A-8「暗雲立ち込めるエルン大陸 2」

 トラニティの死を目の当たりにしたリルナは、単身百機議会の元へ乗り込もうとしていた。

 その足取りの荒々しさは、彼女の無念と怒りを如実に示していた。

 まだすべてが明らかになったわけではないが、百機議会こそがナトゥラを操る黒幕の一翼を担っていること。それはもう疑いようがなかった。


「許さない。百機議会め。この手で直接引導を渡してやる!」


 幾重に張られたセキュリティをパスし、彼女は会議場へと駆け込んだ。

 すぐに右手を砲身に変化させ、メインコンピューターに狙いを定める。


「ターゲットロックオン。エネルギー充填開始。10――――」


 砲口が輝かしい水色に満ちていく。


「30――――50%」


 そこで、No.1――若い女性の首長モデルがゆらゆらと現れた。

 彼女は、普段と変わらぬ生気の感じられない冷たい口調でリルナに尋ねる。

 攻撃されようとしていることなど、まったく歯牙にもかけていない様子で。


『どうしたのですか、リルナ。そのような物騒なものを向けて』

「お前に問う。態度次第では、今すぐにでも撃つ」

『ヒュミテの王はまだ始末していないのですか? イレギュラー因子はどうしたのです。すぐにお行きなさい』


 会話がかみ合っていないことに苛立ちを覚えつつ、リルナは毅然とした態度で問い詰める。


「ナトゥラを利用して、お前は何をしようとしている? 答えろ!」


 No.2――若い男性の声が響いた。


『いけませんね。あなたは随分混乱しているようだ。中央工場で修理が必要ですね』

『異常が見受けられます』

『今すぐ直しに行くのだ。リルナ』

『そうだ』


 あちこちから飛んでくるなじり声に、リルナはますます憤りを強めた。


「知っているぞ。CPDを付け直すのだろう? そうやってわたしたちを操って、ヒュミテと殺し合いをさせるのだろう! もう茶番はたくさんだ。さあ言え! 何が目的だ!」

『……あなたは、知ってはならないことを知ってしまったようですね』


 No.1の落胆するような声が反響して、会議場を包んだ。


『お前は、知り過ぎたのです』

『知り過ぎた』

『知り過ぎた』


 どこまでも不気味な声が繰り返される。

 リルナは若干の言い知れない恐怖を覚えたが、砲口はしっかりと向けたまま警戒を強める。

 やがて、No.1が静かに答えた。


『すべては、ナトゥラのためなのです』

「ナトゥラのためだと!? どこがだ!」

『我々は、ナトゥラの繁栄を担い……管理を……ビー、ガガ……愚かデ無知なルナトゥラ……管理とテストヲ実行シ、ナトゥラノナトゥラノ…………』


 ピガー……ガッガ……


 突如、異音が生じた。

 百体のイメージモデルが、次々と崩れ去っていく。


「なんだ!?」


 代わりに響いたのは、単一で無機質な機械音声だった。


「コノ者ヲ、エラー因子ト断定。全テノナトゥラ二命ズル、排除セヨ排除セヨハイジョセヨハイジョ――」

「こ、の……舐めるな! 排除されるのは、お前の方だ!」


 彼女は最大の怒りを込めて、とうとう放った。


「《セルファノン》――発射!」


 室内を、熱波と光が埋め尽くす。

 光線は見事、分厚い金属の箱に包まれた支配者を貫いた。

 そのままビルの壁に大穴を開けて、空の向こうまで飛んでいく。


 そして、その瞬間――。


 リルナの身体を、二筋の青い光線が貫いた。


 彼女は咄嗟のことで命中部位をずらした。

 だが攻撃に意識が向いていたために、かわし切れなかった。

 光線は、動力炉の右横と左腰の辺りを正確無比に貫通していた。

 彼女は、何が起こったのかわからないまま、その場に膝をつく。

 そこは彼女にとって、相当に重要な部位だった。


《セルファノン》を撃つ最中だけは、《ディートレス》は無効になる。


 その隙を突いた上で、彼女がどう避けようとするのか。そこまでを計算に入れての攻撃だった。

 自分の構造と動きを知り尽くしている者にしか、到底できない芸当。


 まさか。


 振り返ったとき、彼女は愕然とした。

 そこには、最もいることを信じたくない男がいたのである。


「プラトー……なぜ……」

「まともにやれば、到底お前には敵わないが……。ただ一点、不意を突くことにかけては、オレはお前よりも優れている」

「なぜだ……!? お前が、どうして……」


 リルナの双眸が、激しい困惑に揺れる。

 それでも彼女は立ち上がり、《インクリア》を抜いた。

 プラトーは、彼女の問いかけには無視して続ける。

 ビームライフルの銃口を、真っ直ぐ彼女の動力炉に向けたまま。


「急所はかわしたようだが……《ディートレス》生成装置と《スラプター》を破壊した。防御力と機動力が低下したその状態では、さすがのお前でもオレに勝ち目はない。このオレとて、お前と同じく特別製なのだ」

