37「Decisive Battle on Fatal Express 2」

 リルナは早速《パストライヴ》で正面から消えた。

 相変わらず全力で殺しにかかってくる。お得意の戦法だ。

 俺は振り返らずに、精神を集中させて、右足を強く踏み込んだ。金属製の車両がべこんと凹むほどの踏み込みだ。

 その足を軸として重さを乗せ、気を纏わせた左足を放つ。

 この世界ではずっと気力が足りなくてできなかった、足技の気拳術だ。


《気烈脚》


 狙い澄ました強烈な蹴りは、すぐ側で攻撃に移ろうとしていた彼女の機体を、再びワープでかわされる前に捉えた。

 ガッと鈍い感触が伝わる。身体の芯を捉えた感じではない。

 しかし『心の世界』の力も上乗せしているので、バリアに弾かれてもいなかった。

 どうやら咄嗟に腕を回してガードしたらしい。さすがに戦い慣れている。


「また《ディートレス》を……!」


 驚きを隠せない声で言うや否や、彼女は再び消えた。

 死角より斬撃が迫る。

 それも殺気を読めば、位置はわかる。感じ取ったそこに気剣を振り抜く。

 と、今度はきっちりワープで避けられる。

 俺は慌てることなく、くるりと身体を捻る。

 攻撃の勢いを殺さぬまま、彼女の再出現位置に剣を合わせた。

 互いの光刃がぶつかり合って、眩いばかりの火花を散らす。

 この構図も、幾度目になるだろうか。

 見れば、彼女の右腕はややだらしなくぶら下がっていた。

 まったく使い物にならなくなった感じでもないが、しばらくはまともに動かせなさそうだ。

 いきなりぶちかましてやった《気裂脚》のダメージは、しっかり通っていたらしい。

 これで片腕同士。早い段階で対等な状況に持ち込めてよかった。


「やはり、お前は強敵だ」

「あんたも、ほんとに強いよ」


 剣を合わせながら、彼女はどこか楽しそうだった。

 戦いの最中にそんな顔をした彼女を見たのは、初めてだった。

 一体何が彼女をほんの少しであれ、変えたのだろうか。


「それでこそ、殺しがいがある!」

「片腕だけで勘弁して欲しいね!」


 彼女は再び姿を消した。

 ショートワープを繰り返しつつ、変幻自在の動きで怒涛の攻撃を仕掛けてくる。

 こっちでも使ってみて思ったけど、本当に厄介で便利な能力だ。何年か前の俺だったら、もう何回命を落としているだろうか。 

 とにかく、今は通用していた。

 俺は彼女の攻撃を受け切り、時には避け、隙を狙って反撃もできている。

 バスタートライヴモードでスピードが遥かに向上している彼女の動きにも、問題なく付いていけていた。


《フレイザー》


 彼女がそれを宣言するとほぼ同時。

 視界を埋め尽くすほど凄まじい数の光弾が発射され、周囲を蜂の巣にしていく。


 来た。前回の俺が完全にやられた攻撃だ!


