26「ユウ、自分の秘密を話す」

 後で知ったことなのだが、主犯の名はヴェスターというらしい。

 コロシアム及び町の襲撃事件は、奴の死によって終息した。

 犠牲者の数は数百人にも上り、サークリス史上に残る凄惨な事件として人々の記憶に残ることとなる。

 祭りは即刻中止となり、町中に厳戒態勢が敷かれた。


 俺とアリスは、クラムにコロシアムの近くまで連れて行かれた。そこでバルトン先生の部下から簡単な事情聴取を受けた。

 その際、ひどい怪我をしている俺を見かねた部下の一人に、治療師を呼ぼうかと言われたんだけど。当てがあったからやんわりと断っておいた。

 聴取が終わった後、俺たちはやっと解放された。

 すぐにアーガスがやってくる。

 彼がバルトン先生の近くで話を聞いていたのは見えていた。終わるタイミングを見計らっていたのだろう。


「よう。アリスだよな。お前も無事で良かったぜ」


 二人はほっとした顔を覗かせる。


「そうね。お互い無事で何よりよ」

「ところで、途中でユウに会わなかったか? あいつのことだから、どうにか逃げ切ってるとは思うんだが……」

「あー。それはねー……」


 あからさまに心配な表情を浮かべるアーガスを見て、アリスが話していいのかなという感じの困った顔をこちらに向けてくる。

(アーガスには自分から話すよ)と小声で耳打ちすると、彼女は納得して頷いた。

 アーガスは俺の方を向くと、やや怪訝な顔で言ってきた。


「そういや、お前は誰なんだ」

「アリスの友達だよ」


 今のところはそう返しておく。一応嘘ではないし。

 アリスも同調してくれた。


「そうなの。一緒に逃げたのよ」

「へえ」


 そこに、こちらへ駆け寄って来る二人の人間の姿が見えた。ミリアとイネア先生だ。

 先生は騒がしいのが嫌いだから、魔闘技観戦はしなかっただろう。その先生と一緒にいるということは、どうやらミリアは襲撃の場には居合わせなかったらしい。


「「ミリア! 無事だったんだ(のね)!」」


 アリスと二人で彼女を迎えようとした矢先、先生が猛スピードで風を切り、俺に向かって真っ先に飛び込んできた。


「ユウ! よく無事だったっ! もしお前までどこかに行ってしまったらと思うと……!」


 いつになく感情を露わにした先生に、ぎゅうぎゅうと、息が苦しいくらい力強く抱きしめられる。

 いつも冷静なあの先生が、こんなに取り乱すことがあるんだ……。

 でもそれだけ自分は愛されているんだな。そのことが肌で伝わってきて嬉しかった。

 だけどまあ、やっぱり恥ずかしいという感情も湧いてくるわけで。


「先生……」

「なんだ」

「心配してくれるのは嬉しいんですけど。みんな、見てます」


 言われて周りを見回した先生は、自分たちに注目が集まっているのにやっと気付く。


「あ、ああ」


 ほんのり顔を赤らめ、腕の力を緩めた。こほんと一つ咳払いをしただけで、すぐに落ち着きを取り戻したのはさすがだけど。

 そして、俺に耳打ちしてくる。


(ところで、男の姿なのはなぜだ)

(アリスを襲撃者から助けるために、変身してしまいました)


 事情を告げると、先生は少し驚いたようだった。


(ということは、ばらしたのか)

(はい)

(そうか。だが後悔はしてなさそうだな)

(おかげでアリスが助けられましたから)


