42「かつてその世界は」
「ずっと前に母さんもこの世界に来ていたんだろ!?」
「ああそうだ。何の因果か、子供のお前もこの世界に引き寄せられたみたいだな」
なるほど。確かに運命じみたものを感じるよ。
「それで、レンクスと一緒にこの世界を救ったことがあるんだよね?」
「ま、一応そう言うことになるかな」
「どのくらい前の話?」
聞くと、レンクスはちょっと困ったように頬を掻いた。
「ぱっと聞かれると困るんだが……。確か、ざっと二千年いくらか前だったかな」
旧文明が残っていたとされる時期だ。
母さんが話していた、とても綺麗で文明が恐ろしく発達した、おとぎ話のような世界――あのときは、本当におとぎ話だと思っていたけれど――と矛盾しない。
でも……。
「おかしいよ。母さんがそんなに長く生きていたわけがない。まさか、本当はフェバルとか?」
「いや、それはないと思うぜ。俺が初めて会ったときは、確か16歳とか言ってたが。それからあいつ、そりゃあもう綺麗な女に成熟していったからな。フェバルなら成長は完全に止まるはずだ」
人様の母を思い浮かべるのにだらしなく頬を緩めるのは止めて欲しいが、それは置いといて。
「だったら、考えられる可能性は――大昔のエルンティア、つまりエストティアに時空を超えて母さんが来ていたってことになるけど」
我ながらとんでもないことを言ってるなと思いながら、続けた。
「レンクスが連れて行ってたんじゃなかったのか?」
「違うんだよな。あいつ、気付いたらいつも俺のところにいきなり現れてよ」
「へえ」
「そういや、これまであんまり当たり前にやって来るもんだからよ。あいつがどうやって来てたのかなんて、大して気にしたこともなかったな」
「そこは普通気にするもんじゃないのか」
「ごめんよ。ずっとフェバルやってると、世界移動が当たり前の感覚になっちまってさ! 確かに気にすべきだったな」
とにかく、レンクスが連れて行ってたわけじゃない。
じゃあそもそも、母さんはどうやって異世界を旅していたんだろう。
それも時を超えて。
フェバルでもないのに。地球から。
まさか――そんなことってあるのだろうか。
「地球に、何かあるのか?」
「うーん。わからないが……もしかすると、何かあるのかもしれないな。確かにあの世界はかなり特殊というか、異常と言えば異常だからな」
「異常?」
「ああ。物理許容性以外のあらゆるものに対する許容性が、あまりにも低過ぎるんだよ。ほぼ皆無と言っていい。他の世界では、まずお目にかかったことのない低さだ」
そうなのか。俺はまだ地球含めても五つ目だから、よく感覚がわからないけど。
確かにこれまでの異世界は、地球に比べるとどこも許容性は高かったような気がする。
「どうも気になるな。一度行って調べられたりしない?」
「悪い。もうあの世界に対しては反逆使っちまったから、簡単に行く方法がないんだよ」
「そっか。残念」
「すまんな。気には留めておこう」
それで一旦、故郷に関する話は流れてしまった。
後々になって考えてみると、もう少し気にしておくべきだったかもしれないが。
「それより、この世界の話だ。どうしてこんなに荒れ果てちまってるんだ」
「それが、何でも大規模な核戦争で世界が焼野原になってしまったとかで」
「残念なことになっちまったもんだ。人間の業かねえ」
「本当にね。それ以来、生き残った人類であるヒュミテと、造られた機械人間であるナトゥラの二種族が暮らし、互いに争ってきたんだ」
「ナトゥラか。当時、そんな名前の家庭用ロボットが開発されていたというのは小耳に挟んだことがあるな。ひどく少子化が進んでたから、労働力の担保や家族の代わりにってことでな」
家庭用ロボット。まさかそんなルーツがあったなんて。
じゃあ、戦争後に造られたというのは嘘になるのか。
「それで、ヒュミテというのは? この世界の人間は、そういう呼び方をするようになったのか?」
「昔は違ったの?」
