39「魔法研究所へ」

 予定通り、昼過ぎにサークリスへ着いた。

 イネア先生の道場に降りると、すぐにミリアを中へ運び込む。

 先生は無残な姿となったミリアを見るなり色を失い、直ちに治療へ取りかかってくれた。

 しかし、先生の強力な気を使った治療を持ってしても、一見したところまったく効果がなかった。

 石の身体には、気が少しずつしか入っていかない。

 先生は力なく肩を落とした。


「すまない。私にはどうすることもできないようだ。どうやら、ロスト・マジックの類のようだが」

「そうでしょうね。現存する魔法で、こんなものは聞いたことないですから」


 アリスも同意する。

 ロスト・マジックと聞いて、俺には心当たりがあった。

 その人物に会おうと思い立ち、女に変身する。


「先生。少し出かけてきます」

「どこにだ?」

「トール・ギエフ先生のところです。ロスト・マジック研究の第一人者なら、この魔法についても何か知ってるかもしれません」

「ふむ。なるほどな」


 それから、アリスには別を当たることをお願いする。


「アリスは魔法図書館に行って欲しい。この魔法に関する情報が何かわかるかもしれない」

「わかった」

「私は何をすればいい?」

「先生はミリアのことを看ててあげて下さい。気による治療も、続ければもしかしたら効果があるかもしれませんから」

「ああ。いいぞ」

「じゃあ。いってきます」


 先生の道場から急いで走ること約二十分。

 町のやや外れ、ラシール大平原寄りの閑静な住宅街に目的の建物はあった。

 トール・ギエフ魔法研究所。

 建物は立派な三階建てであり、見るからに高そうな石を建築材に使っている。しかもまるで新築のように綺麗だった。

 何でも、数々の成果を上げてきた実績から、町からかなりの予算が下りているらしい。

 向かって正面上には『トール・ギエフ魔法研究所』とデカデカ書かれた、これまた立派な作りの看板がかかっている。

 看板の下部には、やや小さく「共に行こう。自由の空へ」というキャッチコピーが記されていた。

 そう言えば、ギエフ先生はよく学問研究の自由性を空に喩えていたっけ。

 今まで、もし行ったら強引に誘われそうだなと思ってなんとなく避けてきたけど……。

 とうとうこの場所に来る日が来てしまった。それも用件は親友の命がかかる一大事だ。

 私はぐっと気を引き締めると、正面入口に足を踏み入れた。

 外も立派だったが、中も違わずそうだった。いかにも最新鋭の研究所という感じだ。

 エントランスは、つるつるとした美麗な床で覆われており、白い壁には高そうな絵がかかっている。

 中央部には、大きな隕石模型が置いてあった。メギルを模したものだろうか。

 受付は奥の方にあった。

 そこにいたお姉さんに挨拶すると、にっこりと笑って「しばらくお待ちください」と言われた。

 待っている間、手持ち無沙汰だったのと少し気になったので、中央の模型に近づいていく。

 下の説明を見ると、やはり「伝説に記された天体魔法メギルをイメージしたものである」と書かれていた。

 ややあって、受付のお姉さん直々に案内してもらえることになった。

 三階へと向かう。今トール・ギエフ先生は主任室にいるらしい。

 ノックすると「入りたまえ」と言われたので、ドアを開けて入室する。

 左右には壁を覆うほど巨大な棚があり、それらを埋め尽くすようにずらりと魔法書が並んでいた。

 正面には大きなデスクが一つ。

 その後ろの立派な革張りの椅子に、彼は座っていた。


「やあ。君から尋ねてくる日が来るとは思わなかったよ。して、何の用かね?」

「はい。とあるロスト・マジックについて、伺いたいと思いまして」


 彼はいつもの穏やかな調子で微笑んだ。


「言ってみたまえ」

「対象を石化する魔法なんですけど、ご存知ありませんか?」


 彼は顎に手を当て、考えを巡らせるしぐさをしながら頷く。


「ふむ――。それは石化魔法《ケルデスター》だね」


《ケルデスター》というのか。

 どうやら彼が知っていたことで、期待は高まる。


「実に恐ろしい魔法だよ。石にされた者は通常、永遠にそのままだ。術者が自ら解除するか、あるいは死亡することによってしか解けることはない」

「そうなんですか……」


 だとしたら厄介だ。

 仮面の女に解除させるか、彼女を殺すしか方法がないってことになる。

 だが一方で、今の話は希望でもあった。

 困難ではあるが、解除はできるんだ。

 つまり、ミリアはまだ生きてる。

 そのことにひとまずほっとする。


「かつてのエデルでも禁止指定だった、非常に危険な魔法だ。一体どこでそんな魔法を知ったのかね?」


 禁止指定魔法。

 そんな凶悪なものを使ったのか! あいつは!

 再び腹の底が煮えくり返るような怒りを感じながら、どうにか抑えて答える。


「仮面を被った女です。そいつに使われて、友達のミリアがやられたんです!」


 すると彼は、非常に同情的な顔を示した。


「ほう。それは気の毒なことだ。して、その仮面の女というのは――」



「彼女のことかね?」



 はっと振り向くと――。


 部屋の入口には、紛れもないあの仮面の女がいた。

 一瞬、何が何だかわからなかった。


 どうして!? なぜここに!?


 彼女は「ハーイ」と手を上げて、こちらへ憎たらしいほど軽いノリで挨拶してくる。


 ――まさか。


 まさか!


 再び前を睨み付けると、そこには。


 既に本性を表し――。


 凶悪な嗤いを浮かべる彼がいた。


 瞬間、私は気付いた。

 愕然とした。


 すべては、この男の掌の上だったのだ。

 なぜ仮面の集団は、私たちの動向に詳しかったのか。

 なぜ仮面の集団は、数々のロスト・マジックを使いこなしてきたのか。

 至ってみれば、当然の結論だった。

 これまでの凄惨な事件の数々が、脳裏に蘇る。

 それらすべてが、こいつによって仕組まれたものだった。

 こいつこそが、すべての黒幕だった!


 私は、怒りとも悔しさとも怨みともつかない激情に身を駆られ、一切を搾り出すように叫んだ。


「お前が! お前だったのか!」



「マスター・メギルッ!」



 トール・ギエフは、この上なく下卑た笑みを浮かべた。


「ご名答。百点満点だよ」

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