218「世界の記憶を求めて 3」

 聖地ラナ=スティリアは、辛うじて溶けた建物の跡が見えるだけで、ほとんど焦げた地面が剥き出しになっているような状態だった。奴の起こした爆発がいかに凄まじい規模のものであったかをまざまざと見せつけられる。

 地上では誰一人生きられなかったことは明白であり、地下も潰れてしまって何人が生き埋めになっているのかわからない。生きた人々の喧騒の代わりに届くものは、あるべき場所を追われた魔獣たちの叫び声のみだった。

 俺は助けられなかった人たちのために黙祷を捧げた。何にもならないことはわかっているけれど、そうせずにはいられなかった。

 俺に合わせて、ランドとシル、ハルも祈りを捧げてくれた。


「……よし。まずは大掃除からだな」

「記憶を覗いている最中に魔獣に襲われてちゃ世話ないものね」

「アニッサはこれからすげえ魔法使うんだろ? 俺たちに任せとけって」

「じゃあお言葉に甘えまして」


 アニッサは一歩引いて俺たちの戦いを見守るようだ。お手並み拝見といったところか。


「まずは私がでかいの一発ぶちかますから、雑魚が散った後の残りを二人で倒してね」

「わかった」「了解」


 シルはまるで天に祈りを捧げるように精霊魔法の詠唱を開始する。


「我、魔をもって精霊と契約せし者なり。悪しき獣を滅ぼす雷槍を求め、果たして裁きは下され、天より降り注ぐ。《ヴェスパラーダ》」


 彼女が詠唱を終えると、空から幾万もの雷槍が降り注ぎ、我が物顔で地上で闊歩していた雑魚魔獣たちを一撃の下に滅ぼしてしまった。

 雷槍はきれいに俺たちのいるところだけを避けており、練度の高さが窺える。

 ランドは面白そうに笑った。


「相変わらずの長ったらしい詠唱だなあ」

「ふっ。気持ちが乗るのよ」


 彼女の厨二病気質を見たところで、俺たちも動く。槍を受けてなお残っているのはいわゆる強力なS級魔獣ばかりだ。


「土属性でケリをつけよう」

「いいぜ。シルには負けてられねーからな」


 土の気剣を発動し、ランドと手分けして斬りかかっていく。

 四人分の力を合わせるとかなりのもので、自分一人ではクリスタルドラゴンにも苦戦していたところ、ほとんどのS級魔獣が紙のように斬れるので非常に戦いやすかった。


 ほどなく一掃してから戻ってくると、アニッサがパチパチと拍手をくれた。


「ナイスコンビネーション」

「はは」「どもども」「ハーイ」


 流れでハイタッチした後、アニッサが気合いを入れる。


「今度はあたしの番ですね」

「任せたよ」

「はい! ちょっと時間かかるので大人しく待ってて下さいね」



 ***



 ユウくんたちが見守る中、あたしは精神集中を始める。

 一般に時空を操るタイプの魔法は、規模が大きければ大きいほど、また時間が遠ければ遠いほど消耗が激しくなる。

 数百年レベルなら朝飯前のあたしでも、一万年ともなるとさすがに疲れを感じる程度には魔力を消耗する。

 それにこれだけ時間が離れてしまうと、対象となる世界の記憶を探り当てるのも一苦労。胸にかけたペンダント型の補助魔法具の力を借りなければ難しいところね。

 あたしは魔法具に念を送り、検索を開始する。


 対象――ラナさん。ラナさんに触れたことで得た情報をセット。11000年前より順方向時間で検索開始。


 これでよし。まだしばらくはかかるでしょうね。

 検索中は時空魔法を使いっぱなしと同じ状態になるので、マラソンを走っているのと同じ感覚で徐々に魔力を消耗していく。

 あたしは時空魔法適性が非常に高いから疲れる程度で済むけれど、普通の人ならすっからかんになるまで魔力を持っていかれてしまうに違いない。

 五分もすると、額に汗が滲んできた。でも、たぶんあともう少し。


 ――見つけた。今から10241年前。


 ペンダントの魔法を固定したまま、腰に付けた別の魔法具で「記憶の魔法」を発動する。


 ありし日の記憶を呼び覚ませ。


《クロルマンデリン》


 すると、いつもは記憶が映像として浮かび上がってくるのに、今回だけは勝手が違っていた。


「え……!?」


 突如として、あたしの中の「ユウくん」から受け取った力が溢れ出す。

 まるで今が役目を果たすときと言わんばかりに、淡い青の光が――これまであたしをずっと守ってくれた力が、あたしの掌から溢れて大地に溶けていく。

 記憶の映像となるべき魔法の核は、「ユウくん」の力を受けて具現化する。

 ほのかな光を帯びた記憶のオーブとも言うべき代物となって、宙に浮かんでいた。


「これが君の言う記憶を呼び覚ます魔法なのか?」

「わからない……。あたしもこんなことは初めてで……」


 既にあたしの中から「ユウくん」の力は消えていた。本当に役目を終えたということなのだろうか。


「ユウくん」の守りが外れたということは、きっともう必要ないということで。

 だとしたら、あたしのこの時代での役目も……。


 そうなのかな。もう大丈夫なのかな。


 あたしがここまであなたを導くことが。

「あなた」に託されたバトンを、あなたに繋ぐことが。


「ユウくん――受け取って下さい」


 あたしは記憶のオーブを指しながら言った。

 ユウくんは頷き手を伸ばす。


 横顔を見て――だいぶあたしの知っている「ユウくん」に近づいてきたなと思った。


 優しくて強い意志を秘めた瞳。初めて会ったときからずっと好きだった。

 どんなに弱いときでも、どんな困難に打ちのめされていても、いつもそれは変わらなくて。


 ……まあ、ほんの少し前まで本当に弱々しくて、ちょっとしたことで手がかかって、死ぬほど大変だったけど。


 でも、あたしの英雄はやっぱり英雄だった。あれからもっと好きになったよ。


 そして明日にはみんなの希望になっていく。きっとそうなるって信じてる。


 でも今はまだ危なっかしいから……もう少しだけ隣で見ていたい。


 いいよね? ユウくん。

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