 アリスに目を向けると、彼女は既にミリアと再会の抱擁を済ませた後のようだった。

 みんな落ち着いたところで、ミリアが切り出した。


「調べ物をしていたら、コロシアムが襲撃されたという、緊急の知らせが、入ってきたんです。しかもおそらく、あの恐ろしい、爆発魔法が使われていると知って」

「そうね。たぶん、ミリアが言ってたのと一緒の魔法ね」


 それは俺も思っていたところだ。

 アリスの言葉に、ミリアは強く頷く。


「はい。心配で、すぐに動きました。ですが、私だけでは、力になれませんから。急いで、戦力になるイネアさんを、探して、連れて来たのですが」


 先生は力なく肩を落とす。


「どうやら一足遅かったらしい。既に全部終わってしまったようだな」


 そして先生は、なんと俺に頭を下げて来たのだった。


「すまない。ユウ。弟子の危機に、何の力にもなれなかった」


 もちろん俺は、先生が謝る必要なんて何もないと思った。だからこう言った。


「そんなことしないで下さい、先生。来てくれただけで十分ですよ」

「そうか……」

「それに仕方ないですよ。こんな事件が起こるなんて、誰も予測できませんでした」

「そうか。すまないな……」


 俺がいいと言っても、先生はどうしても自分が許せないようだった。責任感の強い人だからな。

 医者のように俺の身体を観察し、ますます苦い顔をする。


「それにしても、ひどい怪我をしたものだ。全身切り傷と火傷だらけではないか」

「ちょっとやばいですね」


 正直身体のあちこちが痛いし、立っているのも辛いほどふらふらだ。

 先生はそんな俺を見て、やっと自分なりの償いを見出したのだろう。胸を張って言ってくれた。


「よし。すぐに治してやろう」


 この言葉を待っていた。先生の気による治療こそ、当てにしていたものだった。

 下手な治療師より全然上手いからね。この人。傷跡も残らないようにしてくれるはずだ。


「お願いします」

「ああ。任せておけ」


 近くの椅子に並んで座り、先生がすぐに怪我を治し始めてくれた。先生が手をかざすところに、ほんのりと心地良い温かさを感じる。

 師弟の仲睦まじい治療風景が興味深いのか、アリスはこちらへ寄ってきてしげしげと眺めていた。そのうち、ほとほと感心した様子で言った。


「ほんと気って便利なのね。今日だけですっかり感心しちゃった。あたしもイネアさんに習おうかしら!」


 意気込む彼女の右腕に、ふと目が行く。

 相変わらずぐるぐると包帯が巻かれていて、痛々しかった。

 既に治療師に処置をされた後だったし、完治すると聞いていたからわざわざ何もしなかった。だけどこんな事件が起こると知っていれば、アリスも先生に頼んで早く治してもらえばよかったなと思う。

 もっとも、それで魔力まで早く回復するわけではないから、結局彼女は魔法が使えないのだけど。

 それでも逃げるとき、いくらか楽だったはずだ。

 俺の治療を続けながら、先生がアリスに告げる。同情的な顔で。


「残念だが、お前にはおそらく無理だ。魔力があればあるほど、気の習得は至難を極めるからな」


 きっぱり否定されてしまったアリスは、少しだけ悔しそうにぶうたれた。自分にもできるのではと楽観的に期待していたらしい。


「えー。そうなんですか」


 そこで何か疑問に思ったようで、彼女は首を傾げる。


「でも、あれ? ならどうして、ユウは気が使えるのかしら?」


 なるほど。アリスからしてみれば、俺は魔力値一万の人間だからな。それなのにバンバン気を使いこなしているんだから、不思議に思うのも無理ないよね。

 どう説明しようかと言葉に迷っていたら、先生があっさり答えてくれた。


「ああ。こいつだけは例外だ。こっちは気が使える方だと言えばわかるか」


 それで、察しの良いアリスは理解したようだ。

 

