7「『大人になれなかった子供たち』の依頼」

 クディンは、こちらを品定めするかのような鋭い視線を投げかけている。


「まあ挨拶も済んだことだし、お互い畏まった口調は抜きで話そうじゃないか。僕もレミも、そちらの方が話しやすいからね」


 レミの方を見ると、同意するように頷いていた。

 まあ私としてもその方が話しやすい。


「ならお言葉に甘えて。話の前に、私から一つ尋ねてもいいかな」

「どうぞ」


 彼の許しを受けて、私は尋ねた。


「一体どうやって私を特定できたのか、教えてくれない?」


 一応気を付けて行動はしていたつもりだ。

 実際、彼ら以外には人間であることがバレていなかったようだし。

 だから、彼らにだけはなぜ見抜かれてしまったのかは知っておきたかった。

 たぶんリュートの「レミの言った通りだ」発言から察するに、彼女が見抜いたんだろうけど。


「私があなたを見つけたのよ」


 レミが澄ました顔で、予想通りそう答えた。クディンが補足する。


「彼女は、ヒュミテ感知機能に特化していてね。単に生命反応を捉えるだけではなく、水素や炭素などのヒュミテを構成する元素が、ヒュミテの構成比率に近い物体に反応するレーダーを持っているのだ」

「なるほどね。だったら見つかるのも当然か」


 まさか元素レベルで解析されていたとは。確かにそれなら一発でバレてしまう。

 いくら気力をなくせたところで、ナトゥラのように金属の身体を持っているわけじゃないからね。

 とすると気になってくるのは、他にも同じことができる奴がいるかどうかだ。

 もしいるならば、女だからと安心して行動できないことになる。


「その感知方法を他に使う奴はいる?」

「たぶんいないわ。きっと私だけよ」


 それだけ言ってむすっと押し黙った彼女の顔は、明らかに不機嫌になっていた。

 なぜだろうか。自分だけがその機能を持っていることを喜ばしく思っていないように見える。

 事情を知っているらしいクディンが、口を閉ざす彼女の代わりにまた説明してくれた。


「彼女は、元は特別な事情があって生まれた特殊機体でね。ヒュミテ感知機能は望んで付けられたものではないのだ」

「なるほど」

「とにかく、他にそんな真似ができる者はおそらくいないから安心していい」


 彼女の方を見ると、ぷいと顔を背けていた。

 あまり触れられたくないようだし、これ以上深入りするのはやめておこう。

 ともかく、どうして見つかったのかという疑問は解けた。

 そして彼らの言葉を信じるならば、女の姿なら基本的には大丈夫だということも。


「そう。よくわかったよ」


 すると、レミが私に顔を向け直して、強めの口調で尋ねてきた。


「それより。こっちの方こそ聞きたいことがあるわ。あなたを見つけてから、ずっと知りたかったのよ」

「なに?」

「あなた、セフィックもないのに、どうやって生命反応を隠せているのかしら?」


 その質問か。

 来るとは思っていたけど、そもそもセフィックというものを知らない。

 うーん。どう答えたものかな。

 返答を迷っていると、彼女はそれを待たず、矢継ぎ早に疑問を投げかけてくる。


「おかしいのよ。ここ数年はなかったヒュミテが上をうろつくなんて大事件が、今日だけで二件。昼間に現れた謎の男にしてもそうだけど、あなたはどうしていきなり現れたの? 一体何が目的なの?」


 物凄い剣幕に押されて、困ってしまった。

 そんな私を見かねたのか、クディンが止めに入ってくれた。


「まあまあ。いっぺんに聞かれても、向こうが困るだろう」

「だって、クディンも気になるでしょう?」

「それは、そうだが……」


 この二人は、上下関係を抜きにして気兼ねなく話せる仲なのだろうか。

 彼女の調子に押されて肩を竦める彼からは、最初に見せていたボスとしての威厳のようなものは、すっかり薄れていた。

 失礼だけど、今の彼は、どちらかと言えば見た目相応の子供のように見える。


 どうにか彼女をなだめた彼は、こほんと一つ咳払いをしてから私に言った。


「確かにレミが言ったことは大体、僕も気になることだ。本来、ヒュミテが上で活動するのはあり得ない話でね。悪いが君の動向を探るため、リュートに頼んで後を追ってもらったのだよ。よって君の行動は、概ねすべて把握している」


