275「ますます迫るタイムリミット」

 俺が目を覚ましたとき、すぐ目の前に赤髪の少女の姿が映った。アニエスはほっとした顔をしている。

 俺は助かったみたいだ。けどそれよりも。


「アニエス。ハルは……?」


 命を賭して挑んだヴィッターヴァイツとの戦い。最悪の事態も覚悟はしていた。

 J.C.さんの能力を最後の頼りにはしていた。最悪身体の一部だけでも残すようにという作戦だった。

 けど奮闘むなしく、もしハルが完全に消し飛ばされてしまったなら……。

 心配をよそに、アニエスはピッと親指を立てた。


「ユウくん。ボクは無事だよ」


 今一番聞きたかった声が横から飛んでくる。顔をそちらへ向けると、ハルの笑顔があった。

 先に目覚めていたらしい。彼女はすぐ側、アニエスの隣まで歩み寄ってくる。


「ああ。よかった……」


 心の声が聞こえなくなったから、本当にダメかと思ったよ。


「避けきれなかったけれど、どうにか気合でね」


 グッと握り拳を作るハル。


「身体が半分吹き飛んでたので、危ないとこでした」


 アニエスがさらっと怖いことを言う。やっぱりただでは済まなかったんだな。

 でも助かったのなら笑い話で終わる。本当によかった。


「あはは。この世界で二回も死んで生き返ったのなんて、ボクくらいのものだね」

「ごめんな。守ろうとしたけど、身体が動かなくて。ほんとに情けない」

「いいんだよ。ボクも最初から覚悟は決めてたんだから。最後まで一緒に戦えて嬉しかった」


 満足気にそう言うと、俺の肩を軽く叩いて、


「それに、キミはちゃんと自分の仕事をやってくれたんだろう?」


 と、ウインクする。


「そうだな。きっと届いたはずだ」


 無我夢中だった。

 あのときの「視える」感覚は何だったのだろう。今となってはその感覚もわからないけれど。

 けど、俺たちの想いは――俺の願いは、確かにあいつの心に届いたはずだ。その手応えだけは掴んでいる。


「あたし、J.C.さん呼んで来ますね。ユウくんと話したがっていたので」


 アニエスはJ.C.さんを呼びに部屋を出ていく。

 残ったハルと、俺が気を失っていた間の状況について話し合った。

 他に人はいない。リクたちは相変わらず頑張ってくれているようだった。


「そうか。俺は5日も眠っていたのか」

「ボクは1日で目が覚めたんだけど、ユウくんは消耗が大きかったみたいだね。J.C.さんやアニエスさんの力だと、肉体は回復できても、消耗した心の力までは回復できないみたいだから。回復に時間がかかるんじゃないかって、そう言ってたよ」

「いよいよ時間がなくなってきたな……」


 わかっていたことだが、焦燥感は募る。


 ダイラー星系列による星消滅兵器の到着――タイムリミットまであと25日。


 だが想定よりも崩壊の速度がどんどん上がっているらしい。最悪かつ急を要する場合、即断的対応を取ることになるかもしれない、とブレイは警告していた。俺が気を失っている間の話だ。

 もはやリミットもあてにならない。いつ突然終わりが来てもおかしくないということだ。

 貴重な時間を費やしてまでヴィッターヴァイツを止めたことが裏目に出やしないか。

 選択に後悔はないが、不安にはなる。


 そこに、J.C.さんを連れてアニエスが入ってきた。

 J.C.さんは俺を優しくねぎらってくれた。ヴィットを止めてくれたことを深く感謝もされた。彼が人の心を取り戻したことも教えてくれた。

 よかった。ちゃんと届いていたのか。なら戦った意味もあったな。


「それで、ヴィッターヴァイツは今何をやってるんですか?」

「さてね。でもオレのすべきことをするって。悪いようにはしないと言ってたわ」

「そんなの信用できるんですか?」


 ヴィッターヴァイツに懐疑的なアニエスは、素直に疑念を口にした。


「証拠はないわ。でも……ヴィットのことだから絶対認めないでしょうけど――泣いてたのよ。あの子。だから、もう一度だけ信じてみようと思うの」

「わかりました。俺もJ.C.さんの顔を立てて、信じてみることにします。手ごたえもありましたし」


 自分でも正確には何をしたのかよくわかっていない。

 けれど、想いは届いたと思っているから。


「ユウくんがそれでいいなら、ボクもそれでいいよ」


 ハルが追随して頷く。

 アニエスは感心したような、呆れたような顔だ。


「やっぱりユウくんって、底抜けなお人良しですよね。うん」

「そうかな」


 一同うんうんと頷くので、何だか恥ずかしくなってしまった。

 とりあえず、ヴィッターヴァイツのことは何とかなったみたいだし。


「よし。こんなところで寝てる場合じゃないな。記憶を集めに行こうか。アニエス」

「えっ、もうですか?」

「みんな頑張ってるんだ。俺も頑張らないと」

「ユウくん頑張りすぎですよ~」


 俺は俺にできることをしよう。

 残る世界の記憶はあとわずか。果たして何が見えてくるのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る