261「ラナの記憶 10」
しばらく道なき道を進んでいると、突然木々が途切れて、黄金色に輝く大きな建物が現れた。
「あら。何か見えて来たわね」
「ほんと。すごく綺麗で立派な――神殿でしょうか? どうしてこんなところにあるのでしょう」
「あれは――ああ、聖剣神殿ですね」
そう言えばここに建てたのでしたね。
バサの森の深部、常に陽光が差すところ。いつまでも朽ちることなく黄金色に輝く神殿を。
「ほーう! あれがかの聖剣フォースレイダーを奉ずる神殿ですか!」
「読んだことあります。ご先祖様が聖書に記された通りですね!」
「せっかくですから見学していきましょうか」
「ぜひ!」「はい!」
神殿自体は特に封印などがされているわけではなく、誰でも入ることができる。そもそも扉などもなく、外からでも聖剣の刺さった台座が見えるような吹きさらしの構造になっている。何十本もの太い柱に支えられているだけの単純な造りだ。
三人で中に入ってみる。中央の台座に一振りの剣が今でも刺さっている。近づくと、剣身は鈍く青白い輝きを放っているのがわかる。
「綺麗な輝きですねえ。いったい何の魔力でしょう?」
「魔力とかじゃないっぽいわよ。私のカンだけど」
「心の力というか、希望への祈りの力というか。そんなものでしょうか」
「へーえ!」「そうなんですね」
始め私たちが創り上げたときは、ただのとても強くて頑丈なだけの剣だった。だけどいつからかこうして不思議な光を放つようになっている。
聖剣は人々の希望の象徴として創ったもの。人々の希望への祈りによって、時を経るごとに特別な力を高めている。きっと本質は私のトランスソウルに近いもの。
今や純粋な剣としての強さなどより、希望の器としての役目の方がずっと大きいように思われる。
「英雄たる資質を持つ者が現れたとき、剣は抜き放たれるとされています」
「お、なんかカッコいいわね! ちょっと抜けるか試してみても良いかしら?」
「もちろん良いですよ。ここに辿り着けるなら誰でも挑めるようにはしたつもりですから」
「ちょっとずるしちゃった感じですね」
クレコがばつの悪そうに笑った。
気合十分で腕まくりをしたアカネさんが聖剣の柄に手をかける。
「よっしゃー! いくわよ! んんんんぎぎぎぎ……!」
残念なことに、いくら力んでも剣は台座に刺さったまま少しも動かなかった。
やがて息も絶え絶えになった頃、ようやく諦める。
「がっくり! ダメだった! 私英雄じゃなかったわ!」
「まあまあ。どんまい」
膝をついて凹むアカネさん。彼女をあやしながら、クレコが尋ねてきた。
「ラナ様。英雄とはどのような者を指すのでしょう?」
「そこはトレインたってのこだわりみたいで。彼は言っていましたよ。『英雄とは――この世の理不尽、運命の残酷さを知っていて、なお抗う意志を持つ者。己の弱さを知り、人の弱さを知り、それでも立ち上がり、人々の希望を束ねられる者だ』ということみたいです」
「へえ。ご立派」
「強いとかそういうのじゃないんですね」
トレインは言っていましたね。
『僕もそうだけど、ただ強いだけの奴なんて宇宙にはいくらでもいる。いくら強くても、この世の理不尽や運命の前に絶望するような心の弱い者ではいけない。そうじゃない者がいい。むしろ始めは弱くたって構わない。現実の残酷さ、自分や他人の弱さを知っていて、なお立ち上がれる人間こそ、僕は英雄だと思う』
やけに熱く、実感のこもった言葉でしたね。
だからそのような人間が現れるまで、剣は永き眠りについてしまうことになったけれども。
「あら? じゃあなんで私は英雄じゃないのかしら?」
「あなたは根っこのところが能天気過ぎるのよ。運命の残酷さなんてこれっぽっちも感じたことないでしょ」
「なるほど! めっちゃ納得したわ!」
ふふ。すっかり意気投合したみたいですね。
聖剣神殿でのんびりと昼食を取り、夕暮れまでにどうにか通常ルートへ戻って、バサの森出口でキャンプを立てた。
「あ、そうだった。今日のラナ様のご活躍を書き記さないと」
イコは懐から聖書とペンを取り出し、座って膝元で開いた。アカネさんが興味津々に身を乗り出す。
「へーえ。それがオリジナルの聖書ってやつ? 初めて見たけど、随分まあ綺麗ね」
「そうよ。ご先祖様代々ずっと同じものを書き継いでいるの。大切なものなんだから」
「ずっと!? そんなに長いこと書いてたらボロボロになりそうだし、ページ数やばいことになりそうだけど」
「ふふん。なんたって特別製なんだからねー! 念ずると開きたいページが現れるのよー。しかもラナ様が認めた聖書記じゃないと書き足せないの!」
「そいつはすごいわね! 超便利じゃない!」
「すごいでしょすごいでしょー。もっとラナ様を崇めなさい!」
するとアカネさんは目をキラキラさせて、私に縋り付いてきた。
「ラナさーん! 私の受付台帳もそんな感じで! ぜひそんな感じでッ!」
「あ、こら! またなんて失礼なことを!」
うーん。気持ちはよくわかるのですけど。
「あー……ごめんなさいね。あれはイコとの思い出にと特別に想いを込めて創ったものですから。同じようなものを増やしたくないのです」
「ガーン! マ・ジ・で・す・か! でも納得しかないわ!」
「残念ねアカネちゃん。でもこれは私たち一族のものだからね」
「へっ! いいもん! 私も丹精込めて聖書に負けないお姉さんオリジナル台帳作るからいいもん!」
こうして冒険初日は賑やかに過ごし、二日目も楽しい一日が過ぎた。
そして、三日目――。
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