A-11「ウィルの目的」
「言ってたな。どういう意味だ」
「そのままの意味だ。ユウの能力のことは知っているだろう」
「『心の世界』か」
それと甘やかすなということに、何の繋がりがあるのか。
訝しみながらも、俺は答えた。
ウィルは険しい視線を一切緩めないまま、続ける。
「知っているなら、その底知れなさについても多少は理解があるはずだ」
「相当ユウのことを買っているみたいだな」
「ふん。最初から認めていたさ。あいつの能力の凄まじさなら、誰よりもよく知っている。潜在能力だけで言えば、お前や僕よりも遥かに上だろうな」
ウィルはごくあっさりと認めた。
エデルでは自分の力を誇示していたようにも見えただけに、それはやや意外な印象をもって受け止められた。
いや、とすぐに思い直す。
大抵の者など歯牙にもかけないこの男がこだわっているのだから、当然の話か。
彼の声色に、失望と非難めいたものが込められる。
「にも関わらずだ。お前も見てきただろう。あの弱さを。あの情けない体たらくを。同じフェバルとは思えないだろう」
「確かにあまりフェバルらしいとは言えないが」
フェバルとは、すなわち世界に対する超越者だ。
圧倒的な能力が発現したその瞬間から、そうならざるを得ない。
だが、ユウだけは例外だった。
あいつは未だに世界を超越していない。
まださほど扱える力が強くないというのは、あるにしてもだ。
俺自身としちゃ、きっとそういう単純な強さの問題じゃないと思ってる。
ユウはあえて世界に寄り添って歩む道を選んだ。あくまで人間としての生き方を貫こうとしている。
それが微笑ましくもあり、眩しくも思う。
「それがどうした。ユウはユウだろう」
「そうだな。あいつはあいつさ。【神の器】を持つフェバルだ」
棘を含む言葉に、ちくりと胸に痛みを感じるような錯覚を覚える。
「なぜユウがいつまでも弱いままなのか。わかるか」
「さあな。それに俺は、お前が言うほどユウのことを弱いとも思っちゃいない」
確かにまだ俺たちのような力はないが、それでもあいつは弱くなんかないさ。
あいつは俺たちなんかより、ずっと弱さを知っている。自分の弱さに向き合い、他人の弱さを心から許すことができる。それは立派な強さだと俺は思う。
だがウィルは俺の答えを無視して、さも演説でもするかのような体で続けた。
「甘ったれだからさ。誰かの愛がなければ脆く、誰かを頼らずには生きられない」
「それが人間というものじゃないか」
まあ確かに、ユウにかなり甘えん坊なところがあるのは抜きにしてもだ。
「そうだ。人間なんだ。それがあいつの弱さだ」
「どういうことだ」
「お前がいれば、無遠慮に助けを求める。他の誰かがいれば、すぐにそれを頼る。しまいに誰もいなければ、手前で創り上げた紛い物の女にまでべったりと甘える始末」
「紛い物と言うのは、やっぱり聞き捨てならねえな」
さすがに我慢ならず声に怒りを滲ませると、ウィルは挑発するように嘲笑ってきた。
「なら、セーフティ装置とでも呼ぼうか」
「てめえは……」
一々棘のある言い方しかできないのかよ。
つい舌打ちしてしまったが、ここで言い合っても益がないと思い、堪える。
「あの女の存在が、ユウの能力を本来あるべき姿より遥かに弱体化させている。世界の理などに、容易に丸め込まれてしまう程度にな」
「そのおかげで、今もユウは普通に暮らせているんだろうが」
「ああ。ユウの奴は、自分はまだ人間などであると信じたいらしい」
あいつの本質が俺たちと同じであると。化け物だと。
そう断言するように、彼は演説口調で語る。
「それがあいつの望みである限り、あの女はいつまでも『心の世界』において重要な位置を占め続けるだろう。真の力からあいつを遠ざけ、和らげ、あいつを甘やかし続けるだろう」
そして呆れたっぷりに、彼は言い切った。