 あのときは、全力で防御に回るしかなかった。結果、致命的な隙が生じてしまったけど。

 今度はそうはいかない。

 命中軌道上の部位だけに絞って、集中的に防御を強化する。怯まずに反撃できる体勢を維持する。


《インテンシブガード》


 ピンポイントで強化した気の防護は、危なげなく光弾を弾いてくれた。

 数は鬼のように多いが、一つ一つの威力はそう恐れるものでもない。

 護りを維持しつつ、やや強引に突っ込んでいけば、今度は隙を晒しているのはリルナの方だった。

 俺が剣を振る姿勢に入ったのを認めた彼女は、直ちに射撃を中止し、回避行動に移る。

 だが、少しだけ遅い。

 瞬間移動で消えてしまう前に、浅くではあるが、胸の辺りを斬り付けることができた。

 決定打にはならなかったか。さすがはリルナだ。


 その後も、一進一退の攻防が続く。

 無闇にワープを繰り返しても見切られていると悟ったか、消える頻度だけで言えば減りつつあった。

 その代わり、攻撃直後の体勢を狙う、あえてタイミングをずらして使うなど、テクニカルな使い方をしてくるようになった。

 やはり戦闘経験値が高い。己を知り、機能を十全に使いこなすところに彼女の強さがある。

 致命傷こそ避け続けたものの、いくつも浅傷をこさえ、衣服にもじわりと朱が滲んでいた。

 これ以上はまずい。元々血を失っているからだ。

 リルナもまた無傷ではない。絶対防御が意味を為さず、俺の気剣によって機体のあちこちに切り傷が付いていた。

 機動パーツが破損してきたのか、向こうにも徐々に焦りが見られる。

 やがて、幾度目になる鍔競り合いの果て。

 互いに距離を取った俺たちには、共通認識が生まれていた。

 この戦い、もう長くはない。


「まさか、これほどダメージを受けることになるとは思わなかった」

「言っただろう。これまでとは違うって」

「……《ディートレス》解除。ハイパーアタックモードに移行」


 彼女の両手甲より飛び出している光刃が、さらに激しく輝きを強めた。

 恐ろしいほどのエネルギーが集中している。

 俺の攻撃が《ディートレス》を突き破ることを認めたリルナは、潔く攻撃特化の型に変更してきたようだ。

 ぼちぼち彼女の右腕も復活していた。これだけ時間が経てば、さすがに動くようになったか。


「その仰々しいモードの名前は、設計者の趣味?」

「知るものか。いい加減、そろそろ決着をつけよう」

「最後にもう一度聞くけど。ここらでやめにしないか」

「……わたしは、お前に最後まできっちり勝ちたいんだ」

「そうか。勝ちたい、か」

「もう逃げるな。これ以上、わたしに追いかけさせるつもりか?」

「……わかった。全力で迎え撃とう」


 もう言葉は要らなかった。

 お互い、次の一撃に全力を賭けるつもりだ。

 持てる武器に、力を込めていく。

 気剣は白から、目の覚めるような青白色に変化する。


 そして。

 示し合わせたように、同時に駆け出した。


《インクリアハーツ》

《センクレイズ》


 最速の突きの型でもって、俺は彼女に向かっていく。

 彼女も、瞬きをする間もない刹那に、一気に距離を詰めてくる。

 その手より、煌々ときらめく双剣を突き出して。


 気剣は、ある程度なら形状変化させられる。

 俺は剣先を細めて引き伸ばし、さらにぎりぎりまで尖らせるつもりだった。


 ここまで戦っていて、よくわかった。

 たとえ《マインドバースト》を使っても。

 リルナは強い。悔しいけど、実力ではまだ勝てない。

 殺し合いの土俵で戦うならば。このまま真っ向に刃をぶつけるならば。

 結末は、俺の敗北。そして死だ。


 だから。


 狙うは、一点のみ。


 最後の一押しだ。

 捨て身の覚悟で、気による推進力をかける。


 貫け!


《バースト》!


