58「夢想病を治せ 1」
家に帰ってPCで夢想病のことを色々と検索していると、ユイからシン救出成功の連絡があった。
現在は『アセッド』で看病しているということだった。
何でも、救出の際にはエーナさんが大活躍してくれたらしい。
彼を助けられたのは何より朗報だ。
二つの身体は揃った。あとは心の方か。
俺もユイも、シンヤ(シン)のことはよく知らないわけだけど。
ただ今回は彼と旧知の仲であるリク(ランド)がいる。こちらの問題もクリアできるだろう。
『ユイ。ランドを呼んでくれないか』
『必要なんだよね。うーん。今シルとどこか冒険に行っちゃってるみたいだから、すぐには連絡付かないかも』
『そうか……。少し困ったな』
シンヤは明日にでも死ぬという感じではない。
別に焦らないといけない状況ではないが、できれば早く治してあげたいのも正直なところだ。
俺個人としても、自説の正しさは確かめたい。
俺の考えている方法は、リクとランドをパイプ役とすることで、心の接続の難易度を下げるというものだ。
リクだけでは片手落ちだ。同じ魂を持っている(と思われる)ランドもいないと、かなり厳しいかもしれない。
どうにか見つけ出す方法はないものか。
気も魔力も読めないのは、毎度のことながらきついよな。
――待てよ。もしかすると。
『前にランドと会ったのはいつだ。最近どこに行ってたとか、そんなことを聞いていないか』
『それなら一週間くらい前に。よほど楽しかったみたいで、べらべら得意気に喋ってたよ』
『どこに行ってた?』
『クーレントフィラーグラスだっけ? あなたが世界の穴に落っこちたところ。そこを越えてからは、火山地帯に行っていたとか。それから――』
記憶能力もあって、すらすらと彼の行き先を並べ立てていくユイ。
思った通り。同じだ。
いいぞ。予想が当たった。
『それはまさにちょうど、ラナクリムでリクが俺と一緒に行ったところだ』
100%ぴったり同じではないようだが。やっぱりな。
リクがゲームで行こうと思う場所と、ランドが「リアル」で行こうと思う場所は、かなりの程度で一致している。
ユイも俺の作戦を理解したようで、声が明るくなっていた。
『そっか。そっちのツテからいけるかもしれないんだね』
『ああ。早速リクに聞いてみるよ』
心通信は保留にしたまま、リクに電話をかける。
数コール程度で、彼は出てくれた。
『もしもし』
『ユウだ。さっき家に帰ってきたところだよ』
『随分時間かかったんですね。何かわかりました?』
『それもあるけど、ちょっと今すぐ君に聞きたいことがあってね』
『はい。どうしました?』
『ラナクリムだけど。今「ランド」はどこにいる?』
さも真面目に突拍子もないことを尋ねたので、電話口の向こうから、ややあっけに取られたような声が漏れた。
『えっ……えーと。それなら今、例の火山の洞窟で稼ぎをしてます。シルヴィアさんも一緒ですけど』
『なるほどね』
『あ、ぼちぼちユウさんも来られる感じですか?』
いや。そんな呑気なことをやって楽しんでる場合じゃないんだ。
まあ……ちょっと前までハマりっ放しだったけどさ。
『今すぐ「ランド」をレジンステップの冒険者ギルドへ戻してくれないか? 「シルヴィア」も一緒でいいけど、とにかく君は確実に戻ってくれ。そしてそのままずっと待機していて欲しい』
『え、ええ……? 別にいいですけど、どうして』
理由が言いにくい。
説明しろと言われても、ラナソールの存在自体妄想話だと思っている相手だ。
適当な嘘ではぐらかされたように感じるだけだろう。
素直なリクくんを騙すのは、昔の自分を騙しているようで気が引けるが。
ここはでっち上げてしまおう。
『実は豪華素材が当たる隠しビンゴ大会が、間もなくギルドで開かれるらしいんだ。ちょうどその時間にいてくれないとダメなんだよ』
