293「トリグラーブ世界防衛会議」

 トリグラーブ暫定政府官邸へ着くと、副官のランウィーさんが出迎えてくれた。

 会議室に連れられて入る。

 中には既にJ.C.さん、国軍総指揮官、レッドドルーザー総指揮官、そしてシルバリオと御付きのシズハがいた。議長席には、ブレイが座っている。

 国軍とレッドドルーザーは、俺の顔を見るなりあからさまに「なんだこのガキは」って顔をしたが(トレヴァークではそんなに有名じゃなかったな俺)、形式的に会釈をした。

 J.C.さんは心配そうな顔で俺を見つめている。

 シルバリオはシズハと伴い、顔をほころばせて俺の方に近づいてきた。一方のシズハは、ずっと浮かない顔をしている。


「久しいですね。ユウさん」

「シルバリオさんも健在のようで」

「お互い色々ありましたな。ユウさんからは通話での報告は受けていましたが、中々こうして会う機会には恵まれず。シズハにも頼りっぱなしでそちらへ寄越すこともできずじまいで、誠に申し訳ない」

「いえ。そちらも夢想病や首都襲撃の対応で大変だったのは知っていますから。また会えて嬉しいです」


 シズハと目が合う。彼女は小さく頷くと、俺の側まで歩を進めて耳打ちした。


「シルヴィア……とても、苦しんでる……無理もない、よね……」

「そうか……。君はシルと繋がっているから……」


 おおよその事情も既に掴んでいるのだろう。辛くて泣きそうな感情が伝わってくる。


「世界の真実は、何よりも残酷……。私……この仕事、因果と思ってた……けど……。世界は、もっとずっと残酷で……。あなたに降りかかる、運命も……」


 力なくしなだれかかるシズハ。俺は優しく肩を抱きとめて、受け止めてやることしかできない。

 ああ――泣いている。涙が出てこないだけで、彼女ははっきり泣いている。

 シズもまた、心が折れそうなのだ。感情を抑制する訓練を受けた彼女は、素直に涙をこぼすことができないだけなんだ……。


「わからない……どうしたらいいの……? 彼女に、なんて答えたら……いい? 答えられない……私は、ずっと……」

「…………」


 俺にも答えられない。俺の中にも、答えなんてない。あるわけがない。

 けどここで彼女に当たるのは最低なことだって、そのくらいはわかる。


「ごめんな。シズハ。俺にも……答えはないんだ……」

「ごめんなさい……あなたに聞くことじゃ、なかった、よね……」


 でもこのまま放っておけば、ナイトメアが世界を滅茶苦茶にしてしまうなら。トレヴァークも一緒に終わってしまうのなら……きっと……。


 重苦しい予感を胸に抱く俺を見て、彼女は息を呑んだ。

 俺からそっと離れて、目を見つめて、言う。


「私、せめて……もう一人の『私』と、向き合い続ける……そう、する……」

「そっか……」

「だから、あなたも……負けないで」

「うん……。ありがとう」


 頃合いを見計らってくれていたのか、そこでブレイが手を叩いた。

 俺も着席すると、ブレイが言った。


「色々積もる話もあるだろうが、時間がない。そろそろ始めるぞ。と、その前に……」


 彼の側に控えるランウィーが嘆息する。彼は眼鏡に指を添え、クイッと上げてから言った。


「聞いているんだろう? この場は不問とする。拘束も記憶の解析もしないから、出てきてくれたまえ。君も貴重な戦力だ」


 ――その瞬間、空間が割れて、一人の少女が現れた。


「あはは……さすがにバレてましたか」


 アニエス! どこに行ってるのかと思ったら!


 舌を出して誤魔化し笑いをして、しかめ面のブレイが指し示した席に座る。ちょうど俺の隣だった。


「本来なら、軍事機密の盗聴は重罪になるんですからね」

「すみませんでしたー」


 ランウィーにきっちり釘を刺されて萎れる彼女は、年相応らしく見えた。


「では役者が揃ったところで、早速本題に入るとしよう」


 あれ。そう言えば、受付のお姉さんがいないような……。

 そうだった。あの人、ダイラー星系列にまったく捕捉されてないんだった。でもきっともう独自に動いているはずだ。



 すぐに本題から入る。

 エルゼムの出現と、大量のナイトメアの発生。総数は三億ともいう。危機的状況にどう対応するか。

 ダイラー星系列が主導となるのはもちろんだが、単独では圧倒的に戦力が足りない。現地人の協力が求められた。

 だがトレヴァークの一般人は、銃を持ったところで怪物に立ち向かうのは到底不可能である。そのことはダイラー星系列も理解している。

 話し合いの中で、トレヴァークの人たちの中には、一部ではあるが、ラナソールの力が発現している者がいることがわかった。

 アセッド、エインアークス、国軍、レッドドルーザーの中にもそういった人たちはいる。戦闘経験のある彼らならば、ナイトメアに対する戦力に数えられるだろう、という結論になった。

 役割分担がされた。

 世界中に勢力の存在するアセッドとエインアークスは、各地の防衛を担うことになった。シズハは引き続きシルバリオの下、トリグラーブの防衛任務に就くことになる。

 国軍は人数の多い都市を重点的に、レッドドルーザーはダイクロップスを中心に守る。

 ダイラー星系列は、トリグラーブをメインに守りつつ、手の足りないところへ機動的に戦力を投入することとなった。結界を張り続けるため、常時五体のバラギオンが磔になるのは痛いところだが、やむをえない。


