14「ラビィスライムを捕獲せよ」

 ワンディの一件以来、彼がよほど張り切って広めたのか、まずは探し物の依頼を中心に次から次へと依頼が舞い込んで来るようになった。

 気が付いたら、何でも屋『アセッド』は連日連夜すっかり繁盛の人気店となっていた。

 嬉しい悲鳴を上げているところに、また一人依頼者がやって来た。

 中年くらいの男だ。目元に笑いジワがあり、うっすらと無精ひげを生やした、人当たりの良さそうなオヤジという印象である。


「いらっしゃい。『アセッド』へ。こちらの席へどうぞ」

「お茶をお持ちしますので。どうぞおくつろぎになってお待ち下さい」


 ユイは、かつてレストランのウェイトレスを俺と「くっついて」やっていた時代を思い起こさせる、てきぱきとした動きで接客をこなしていく。

 魔法が使えるので、お茶出し等は彼女に任せているとスムーズに運ぶのだった。

 俺もやろうとしたのだけど、「私の方が早いから」と譲ろうとしなかったので、俺はお茶が出るまでの間に依頼の話を聞いておく。そういう分担になっている。


「「スライムを捕まえて欲しい!?」」


 話を聞いて、俺とユイは意外な内容にまた声をハモらせてしまっていた。


「ああ。カミさんたっての頼みでな。おちおち外も出歩けないと」


 オヤジはどこか不満気な顔で、報酬として前金100ジット、成功報酬として400ジットを提示した。

 もちろん商談は成立だ。

 何でも話によると、最近ラビィスライムという特別な種類のスライムが一匹、レジンバークに入り込んでしまったということだ。

 そう言えば、ニュースで見たかもしれない。

 そしてそいつが、あちこちでいたずらをしているらしい。

 だがスライムと言えば、その辺の冒険者でも十分対処できる程度のいわゆるザコモンスターである。

 何も500ジットも払わなくたって、半分も出せば喜んで初級冒険者が狩ってくれるのではないか。

 それがなぜ、しかも捕獲なのだろうか。

 もしかして。


「そんなに凶悪なスライムなんですか」


 分裂したり、酸を吐いたり、毒を持っていたりする種もいるにはいるからな。

 だがオヤジは、首を横に振った。


「いいや。今のところ、誰かが怪我をしたという報告はない」

「じゃあ、どうして」


 ユイが尋ねる。

 オヤジは、至極残念そうに溜め息を吐いて答えた。


「滅茶苦茶素早いから、誰にも捕まえられなくてな。それに――」


 オヤジは、突然気持ち悪く頬を緩ませた。


「女性が、大好きなんだ」

「は?」


 ユイが接客向けの笑顔のまま、固まっている。

 オヤジは「くうう~」と興奮気味に拳を振るった。


「女の子の匂いが大好きなんだ! 見境なく飛びついては、服をべとべとの粘液塗れにしていくんだよ!」


 なんだって!


「眼福じゃないか!」

「そう! 眼福だ! 素晴らしい!」


 ゴチン。


 ユイから軽くげんこつを頂いてしまった。

 いたた。頭を押さえながら。


「いや。何となくそう言っとかないといけないかなと思って」

「あなたもだいぶ毒されてきたよね」


 じと目のユイに、苦笑いして誤魔化す。

 俺は深刻な顔を作って、話を続けた。


「そんな素晴らしいスライムを、なぜ」

「ないよなあ。ちくしょう」


 だから不満そうなのか。

 あの。ユイさん。視線が怖いんだけど。


「うちのカミさんを始めとして、女性陣からはとっとと始末してくれと声が大きくて。仕方なく」

「それはそうだよ。そんないたずらっ子なスライムは、きっちり懲らしめてやらないと」


 拳を合わせ出したユイが、やけに張り切っている。

 こんなユイは久しぶりに見たぞ。とりあえず宥めておこう。


「まあまあ。でも随分人懐っこいスライムなんだね。悪気があってやってるわけじゃなさそうだ」

「だよな。俺もそう思うんだ。だからさすがに殺すにはってことで。間を取って、捕獲してから安全な所に放そうってことになった」

「なるほど。事情はよくわかったよ」

「すぐ終わらせるから」


 ユイがすくっと立ち上がった。

 見えないのに見える。何やら尋常じゃない魔力が漏れてそうな気がするんだけど。


「あのね、ユイ。捕まえに行くんだからね。殺すんじゃないからね?」

「わかってるよ」


 にこっと張り付けたような笑顔が、余計に怖い。


「よし行こう。今すぐ行こう。ぶっ潰す」

「本音が出てるよ……」


 なんという五七五だ。


《ファルスピード》


 ユイは、風のように店を飛び出していった。

 は、速い。あっという間に見えなくなった。

 俺とオヤジさんは、茫然と彼女を見送っていた。


「……あ、オヤジさん。お名前と連絡先を、お願いします」

「……お、おう」


 ユイに遅れること少しして。街へと繰り出した俺は、屋根伝いにターゲットを探し始めた。

 モッピーのときと違って、案外すぐにラビィスライムは見つかった。被害に遭っている女性の悲鳴が聞こえてきたからだ。

 気剣を抜く。殺傷性を持たないように、刃はなまくらのままで、さらに当てた際に気で電撃のようなショックを与えるスタンモードにした。

 実際、スライムは滅茶苦茶速かった。ドラ○エにメタ○スライムがいるけど、あいつをイメージしてもらったらいいかもしれない。

 とにかく目にも留まらぬ速さで、次々と女性に飛びついてはくりゅくりゅしていくのだ。

 被害女性は「はあはあ」と息を乱れさせて、その場に崩れ落ちてしまっていた。

 なんてけしからん奴だ。羨ましい。

 と、見惚れている場合じゃなかった。やるぞ。

 俺は飛び移るラビィスライムに狙いを定めて。気剣を合わせる。

 ええと。加減が難しいな。

 あまり強く斬りつけると即死してしまうし。かといって加減し過ぎても。

 このくらいか。


《スタンレイ――》!?