 あいつにこっそりつけられていたのか。人間と違って気配が一切ないから、まったく気付けなかった。

 私もまだまだだな。


「観察してわかったことだが、君の行動は明らかに普通ではなかった。まるで何も知らぬよそ者が、必死で手掛かりを探るような、そんな動きだ」


 その通りだ。すっかり見透かされている。


「まず君が真っ先に向かったのは、中央図書館だね」


 素直に頷くと、彼は続ける。


「そこでは、ヒュミテである君は当然何も情報を得られないのだが、君はどうやらそのことを知らないようだった」


 彼はその鋭い瞳で、私の反応を伺いながら言葉を紡いでいく。


「わざわざ時間をかけてまでトライヴをすべて渡ったのは、地理の把握が目的だろう。それに飽き足らず、大胆にもこの街から出ようと試みたな」

「ええ。だけど」

「無理だった。ゲートの警備が厳重なことは、この街に住む者ならば常識だ。だが君は、そんなことも知らなかった」


 クディンは少し間を作り、また私の反応を確かめる。


「それから、昼間の事件。例の襲撃犯の男に関するニュースを聞いて、焦燥する君の姿が確認されている」


 そこまでしっかり見られていたのか!

 わずかに驚きを隠せなかった私に、彼はほんの少し得意気に口の端を吊り上げた。


「以上のことから判断するに。詳しい事情はわからないが、君はトライヴのような転移装置か何かで、この町に迷い込んでしまったよそ者だろう」

「…………」

「そして、昼間の事件の男とは、仲間か知り合いなのだろう? それで今は、右も左もわからなくて困っている。そんなところではないか?」

「……大体、合ってるよ」


 ただ一点違うとすれば、その昼間の事件の男というのは、間違いなく「俺」自身ということだ。

 だがまさか同一人物だとは思わないだろうから、仲間か知り合いだと予想するのが自然だろう。

 素直に感心する。大した観察眼の持ち主だ。


「へえ。さすがうちのブレインね。なら、そもそも上にいた目的も何もあったものじゃないのね」


 納得顔で頷くレミに、クディンも頷き返す。


「そういうことだ。そして彼女は、まだ身分が割れていない、自由に動ける貴重な人材ということでもある」


 彼は私の方へ向き直ると、丁寧な物腰で頼んできた。


「ユウ。君に来てもらったのは他でもない。我々に協力してもらいたいのだ。報酬としては、君が望むだけの情報と食事、それから住居を提供しよう」


 まずは餌を垂らして釣りに来たか。


「どうやら君が今一番欲しがっているのは、そういったもののようだからな。どうだ。悪くあるまい」


 確かに喉から手が出るほど欲しいものだけど、対価は何だろうか。


「確かに悪くはないね。で、何を頼みたいの?」

「それは後で話そう。まずは、我々の立場と理念について知ってもらいたい。君は――何も知らないという前提で話した方がいいか?」

「それで頼むよ」

「わかった。まず我々は、『アウサーチルオン』と呼ばれている。その辺りから話そう」


 一つ呼吸を置き、彼はまた語り始める。


「我々ナトゥラの中には、ヒュミテのように老人はいない。だが、大人の他に子供が混じっているのは見たはずだ」

「見たよ。なぜわざわざ子供用の機体が存在しているの?」

「それはわからない。僕が生まれたときには、既にそういう仕組みが当たり前になっていたという他はない」

「そっか」

「ヒュミテだってそうだろう。なぜ社会にこれこれの慣習や文化があるのか、それは時に答えるのが難しいか、不可能な命題だ」


 確かにね。謎の慣習とか文化ってあるよね。

 日本だと麺や汁物をすすったりとか、やたら何するにもすみません言ったりとか。

 普通なんだけど、なんでって言われたらよくわからないやつ。


「ともかく我々は、ヒュミテを嫌いつつも、彼らに準じた生活様式を取る奇妙な存在でね。どうもそのようにプログラムされているらしい」


 プログラムされている、か。

 この仕組みを創り出した者たちがいるなら、一体何を思ってそんなものを創ったのだろうか。


「我々ははじめ、愛し合う男女の情報を半分ずつ引き継いだ子供の機体『チルオン』としてこの世に生を受ける。まあ身も蓋もない下世話な言い方をすれば、夜の営みを通じて、精子と卵子を模したもの同士でデータの結合をし、結合データを中央工場に持ち寄ることで、それを核とした新しい機体が製造されるわけだがな」