「だからあいつは、いつまで経っても強くならない。人間を超えられない」
なるほど。ようやく言いたいことが少しわかってきたぜ。
だから俺にも甘やかすなと。
それにしたって、随分言いたい放題言ってくれるじゃないか。
ウィルから、皮肉気な苦笑が漏れる。
可笑しくて仕方がないといった感じだ。だがきっと本心は笑っていない。
「なのにあいつは強くなろうとしている。他ならぬ、その邪魔をしているあの女の助けを借りてだ!」
よほど女のユウが気に入らないらしい。
ウィルはあの子のことになると、目の仇のようだ。
「二つの身体を使い分けて、見せかけだけはマシになったつもりでいるのさ。どんな気や魔法だろうと、どんな技や能力だろうと。一度身に付けたものであれば。すべて一人だけで扱える能力があるにも関わらず!」
ついに我慢できなくなったのか、こいつは高笑いし始めやがった。
「実に滑稽じゃないか! これをふざけた能力と言わずして何と言う! あまりにもふざけた使い方だろう!?」
なるほど。それが「ふざけた能力」の真意だってか。
「あの女に甘えたままである限り、人であろうとする限り、ユウは真の意味でフェバルにはなれない。僕らに並ぶことも決してあり得ない。そのことをまるで理解していない」
吐き捨てるように、こいつは断言する。
欺瞞への憤りを込めて。
「いや、違うな。薄々わかっているのに知らない振りをして、まさにただの人間がするようなちっぽけで無意味な努力を繰り返している」
「一々人を小馬鹿にしたような言い回しをするんじゃねえよ。つまり何が言いたいんだ。てめえは」
ウィルは、やれやれと降参のポーズを取った。
微塵たりとも参ったとは、思っていないだろうが。
「あの甘ったれは、散々追い詰めて思い知らせてやらねば、ろくに成長しないということさ」
「つまりお前の本当の目的は、ユウをフェバルとして成長させたいってわけか?」
だが、こいつが素直に頷くことはなかった。
代わりに、口の端を嫌味に吊り上げて、曖昧な答えを返してくる。
「どうだろうな。実を言えば、手段の一つに過ぎない」
「手段だと?」
「あくまで保険程度だがな。あんな奴になど、ほとんど何も期待してはいない」
「にしちゃあ、随分な熱の入れように見えるけどな」
言った瞬間、ウィルはあからさまに不機嫌になった。
こいつはユウのことになると、途端にわかりやすい性格になる。
「好きで構っているとでも思うのか」
「知るかよ。というか、さっぱり話が見えて来ないんだが」
非難の目を向けるも、取り合ってはくれない。
こいつはやはり肝心なところは黙して答えようとしない。
どこまでものらりくらりと。よほど人を煙に巻くのが好きらしい。趣味としちゃ最悪の類だ。
少しの沈黙の後に、ウィルは静かに言った。
「ユウは自らを完成に近づける必要がある。さもなければ――断言してやってもいい。そう遠くはない未来。奴に待っているのは、決定的な破滅だ」
唐突に告げられた言葉に、さすがに俺も動揺を隠せなかった。
「どうしてそんなことが言い切れる。そもそもフェバルは――」
「お前はフェバルが本当に死なないと、まさかそう思っているわけじゃないだろう」
「……ああ。そうだな。フェバルも死ぬさ。人より遥かに長くかかるだろうが、いつかは『死ぬ』。心を失ったそのときに」
星脈は一時的な精神的ダメージの修復はしてくれるが、死に行く心を癒すことは決してない。
いつまでも終わらない旅に徐々に心をすり減らし、ついにほとんど『死んでしまった』フェバルを俺は何人か見てきた。
だがそれは通常、遥かな時を経た上での話だ。
ユウはまだ若い。関係のないことであるはずだ。
考えのまとまらないうちに、ウィルが先に口を開いた。
「フェバルは疲弊と絶望の果てに心を削っていく。救いはあると思うか」
「さあな。当人次第じゃないのか」
