もずっと仲良くやってきたのになあ」
「裏切るも何も。最初からオレはただ行く末を見守っていただけだ。お前と仲良くなったつもりなど微塵もない」
「だろうな。貴様が私を快く思っていないのは知っていたとも。これまではあえて見逃してきてやったのだ。臆病者がただ震えているのを眺めるのは、愉快だったぞ」
「……ふん。何とでも言え」
「だが、今回ばかりは出しゃばりが過ぎたな。なぜ突然こんな真似をした」
プラトーは二人のことを思い浮かべて、挑発的な笑みを返した。
「最後くらい賭けてみたくなったのさ。新しい風にな」
「星外生命体――ユウといったか。あんなガキに何ができるというんだ?」
「…………」
言われて、具体的な言葉にはできなかった。
だが彼には、密かながら捨て切れない期待があった。
あのお人好しのバカは、また何かやらかすと。
そんなものは馬鹿馬鹿しいと、男は嘲笑を込めて言う。
「もう一つのイレギュラー因子、唯一の懸念であるフェバルは死んだ。勝手に潰し合ってな」
「そうか」
「もはやバラギオンを止められる者は誰もいない。よしんば万が一、退けたとしても」
男は含みを持たせた言葉の終わりに、口の端を吊り上げた。
「……わかっているとも。だが、ここでお前さえ止められれば」
「そうだな。貴様ごときにできればだがな」
「それがオレの罪滅ぼしだ。たとえ刺し違えてでも、お前を止める」
「くっくっく。その心意気や良し」
二人の男は、話し合いによる決着などあり得ないのだと。最初からわかっていた。
殺し合うため、ここに来たのだ。
プラトーは、ビームライフルを構えた。
胸部を狙い澄まして、放つ。
これまでどんな敵をも撃ち抜いてきた青の光線は、瞬きする間もなく白髪の男の目前に到達する。
だが、そのまま彼を貫くかと思われたところで――。
光線は、跡形もなく掻き消えてしまった。
「あ、ぐ……!」
同時に、プラトーの左腕を激しい衝撃が襲う。
何が起こっているかわからないまま、彼はその場に膝をついた。
そして衝撃を受けた箇所へ目を向けたとき、その目は驚愕に見開かれた。
彼の左腕は、ものの一瞬にして――丸ごと消え失せていた。
残骸はどこにも存在しない。
この世に存在していた、いかなる痕跡をも残さず。
物質として、完全に消滅してしまったのである。
白髪の男は、感心を込めてしげしげと自分の掌を眺めた。
「ほう。テスト用でこの威力か」
「貴様。何をした……!?」
動揺に震える声で尋ねたプラトーに、白髪の男は得意気に答えた。
「物質消滅兵器《ニルテンサー》。バラギオンのあれは周囲を核反応に巻き込むゆえ、攻撃にしか使えなかったがな」
口ぶりから、対象「のみ」を消して、余計な被害は生じないのだとプラトーは察する。
男は己の頭脳を自負し、ほくそ笑む。
「私の前には、あらゆる攻撃も防御も通用しない。まさに完全無欠の兵器だ」
「なんだと……!?」
「ふっふっふ。あのルイスが作った《ディートレス》とかいう下らないバリアなどよりも、私の方がずっと優れているということさ」
「く、そ……!」
プラトーは、痛みに耐えて歯を食いしばる。
こんなときばかりは、痛みを感じる身体が鬱陶しい。人の構造の模倣であることが恨めしい。
膝をついたまま、全力でビームライフルを連射する。
「効かんなあ」
しかしそれらはことごとく、男の目の前で蜃気楼のように掻き消えた。
彼は自身の兵器の効果のほどを試し、プラトーに見せつけるために。あえてそのために。
ビームライフルの使える右腕を残しておいてやったのだった。
男は、プラトーに向けて右手を広げ、突き出す。
「とんだ無駄死にだったな」
消滅の波動が放たれる。
為す術もなく殺されようとしていた、そのとき――。
その場にぱっと現れたユウがプラトーの背中を掴んだ。
《パストライヴ》で飛び去る。
対象を失った消滅の波動は、代わりに地面だけを抉り取っていく。
「よかった。何とか間に合った」
「ユウ……! お前、どうして……!?」
驚くプラトーに、ユウは心配な顔で窘めるように告げた。
「どいつもこいつも格好付けてさ。勝手に死に急ぐなよ。そういうのは、もうたくさんなんだ」
「……すまない」
ユウはうんと頷いてから、白髪の男と向き合った。
「お前は何者だ。黒幕か?」
「さて。どうだろうな」
白髪の男は、誤魔化すように肩を竦める。
ユウは睨みを強めて、挑発的に言った。
「バラギオンなら倒してきたぞ」
「……なに?」
それまで余裕を貫いていた白髪の男は、そこで初めて明確な動揺を見せた。
「そんなはずは……いや――」
ユウの顔をしっかりと目に捉えたとき、彼は釘付けになった。
「その生意気な目……その面影……見覚えがあるぞ……」
彼の中で忌まわしい記憶が蘇る。
そして一つの答えに至ったとき。
彼ははっとして、あんぐりと口を開けた。
「まさか、あの女……星海 ユナ……!」
「母さんを知っているのか!?」
「…………そうか。そうかそうか。くっくっく。何という運命の因果か」
男は、喜びとも怒りともつかぬ微妙な表情に大きく顔を歪めた。
口だけは笑っているが、目は仇でも見るかのようにきつく細められ、眉根には濃くしわが寄っている。
「貴様の母親には、その昔とても大きな借りがあってな。できればたっぷり利子を付けて返そうと思っているのだが」
「……母さんは死んだよ。とっくの昔にね」
「ほう……」
すると白髪の男は、俯いて肩を震わせ始めた。
そして――。
「はっはっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
突然、狂ったように高笑いを上げた。
いきなりのことに、ユウもプラトーも戸惑う中、彼は拳を振りかざして激昂する。
「ルイスのクソ野郎も、ユナのクソ女も! 散々この私を見下しておきながら! 殺したつもりで! くたばったのはてめえが先とはなあ! 傑作だ! 傑作だなあおい! ふははははははははははははは!」
誰に向けるでもなく、ただただ狂気に目を血走らせて。
喉が裂けるのではないかというほど、声を張り上げる。
「私は生き抜いたぞ! 惨めにも、こんな機械に身をやつしてでもなあ! どうだ! 私の勝ちだ! ざまあみろ! ざまあみやがれえええ!」
息も絶え絶えに、そこまで叫び切って。
途端に色を失ったかのごとくテンションを下げた彼は、不気味なほど冷静な調子でユウに告げた。
「オルテッド・リアランス。名前くらいは聞いたことがあるだろう」
その名を聞いたとき、ユウははっとした。
そして、ようやくすべてに納得がいったのだった。
「そうか……。お前だったのか」
オルテッド・リアランス。
かつてエストティア全土を戦乱に陥れた、狂気の科学者の名だった。
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