 恋愛と生殖の仕組みまで再現されているのか。何だかとんでもない話だな。


「そうして生まれた『チルオン』は、身体こそ製造時のまま成長しない。一方で知能の方は、備わった学習機能により、ヒュミテと同様に成長していく」

「ふむふむ」

「やがて製造後十五年~二十年の間に、大人の機体である『アドゥラ』へと機体更新することになっている」

「なるほどね。そこで切り替えるんだ」

「ああ。これは、ナトゥラの権利であると同時に義務でもある。このときかなりの更新料を納めなければならないが、とある理由により、かなり無理をしても納めるのが普通だ」

「とある理由?」


 そこによほど苦い理由があるのか、クディンは顔をしかめた。


「稀に諸々の事情で『チルオン』から『アドゥラ』に更新できない者、しない者がいる。そうした者たちは、大人になれなかった子供『アウサーチルオン』と呼ばれる」

「それが君たちなんだね」


 ついに彼ら自身の話が出て来た。より親身に話を聞く。

 彼は苦い顔のまま、核心的問題を述べた。


「僕たちはね。就労権や生存権など、ナトゥラとしての種々の基本的権利を剥奪されてしまうのだ。要するに、ナトゥラではないと烙印を押されるわけだ」

「機体更新をしなかっただけで!? それはひどい話だね」

「まったくだよ。上では、アウサーチルオンは発見次第捕捉し、中央処理場へ廃棄処分されることになっている。君たちヒュミテと同じような扱いだ」

「廃棄処分……」


 何とも物騒な話に、悲しい気分になる。

 私も殺処分されそうになった身だからね。気持ちはよくわかるよ。


「僕たちだけではない。老朽化が目立つ者や、何らかの修復不可能なエラーが生じた者等も即廃棄処分となる。そうして得られた資源は、次代のナトゥラの材料として再利用される。ディースナトゥラは、正規格のナトゥラのみが繁栄を謳歌することを許された街なのだ……」


 ぞっとするような話だった。

 身体が機械であるナトゥラは、人間と違って、完全に壊れない限りは延々と生き続けることができるのだろう。

 だから直しようもないほど壊れたときが、彼らの自然な最期だと思っていたが。

 実際は正規格から外れたそのときに、強制的に生を終了されてしまうのか……。

 そうすることで、次世代のナトゥラを作り出す資源が生まれ、世の中が回っているのだとしても。

 他者に無理矢理終わらされる人生なんて、考えるだけで嫌になりそうだ。


 ただ、クディンは建前と実際についても教えてくれた。


「だがこうした法は、あくまでも原則だ。実際は、すべてのヒュミテを死罪に処し、異端者を片っ端から処分するのは、莫大な手間と予算がかかる」

「そうだよね。あ、それでか」


 この奇妙な地下都市が成立した理由がわかった。


「察しが良いな。中央政府は、このギースナトゥラを超法規区域と定め、この区域での生存だけは事実上黙認することにしているのだ」

「なるほどねえ」

「ヒュミテと処分対象者を自然とこの地下へ追いやって閉じ込めることで、統制する政策というわけだな」

「やり口が狡いね。非道だが、合理的だ」

「ああ。悔しいがな。僕もまた、そうして仕方なく追われた者の一人さ」


 肩を竦める彼に、私も、そしてレミも同情的な視線を向けていた。

 しかし彼は、やられるだけでは終わらなかった。


「けれど僕には、このまま泣き寝入りするにはいささか強い反骨心があってね。行き場を失くしたアウサーチルオンたちが、身を寄せて立ち上がり、上で日の光を浴びれるようにと」


