World Over ―夜明けの放浪者―

彩葉陽文

序文

彼のひとりごと


 ――世界は、滅びます。


 ――いいえ、それを回避する術がないのならば、今現時点では滅びていないにしても、すでに決定されているその未来は、もはやかつて通過した過去と等値なのではないでしょうか?


 ――ならば言い直します。


 ――世界は、滅びました。


 ――正確に言えば、滅びを回避する手段は、まだ存在します。


 ――ですがそれは、ある意味決定の先送りにしか成らず、また我らの存在を犠牲にすることになるため、選択することはできません。


 ――私は、生きていたいのです。


 ――いいえ、私も、生きたいのです。


 ――だから、世界が滅びるとわかっていても私は、自己犠牲という手段を採ることができませんでした。


 ――私が死んでも、いずれ第二、第三の私が現れます。


 ――まるでどこぞの魔王のようです。


 ――私としては、決してそのつもりはないのですけれども。


 ――私の自己犠牲によっても、その時がいずれ訪れるのならば、その犠牲におそらく意味はないのです。


 ――ひょっとしたら意味のある物にできるかもしれません。私以外の誰かの手によって。


 ――しかしその想いは、自己保身の気持ちによって掻き消され、否定されていきます。


 ――私の犠牲はただの問題の先送りであり、結局はだから今、私が犠牲となることに意味はないのだと。


 ――先送ったことにより生じた時間的猶予を利用して、未来に希望を持たすことは可能でしょうか?


 ――本当は知っています。


 ――未来に希望はあるのだと。


 ――先送りに、希望はあるのだと。


 ――これは人類が地球という狭い閉じた蒼い檻から抜け出し、広大な暗黒の宇宙空間へと自由に飛び立つことが可能になれば、きっと解決するのですから。


 ――けれどもそれは今ではありません。


 ――重力の鎖に囚われて、人々は地球圏から抜けることすらできずにいます。


 ――それが遠い未来には可能となったとしても、それは今ではありません。


 ――今の滅びを回避する役には立ちません。


 ――世界は滅びます。


 ――私が、我らが、犠牲になろうとせずに、生きているために。


 ――生きている限りには。


 ――私たちの犠牲により、問題が先送りされたとしても、その未来に人類が辿り着くまで、後どれほどの、第二、第三の私たちを超えなくてはならないのでしょう。


 ――試算ではとてもとても、語るのも馬鹿らしいほどの莫大な数値が示されています。


 ――今現在、この現代でも、問題は存在します。


 ――そしてその問題は、解決する糸口すら見えません。


 ――これはいびつな発展を遂げてしまった科学技術の、ひとつの終着点。その結末なのでしょう。


 ――私は死にたくない。


 ――だから私は、世界を滅ぼします。


 ――私の生存への意志が、世界を滅ぼすことと繋がります。


 ――世界が滅ぶままに、その情景を受容します。


 ――けれども信じてほしい。


 ――同時に私は、我らは、あなたたちにも、死んで欲しくはないのだと。


 ――滅んでほしくはないのだと。

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