 しかし、気剣は外れてしまった。

 なんだ。いきなり空中で加速しただと?

 その原動力になったものは何か。

 ユイだ。向こうにはユイがいるじゃないか。

 間の悪いことに、まだスライムには気付いていない。

 とりあえず俺は、ユイに心通信で呼びかけた。


『おーい! そっち行ったぞー!』

『え、ちょっと。はや――』


 べちゃ。

 ああ。ユイの全身に、水色の液状生物が纏わりついてしまった。


「きゃああっ!」

「ユイ! 大丈夫か!」


 ラビィスライムが、親愛の情を込めて。

 よほど居心地が良いのだろうか。すりすりもぞもぞしている。

 ユイの胸がこねこねされて、薄手のシャツがめくれて、盛り上がっていた。


「んっ! ううんっ! ああっ!」


 か、かわいい。見守りたいこの姿。

 いやいや。何考えてるんだ。落ち着け。止めないと!


 スタンモードにした気剣を近づけていくと、危機を察知したのか、スライムがまた恐るべき速さで離れていった。

 ユイの肌に当たる寸前のところで、慌てて寸止めする。


「あいつ。思ったより厄介だな」

「……うええ。べっとべと」


 ユイが気持ち悪そうに顔をしかめて、服をぱたぱたさせる。

 いつの間にか観衆が。特に男たちが集まって、ユイを眺めていた。

 彼女に見惚れていた。


「なに。見せ物じゃないんだけど……」


 ユイは顔を真っ赤にして、男たちを睨む。

 だがご褒美だ。

 そうか。俺が女の子のときに恥ずかしがって睨むと、こんな風に見えてしまうのか。

 また一つ勉強になったよ。

 ありがとうユイ。ごちそうさまでした。


「ユウ。なんか変なこと考えてるでしょ」

「わかった? ごめん」

「あなたのことはよくわかってるから。……せめて男避けになってよ」

「あ、ああ」


 ユイをかばうようにして睨みを利かせると、男たちは舌打ちして目を逸らした。

 わかりやすいな。


「ひどい目に遭った」

「どんまい。それで、とても言いにくいことなんだけど……」


 たった今思い付いてしまった名案を、俺は恐る恐る彼女に告げた。


「はあ? 私に囮になれって?」

「えーと。それが一番確実かな、と……」


 ユイが、信じられないという顔でじーっと俺を睨み上げる。

 良心が痛む。

 う。困ったな。だがこれが一番確実そうだしな。


「ほら、さっき。あのスライム、ユイのこととても気に入ってたみたいだし。ね?」

「……はあ。わかった。絶対外さないでね」

「もちろん」


 作戦を了承すると、ユイの行動は大胆で早かった。

 俺に視線を隠してもらって、さっと路地裏で早着替えを済ませる。

 薄手のシャツよりもさらに薄く、細い肩紐が付いているだけのキャミソール姿となった。

 ユイがどんと来いと、堂々たる立ち居姿で胸を開いて待ち構える。

 俺がやや離れた位置に、気剣を構えて陣取る。

 再び何かを期待するように、野次馬が集まり出した。

 女の子の匂いに敏感なラビィスライムは、ユイの匂いがお気に入りのラビィスライムは。

 きっと来る。来るはずだ。


 ――きた!


 誰もが気付いていない。

 しかし俺は、はっきりと捉えていた。

 目にも留まらぬスピードで、これまでよりもさらに研ぎ澄まされた速度で、奴はユイに襲い掛かる。

 だが女を求める本能が仇となったな。軌道が直線的だ。


《スタンレイズ》


 狙い澄ました気剣の一撃は、見事ラビィスライムのど真ん中にクリーンヒットした。


「ぷきゅううう」


 弱々しい降参の鳴き声を上げて、水色の液状生物はその場にポトリと落ちた。


「わあー!」「やったわ!」


 方々より、女性の野次馬たちから拍手が上がる。

 一方で、男性陣はお通夜状態だった。

 がっくりと肩を落とし、期待を裏切られたこちらに向ける目は、どこか恨めしげだった。

 こうして、街の公序良俗を乱す可愛らしい痴漢魔は御用となったのである。


「今日は、すごく疲れた……」

「お疲れ様。まあそんな日もあるよ」


 俺はしばらくユイの肩を揉んであげることにした。

 ユイは、日中はもうずっと不機嫌でむくれていた。

 ちなみに夜の食堂では、彼女を一目見ようと大量の男性ファンが客として訪れたのは、言うまでもない。

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