 背後の壁に描かれたマークに、彼は目を向ける。

 そこには手を取り合う子供たちの輪と、その上にはお日様が描かれていた。

 再び私を見つめて、彼は力強く言った。


「ここに組織を創った。それがこの『アウサーチルオンの集い』だ」


 そんな彼からは、自らが創り上げた組織のボスとしての、強い自負が感じられる。

 その隣で、彼に熱い眼差しを向けていたレミが言った。


「クディンは本当にすごいのよ。彼がいるからこそ、今の私たちがあると言ってもいいわ」


 ここまでの話で、ようやく正体不明だった彼らの目的が見えてきた。


「なるほど。ここがどういう集まりなのかよくわかったよ――レジスタンスだね」

「その通り。我々は、現中央政府による弾圧体制を打破するために活動している」


 これは、思ったよりも大きな山に当たったみたいだ。

 初日からついているのか、ついていないのか。

 良くも悪くも、組織が持つ力というものは個人よりも大きい。

 私が一人でちょろちょろするよりは、彼らの近くにいた方が見えるものは多いだろう。

 だがその分、自由は減るし、リスクも上がってしまうのは間違いない。

 どうする。

 とりあえず活動内容を詳しく聞いてから判断しようか。

 結論を保留しつつ、私は対話を続ける。


「そして、ヒュミテと繋がっているということか。少し話が見えてきた」

「ほう。なぜそう思った?」


 感心した表情を見せた彼に、私はすかさず根拠を答えた。


「ナトゥラにしては、親ヒュミテの者が多いこと。ナトゥラには不必要な食料の用意があること。本来は敵のはずのヒュミテである私に、堂々と協力を求めていること」

「ほう」

「それにレジスタンスの活動には、外部とのパイプや資金源が不可欠だ。ヒュミテと繋がりがあると考えれば、すべてすっきりする」

「……君の言う通りだ。我々は、ヒュミテ陣営と協力しながら、すべての者が平等に暮らせる社会を目指している」


 やっぱりそうだったね。

 推測が当たって、内心少しほっとする。

 全然的外れなこと言ってたら、期待外れと思われてしまう可能性もあるからね。


「それに、ヒュミテだけではない。他のレジスタンス組織とも協力している。ナトゥラも決して反ヒュミテの一枚岩ではないということを、どうか心に留めておいて欲しい」

「そっか。あなたたちのような人もいるんだね」


 ナトゥラと言えば、ヒュミテの敵というイメージばかりだったから。

 両者が協力し合っているというのは、新鮮な響きだった。


「ああ。実を言えば、僕自身はヒュミテには同情しているのだ」


 そして彼は、自らの認識を改めて語った。


「確かにヒュミテには、決して許されない歴史的な大罪がある。それもあって、旧来よりナトゥラとヒュミテはいがみあってきた。凄惨な戦いも数多くあったという」


 歴史的な大罪か。一体何をしたのだろうか。


「だが、現状はどうだ。今やヒュミテは、ほぼすべてが不毛なティア大陸に追いやられた。出生率も急激に低下し、衰退の一途を辿っている」


 また知らない背景が出てくる。

