53「ユウ、リクとお見舞いへ行く」

 ユイから制限令も下って、ラナクリム熱も落ち着いたある日のこと。

 一日一時間のゲームを終える直前、リクが明日病院へお見舞いに行くと言い出した。


『そうか。身内がケガでもしたのか?』

『いえ、僕の家族はみんないたって健康ですよ。お見舞いの相手は、友達、ってほどでもないんですけど』


 どこか言い淀むような素振りを見せてから、続ける。


『そいつ、もう家族もあまり見舞いには来ないから』


 となると、寝たきりで病態が慢性化しているとか。意識が戻らないまま続いているとか。

 結構重いやつなのだろうか。


『差し支えなければ、どういう病気が聞いてもいいかな』

『夢想病と呼ばれている、原因不明の難病です。かかった人は二度と意識が戻らなくなるんです』

『夢想病か……』


 本屋から仕入れた知識にそんなものがあったな。

『心の世界』にアクセスして情報を得る。

 夢想病。昔から存在する原因不明の難病であり、現在治療方法は確立されていない。

 治癒したという症例も一切報告されていない。

 老若男女に関わらず突発的に発症し、感染性はないとされているが、不明。

 近年発症者の割合が増加しており、かつては数万人に一人の割合だったものが、数千人に一人まで増加している。

 どの市の自治体も第一級特定難病として指定し、発症者の増加している近年は大きな社会問題となっている。

 罹患した者は意識を失い、二度と戻ることはない。

 罹患者は時折寝言のようなうわ言を呟くことから、夢想病と呼ばれる。

 発症後も脳以外に異状は認められず、脳だけが活発に活動し続けることが研究で明らかになっている。

 病態が進むと、次第に脳が過熱膨張し、全身の神経が一斉に麻痺して亡くなってしまう。

 発病から死亡までの期間は人によってまちまちであり、数カ月から数十年と言われている。


 ――なるほど。こいつは厄介な病気だな。


 それに、随分おかしな病気のようだ。

 ずっと昔から存在すると言うし。

 もしかすると、この病気も世界の秘密に関わっていたりするのだろうか。

 調べてみる価値はありそうだな。


『そいつも、時々うわ言のように何かを呟くくらいで』

『大変な病気だよね。もしよかったら、俺もお見舞いにご一緒させてくれないか』

『えっ。別にいいですけど。ちょっと顔を見るだけですよ?』

『構わないよ』


 というわけで、俺はリクと一緒にトリグラーブ市立病院へ行くことになった。

 電車に揺られて約三十分。西ミガリ駅から徒歩五分の大通りに面したところに病院は建っていた。

 七階建ての大きな病院だ。地球の病院と同じで色は白い。

 中に入ると、外来待ちの患者さんがたくさんいた。白衣を着た看護師さんが忙しなく動き回っている。

 この世界でも医者は看護師は白衣を着るものらしい。

 確か汚れが付いていないか目立つようにという理由があったはずだ。この手の仕事は衛生が極めて重要だから。

 リクと俺はお見舞いをするだけなので、受付にその旨を伝えてすぐに通してもらえた。

 515号室は個室で、表札にはイケ シンヤと書かれている。

 リクが形式上ノックして、部屋に入る。

 静かな部屋だった。花が飾られている以外には何もない。

 純白のシーツの上に、一人だけ世界から取り残されたようにぽつんと青年が横たわっている。

 全身を管で繋がれて。寝たきりの全身はひどくやせ細っている。

 青冷めた顔は頬がこけ、手足は皮と骨ばかりの、痛々しい姿だった。

 生きるというよりは生かされている。そんな印象だ。

 着ている衣類は綺麗なままで、きちんと世話をされているようだ。

 病院に来ると厳粛な気分になるというか。

 特に重病患者の痛々しい姿を目の当たりにしては、言葉を失ってしまう。

 リクはしばらく沈痛な面持ちで寝たきりの彼を見つめていたが、やがて語りかけるように言った。


「シンヤ。僕ね。君が教えてくれたラナクリム、まだ続けてるよ。Sランクにまで上り詰めたのは話したよね。あれからレベルもさらに上がって、こないだはついに未知の火山を攻略したんだぜ」