「あー。なるほど。なんとなく、わかりました」


 そこに、先ほどから黙って様子を見ていたアーガスが割って入る。


「おい。さっきからユウって言ってるが、誰のことだ? まさか、こいつか?」


 指をさされる。そうだと言う前に、ミリアがすかさず答えた。


「そうですよ。この男の名前も、ユウです。それも、ユウ・ホシミなんですよね」


 いつものように、可愛らしいじと目でこちらを睨んでくる。可愛さの中に凄みがある。


「ああ。そうなのかよ。ったく、同姓同名とは紛らわしいな。そんなに被る名前でもないだろうに」


 ミリアがじと目のまま、アリスの方に顔を向けた。


「というか、アリスまで。何か物知り顔ですね。私だけ、仲間外れですか」


 自分だけ何も知らされていないミリアは、どうやらそれが気に入らないみたいだった。そんな彼女から注がれるプレッシャーに、さしものアリスも苦笑いするしかないようだ。 


「あはは。あたしは、成り行きで知っちゃったっていうか。ね」


 引きつった笑顔をこっちに向けてくるアリス。


「ほう。成り行き、ですか」


 再び俺の方を睨んだミリアは、まるでゴゴゴ、と暗黒オーラでも漂っているかのようだった。迫力につい気圧されてしまう。


「待って、ミリア。お、落ち着くんだ。もちろん君にも話すから、さ」

「結構です。私は、女の子の方のユウが、話してくれるまで、待つことにしてますから」


 口ではそう言うものの、彼女は明らかに煮え切らない様子だった。


「それなら、彼から聞いても問題ないと思うわ」

「アリス。それは、どういうことですか」

「えーと……」


 いざきつい口調で問われると説明に困ったのか、アリスは「あなたから言ってよ」と目線で訴えてくる。

 振られた俺も、さてどう言おうかちょっと困ってしまった。

 すっぱりと正体を言えば話はおしまいなのだが、ここには赤の他人も普通にいる。誰かに聞かれる可能性もある以上、それはできなかった。

 少し考えた末、こう述べることにした。


「彼女からこっちのタイミングで話していいって許可をもらってるんだ」


 アリスもすかさず同調してくれる。


「ええ。そうなの! あたしもそう聞いたわ!」


 だがこの何気ない発言は、致命的にまずかった。アリスは、私がミリアと朝風呂でした約束のこと知らないからしょうがないけど……。

「私」から聞いたというのはまずいんだ!


「そうですか。アリスには、彼女は話してくれたんですね。私は、尋ねても先延ばしにされたというのに……」


 案の定、彼女の「私」に対する心象がどんどん悪くなっていく。

 やばいと思った俺は、咄嗟に自分自身に対するフォローを入れた。


「いや、あのさ! アリスかミリアのどっちかに話したときは、すぐにもう一人にも話してくれって彼女に言われてるんだ! だからね!」

「ふふ。そうですよね。私だけが、除け者なんて。そんなこと、あるわけないですよね」


 笑顔が怖かった。


「う、うん。うん。そんなことないから、安心して!」


 それを聞いて、ようやく彼女は矛を収めてくれた。


「わかりました。では、あなたから、聞くことにします」


 ひとまず身の危険が去って、ふう、と溜息が出る。ミリアって将来大物になりそうだな。

 ちょうどそのとき、先生は背中の治療に取りかかっていた。痛む身と別の意味で痛む心に温かさが沁みる。

 俺は首だけを後ろに向けて、先生に尋ねた。


「先生。治療が済んだら、道場にみんなで行ってもいいですか? 俺のことを含めて、色々と話したいことがあるので」


 この星屑祭の間に様々なことが明らかになった。事件のこともある。一度じっくり話し合って、情報の整理をしたい。


「構わんぞ」

「ありがとうございます」


 それから俺は、アーガスにも誘いをかけた。


「アーガスにも来てほしいんだ。話したいことがあるから」

「悪いが断る。オレはユウを探すつもりだ。女の方のな。無事を確かめないと寝覚めが悪いんでね」


 君の性格ならそう言うと思った。でも俺がそのユウだから行かれては困る。


「アーガスの探してるユウもそこに来るから」


 そう伝えると、彼は食いついてきた。


「それは本当か? 嘘じゃないよな」

「もちろん本当さ」

「ああ。私も彼女が来ると保証しよう」


 先生もフォローしてくれた。彼は少し考えた後、了承してくれた。


「なら行ってやるよ。あいつの居場所に当てがあるわけじゃないからな」


 治療が済んだ後、俺たちはイネア先生の道場に移動した。ここなら関係ない人に聞かれたり見られたりする心配はない。

 だだっ広い大広間の真ん中辺りにみんな並んで座る。俺から見て、アリスとミリアが両脇、アーガスとイネア先生は奥のそれぞれ左と右に着座した。

 アリスとミリアは、固唾を飲んで俺が口を開くのを待っている。既に事情を知るイネア先生は落ち着き払っており、今のところそんなに話に興味なさそうなアーガスもいつもと変わらない様子だった。

