第9話 王都上空戦



 熱風と共に飛んできた炎の矢を、翼を翻してかわす。

 かわすと同時に雷撃をファリーダめがけてぶっ放した。地上では使えない高威力の魔法も、空というフィールドなら手加減なしで撃ち込める。


「なかなかやるではないか。さすがは余と同じ三対六翼を持つ者じゃ」

「そりゃどーも」


 急旋回で雷撃をかわしたファリーダが高貴な紫色の瞳をキラキラさせながら褒めてきた。

 まるで面白い玩具を見つけた子供だ。遊ばれてやる気など毛頭ないけど。


「漆黒の翼というのもなかなか美しいものじゃの。ルキフェル魔王の忠臣でさえなければ、余の幕下に誘ったものを」

「たとえ誘われたとしても、もちろん断るけどね」


 髪と同じくカラスの濡れ羽色をした翼を褒められるのは悪い気分じゃないけれど、配下うんぬんはお話にならない。

 私の魔王は幼なじみのゼノである。

 息を深く吸い、右手に構えた短剣型の魔剣の切っ先をファリーダへと向けた。

 魔剣というのはそれ自体が魔力を秘めたマジックアイテムであり、使用者の魔力と接続することで魔法の威力と発動効率を飛躍的に高める武器の総称だ。残念ながら愛剣は城に置いてきてしまったので、今はこの短剣型を使うしかない。

 対するファリーダは一目で業物と分かる長剣型の魔剣を手にしている。魔剣同士の打ち合いになればどうしても短剣の方が不利だ。接近戦に持ち込まれないよう、距離を取りつつ魔法戦でカタをつけるのが上策だろう。

 魔剣にはそれぞれ属性が付与されているものが多く、私の短剣は雷属性に特化している。

 自身の魔力と魔剣の魔力は戦闘から始まってからずっと接続されたままだ。

更に、魔剣の宝玉から伸びる不可視の導線を雷の精霊と接続するさまをイメージ。精霊とつながることで使用魔力はもう一段高まる。ただ瞬間的に使える魔剣の魔力とは違って、精霊から魔力をもらうのは時間がかかるのだ。イメージとしては貯水池から水道という導線を引いて、魔力という水が貯まるのを待つ感覚。しかも導線は集中力しだいで切れてしまう。

 結局のところ戦闘で最も頼りになるのは、自分と魔剣の魔力になる。


雷霆トニトルス


 さきほどよりも威力が大きい雷撃を三条、ファリーダへと向かわせた。

 大気を軋ませる雷の蛇が三匹、牙を剥いて襲いかかる。


劫火ラハブ


 ぎりぎりで雷を避けたファリーダだが、かすったのか翼の一部が焼け焦げた。大きくふらつくも、隙を見せずに攻撃を返してくる。

 私はうなりを上げて飛んでくる炎熱の渦を、急上昇して回避。

 さすがに三対六翼の魔神なだけあって手強いが、勝てない相手じゃない。

 先行きが見えたところでふっと疑問がわき起こった。

 ラシードはどこだ?

 この戦闘にラシードが加わる義理はない。タイミングが悪くて巻き込まれただけだ。ルキフェル王国と亡国の諍いに、流浪の民であるファイルーズ族が介入する必要はない。だから事前に逃げろと言っておいてのだが……。

 目だけで確認するとやや下の方で、ラシードはユニコーンを相手に立ち回りを演じていた。おそらくナーゼルという少年が変化した姿だろう。空を駆ける蹄を持つ一角獣は、その真珠色の角から紫電の光線を迸らせ、ラシードを焼き付くさんとする。

 ラシードは手にした三日月刀型の魔剣でうまく攻撃を弾き、素早さに勝るユニコーンへと風魔法の斬撃を返す。斬りが浅いが、確実に相手へのダメージを蓄積していた。もう少し時間を掛ければ、確実にラシードが勝利するだろう。

 しかしどこからともなく、他のユニコーンが三頭現れ、ナーゼルの加勢に入った。

 ということは、こちらにも……。


「姫様! ご無事ですか!」


 風を蹴り、白銀のたてがみをなびかせて、美しいユニコーンが五頭も駆けてきた。

 比較的稀少な種族であるユニコーン族をこれほど多く目にする機会はそうそうない。デカラビアの記した歴史書によれば、最後のシャイターン王ファッターフに死の間際まで付き従ったのは、先祖代々より王家に忠誠を誓ってきたユニコーンのとある一族だったという。