 その言葉から始まって。

 聞こえているかもわからない彼に、リクは前にお見舞いしてからの出来事を簡単に話していく。

 俺と出会ったことも伝えられた。


「また来るよ。そのうち」


 最後にそう言って、報告を締めくくる。


「これで終わりです。ユウさん。そろそろ帰りますよ」

「ああ」

「来たって何もなかったでしょう?」

「そんなことはないよ。この目で患者を見られたわけだし」


 それにしてもひどい病気だな。こんなのに何千人に一人かがかかっているなんて。

 おかげで、この病院を始めとして、どこの病院や施設も夢想病患者でベッドはいっぱいだと言う。

 どこにも受け入れてもらえなかった患者は在宅介護するしかない。

 誰にも世話されることがないならば、死ぬしかないのだ。

 このシンヤという人は、まだ受け入れてもらえただけ幸運だったのかもしれない。

 もしこのままかかる割合が増えていくとすれば、いつか夢想病が人類を滅ぼしてしまうかもな。

 とは言え、俺は医者ではない。何もできないのがもどかしいけど。


「レ……ジ……」

「おや?」

「うわ言ですよ。夢想病患者はたまによくわからないことを呟くんです」

「バー……ク……」

「ん!?」


 今、レジンバークって。そう言わなかったか!?


「どうしたんですか。ユウさん」

「君に許可を求めても仕方ない気がするけど、ちょっとシンヤに触れてみてもいいか。触れるだけだ」

「ええ。たぶん……」

「何かわかるかもしれない」


 一応断ってから、シンヤの額に手を当ててみる。

 直接触れた方が、能力で心にも触れやすい。

 意識のない相手だと弾かれにくいから、何を夢見ているのかざっとは掴めるかもしれない。


 これは……!


 彼からぼんやりと伝わってきた心象風景は、驚くべきものだった。

 レジンバークの……バダー通りにそっくり。

 いや、ほとんどそのままじゃないか!


「どう、ですか?」

「心ここにあらず、といった感じだな」


 恐る恐る尋ねてくるリクに、俺はどっと吹き出た冷や汗を拭いながら答える。


「何言ってるんですか。当たり前じゃないですか」


 リクの流れるような突っ込みは無視して、向こうの世界にいるユイに話しかけた。


『ユイ。聞こえるか。また頼みたいことがあるんだ』

『なに。ユウ』


「リク。シンヤもラナクリムで冒険者をやっていたんだろう。プレイヤー名はわかるか」

「え、ええ。確かシンって名前でやっていたと思いますけど……それが何か?」


『探し人だ。名前はシン。冒険者をやっている。今から伝える場所の近辺、バダー通りの辺りを中心に探してみてくれないか』


 シンヤから読み取ったイメージを、そのままユイに伝えると。

 彼女はやや驚いて頷いた。


『そこならちょうど何日か前に行ったばかりだよ。わかった。探してみるね』

『すまないな』


 ふう。もしかしたら、これでようやく何かが掴めるかもしれないな。

 ゲームにかまけていないでよかった。


「ねえ、ユウさん。真面目な顔して、何やってたんですか?」

「なぜと言われても説明しにくいけど。もしかすると、シンヤが何を夢見ているのかわかるかもしれない」

「……ユウさんの元いた場所と関係あるってことですか?」

「勘がいいね。そういうこと」


 俺は彼を安心させるように、笑顔で言った。


「リクは先に帰ってていいよ。俺は少し調べ物してから帰るから」

「シンヤの見ていた夢に関係することですか?」


 まるっきり関係ないわけでもないので、頷く。


「そうだね。君がいない方がやりやすいかな」

「わかりました。後で教えて下さいね」

「うん」


 リクと別れた後、俺は病院に留まった。

 その辺りにいた看護師に、夢想病患者について聞いてみる。

 さすがに個人情報までは教えてもらえなかったが、この病院で言えば五階と六階が、主に夢想病患者が入室しているところらしい。

 あまり褒められた手段ではないが。俺は無断で、夢想病患者へ次々と接触してみることにした。

 たくさんいる患者に一々面会を断っていては、怪しまれると考えたからだ。

 院内は看護師の見回りがあるものの、さほど警備が厳しいわけではない。

 俺はもっと厳しい場所でもくぐり抜けてきた経験があるし、潜入はお手の者だった。

 気を読んで人の気配を察知し、誰も見ていない隙を見計らって、一人で寝たきりになっている患者の部屋へ忍び込む。

 忍び込んだら患者の額に手を当てて、その人が何を夢見ているか読み取る。これを繰り返す。

 時には病室に鍵がかかっていることもあったが、そんなときは《パストライヴ》でワープ侵入した。

 本の情報通り、老若男女を問わず、様々な患者がいた。

 中には年端もいかぬ子どもまで。まだまだ人生先は長かっただろうに。

 調べてみると、一見バラバラな患者たちには全員、ある共通点があった。

 誰一人として例外はない。

 たぶん間違いない。

 俺はただ一人、おそらくこの世界の誰も知らない夢想病の真実を掴みかけていた。


 夢想病患者は――ラナソールの夢を見ている!

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