「何を、言ってるんだ……プラトー。冗談だろう? 嘘だと言ってくれ……」


 しかし彼の口からは、冗談という言葉は出て来なかった。

 滅茶苦茶に破壊され、今は煙を上げているばかりの、百機議会だった金属屑に目を向けて。

 彼は素気なく呟いた。


「派手にやってくれたものだ。だが……こんなことをしても、少々予定が変わるだけに過ぎない。もう遅いんだよ。リルナ」

「もう遅いだと。強がりを言うな。大元はこの様だぞ」


 プラトーは、静かにかぶりを振った。


「誤解しているな。リルナ。百機議会など、ただの飾りだ……。こんなものは、単なるナトゥラの管理報告マシンに過ぎない」

「なに?」

「マザーコンピューターなどという代物は、所詮は遥かに時代遅れの概念だ……。馬鹿でかいだけの単一系にすべての管理を一括して任せるなど、あまりにもシステムとして脆弱。馬鹿げている……」


 確かにそうだ。

 リルナ自身もまた、時代遅れのシステムには疑問を持っていた。

 改めて、驚くべき真実を突きつけられる。


「システムには、当然ながら複数のバックアップが存在する。相互が連携し合い、不足した分はすぐに他が補う。リルナ。お前は、そのうちのたった一つを破壊したに過ぎない」

「……システムとは、なんだ? お前は、どこまで知っている?」


 プラトーは、答えなかった。

 深く溜め息を吐いて、唐突に話題を変える。


「覚えているか、リルナ。二十年前、オレが眠りについていたお前を『見つけて』やったときのことを」


 リルナは、憤りに肩を震わせた。

 なぜ今、このタイミングでそれを言うのかと!


「ああ。覚えているさ。よく覚えているとも! ナトゥラを守るという使命以外、何も知らなかったわたしに、手取り足取りすべてを教えてくれたのは、お前だった!」

「そしてオレは、性能の誰よりも優れるお前を、新たに発足したディーレバッツの隊長に据えた。オレ自身は副隊長として、お前を後ろから支えてきた。そうだな?」

「あのときから……最初から、ずっと……。ずっと、わたしを騙していたのか! プラトー!」

「そうだ……。オレは、お前を騙していた」


 はっきりとした肯定の言葉に、リルナは目眩を覚えるようだった。

 今日までずっと信じてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 込み上げてくる様々な感情に取り乱しそうになるが、それでも彼女は必死に動揺を抑えていた。

 きゅっと口の端が結ばれる。


「本来ならば、旧文明の遺産たるお前は、まず発見次第処分対象だったのだ。そんなお前に、栄誉ある道を見出してやったのはこのオレだ。その恩を……忘れてもらっては困るな」

「そうか……。検査と称して、あのときに……CPDを取り付けたのだな。偽の記憶まで……」


 歯ぎしりする彼女。悔しさと怒りが燃える。


「わたしに課せられた使命を、上手く利用してくれたものだ。それが恩だと……ふざけるな!」

「だが、楽しかっただろう? 幻想の日々は」


 リルナは、否定できなかった。

 ヒュミテを敵と断じて、ナトゥラを守るために。

 仲間とともに戦い抜いてきた日々。

 確かに充実していた。楽しかった。


 その前提がすべてまやかしであると、知るまでは!


 屈辱と怒りと後悔とが、いっぺんに押し寄せて。

 やるせなく握った拳を落として俯く彼女に、プラトーは。

 銃でない方の手――左手をそっと差し伸べる。


「今からでも遅くはない。この手を取れ。余計なことは、何もかも忘れてしまうんだ」

「お前……」


 リルナは、顔を上げてプラトーの顔を見つめた。

 なぜかこのときばかりは。彼の瞳には、嘘偽りのない慈悲が込められているように見えた。


「後のことは、すべてオレに任せてくれればいい。まだお前は……やり直せる」


 だがリルナは、決して頷くことはしなかった。

 代わりに彼を睨むことで返答とする。

 その瞳には、はっきりと否定の意志が秘められていた。


「頭を、銃で撃ち抜かれた跡があった。トラニティを殺したのは、お前か?」

「……あいつは、知り過ぎた。いい奴だったのにな」

「もう、いい。もう、十分だ……」


 彼女は力なく項垂れて、首を二度三度振った。

 そして再び彼を見据えたとき、もう目に迷いはなかった。


「わたしは、ナトゥラを守り導く者。わたしたちの自由意志を踏みにじり、利用してきた者を。決して許しはしない」

「そうか……。残念だ」


 プラトーのビームライフルが、火を噴いた。

 瞬間、リルナは《パストライヴ》を使用して、彼を一気に抜き去る。

《セルファノン》で開けた大穴から、飛び下りて脱出を図った。

 防御系統と機動系統にダメージを受け、さらに激しく動揺したままの状態では。

 ……彼の言う通りだ。

 さすがに万全の彼には、勝ち目がないと判断したのだ。

 悔しいが、この場は彼を無視して、逃亡のみに力を注ぐ。


 冷静な状況判断ができる彼女なら、まずそうするだろうということを。

 長年の付き合いで理解していたプラトーは、一切の動揺もなく呟いた。


「どこまでも足掻こうと言うのか。誰も彼も。無駄だと言うのにな……」


 彼は逃げ去る彼女の後ろ姿を、やるせない気分で見送った。

 そしてすぐに、彼女を反逆者として捕えるよう通達を出したのだった。

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