 彼は私のことをヒュミテだと思っているから、これはさすがに知ってると思って話しているのだろう。


「そこへ追い打ちをかける、ヒュミテ隔離法の成立だ。この豊饒なエルン大陸の土地は、まだまだ余っているにも関わらず、彼らは一切の進入を禁じられてしまった」


 ヒュミテ隔離法。

 どうやら私は、その法律に引っかかってリルナに追いかけ回されてしまったらしい。


「このままではまず間違いなく、そう遠くはない未来にヒュミテは絶滅してしまうだろう。いくらヒュミテ憎しとはいえ、さすがにやり過ぎではないかと思うのだ」


 そう言って、彼は締めくくった。


 うん。詳しいことはわからないけど、同類が絶滅しかけているという事実は、やっぱり心が痛むね。

 何とかできないだろうか。


 クディンに同調するように、レミが溜め息を吐いた。


「どうも昔は、ここまでではなかったみたいなのよ。いつしかみんな、ヒュミテなんて殺されて当たり前だと考えるようになってしまった」

「どうして、そんなことになってしまったの?」

「わからないわ。長い長い対立の歴史の中で、気付いたらそうなってしまったのかもね……」


 そう言ってやや目を伏せる彼女は、どこか諦観しているようだった。


「ともかく。我々はそんな現状を変えたくて、頑張っているわけだ。君もヒュミテの一員として、今後の活動に協力してくれないだろうか?」


 二人は私の顔を見つめながら、返答をじっと待っている。

 私は少し考えてから、こう答えた。


「理念には賛同できる。でも、一つ気になることがあるよ。そんな大事なことを、初対面の私なんかにわざわざ頼む理由がまだ見えない」


 ここは重要なところだ。

 もし仮に、私が彼らに協力せず、この話を外部に漏らしたとしたらどうなるだろう。

 こんなレジスタンスなど、一息で潰されてしまうかもしれない。

 彼らにすれば、私が「ヒュミテ」だからその危険は低いと見ているのだろうけど、決して百パーセント安心はできないはずだ。

 そんなリスクを冒してまで、ここまでの話を初対面の私にするということは、相応の理由が考えられる。

 クディンは表情こそ変えなかったが、少々苦しい言い訳を見せた。


「一応、人を見る目はあるつもりだ。今日の君の行動を見させてもらった上で、信用できると見込んで頼んでいる」

「そう」

「それに、君のように身元不明で、かつリュートを軽くいなすほどの人材は、中々いないからね」

「へえ――それはつまり、印象と条件だけで頼まなければならないほど、人材が不足しているってことでいいのかな」


 端的に人材不足か。リスクを冒してまでも、私が必要なんだ。


 図星を突かれた彼は、初めて自らの境遇以外のことで表情を険しくした。

 今までの人当たりの良い話しぶりが表の顔だったとするならば、それは紛れもなく、地下社会で強かに生きてきた男の裏の顔だった。


「……返す言葉もないよ。だが、わかっているのか。君は我々に従うしかないのだ。上には君が食えるものなど、一つもないのだから。我々に従わないのなら、君は餓死するしかないぞ」


