第23話 ラムネ(電信柱)

「なんで? なんでここに?」


 店内に入りながらわたしは言う。


 ナルセンのナビを見せられるまで目的地は知らなかった。仲直りした二人が偶然この港町に遊びに来ていて見つけたとでも。


「センさんから、リッちゃんの下ネタが酷いからそっちで引き取ってくれないかって。成田先生のストレスがまた大きくなっても困るそうよ」


 ヒロヒロがわたしの右耳にささやく。


「おにいが!?」


 信じられない。


 ナルセンを優先してわたしを二人に売っただなんて。ちょくちょくケータイをいじってたのは見てたけど、それでも、よりによって処女をムリヤリに奪ったこの二人に。


「わたくしも驚きましたわ。でも、リツさんの行き過ぎた行動を抑えるには、毒を以て毒を制することも必要だとお考えになられたようですの」


 ミコシーが左耳に吐息を吹きかける。


「致死量だよ!?」


 妹を殺す気なの、おにい。


 けれど、道理で、わたし一人の昼食に一万円を手渡すのは冷静に考えておかしかった。わたしだってお金も持たずにデートに来るほどナルセンに奢らせるつもりでもなかったのだから。


「毒は言い過ぎだと思うけど」


「協力は悪くありませんわ」


 サラウンドでクスクスと喋る。


 電車で移動してきて水族館を出てくるまで待っていたのだという執念深い二人に挟まれて、わたしはカウンター席に座らされる。


 店の奥、回転寿司のレーンと壁の間。


「焦って駆けつけたからお腹ペコペコ」


「お寿司なんて本当に久しぶりですわ」


 周囲の視線が入ってこないと理解したらしく、二人はわたしのスカートの脚を撫でながら、めぼしいネタを注文する。いやらしい手つきで、わたしの火照った身体を刺激してくる。


「ん……」


 おにいとキスしたばっかりだから。


 おしぼりて手を拭いて、ガリを小皿に取る。


「リツさんは注文しませんの?」


「流れてるの……と、取るから」


 わたしは透き通ったイカの握りに手を伸ばす。


「あ、リッちゃん。たまご好きだよね」


 ヒロヒロが皿をわたしの前に取ってくる。


「う、うん」


 好きだけど、自分のタイミングで。


「リツさん、こちらもお好きでしょう?」


 ミコシーがいくらが溢れる軍艦を。


「うん、そーだね」


 それ、ちょっと高いから心の準備が。


「一気に食べられないからこれくらいでいーよ。二人も食べて食べて。おにいのせいで急に遠くまで悪かったからわたしの奢りー」


 わたしはそう言うしかなかった。


 競い合う二人をそのままにしておくと大変なことになるのは昨日でわかってる。二本挿しまではともかく、あとは両方が平等になるようにあっちを舐めこっちを舐め、やれ時間だ腰を振った回数だと忙しいことになった。


 なぜ犯されてるわたしが気を遣うのか。


 特にミコシーはヒロヒロの特別な身体に嫉妬してて、わたしに唾液からはじまって色々と飲ませようとするからわりとお腹が心配になる。


「……」


 イカの握りがおいしく感じられない。


 心地よく噛みきれる弾力と、イカの甘み、大きめのシャリもふんわりとほぐれて絶妙なのに、なんだろうこの味気なさ。喪失感、処女のことはどうでもいいはずなのに。


 デートから切り捨てられた。


 ナルセンの存在はもう二人も知っていることだけど、まさか五人でデートするわけもなく、おにいはわたしを二人に任せて、自分はゲイカップル街道を突き進むつもりだ。中華を食べてそのまま迎えにこないつもりなんだ。


 許せない、これはちょっと我慢ならない。


 なんとかしなきゃ。


「おいしかったですわね。リツさん」


「ごちそうさま。リッちゃん」


「それで、これからどーするの?」


 わたしは遠慮なく食べた二人に言った。


「少し歩きません? お店もあるようですし」


「それがいいね。三人の初デートだもの」


 食欲が満たされたら性欲。


 デートの既定路線に忠実な女豹たちは、わたしの身体をなめ回すように見ている。ヒロヒロのゆったりとしたロングスカートの中については考えるまでもないし、ミコシーのパンパンのバッグの中身は考えたくもなかった。