 俺は一つ息を吐くと、意を決して話し始めた。


「どこから話をしようか――そうだな。まずはこの身体の秘密から話すことにするよ」

「身体の、秘密ですか」


 意外な切り口だったのか、ミリアがちょこんと首を傾げた。


「実は、女の方のユウとは一心同体というか。あれは俺の別の姿というか、そういうものなんだ」


 既にこのことを知っている先生とアリスは何も言わなかった。一方、ミリアは表情を硬くし、アーガスは怪訝な反応を示す。


「まさか……」

「おい。何の冗談だよ」

「まあそう思うよね。言葉よりも、見せた方が早いか」


 俺は立ち上がった。


「俺には、ちょっとした変身能力があるんだ。変われるものは、たった一つなんだけど」


 念じると、いつもの電流が流れるような感覚とともに、身体と服が瞬時に変化する。

 背が少し低くなって、身体全体が丸みを帯びる。髪は艶を増して伸び、喉仏が消失し、肩幅はやや狭く、手足は白く細くなる。お尻の肉付きが増し、腰はくびれ、胸は膨らんでつんと張る。性器も変化して、男性のそれから女性のそれに作り替わる。


「こうやってね。女になれるというわけ」


 ここにいる全員がよく知るスカート姿の少女となった私は、男のときよりも高い、透き通るような女の声でそう言った。

 もうこの変化を見慣れている先生は平然としていたが、まだ何度目かのアリスは抵抗があるのか、やや固まっている。

 ミリアとアーガスにいたっては、あり得ないものを見たと言わんばかりにあんぐりとしていた。

「やっぱり、何回見ても驚きだわ……」と、アリスがぽつりと呟く。

 しばらく我を忘れたように呆然としていたミリアとアーガスは、やっとのことで口を開いた。


「私、十通りくらい、可能性を、想定してたのですが……一番、あり得ないのが、きました……」


 一応想定内だったのかよ。


「おいおい……。どんな魔法だよ……」

「魔法じゃないよ。私が持ってる特別な能力。そして」


 女になったときとは逆の変化をする。イネア先生以外のみんなが、再び目を見張った。


「また男にもなれる。俺は男と女の二つの身体を持っていて、瞬時に切り替えることができるんだ」


 それだけ言い切って、再び変身して女に戻り、座った。


「こっちの方がみんな見慣れてると思うから、ここからは私として話すね」


 ミリアとアーガスは、まだ目を丸くしたままだ。


「まさか、同一人物とは……」

「とりあえず、お前が無事だとわかったのはよかったが……」


 二人が何を言ったら良いのかわからないといった顔をしている横で、アリスが勢いよく手を上げた。


「はーい。質問!」

「なに? アリス」

「どっちが本当の姿なの?」


 うっ。やはり来たか。その質問。

「それ、大事ですよね」とミリアも追随する。

 二人から答えろと強い圧力がかかる。

 そうだよね。ずっと女友達だと思っていて、女としての付き合いをしてきた相手が、実は男でもあると判明したわけだから。

 正体がばれた時点でこうなることは覚悟を決めていた私は、正直なところを答えることにした。


「元々は男だった。こんな風に変身できるようになったのは、十六歳の誕生日のときだよ。それまではこっちの身体は眠っていて、表に出てくることはなかった。でも今は、どっちが本当ってこともないかな。二つの身体を引っくるめて自分というか、そんな気がしてるよ」


 私の返答を聞いた二人は、怒るでも取り乱すでもなく、あくまで静かに、だが棘のある口調で言った。


「へえ。今はともかく、元は男だった。そうなのね」

「そうなのですね?」

「はい……」

「…………」

「…………」


 肩身の狭い思いをしながら頷いた私に、無言の視線が突き刺さる。生殺しにされているようで辛い。かえって思い切り怒ってくれた方が楽だよ……。

 ごめんなさい。こんな大事なことを今までずるずると言えなくて、本当にすみませんでした。私が悪かったです。だから何か喋って下さい。

 この私にとって最悪な空気の中、最初に口を開いたのはアーガスだった。


「やっとわかった。お前、ずっと男だったからだな。道理で女にしては妙にサバサバしてんなというか、無防備だと思ったぜ」

「そうね。話の通りなら、これまでの人生の大半が男だったんだもの。道理で女の常識を何も知らなかったわけだわ」


 アリスも得心がいったと頷く。相変わらず彼女の視線は、突き刺さるように冷たいままだった。


「私からも、追加の質問いいですか」

「はい……。どうぞ……」


 泣きそうな気分になりながら、ミリアを促す。


「あなたは、自分のことを、男のときは俺、女のときは私と言っていますが、どうしてですか? もしかして、二重人格か何かですか」

「あ、そう言えばそうね! それならまだ」


 私は正直に首を横に振った。


「いや、心はあくまで一つ……だと思う。意識は連続してるし、記憶が分断されたりもしない。ただ、こっちでいるときは私って言う方がしっくりくるし、男でいるときは俺の方がしっくりくるというか。それだけの理由だよ」