 なるほど。最初からそうやって、私を従わせるつもりだったのか。

 だからここまでぺらぺらと話せたと。でもね。


「そんな下らない脅しは通用しないよ。ここに食料があるとわかった以上、いざとなれば実力行使で奪い取ることもできる」

「ほう。ここに何人の部下がいると思っているのだ。よくそんな戯言を言えたものだね」

「戯言かどうかは――やってみなきゃわからないよ!」


 私に気取られぬよう背後に回り、ナイフを突きつけて脅そうとしていた者がいた。

 その彼女――レミの右腕を取って、投げの要領で地面に叩き付ける。


「ぐっ……」


 硬い床に強烈な勢いで叩き付けられた彼女は、苦しそうに呻く。


 いくら相手に生命反応がなくとも、しっかりと警戒していれば、至近距離ならさすがにわかる。

 かすかな音や空気の流れなど、直接感知に頼らなくても読めるものもあるんだよ。


 しっかりレミを制してから、前を見ると。

 クディンはこれまた、私の前で初めて心底驚いた顔を見せていた。


「ウチで一番の暗殺術を持つレミが……まさか、一瞬でやられるとは……」


 黙ったまま、さらに言葉を待って油断なく彼を見つめていると。

 やがて彼は、観念したように嘆息した。


「……わかった。僕の負けだ。挑発するような真似をしてすまなかった」

「いいよ。それだけ交渉に必死だということが、よく伝わってきたから」


 彼女の手からこぼれ落ちていたナイフを、部屋の隅へ蹴っ飛ばす。

 これでもう攻撃はできない。決して油断はしない。

 腕の力を緩めて、彼女を引き起こしてやる。

 起き上がった彼女は、ぽかんと魂の抜けたような顔をしていた。

 よほど腕に自信があったのだろうか。

 あまりに簡単に投げられてしまったのが、信じられないようだった。

 そんな彼女を一瞥してから、またクディンに向けて話す。


「それに私だって、強引なやり方は好きじゃない。活動の内容にもよるけど、できることなら協力して、正当な対価を貰うことにするよ」


 理由が人材不足ならば、別にそれだけで断る理由はない。理念には賛同できるというのは本心だ。


「そうか! それはありがたい!」

「ええ。よかったわね! クディン!」


 そこで二人は、初めて裏のない明るい顔を示した。

 やはり切羽詰まっていて、手段を選べなかったのだろう。

 ひとしきり喜びを分かち合った後、彼は改めてお願いしてくる。


「では、早速君にやって欲しいことがある。君の仲間と思われる男の、捜索と勧誘だ」


 要するに「俺」のことか。


「どうして、彼が必要なの?」

「既に承知の通り、今は少しでも戦力が欲しいところでね。特に純粋な戦闘能力が不足している」


 クディンは、自らの頼りない身体を指さした。


「見ての通り、我々は子供の身体だ。残念ながら、単純な身体能力には乏しいのだ。武器や絡め手を使わなければ、まともには戦えない」

「なるほどね」

「件の男は、あのリルナと斬り合って、無事に逃げおおせたというほどの実力。ぜひとも我々に引き入れたい」

「そのリルナというのは、そんなに強いの?」

「強いなんてものじゃないわ!」


 あくまで何も知らない体で尋ねると、レミが飛びつくように答えてくれた。


「特殊機体のみで構成される、ディークランの特務隊『ディーレバッツ』。その中でも、一人群を抜いた戦闘能力を誇るのが彼女よ。まさにナトゥラ兵器。人々は彼女を『最強』のナトゥラと呼ぶわ」

「へえ。そうなんだ」


『最強』のナトゥラなんて呼ばれているのか。道理でずば抜けた力を持っているはずだ。


「あなただって、きっと全然敵わないわよ」

「うん。そうかもね――で、彼を引き込んだら何を頼むつもりなの?」


 するとクディンは、歯切れの悪い調子で、本当にすまなさそうに言ってきた。

 私相手にブラフは通用しないと悟ったからか、反応は素直だった。


「悪いが、そこから先は彼と直接話がしたい。とても大事な件なのでね。すまない」


 その「彼」が目の前にいるとは、つゆも思っていないだろう。

 さて。どうしようか。

 男にならないと、実質話が進まないらしい。

 一旦外に出てから、変身して来てもいいけど……。

 そうやって正体がバレないように誤魔化すのは、二人で一緒に来てくれという話になったら面倒だ。

 別に誤魔化す意味もないし。どうやら彼らとは、長めの付き合いになりそうだし……。

 この際、もう見せてしまってもいいかな。


「ねえ、クディン。一つ、つかぬ事を聞いてもいい?」

「どうぞ」

「ヒュミテ感知システムは、このギースナトゥラにも張られているの?」

「いや。感知システムは、ディースナトゥラ全体には張り巡らされているが、ここまでは及んでいない」

「そっか。ありがとう」

「いえ。だが、それが何か――っ!?」


 二人が馬鹿みたいに驚く。


 私はその場で、男に変身した。


 今の俺には、変身を他人に見せることに対する後ろめたさや警戒心は、以前ほどはない。

 見られて不都合が生じたところで、それをどうにかできるだけの力は身につけたつもりだ。

 隠す必要がないなら、下手に隠すよりは、二つの身体を持つありのままの自分として堂々とやっていこう。

 いくつもの世界の旅を経て、自然とそう思えるようになっていた。


 初めて変身を見せると、誰もが面白い反応をする。

 クディンとレミもまた例外ではなかった。

 二人とも、これまでで一番の反応だ。

 間抜けな口を開け、目を丸くして声を失っている。


 やがて、我に返ったレミが。

 これまでの気の強いイメージを覆すような、可愛らしく素っ頓狂な声を上げた。


「え、ええっ!? なに!? どうなってんのこれっ!?」


 そんないつも通りの反応に満足した俺は。

 未だ彼らの混乱冷めやらぬ内に、話を切り出すことにした。


「それで。俺に何を頼みたいんだ?」

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