「ん、じゃー行こっか」


 逃げるのは現実的じゃない。


 わたし以外の女子生徒の前にナルセンが姿を見せるわけがないから、車で移動する二人を追いかけようがないし、ここで逃げても電車を使わないと帰れないから二人に先回りされる。


 なんとか一人にならないと。


 運動神経ではミコシーが上だし、頭の良さではヒロヒロに適わない。わたしの勝負どころは美少女であることだけだ。けれど、それもこの二人の前では馬の鼻面にぶら下がったニンジンに同じ。


 協力されると打つ手がない。


「かわいいですわね。リツさん」


「そーだね」


 土産物屋は水族館より身近な魚の雑貨をたくさん置いていた。わたしたちはそんなお店をめぐりながら歩く。


「こっちもかわいいよ。ほら」


「だねー」


「お茶の妖精とミカンの妖精なんですの」


「漁港関係ないねー」


 そして二人はわたしの身体にペタペタ触る。もうはじまってる。幸い、日曜日なので人目が多いから派手なことはしてこなかったけど、試食のお菓子をあーんして食べさせながら、唇を撫でてきたり、ツボマッサージをあからさまにきわどいところに当てようとしたり。


「ン、ゥ」


 さすがに弱いところわかってる。


「少し喉が乾きましたわね」


「休憩しよっか」


「んん、そーしよっか」


 気がついたら路地裏に連れ込まれてた。


「ラムネが少しお安く売ってましたのよ、夏の残りなんでしょうね。お買い得でしたわ」


 シュポン、と栓を開けて、炭酸が溢れそうな口をミコシーはわたしに向けてくる。わざとらしいほどに卑猥だけどどうしようもない。


「あ、もっ……」


 反射的に口を開けてたら流し込まれる。


「リツさん、いい表情ですわ」


 ミコシーの目が爛々と輝いていた。


「リッちゃん」


 わたしの背中に回って身体を抑えてるヒロヒロは腰を押しつけてきた。路上なんですけど、電信柱が立ってるんですけど。


「はっ」


「んふ、口の端から零れてますわ」


 ミコシーは顎から舐めて、そしてラムネでしっかりといやらしく間接キス。あの瓶のあの形はそろそろ国際問題になるんじゃないかな。


「リッちゃんっ!」


 ヒロヒロがわたしをしゃがませ、スカートの中にもぐりこませる。ロングスカートはいい目くらましというレベルを超えて流石に露骨すぎる。


「広瀬さん? それはちょっと」


 ミコシーも引いてる。


「少しだけ、先っぽだけでいいから」


「……」


 スカートの中はヒロヒロの男と女の匂いが混ざり合って充満してた。抵抗できない。文芸部の二人の気持ちがわかる。苦しそうで切なそうで、優等生の仮面をよく被ってたと思っちゃうから。


「まったく、急いでくださいませ」


 それはミコシーも一緒だ。


「わたくしの陰に」


 男である部分を持つことに嫉妬もしてるだろうけど、やっぱり女としてはそれをさらけ出す勇気を無視はできないのだと思う。普通に一緒にいる。それは理解しようとしてるってことだ。


 二人のことは嫌いになれない。


「うん、ごめん。御子柴さん」


「……っ」


 海の匂いがした。


「天気が良くてよかったですわ」


「本当に。いいデート日和」


「えーえー……他人のデートを邪魔するデートはさぞかし楽しいでしょーね。もーほんと」


 わたしはふてくされる。


 もうお寿司の味もキスの味も思い出せない。


「リツさん。諦めるべきではありません?」


 口を濯ぐわたしにミコシーは言う。


「んべっ」


 水を吐き出す。


 ここまでしといてお説教?


「リッちゃんの気持ちは仕方ないけど、センさんがそれを望んでないことは事実だと思うよ」


 ヒロヒロが赤面しながら言う。


「私たちをこうして呼んだ訳だから」


「わかってるよ」


 鼻の奥の匂いが消えない。


「わかっていませんわ。リツさん、気持ちが届かないつらさを。こうなって、わたくしたちのどちらを選べとは言いません。その覚悟の上で、昨日は行動しましたから。でもリツさんがちゃんと幸せになってくれませんと」


「ホテル行こっかー」


 ミコシーの言葉を遮ってわたしは言った。


「「……!!」」


「今度はわたしの番だよ」


 おにい、わたしはこのくらいで負けないよ。

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