「ふーん。じゃあ、あたしとのアレやコレも、男のときも全部覚えてるってわけね」

「私とのコレやソレも、ですよね。それだけでなく、他の人のも」

「はい……。そういうことに、なります……」


 蔑むような目で睨んでくる二人に対し、消え入りそうな声でそう返すことしかできなかった。

 心が折れそうになっていたところ、アーガスに止めの一言を刺される。


「こりゃあ、とんだ変態だ」


 ああ。ついに。ついに、はっきりと言われてしまった……。

 がっくりとうなだれる私。

 そこに救いの手を差し出してきたのは、意外にも一番の被害者であるはずのアリスとミリアだった。


「言い訳を聞こうかしら。何か事情があるんでしょ?」

「あなたは、ずっと身体の接触は、避けようとしてましたから。あなたの性格からして、下らない目的とは、思えませんし」

「まあ。そうだと言えば、そうだけど……」

「女子になってまで、学校に通いたい理由が、あったんですよね? 現に、あんなに必死になって、魔法の訓練をして」

「そう、なんだけど……」


 二人の顔つきは、いつになく真剣なものだ。

 罪への追求よりも本当のことが知りたい。そんな想いがひしひしと感じられる。


「お願い。最初からじっくり話して欲しいの。話せることは、全部よ」

「どんなことだって許すと、言ったじゃないですか。私からも、お願いします」


 そこで、事の成り行きを見守っていた先生が口を挟んだ。


「こいつの真実はおそらく想像以上だぞ。ここまでの流れが下らないと思えるくらいにはな」

「それでも、あたしは知りたいわ。だってユウは、親友だもの!」


 こんな事実が発覚した後でも親友だとはっきり言ってくれるアリスに、私はじんときてしまった。


「あたしを助けるために、命懸けで正体まで晒しちゃったバカよ! こんなバカ、そうそういないわ!」

「ええ。大馬鹿、ですよ」

「ほんとバカで……でもかけがえのない友達よ。改めてそう思ったの。姿なんて関係ないわ!」


 彼女は、今にも泣き出しそうな顔になっていた。


「そんなユウが、何か言えない事情で困ってる。いつもどこか辛そうにしてる。正直ね、見てられないの。あたしは、できることなら力になってあげたいってずっと思ってた!」

「アリス……」

「ユウ、お願いよ! どうしても言えないことなの? あたしじゃ、力にはなれないの!?」


 彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。私は嬉しくて、また泣きそうになってしまう。

 でも今度は、涙は流さなかった。


「ありがとう。アリス。それに、ミリアもね」

「礼を言いたいのはこっちの方よ」

「同じくです」


 いや、やっぱり礼を言うべきなのは私の方だよ。


「ううん。私が馬鹿だったんだ。何でも一人で抱え込もうとしてた。こんなに近くに、力になってくれる人間が、ずっといたのに。必要以上に恐れて、遠慮してた」


 でも、これからは違う。


「だけど、わかったよ。もう一人じゃ抱えない」

「じゃあ」


 顔を明るくしたアリスをちゃんと見つめて、私は言った。


「きっちり話すよ。これまでの経緯、そして……これからのことも」


 当初話そうと考えていたことよりも、ずっと踏み込んで話をしよう。そう思った。

 この先、私だけの力ではどうしようもない事態がやって来るかもしれない。そのときのためにも。

 一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。改めて意を決して、話し始めた。


「信じてもらえないかもしれないけど……。私は、この世界の人間じゃないんだ。地球という、違う星からやってきた」

「えーーーーーーっ!?」

「はい!?」

「はあっ!?」


 三人の驚きの声が、道場を目一杯に揺るがした。

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