こればかりは、各人の心の持ち様の問題だろう。生きがいを見い出せない奴ほど、早く壊れていく。
俺自身はまだまだ旅を楽しめている。ユウもいることだしな。
ともあれ、彼にとって納得のいく答えではなかったらしい。
「少し質問を変えよう。心の死は救いだと思うか」
「それこそ知ったこっちゃないぜ。死んだ後のことなんてよ」
「僕はその答えを知っている」
「なに?」
「教えてやろう。結局のところ、僕らは死ねないのさ。星脈に囚われている限り、僕らに真の自由も解放もあり得ない」
そこで一拍置いて、俺の反応を確かめてから奴は続ける。
「フェバルは、星脈というシステムに奉仕するだけの存在だ。生きる限りどこまでも星脈に支配され続け、最後に僕らが還って行く場所も、やはりそこなんだよ」
「へえ。あそこが俺たちの終着点ってわけか」
そんなもんだとは思っちゃいたが。
「いよいよ役立たずになれば、僕らはシステムの一部として存在そのものを飲み込まれる。永遠の闇に閉ざされて、終わらない悪夢を、まどろみの中で繰り返し見続けることになるのさ。いつかこの宇宙のすべてが真の終わりを迎えるそのときまで、ずっとな」
「へっ。そりゃぞっとしない話だな」
それが事実だとすると、確かにまったく救えない話だ。絶望でしかあり得ない。
ただまあ、元々フェバルなんて化け物になっちまったとき、俺は幸せな最期なんて期待してなかった。こんな力を好き勝手扱える代償なんて、きっとろくなものじゃないからな。
だから、今さら事実がもっとたちの悪いものだとわかったところで、それがどうしたという気もする。
それよりも――。
「それより、ユウが破滅するかもしれないってのはどういうことだ」
ウィルは事もなげに答えた。
「簡単な話さ。それがあいつの運命だからだ」
「運命とはまた随分大袈裟だな。俺はあまり信じないことにしてるんだが」
「信じようが信じまいが、既に道は出来上がっている。誰にも覆すことはできない」
さらに、ぴしゃりと告げる。
「そしてお前には、決してユウを助けることはできない」
「聞き捨てならないな。言っとくが、俺はユウのピンチとあらば、いつでもどこでも颯爽と駆けつける気満々だぜ」
ウィルの目を見てきっぱりと宣言してやったが、こいつはあくまで確信的な態度を崩さなかった。
「それでも、お前には無理なのさ」
「ほう。言ってくれるじゃないか。一体何がどうして無理なのか、ぜひとも教えてもらいたいもんだね」
「簡単なことさ。それもまた運命だからだ」
……こいつ。どうやら本気で言ってるらしいな。
その意図するところをゆっくり咀嚼する間もなく、ウィルが両手を広げた。
こいつの演説のような語りぶりも、いよいよ最高潮というところだった。
「僕らは皆すべからく運命の奴隷だ。どれほどの力を持ってみたところで、運命には勝てない。世界の条理すら覆せるほどの僕らが、それゆえに何よりも強大なシステムに支配されている」
そこで一旦言葉を切って、俺に問いかけてきた。
「気に食わないと思わないか」
「確かに、あまり気分の良いものとは言えないな」
星脈による支配構造。
それが自然発生的なものなのか、人為的なものかどうかも、俺には皆目わからないが。
ただフェバルの誰もが、そのシステムのなすがままにされているということだけは明白な事実だった。
誰もが運命だと諦めて、割り切って生きていくしかないと明に暗に認めていた。
それを、この男は――。
「運命とは、あからさまな形で押し付けられるべきものではない。己自身の手によって手繰り寄せるものだ。そうだろう」
そしてウィルは、ついに核心となる言葉を俺に告げた。
「僕はな。レンクス。運命に【干渉】したいんだよ」
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