20「フォートアイランド調査 2」

 白く柔らかい土が広がる山の斜面をしばらく歩いていた。

 色合いだけ見るならば雪山に似ているが、歩いているときの感覚はまるで異なる。

「土口」と思われる巨大な窪みがそれとなく見える位置まで登ってきた。頂上まではまだいくらか距離がある。


「思ったんだけどさ。レンクスが何かすごい技で指定場所の土をいっぺんに採ってきたら、この依頼って一瞬で終わるんじゃないの?」


 ユイの素朴な疑問に、レンクスはどうということもない感じで鼻をさすった。


「もちろんできるけどよ。それじゃあつまらないだろ。俺がやると全部一発で片付いちまうからな」

「こういうのは過程を楽しむことが大事だからね」

「まあそうだよね。言ってみただけ」


 高度が上がると肌寒くなってきたので、ユイに《ボルエイク》をかけてもらった。身体周りの温度の調節が可能な火魔法の一種である。

 さらに登っていくと、遠近の関係で窪みが隠れてしまったが、静かに立ち上る白い煙から、土口の位置はよくわかった。

 採取場所の土口は相当な高温になっているらしく、生身で入ればひとたまりもないとのことだ。

 依頼の達成には高温から身を守る魔法を使えるスキルが不可欠であり、ゆえに高額となっている。

 ただ山登って土を採ってくるだけだったら一万ジットも要らないしな。

 そろそろレンクスにも採取場所の詳しい説明をしようか。

 ユイに話しかけて立ち止まり、もらった地図を広げようとしたところで――。

 突然、地面が激しく揺れ出した。


「地震だ!?」

「でかいぞ!」

「二人とも、しっかり!」


 ユイが心配して声をかけてくれた。

 足を取られて転げ落ちないように踏ん張る。揺れが収まるのをじっと待った。

 すごい揺れだ。普通の人なら立っていられないほどの大地震。最低でもマグニチュード7以上はあるんじゃないか。

 しばらくして、揺れそのものは収まった。

 レンクスが悪態をつく。


「まったく。なんてタイミングだよ」

「ふもとの観光名所は大丈夫かな」

「様子を見に行こう」


 ユイも物憂げな表情を浮かべている。

 よし。依頼のことは後回しだ。すぐに帰って困っている人の手助けをしよう。


 するとそのとき。

 再び地の底が揺れ始めた。


「また嫌な揺れが……今度は地鳴りか」


 レンクスが警戒を強める。


「ちょっと。これ、やばくない?」


 まさか。

 ここは活山だ。今の地震で、どこかまずい場所を刺激してしまったのでは。

 頂上に目を向けると――。


「おい、あそこ! マグマが吹き出てるよ!」

「うわ。マジかよ!」


 なんと間の悪いことだろうか。山が噴火してしまった。

 名物の土ではない。赤いマグマが噴き出している。

 こんな近くで。やばいぞ。

 俺は焦っていたが、横を見るとユイは比較的落ち着いていた。

 彼女は合点がいったように頷く。


「わかった。そういうことだったの」

「どういうことなんだ」