「確か、普通に人間で通ってたはずなんだけどな。どうも知らない間に色々変わってしまったらしい」
「二千年も経ったら、そりゃ色々変わるとは思うけど」
「うーむ。俺も気になってきたぞ。詳しい話を聞かせてくれ」
「もちろん。そのつもりだったよ」
俺は、この世界に来てからの経緯を含め、諸々をレンクスに説明した。
これからティア大陸の調査に向かうところであったことも。
「なるほどねえ。事情はよくわかったぜ」
「力になってくれる?」
するとレンクスは、すぐには首を縦に振らなかった。
神妙な面持ちで、警告するように言ってきた。
「フェバルは、世界そのものの存在が脅かされるレベルの異常事態や、他のフェバルが絡む以外のことでは、滅多に本気で力を使わない」
そこで、いつもらしく優しい表情に崩して。
「そんな奴が大半だって言うのは、聞いたことあるか?」
「いや。でもトーマス・グレイバーは、結局あのとき力になってくれなかったな」
「俺たちの力は、軽々しく使うと簡単に世界が狂ってしまう。だから俺も気を付けているのさ」
確かに。月動かしたり、世界の法則を乱したり、滅茶苦茶だもんね。
彼は、彼なりのポリシーを語った。
「基本的にはな。同じフェバルを相手にするとき以外は、無闇に力を振るわずに、常に裏方に回るようにしてるんだ。ユナに対してもそんな感じでやってきた」
「じゃあ」
ニュアンスに気付いた俺を見つめて、レンクスはにっと笑った。
「ああ。それでいいなら、喜んで力になってやるぜ。他ならぬ可愛いユウのためだ」
「わかった。それで構わないよ。ありがとう」
最強の助っ人が得られた。心強い気持ちで一杯だった。
「旧文明の首都エストレイルが、この大陸の内陸部にあったはずだ。明日、早速調査に向かおう」
「うん。あそこは放射能がすごいことになってるから、レンクスの分の装備も頼まないと」
「ふっふっふ。俺を誰だと思っているんだ。そんなごてごてしたものは必要ないぜ」
「マジか」
「マジだぜ。放射能なんかばっちりガードする保護をかけてやるさ」
「……せっかく用意してもらってたのに、何だか申し訳なくなってきたよ」
本当に色々と規格外だな。この人は。
と、ふとレンクスが心配そうな顔で尋ねてきた。
「ところでお前、その左腕は……どうしたんだ」
「これね。リルナっていうナトゥラとの戦いのときにちょっと」
そこまで言うと、途端に彼の目つきがマジになった。
殺意の波動に目覚めたレンクス。
「よーし。今からそいつをぶっ壊しに行こう! よくもうちのユウを傷付けてくれたぜ!」
さっき無闇に力は振るわないって言ったばかりじゃないか!
俺は慌ててレンクスの腕を掴んで止めた。
「待って! もう仲直りしたから! 彼女も操られていたようなもので、ね!」
「んー。まあお前がそう言うなら、いいけどよ。ほんとに優しい奴だな、お前は」
「別に優しくはないよ。俺だって人並みに怒ったりもするし、恨んだり根に持ったり嫉妬したりもするし」
「そりゃ人間ならそうだろうさ。それもひっくるめて、お前はなんて言うか、根が優しいんだよな」
「そうかな」
「そうさ。素直に褒められとけ」
ぽんと頭に手を乗せて撫でられた。子供の時からよくそうされてるように。
レンクスの手はいつも温かく感じる。安心する。
すると彼は、急に鼻の下を伸ばし始めた。
嫌な予感がした。
「てことで、優しいユウ君。そろそろ久しぶりに女の子の君を拝みたいんだがなあ」
やっぱりか。
「断る。変身した瞬間に抱き付こうとしてくるから、うざい」
「そんなカタいこと言わずにさ! 頼むよ! な!」
必死になって縋りつく彼を振り払いながら、俺はたまらず声を荒げた。
「ああもう! 必要なときになったらちゃんとなってあげるから!」
「ほんとか! 約束だぞ!」
「わかった! わかったから離せ!」
俺とレンクスの関係は、ずっとこんな感じなのかな。先が思いやられるよ。
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