298「夢想の世界を見つめて 1」

 ユイと一緒に、最初は魔法都市フェルノートへ向かう。ラナソール最大の都市であり、八千年前に栄えた夢の都の再現でもある。

 世界は細かいフラグメントに分断されており、各都市間はアルトサイドによって断裂している。けれどアニエスがいなくても、ユイの転移魔法さえあれば、アルトサイドを経由することなく直接向かうことができる。


「着いたよ」

「君がいると一瞬だね。俺一人のときは散々苦労したんだけど」

「まあそこはね。でも目印だったり乗り物みたいな扱いはちょっとだけどねー」


 まだ「ユウ」やヴィッターヴァイツにされたことを微妙に根に持っているのか、ユイは軽く頬を膨らませていた。俺はとりあえず苦笑いしておく。


「どこからいこうか」


 街を回る順番は決めていたけれど、誰に会うかまでは心が固まらなかった。

 本音を言えば、じっくり時間をかけて関わった人たちすべてを見て回りたい。だがそんな悠長にやっている時間は残されていないのは明らかである。


「せめて関わりが深いところくらいは」

「そうだね。あとは印象が強かったところを」

「じゃあ僕が一番乗りということになるのかな」

「「レオン!」」


 声がして振り返ると、そこには親しい英雄の姿があった。俺たちの声がハモるのも久々だ。

 あえて剣麗ちゃんではなく、男のレオンの姿のままで現れた。ハルに任せるのではなく、自分の言葉で話をしたいようだ。


「やあユウ君。ユイちゃんも久しぶりだね。無事で何よりだ」

「うん。色々あったんだけどね、何とか無事戻って来られたよ」


 俺たち二人と握手を交わすと、彼は言った。


「君たちがここへ来るのはわかっていたからね。最後の挨拶でもしようかと思って。まあ、最初くらいは事情がわかっていて、かつ受け入れている相手の方が話しやすいだろう?」


 なんてことないように言ってのけるが、ハルが苦しんで悲しんでいるように、この人も同じ気持ちなのだ。いや、当事者である分、もっとつらいはずなのに。

 それでもレオンは普段通り、穏やかに微笑んでみせた。どこまでも気丈に。俺たちに余計な気をかけまいと思って、そうしてくれているんだ。


「首都の方は大丈夫なの?」


 ユイが尋ねる。俺たちが終わらせるからと言って、それまで放置するわけにもいかない。ラナソールにおける死はトレヴァークにおける死にリンクしてしまうからだ。

 レオンは大丈夫だと頷いた。


「こっちの方は、つかの間の小康状態というところさ。皮肉にも、トレヴァークが大変なことになっているおかげでね。ナイトメアも魔獣も、向こうへほとんどが引き寄せられているからな」

「なるほど」「そっか」


 最後の日常というわけか……。


「とはいえ、常に警戒はしなくてはならない。ここは僕に任せて、君たちは望む通りにして欲しい。それが僕のとって最後の一仕事だ」

「レオン……。ありがとう」「ありがとう」


 俺とユイは、レオンに礼を述べる。レオンは少し考え、それから言った。


「僕の聖剣を使うんだろう?」

「そのつもりだ」「うん」

「折れた後もほぼ完全に力が残っていて、僕も初めて気付いたことだけど。あの剣の本質は、君たちの力と同じ。人の想いを受け取って力に変える器だったんだな。今度は、トレヴァークで悪夢に苦しめられている人々の想いを込めて使うことになるのだろうか」

「そうなると思う。さすがに終わらせる世界のみんなから、想いの力を借り受けることはできないから……」


 トレヴァークに暮らす人々、特に現在悪夢に囚われて苦しめられている夢想病患者たちの、救われたい、生きたいという願い。さらにアルトサイドには、過去に現実で亡くなってなお苦しめられ続け、救いを求める死人たちの想いだって囚われているはず。

 もしラナさんの助けを借りて、そうした人々の想いをすべて束ねることができたなら。それを俺たちが受け止めることができたなら。

 数十億の想いの力は、きっと世界をも斬る剣となるだろう。

 かつてない規模の接続だ。果たして本当にできるものだろうか。


 自信のない俺を、レオンは励ます。自分こそつらいにも関わらず。


「僕は信じているよ。聖剣の力、そして君たちの優しさと強さをね」

「でも、そうするとあなたは……」

「そうだね。確かにここにいる僕たちは、実体を失ってしまうかもしれない。今までのように、この世界を自由に飛び回って、現実世界のように他者と触れ合うことはできなくなるだろう。はっきりとした意志を持たない、もっとぼんやりとした存在になってしまうだろう。夢というものは……本来そういうものだからね」


 悲しい予想を、一つ一つ噛み締めるように言うレオン。


「でもね。君たちが正しく終わらせてくれるなら――僕たちは真に滅びたりはしない。ハルや僕を知るそれぞれの人の心の中でなら、確かに生き続けていけるんじゃないかってね。そんな気がするんだよ。夢はただの幻なんかじゃない。現実を生きる人たちに息づいて、生きる力になってくれるものだと信じているから」

「「…………」」

「僕はね、そう信じたいんだよ。せめて、そう信じさせてくれないか」


 己のあり方、世界の行く末、ハルのこと、みんなのこと。

 色々思い悩んだに違いない。その上でこの結論を出し、俺たちの背中を押してくれるというのか。


「……そうだな。レオン。その通りだと思う。そうであるように……俺もやってみるよ」

「私たちが剣を振るうとき、願ってみる。この世界を残すことはできなくても、それぞれの人の心の中で、あなたたちが生き続けられるようにって」

「ありがとう。ユウ君。ユイちゃん」


 俺たちには願うことしかできないけれど。想いの力を現実に及ぼすことのできる俺たちの力なら。

 ラナソールそのものを残すことはできなくても。

 個々人レベルでの、ほんの小さな奇跡でも良い。起こしたい。


「そうだな……あと心残りと言えば。ユウ君」

「どうした」

「ハルのことなんだけどね。たぶん、もう一緒にいられる時間は少ないんじゃないかな?」

「だろうな……」


 レオンも薄々事情を察していたのか……。

 星脈の流れがおかしくなっているせいで俺たちがこの世界に張り付けられているのだとしたら、それが正常化したとき、きっと別れのときはすぐに来てしまうだろう。もしかしたら、ゆっくりお別れを言っている時間はないかもしれない。


「流れゆくのがフェバルの常、か。寂しいことだけど、彼女も覚悟はできている。ただ残りの時間、よろしく頼むぞ」

「ああ。わかってる」


 それが彼女に好かれ、彼女の気持ちに応えてしまった者としての責任だろう。

 リルナには土下座しないとな。できる日が来ればよかったけどな……。


 俺の複雑な心中を察したのか、レオンは微笑を浮かべた。ユイにも小突かれてしまう。


「よし。僕からはこのくらいかな。……たぶん、もう会うことはないだろう。さようなら。世界のことは頼んだよ」

「「……さようなら。今まで、本当にありがとう」」


 レオンに最後の別れを告げ、俺たちは魔法都市へと入っていった。

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