「原因だよ。最近土がまずくなっていた原因」


 言われて、俺もはたと気付く。


「そうか。噴火の前兆だったんだ。地下の方では、既に土とマグマが混ざってしまっていたわけか」


 これでもう調査するまでもなく、協会にとっての真の目的は達成できたわけだが。

 もはや調査もくそもない。


「って、そんな冷静に分析してる場合か! マグマ! 来てるから!」


 この調子だと、あと数十秒でここに達してしまう。逃げないと。

 しかしユイはまったく慌てていなかった。


「大丈夫だよ。ねえ、レンクス」


 ユイは男をころっと落とす天使の笑顔で、レンクスの肩を優しく叩いた。


「お願いね」

「あいよ! 任せろ。俺がばっちり止めてやるぜ」


 そうか。変態チート野郎こいつがいた。まだ慌てるような時間じゃない。

 ずいと一歩前に進み出たレンクス。

 ユイパワーでやる気は十二分だ。やっぱりこういうときには頼りになるよな。

 彼は自信に満ちた顔で手をかざし、


「……ん!? ありゃ?」


 その澄ましたポーズのまま、ふんとかえいとかずっとやっていた。

 いつもなら格好良く映るはずの雄姿は、どこか間抜けですらあった。

 じれったくなって声をかける。


「なあ、どうしたんだよ。いつものようにチート能力でぱぱっと――」


 レンクスは見るからに青ざめていった。

 呆然とした顔で、自分の掌に目を落とす。


「馬鹿だろ……能力が、使えねえ」

「「ええー!? 嘘だろ(でしょ)!?」」


 俺たちは仰天してしまった。

 信じられない。まさかそんなことがあるとは思わなかったよ! しかもこんなタイミングで!


「能力使えないレンクスとか、ただの変態じゃん」

「うっ。そこまではっきり言うなよ……」


 ユイにさらっとボロクソに言われて、彼は大袈裟に凹んだ。


「じゃああれどうするんだよ!」


 俺は慌てて目の前を指差した。

 マグマはすぐそこまで迫っている。このままでは三人とも飲み込まれて終了だ。

 いや、俺たちはまだなんとかなるとして、ふもとの住民はどうなるんだ。


「悪い! どうにもならん!」


 レンクスは堂々とお手上げした。

 一番頼りになるはずの人がダメなんて。

 くっ。ないものねだっても仕方がない。


「逃げよう。それから急いでふもとのみんなを逃がすんだ!」


 躊躇いは死を招く。

 この緊急時にフルスロットルで、身体は即行動に向かおうとしていた。

 しかし、ユイが制止する。


「待って! まだ慌てるのは早いよ」

「君なら止められるのか!?」

「こうなったら、ユイの魔法が頼りだ! 頼んだぜ!」


 いつになく他力本願なレンクスに新鮮な驚きを覚えつつも、俺たちは縋るようにユイの顔をまじまじと見つめた。


「魔法を使えば、ただ止めるだけならそんなに難しくない。でもこの土は重要な観光資源だよね。全部混じってダメにされる前に、地中深くの根元からマグマの流れを作り変えたいんだけど」


