216「世界の記憶を求めて 1」

「で、なんなんだよ。あのエルゼムってやつは。やば過ぎるだろ」

「あれほど身が凍った敵は初めてよ。これっぽっちも動けなかったもの」


 エルゼムを見た瞬間、ランドとシルにも『あれ』がエルゼムだと刷り込まれたらしく、まるで最初から名前を知っていたものであるかのように語っている。


「アニッサが助けてくれなかったら、為すすべもなく殺されるところだったよ」


 思い出すだけで冷や汗が出て来るようなシーンだ。ランド、シル、ハル(レオン)と四人で繋がっている状態なら、一人一人がまずバラギオンよりも強い状態なのに、それでもまったく反応できなかった。

 その辺のフェバルよりももしかすると強いんじゃないかと思わせる圧倒的なオーラ、スピード。だと言うのに、悪夢の存在であるせいで気力も魔力もまったく読めない。

 一つだけマシな材料があるとすれば、殺意や憎悪があまりにも強過ぎるせいで、感情の読める俺なら出現した瞬間確実に捉えられることくらいか。

 あんなのがいるとわかったら、もう迂闊にアルトサイドには行けないな。


「どうしたものか……」

「最凶の敵現るってとこね……」


 俺とシルは揃って頭を悩ませる。

 アニッサはそんな俺たちの様子を興味深そうに観察していた。

 そのうち、ランドがあっけらかんと言った。


「いっそほっとくってのはどうだ? せっかく無事に逃げられたんだしよ」

「バカランド。ほっといていつかこっちやラナソールに出て来たらどうすんのよ!」

「そんときはそんときだろ」

「あんたねえ」


 あくまでポジティブなランドに、呆れたような目を向けるシル。


『キミを通じて見ただけのボクまで肝を冷やしたよ。世の中にはあんなに怖い生き物がいるんだね……』

『あんなに不気味なのはさすがに俺も初めてだよ』


 もう一人の『俺』が倒せないほどの敵か。

 俺が倒せって言われてしまったけど……あんなの本当に勝てるのだろうか。

 強さで『俺』に勝てるようになれるとは到底思えない。彼の「強さ」で倒せなくて俺なら倒せると言うのだから、もっと別の相性か何かの問題なんだろうか。

 できればもう会いたくないけど、シルが言ってるように、いつまでも放っておくわけにもいかない。いずれラナソールかトレヴァークか、どちらかの世界に飛び出してくれば壊滅的な被害が出る。

 何とかしないといけないのは確かなんだけど……。具体的な対策はとても見えないな。


 そう言えば。

『俺』はもう一つ大事なことを言ってた。

 世界の記憶を探せって。

 世界の記憶。そのまま素直に解釈すれば、世界に蓄積された情報ってことになるんだろうけど。

 そんなもの、どうやって探したり読み取ればいいのか。

 エーナさんと出会えたら【星占い】でわかるのだろうか。でもエーナさんどこにいるかわからないしな。


 ……アニッサはどうだろう。

 込み入った事情とかは聞かないと言ったけれど、協力してくれると言った手前、何かアイデアをもらえないだろうか。


 もう一人の『俺』のことをランドシルに話すのは煩わしかったので、ひとまずアニッサに狙いを定めて念話を送ってみた。彼女なら使えるだろうと思って。


『ユウだけど。念話って使える?』


 期待通り、すぐにアニッサからウインクが返ってきた。


『一応は。基本技術ですからね』

『よかった。とりあえず君に見せたいものがあるんだけど。俺の能力のことは知ってるんだよね?』

『はい。よく知ってます』


 やっぱりか。どこの人なんだろう本当に。

 だけどアニッサのことは不思議と信じられる気がした。嘘を吐いていないのはもちろんのこと、俺に対する親しみというか信頼というものが強く感じられるのだ。それにやっぱり懐かしい感じがする。


『ボクもぜひ見せてもらいたいな』


 ハルが念話に割り込む形で入ってきた。 

 そうだった。《マインドリンカー》強めにしてるから隠し話みたいなことができないんだよな。

 でも『彼』からのメッセージはあくまで俺に向けられたものだから彼女は見ていないわけか。


『へえ! あなたがハルさんですか!』


 アニッサはというと、一体何に感動したのか驚いたのか、やたら心が弾んでいる。


『アニッサちゃんだったよね。キミはボクのことも知ってるのかい?』

『それはもう昔ば……あはは、剣麗レオンの噂はかねがね聞いておりましたので』

『ふうん。ボクたちの関係に気付いているとはね……。ほんとに何者なのかな?』

『今は言えません。すみません』


 アニッサが申し訳なさそうに断ると、ハルから腹の底を探るような感情が伝わってくる。


『そっか……。ところで、キミもなのかな?』

『はい』

『やっぱりね。何となくそうかなって思ったんだ』

『あたしは最初からわかってましたよ』


『『~~~~』』


 二人の心の声がはっきりとわからなくなる。

 俺の能力はあくまで相手が心を開いている限りでしかわからないので、どうしても聞かれたくないことは聞こえないようにできるし、知られたくないことを知られないようにすることもできる。強引にやればいくらか読み取れるけど、俺もどうしても必要なとき以外は無理に読み取ることはしないことにしている。


『ボク、負けないからね』

『はい。あたしも負けません』

『さっきから何の話をしてるんだ』

『『ちょっと女の話を』』


 女の話? なんだろう。

 心なしか意気投合した感もある二人だった。

 よくわからないけど仲良さそうだしいいか。


『そろそろ俺の記憶を送るよ』

『うん』『はい』


 俺が『彼』に言われたことの記憶を伝えて、それから問いかける。


『なあ、どう思う? 『彼』はナイトメア=エルゼムを何とかすべきっていうことと、もう一つ、世界の記憶を探せって言うんだ』

 

 すると二人は、それぞれ対照的な理由で驚いていた。


『うわ。マジ……? あの人、先を見通し過ぎ……』

『……話には聞いていたけど、実際キミそっくりな人間がもう一人いるというのは驚くね』


 ハルの感想は素直なものだったが、アニッサはそもそも何かを知っているがゆえの驚きのように思われた。


『世界の記憶かあ……どうにも抽象的で掴めないね。別の何かを暗示してるとか?』

『アニッサ。君は世界の記憶について何か知っているのか?』


 するとアニッサは俺たちに背を向けてまた考え始め、やがて心の声でなく、普通の小さな声で独りごちた。


「やっぱこれはあたしが何とかしろってことなんですよね。きっと」


 そしてくるりとこちらに向き直ると、頭の後ろを軽く掻きながら言った。


『実はあたし、使えちゃうんですよね。世界の記憶を呼び起こす魔法ってやつ』

『『え、ほんと!?』』

『マジです』


 アニッサは強く頷いた。


 どうやらまだ道は繋がっているらしい。この不思議な子のおかげで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る