『うわ! マジっすか! そんなお得な情報が! モチすぐにでも行きますよ!』
ふう。単純な子で助かった。
可哀想だから、後で「裏を取っておく」か。
『じゃあ俺もギルドで待ってるから』
『はい! シルヴィアさんも連れていきますね』
『オーケー。あとそれから、もう一つ頼みがある。明日もう一度一緒にシンヤをお見舞いに行こう』
『それは……。調べ物をして、何かわかったってことでいいんでしょうか』
『ああ。もしかしたらとびっきりのやつがな』
こんな感じで手短に要件を伝えて、電話を切った。
これできっと向こうのランドも冒険者ギルドに向かってくれるだろう。
頼むぞ。来てくれよ。
再びユイに話を戻す。
『聞いていただろう。ユイ』
『うん。冒険者ギルドに行けばいいんだね』
『ただ、その前に。大変申し訳ないんだけど……。至急エーナさんと、適当なレア素材を採ってきてくれないかな? うきうき顔のランドが戻って来る前に』
もう容易に想像できてしまう。あの少年のような屈託のない笑顔が。
『ふうん。その場しのぎで吐いた嘘だよね』
『うん……。豪華景品付きビンゴ大会、やってあげよう』
とんだ自作自演だけど。
結果的に嘘を吐いたことにならなければ、彼を悲しませることも疑わせることもない。
他のフェバル連中ほどではないと思うが、結果的に秘密主義的になってしまうのは、信頼関係を築く上でよろしくないと思うのだ。
仕方ないときもあるが、極力避けたい。
『仕方ないなあ。いいよ』
『ありがとう』
『でもいきなりやりますって言って、ほんとにギルドがやってくれるかな』
『受付のお姉さんに頼めば、喜んでやってくれるだろうさ』
『うん。なるほど。わかり過ぎるほどわかった』
先輩風を吹かせるエーナさんは、もう一働きもやぶさかではなかったようで。
ユイと二人で駆けずり回り、大型魔獣を速攻狩って素材を集めてきてくれた。
それからランドが予想通りに来てくれて。
無事、受付のお姉さん主導によるビンゴ大会が行われたのだった。
ラナソールで本物のビンゴ大会が行われている間、俺とリクはラナクリムの方できちんと参加させてもらった。
リクとランドの笑顔は守られた。
二人とも、本当にありがとう。助かったよ。
***
冒険者ギルドで、ランドがシルヴィアと談笑しているところを見つけた。
私は、駆け足で寄って行って声をかけた。
「あ、ランド! いたいた!」
「おう! ユイじゃないか」
「どうしたの? そんな慌てた顔して」
「よかった。探してたの」
事情のわからない彼らは、きょとんとするばかりで。
それまで素材集めに奔走していた私は、乱れた息を整えつつ、変な心配をされないように笑顔を作る。
二人が、どこか物寂しそうに目をひそめた。
「あら。ユイ、一人だけ?」
「ユウはまだ帰って来てないのか?」
「えっと。まだ、ちょっと遠いところで頑張ってて。だから心配しないで」
「……と言われてもねえ。私たちが最後に見た姿が、アレなものだから」
「俺たち、心配してるってよ。助けてもらって感謝してるって、伝えたいんだけどなあ」
そうなの。
二人とも、最後に見たユウが、あの穴に吸い込まれていくところだから。
かなり罪悪感を持ってしまっているみたいで。
「大丈夫。そのうち帰って来るつもりみたいだから」
「まあ、だったらいいんだけどよ」
「ええ……」
やや浮かない顔で、渋々頷く二人。
「そうだ。俺たちを探してたってのは?」
「そうなの。あなたたち、シンって冒険者のこと、知らない?」
「シン……? はて。どっかで聞いたことあるような、ないような……」
ランドは中身の詰まってなさそうな頭をぐるぐると唸らせて、しかし思い至らないようだった。
あれ? ランドのことだから、シンのことはよく知っているというわけじゃないの?