 ユイはその場しのぎの解決ではなく、先を見据えた提案をしていた。


「私だけじゃきついかも。二人とも力を貸して」

「つっても、俺は何をすれば――ああ、あれがあったな」

「ユウ。わかってるよね?」

「もちろんだ」


 そこまで言われればもうわかる。いくぞ。


《マインドリンカー》


 心を繋ぐ力を発動させる。

 俺の能力【神の器】の数ある応用の中でも、もしかすると最強の技だ。

 心を通わせている相手に限るが、自分に使用対象すべての力を上乗せし、さらに同様の効果が使用対象それぞれにも及ぶ。

 この技は、心を繋ぐ人数が多ければ多いほど、心の繋がりが深ければ深いほど、効果を相乗的に増していく。

 一人よりも十人、十人よりも百人。

 だが見知らぬ百人よりも、むしろ深い絆で結ばれた一人の方がずっと効果は高い。

 もちろん俺とユイのシンクロ率は限りなく100%である。この場合、能力値は単純に足し算になる。

 この分は既にいつでも基本値に上乗せされているため、《マインドリンカー》を使ったところでさらなる能力の上昇はない。

 ただし今回はレンクスがいる。

 彼の力の一部を俺とユイに加算した上で、同時に俺とユイの分の力の一部を彼に分け与えることが可能だ。

 レンクスとは結構な付き合いになるが、深く心が通っているかというと、案外そうでもないかもしれない。

 どうも誰にも伝えたくない事が色々とあるみたいで……心の深い部分は常に閉ざしっ放しなのだ。

 人よりずっと長く生きているわけだし、フェバルなりの絶望や闇が彼にもあるのだろう。きっと。

 いつかはと思うけれど。

 だがそれでも、彼の持つ力の数%ほどは恩恵を享受することができる。

 たかが数%と侮ってはいけない。


 フェバルの数%は、世界を変える。


 レンクスの力を借り受けた途端、元々力に漲っていた全身から、さらにとてつもない力が溢れ出すのを感じた。

 今はどういうわけか能力が使えなくとも、腐ってもフェバルはフェバルだ。

 俺たちみたいなろくに能力も使いこなせないなんちゃってフェバルとは、やはりレベルそのものが違う。

 同じだけの力が、ユイにも渡っているはずだ。


「まずは見えてるものを止めるよ」


 ユイの心が伝わる。

 脳内詠唱が聞こえてきた。使うのはあれだな。


 絶対凍結領域。


《アブソリュートゼロ》


 即効性に優れた魔法だ。狙った位置を瞬時に凍り付かせることができる。

 魔法が発動した途端、目と鼻の先まで迫っていた怒涛のマグマは、時を止められたかのように凍り付いて、その動きをぴたりと止めた。

 さらに噴火口と化してしまった土口にも、分厚い氷が張られていく。

 山は噴火活動を止め、沈黙してしまった。

 やった。すごいぞ。

 これで当面の危険は避けられた。

 だが地下からはまだ続々とマグマが吹き出ようとしている。その動きまでを止めたわけではない。今は強引に押さえつけているだけだ。

 やがて圧に耐えられなくなれば、また別の場所からマグマが噴き出してしまうだろう。

 ユイもそのくらいのことはしっかりわかっている。


「さらに時間を稼ぐため、時間遅延付与」


《クロルオルム》


 サークリスで、カルラ先輩から教えてもらった時間遅延魔法だ。

 これを山全体にかける。魔力がえげつなくあるから、こんなとんでもないこともできてしまう。

 より強力な時間停止魔法も一応覚えているので原理上使えるが、あの効果は強過ぎて俺たちのキャパシティを超えてしまうかもしれない。

 もしかすると今のチート状態ならいけるかもしれないが、わざわざする意味もないしな。

 これほどの魔力を使っての時間遅延なら、ほぼ遜色のない効果が期待できる。

 それから数分ほど、ユイは集中して膨大な魔力とイメージを練り上げていた。

 そして。


《ケル――えーと……えい》!


 思い付かなかったんだな!

 確かにマグマを止める効果のピンポイントな魔法名はない。

 とにかくすごい土魔法で、ユイは遥か地下深くのマグマの流れを無理くり変えてしまった。

 最後に風魔法を使って、既に流れ出て凍り付かせたマグマを綺麗に巻き上げてから、向こうの海へ落とす。

 ほぼ噴火前の白い大地がむき出しになった。


「ふう」


 大手術を終えて、ユイがその場にへたり込む。

 膝が地べたに付く前に、俺とレンクスが両脇で支えた。


「お疲れ様」

「よくやったな」

「これで、たぶん大丈夫だと思うんだけど……」


 地下のマグマの流れを丸ごと変えるなんて凄まじい真似をしたんだ。さすがに魔力の大半を使ってしまっただろう。

 ユイには色濃い疲労が見えた。

 やがて、時間遅延魔法の効果が切れた。

 彼女の仕事の効果はすぐに見えた。ずっと向こうの海で、土が沸き上がっていくのが目に移ったからだ。

 高い山の上にいたので、その様子がよくわかった。

 時間をかけて、新たな島が出来上がっていくのだろう。

 しばらく三人でその光景を眺めていたが、大丈夫そうだとほっとしたところで、みんなでハイタッチを交わした。


 その後、ふもとに降りて被災者の救助活動を手伝った。

 建物の倒壊などあったが、幸いにも死者は出なかったようだ。

 この世界の住民は魔法を使えるし、そう簡単に死ぬほどやわじゃなかったということだな。

 依頼はというと、さすがにキャンセル扱いになってしまった。まあ仕方ないだろう。

 よく無事で済みましたねと言われたので、運が良かったんですよとウインクしておいた。


 ユイが創り出したあの島は、後日ペルトアイランドと呼ばれるようになった。

 そして俺たちは、レンクスを持ち帰った。

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