 そして、アニエス、J.C.さん、ブレイさん、俺は特記戦力として扱われる。

 アニエスの役割は、時空魔法を駆使した後方支援である。任意の位置へ即時に戦力を送り込める彼女の存在は、戦略上非常に重要だった。アニエス自身、戦闘能力はフェバルに比べると低い自負があったので、この扱いには内心ほっとしたようだ。「任せて下さい!」と張り切って返事をしていた。

 J.C.さんは、もちろん回復役として後方支援だ。肉体さえ残っていれば復活できるのだから、これを活用しない手はない。「あまり何度も使うと疲れるのだけどね」と彼女はぼやいていたが、無理をするくらい力を尽くしてくれるだろう。優しい人だから。

 ブレイさんと俺は、前衛としてナイトメアの対処に当たる。

 ブレイさんは、厳密には戦闘タイプではないらしいのだけど、このメンツの中では戦える方ということで、自ら前線を買って出た。

 俺も前へ出て戦うことになるが……ラナソールのみんなとの繋がりが切れてしまい、大幅に力が落ちてしまった。あれほど時間をかけて繋いだ力が、あっけなく失われてしまった。

 すべては俺のメンタルの問題だ。わかっているのだけど、どうしようもなくて……。

 幸い、レオンやフェバルとの繋がりはあるから、まだ戦えないことはないのだけど……この状態でどれほどやれるのか、あまり自信はない。

 自信はなくても、戦わなくてはいけない。それもわかっていた。


 最後にランウィーが総指揮を執ることを宣言し、会議はお開きになった。

 時間にして三十分もない、濃密な会議だった。それだけ時間がないのだ。話をしている間にも、ナイトメアは各地を襲い始めているのだから。


 ただ俺は、これだけは話しておかなくてはいけないと思い、立ち上がるブレイさんに声をかけた。


「あの、ブレイさん。ちょっといいですか? 大事な話があります」

「なんだ。手短に頼むぞ」




 ***




 みんなに出払ってもらってから、俺は本日分の報告も兼ねて、知った世界の真実とラナに告げられた「唯一の解決方法」につき、包み隠さずに話した。

 出払ってもらったのには、もちろん理由がある。

 トレヴァークの人間は、ラナソールの人間と繋がっている。その繋がりから向こうの世界にいる誰かに伝わって、パニックになることを恐れた。

 そんな小賢しいことを考えてやってしまう自分に、またひどい罪悪感を覚えながら。そんなことをしているから、ランドにもキレられたんじゃないのか。


 だけど、できない。真実を伝えることで状況がますます悪化するのが、明らかに見えているのだから……。


「なるほどな。ラナソールは幻の世界……トレインは今も【創造】で終わったはずの世界を維持し続けており、この『事態』の解決のためには、彼を抹殺し、世界を終わらせるしかないと……」

「そういうことです……」

「あいわかった。よくぞここまで調べ上げてくれた。礼を言う」


 ブレイは、難しい顔をしたまま考え込んでいた。やがて、重々しく言った。


「……お前には教えておこう。緊急即時対応を要請した。星消滅級兵器が着くまで、あと二日だ。それ以上はもうない。それほどまで世界の滅びは早まってしまったのだ。わかるな?」

「はい……」


 この期に及んでまだ期限が先にあると思うほど、楽観視はしていない。


「最後の猶予だ。我々ダイラー星系列としては、宇宙消滅の『事態』が避けられるなら、あとはどう転んでも良いのだ。それも……わかるな?」


 念を押される。言外に、ダイラー星系列としては、トレヴァークを消し去ることも厭わないと。そうはっきり告げられてしまう。


「フェバルの運命とは、まこと因果なものだ。私にも色々あったな……」


 窓の向こう、遠くを眺めるブレイさん。

 眼鏡の奥の瞳には何が映っているのか、俺にはわからないけれど。ただ同情されていることだけはわかる。


「我々も条約がある手前、限界までは世界と人々を守る。だから後のことは……ここまで調査してくれた、貴殿にすべて委ねるとしよう。好きにしたまえ」

「ありがとうございます」

「何度でも言うが、結局我々にできることは、いつ終わらせるかだけ――トレヴァークごとすべてを消し去ってしまうことだけだ。お前の手には、半分だけ優しい選択肢が握られている。それは十分贅沢なことなのだぞ」

「はい……。わかっています……それは、わかっています……」


 事実として、トレインを亡き者にし、ラナソールを消し去りさえすれば。

 そうすれば、このトレヴァークに生きるみんなだけは助かるのだ。

 俺が決断を遅らせれば遅らせるほどに、夢は悪夢に侵食され、現実世界のみんなは殺されていく。または闇に落ちて、手遅れになっていく。


 そんなことは……頭では、わかっているんだ。だけど……。


「覚悟を決めたまえ。若人よ。力ある者の責任とは、そういうことだ……」


 俺の肩に優しく手を置き、ブレイさんは立場上言える最大限の励ましを送った。


「さて、時間が惜しい。行こうか。厳しい戦いが待っている」

「わかりました。行きましょう」

「だがな。その気になったのならば、貴殿はいつでも戦線を離脱しても構わない。私の権限で許可しておこう」

「はい。ありがとうございます」


 精一杯気張って返事をした。そうでもしないと、また勝手に涙が出てきそうだった。

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