第9話 それは突然に

 帰省途中に通りかかったそこは、僅かながら思い入れのある施設だった。

 木造というのは案外馬鹿にできないもので、古い建物ながらもその姿は、俺たちが通っていた時のままの形を留めていた。些細な変化はあるけれど。

「懐かしいなぁ! さすがにここまで来ると帰ってきたって感じだね」

 居鶴は感嘆の声を漏らす。隣の真澄も感極まった様子で校舎を眺めている。

 今まで俺が所属してきたあらゆる教育機関の中でも、最も長い年月を過ごした場所。

 小学校だ。

「変わってないなぁ……」

 居鶴が校舎を見上げ感嘆の声を漏らす。

「校舎の老朽化に生徒数の減少。たしかに、少なくともいいほうには変わってないと思うの」

 真澄が校舎を見上げ毒を吐く。やめて! せめて真澄だけはピュアでいて! そういうのは苗加の範疇はんちゅうだから。

 俺たちの母校、否川いなかわ小学校。地域の高齢化により当時は五百人を超えていたという生徒数が今では約百人。一学年二十人にも満たない小さな学校だった。校庭も小さく、トラックは一周約百二十メートル。その横にロープで敷かれた五十メートル走用の直線を駆け抜ければ、二学年合同の授業で使う二十五メートルプールを仕切ったフェンスにぶつかりそうになる。そんな狭苦しいところに、俺たちは六年間閉じ込められた。

「僕たちが知り合ったのもここだったよね」

「そうね」

「たくさんの思い出が蘇ってくるなぁ」

「そのとおりだわ」

「俺はあんまり覚えてないけどな、転校したし」

「まったくそのとおりだわ」

「いや、さっきからテキトーに返事してるけど、お前違うだろ」

 俺はあたかも自分も通っていたように相槌を打つ苗加羽込にツッコミを入れる。定期的にボケ入れないと気が済まないの?

「バレてしまったわね。幼なじみなりすまし作戦失敗だわ」

 ホントくだらないことが好きだなこいつ。

 そんなことを言い合いながら校舎を眺めていると、校舎から生徒たちが現れた。

 どうやら授業が終わったようだ。あれ、今日土曜日だよな? それに時間も結構遅いけど。

「何で土曜日なのに生徒がいるんだ」

「何言ってるんだよ飛沫。今年度からどの教育機関でも土曜日にリーダーの取扱いについての課外授業を行うってアナウンスがあったじゃないか」

 じゃないかって言われても、完全に初耳なんだが……。

「それは、どのくらいの規模での話だ」

「どのくらいって……、日本国規模で?」

 マジかよ……。じゃあ俺もこれから土曜日学校に通うしかないのかよ……。

 ん、というかそんなことより、

「今日は休日じゃなかったのかよ!?」

「そうだけど」

「じゃあ俺たち……」

「全員ズル休みね。何を今更驚いているのかしら」

「ぐあああ! 嘘だろおおお!」

 留年して授業でも失敗して、しかも最初の週にズル休みって、これとてもヤバイんじゃ……。居心地最悪になるどころの話じゃねーぞ……。

 ってか母さんはどうして何も言わなかったんだろう。

 まあ今朝の様子を見ると、俺が元気になって友達と遊びに行くのが嬉しかったとかそんな感じだろうけど。

「もういいよ……行こう……」

「ゴメンって! そんなに落ち込むなよ」

 なんかもう泣きそうだ。どんどん立ち位置が危ういものになっている気がする。

 やるせなさに肩を落としながらも、もう引っ込みがつかない事なので諦めて歩き出す。その矢先、仕事帰りのサラリーマンらしき男とぶつかりそうになったので軽く身をひるがえした。


 刹那。


 俺の中をかつてない恐怖のようなものが駆け抜けた。

 待て。今、隣をとてもヤバイものが通過しなかったか。

 振り返る。その先にはゆらゆらと歩く人影。それを再度視認する。

 俺には、分かった。

「逃げろ!」

 気づくと、それほど多くない生徒たちが点在する校庭に向かって俺は叫んでいた。

 呆気にとられる小学生たちと居鶴、真澄、苗加。何が起こっているのか全く分かっていない様子だ。これほどの状況を誰も理解していないことに、俺は憤りを隠せない。

 俺と軽く接触し隣を通過していったスーツを着たそれは、常人の形を持ちながらしかし

 ――人間では、なかった。

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