 いよいよぶつかり合う直前で。

 俺の気剣は、爆発的な勢いを付けて伸びた。


 そして。


 相手の刃が達するより、ほんのわずかだけ早く――。


 彼女の胸を。

 極めて細く、鋭く。

 ただ一点だけを、正確に刺し貫いていた。


 そのとき、彼女の刃は――。


 俺の首筋に付けたところで、ぴたりと止まっていた。



 ――俺は、本当のお前を信じていたよ。リルナ。



「ふ、ふふ……」


 彼女の口から、乾いた笑みが漏れる。

 そのうち堪え切れなくなったのか、心の底から愉快に大笑いし始めた。


「ユウ! お前は、本当に甘い奴だな!」


 彼女は、まるで憑き物が落ちたかのように、すっきりした顔をしている。

 透き通るような青の瞳に、もう憎悪の濁りはない。

 とても綺麗な目だと思った。

 そう。

 当然、最初から俺の狙いは、彼女の命などではなかった。

 その胸に憑り付いていた、何よりも邪魔な|CPD(もの)。それだけだったんだ。


「殺し合いの方は、どうやらわたしの勝ちだな」


 首筋にぴたりと当たっていた刃に、ほんの少しだけ力を込められる。

 ちくりと痛みを感じたところで、彼女はふっと柔らかく微笑んだ。

 そして、あっさりと刃をしまう。

 俺も、彼女を貫いていた気剣を解除した。

 正確にCPDだけを狙ったから、動力炉に一切のダメージはないはずだ。


「だが、勝負の方は……負けたよ。完敗だ」


 心底悔しそうな顔で俯き、拳をぎゅっと握る彼女。

 負けず嫌いでしつこいのは、きっと元々の性格なのだろう。

 そのうち顔を上げた彼女は、ちょっと非難するような目で尋ねてきた。


「わたしが、あのまま首を刎ねるとは思わなかったのか?」

「さあどうだろうね。でもまあ、俺の見込み違いなら、それまでだったってことだよ」

「ふっ。本当に変わった奴だ。お前は」


 それからの彼女は、ようやく素直に話に応じてくれるようになった。

 時間がないので、手短に事情を話していく。

 彼女は相当ショックを受けた様子だった。聞いている最中、ふるふると肩を震わせていた。

 どうやら彼女自身も、ウィリアムと戦ったときには、既に半信半疑の状態に陥っていたようだ。

 それでも俺との決着を第一に優先させたのは、どうしても白黒はっきりさせたかったのだろう。

 自分の内に宿る殺意にも疑念にも、一切目を背けずに。

 大変だったけど、本当に真っ直ぐな彼女らしいなと俺は思った。


 とそこで、彼女の懐で通信機器が鳴った。

 彼女は「失礼」と言って、すぐに出る。

 どうやら相手はトラニティのようだ。

 ややしばらく話をして、彼女は通信を切った。

 途中、妙に声を荒げていたけど、どうしたのだろうか。


「何の話だったんだ」

「お前は別に知らなくてもいいことだ」


 リルナは、やれやれと溜め息を吐いた。

 そう言えば、小隊の隊長なんだよね。

 これで結構、部下の相手には苦労しているのかもしれない。


「俺たちと一緒に来るか?」


 誘ってみたが、リルナは静かに首を横に振った。


「いや。わたしにはまだ、首都ですべきことが残っている」


 なるほど。確かにそうだ。

 ナトゥラの中枢に近い彼女にしかできないことは、山ほどあるだろう。

 彼女の決然とした瞳を、じっと見つめた。

 責任感の強い彼女のことだ。きっと彼女なりに、できることをやろうと思っているのだろう。

 俺はあえて何も言わなかった。


「さあ。すぐに最後部車両を切り離せ。もうすぐディークランがやって来る」


 言われた通りにすると、彼女は右手を砲身に変化させた。


《セルファノン》


 俺と彼女の中間地点。

 何もないトンネルの天井に向けて、それは放たれた。

 激しい衝撃を受けて、トンネルはがらがらと音を立てて崩れてゆく。


 追跡の手立てを断ってくれたのか。ありがたい。


 積み重なっていく瓦礫の向こうから。

 リルナは、真っ直ぐ熱い眼差しで、こちらを見つめ続けていた。


「この借りは、いつか必ず返す。待っていろ」

「うん。待ってる」


 この世界に来てから初めて、晴れやかな気持ちが心を満たしていた。

 犠牲になったものは、あまりにも大きい。助けられなかった命が、いくつもあった。

 どこまでも、辛いばかりの戦いだった。

 だけど、やっと。

 やっと始まったんだ。本当の戦いが。



 ***



 やがて、ディークランに先立ち、まずプラトーがそこへ到着した。

 彼は、一両だけ残った車両の上にぽつんと立つリルナを見つけると、急いで駆け寄っていった。


「リルナ。なぜ一人で先走った。心配したぞ」

「プラトーか。すまない。逃げられた」

「怪我が多いようだが……大丈夫か? 一度メンテナンスを受けた方がいいんじゃないのか」

「いや、構わない。いたって『正常』だ。首都に戻って体勢を整え次第、すぐに奴らを追う」

「ああ。そうだな……」



 ――――――――



 以下、リルナとトラニティの会話内容。


『もしもーし。リルナっち』

「トラニティか。動けるようになったのか?」

『はい。やっと修理が終わって、動けるようになりましたよ。それより、たった一人で敵を追いかけるなんて、何考えてるんですか。もう!』

「悪いな。居ても立ってもいられなかったのだ」

『でも安心して下さい。そろそろディークランの皆さんが、そちらへ追いつく頃合いですよ』

「そうか。わかった。それで、修理の具合はどうだ」

『えーと。CPなんちゃらって部品だけは、中央工場から取り寄せないといけないみたいですが。それ以外は特に』

「よし。ちょうどいい。お前にお願いしたいことがあるのだ。少々内密にな」

『ええっ!? 私、そんな……。リルナっちなら、いいですけど……。でもいきなりだなんて、心の準備が』

「一体何を考えてるんだ、お前は! 真面目な話に決まっているだろう。詳細は後で話す」

『はーい。了解でーす。それではまた♪』

「ああ。またな」

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