もしかして、ユウの見当違い……?
結局先に思い浮かんだのは、シルの方だった。
「確か……Aランクにそんな奴いなかったっけ?」
「ああ! そうだ! いたよいた! 思い出したぜ!」
ランドが元気に唸る。
「シルとコンビ組む前、色んなパーティーに入れてもらってたんだけどよ。そのときに、そんな名前の奴が何度か誘ってきて。一緒に狩りしたことあったっけな」
よかった。知り合いであることは確かみたいで。
確かユウは、リクとシンヤが「それほど仲が良いわけではない」と言っていた。
その辺りの微妙な関係性が、そのまま反映されているのだろうか。
「なんだ。マジ知り合いなんじゃないの。あんたも薄情ね」
「悪い悪い。俺、あんまし昔のことはからっと忘れちまうからよ」
へらへら笑って頭を掻いたランドの脇腹を、シルが小突く。
「そのうち、私のことも忘れちゃったりしないでしょうね」
「まー心配すんなって。お前みたいな強烈な奴は、忘れたくたって忘れられねえよ」
「へえ……。後学のために、どう強烈なのか教えてくれないかしら」
「そうだな。色々あるんだけどな。例えばよ」
能天気な彼は、いとも容易く地雷を踏みに行った。
「そうやってちょっとむっとすると、人殺しみたいに目がやけに据わってて、怖いところ……と、か……!?」
言いながら、途中から彼は、急速に増大していくシルの迫力にびびり上がっていた。
「ほう……色々、ね。随分正直に言ったわね。えらいえらい。もちろん覚悟はできてるんでしょうね?」
「え、ちょっ! うぎゃあああ! いた、いたいって! ギブ、ギブッ!」
鬼気迫る笑顔で容赦ない関節技を仕掛けるシルに、涙目で悲鳴を上げて。
彼女の肩をタップし続けるランド。
二人とも慣れているのか、どこか楽しんでいるようでもある。
はたから見ていると、ただの痴話喧嘩にしか見えなくて。
何だか微笑ましいというか。
そんな二人を、いつものことかと生暖かい目で見守るギルドの人たち。
……別にいつまでも見ていてもいいのだけど。それだと話が進まないよね。
適当なところで割り込んで、二人を止めた。
「ちょっとその辺で。ね」
「おお! ユイさん! あんた、救いの女神かよ……!」
「調子いいねほんと……まあいいわ。このくらいで」
鬼の逆十字固めを仕掛けていたシルは、とりあえずすっきりした顔でランドを解放した。
彼は袖で涙を拭いてから、私の顔を見つめて。
何かを思い出すように眉根を寄せる。
「で、何の話だったっけ。シンがどうしたんだ」
「今、彼ね。まだ意識を失ってるの。私の店で看病してて。峠は越えたけど、かなり弱ってて」
「大変ね。何があったの?」
神妙な面持ちで尋ねてくるシルに、私は言った。
「魔のガーム海域に、たった一人で挑んだんだよ。しかもこのくらいの小舟で」
手を小さく丸めて船の形を作ると、
「はあ!? 馬鹿かあいつは!?」「命知らずにも程があるわ!」
ランドシルは、二人同時に叫んでいた。かなり怒った調子で。
「命だけでもよく助かったもんだぜ」「ほんと」
「私が店の人と助けに行ったからね。でないと、危ないところだった」
「そりゃあどうもな」「ユイに助けてもらえてラッキーだったわね。その人」
「それで、よかったらなんだけど。明日お見舞いに来てくれると嬉しいかなって」
「そういうことか。もちろん構わねえ。まったく知らない仲じゃないしな」
お人好しのランドは、二もなく頷いてくれた。もちろんシルも。
よし。どうにか約束を取り付けた。
明日、ちゃんとランドは来てくれるよ。
あとはユウが考えている通りになってくれればいいけど。
上手くいって欲しいな。私も。
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