 反乱の旗印というだけでなく、彼らにとっての主君はファリーダなのだろう。


「じいやか、大事ないのじゃ。そのように皆で駆けつけずとも良いというのに」


 先頭にいる一際見事な角を持ったユニコーンにファリーダが返答する。

 ……うーん、じいやなのか-。ユニコーン姿だから全然分からんわー。

 毛づやか、毛づやで判断すればいいのか。

 まぁ成体となった魔族の年齢は外見年齢とは一致しない場合も多いから、『じいや』が人型を取った時にお爺さんな見た目かどうかは断言できない。中には自分で任意に外見年齢を変える高位魔族もいるし、死の間際まで全く老いない種族もいる。

 『ビント・ファッターフファッターフの娘』の名乗りが真実だとすれば、ファリーダの年齢は少なく見積もっても百五十歳以上となる。しかし外見年齢は十四歳かそこらだ。言動からして自分の趣味で幼い外見をしているというわけでもないらしいから、謎は深まるばかりである。


「ふむ、多勢に無勢とはちと格好が悪いが、その首、取らせてもらうぞ、アシュタルト公爵」


 ファリーダと五頭のユニコーンは陣形を組み、私を前方と後背から挟み撃ちにするつもりらしかった。

 ちらり、と下に目を向けてラシードを確認。

 四対一の不平等な試合でも軽やかに戦っている。どうやら楽勝らしい。本人は否定していたが、高位魔族に属するユニコーンを複数相手にしてこの余裕っぷりは、魔神でなければありえない。

 あちらは大丈夫なようだ。

 さて、問題はこっちだ。どう見ても担ぎ出された御輿みこしである世間知らずのお姫様を殺すのも寝覚めが悪いし、未だに残っているシャイターン王国派の反ルキフェル感情を煽るだけだろう。黒幕を引っ捕らえるためにもファリーダ姫は殺さずに確保したいが……。

 陣形を完成させないために翼をはためかせ急上昇した、その瞬間。

 ぞくり、と背筋を怖気が走り抜けた。

 見られている。

 何か、とてつもなく『良くないもの』の視線を感じる。

 ファリーダや、ユニコーンたちの視線では絶対にない。

 もっと、もっと、とてつもない強者の視線が私を捉えた。

 きっと草むらに潜んだライオンの視線に気づいた草食獣の恐怖とは、このようなものじゃないか。そう思うほどの恐怖に全身が震える。

 逃げなければ。

 生物としての本能のままに、ハヤブサのごとく翼を折り畳んで急降下した。

 一秒でも早く、一センチでも遠く、視線の主から遠ざからねばならない。

 地上が、王都の郊外に広がる草原がぐんぐん迫ってくる。

 そして……


「――――っ痛っつつつ!」


 上空から降ってきた一筋の熱線が、私の左腕を刺し貫いた。

 肉と骨が焦げる匂いに吐き気がこみ上げる。

 とてつもなく強大な魔力を感じた。

 敵方に、ファリーダの他に魔神がいる……?

 上空を振り仰ぎ、未知なる敵の姿を探してもそれらしき影を見つけられない。視線はいまだに強く感じるというのに。


『灼き払え、《傲慢スペルビア》』


 姿の見えない敵に戦慄していると、突然、振り仰いだ空が真っ白に染まった。

 膨大なエネルギーを持つ魔の白光が上空を一薙ぎにしたのだ。

 途端、重苦しく張り付いていた『何者か』の圧力が消失した。


「……仕留め損ねたか。おい、ディア! 無事か!?」

「おー、来てくれたんだ。助かったよ。ありがとうゼノ」


 超破格の魔法攻撃で上空を薙ぎ払った張本人にひらひらと右手を振る。

 白金に煌めく六対十二翼を背に、八大魔剣がひとつ《傲慢スペルビア》を手に携えた魔王陛下ゼノビオス・ルキフェルが眉間にしわを寄せながらも安堵する姿が見えた。

 うーん、我が幼なじみながら、いつ見ても邪魔そうだね。その翼の多さ。


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