第9話 タチ(重症)

「ミコシー、今日はバイトだっけ?」


 放課後、こっちから誘いに行く。


 クラスの視線が集まるのを感じる。たぶん、二人でお泊まりしてなにをしするのか想像していると思う。それぞれに、一番ハードなことを考えているはずだ。わたしもそうだから。


 なんかレズって濃厚なイメージある。


「いいえ、休みですわ」


 ミコシーは普通を装ってたけど、笑顔を隠し切れていなかった。頭の中でわたしがどんな風にされてるのか興味深いので聞き出したい。


 可能な限り楽しませてあげたいと思う。


 二股の罪滅ぼしに。


「んじゃ、行こっか?」


 わたしはミコシーの手を掴んだ。


「! え、ええ」


 教室内のどよめきに赤面しながらも、手を握り返して引っ張られてくる。これじゃどっちが告白したのかわからないけど、わたしの目的はナルセンを焦らせることだから、段階は極力すっ飛ばしていきたい。


「ヒロヒロ、じゃーね。また明日」


 わたしは早足で教室を駆け抜けた。


「うん。リッちゃん。バイバイ……」


 心配そうに見つめていた。


 文芸部で熱心に活動してるヒロヒロとは一緒に帰ることはほぼない。おにいは今日はバイト。両親も普通に共働き。祖母も多忙なのでたぶん家にはいないはずだ。まさにチャンス。


「リツさんのこと、これからどう呼んだらいいのでしょう? わたくし、ちょっと悩んでますわ。こ、ここ、恋人なんて」


 廊下に出たところでミコシーは遠慮がちに言った。うちにおいでよ、と言っただけで完全にそのつもりだ。なかなか可愛い。


 そうでなくっちゃ。


「呼び捨てでもいいけど?」


 わたしは言う。


「んー。ミコシーってのもそーすると変かな」


 考えてみたら、小さい頃に御子柴って名字が上手く言えなくてそのまま使いつづけてるニックネームだ。大人の関係を目指すには少々子供っぽいかもしれない。


 この場合、タチとかネコとかで違うのかな。


「いっ、いえ、それはそのままでよろしいと思いますわ。今やリツさん以外にわたくしをそう呼ぶ方もいらっしゃいませんし」


 もじもじしながらも熱い目でわたしを見る。


「そーだっけ?」


 幼稚園で一緒だったミコシーはみんなミコシーと呼んでたけど、私立の小学校に行った後のことは確かに知らない。近所の幼なじみで北高にいるのはタケシぐらい。あいつは御子柴って最初から呼んでた。わたしの滑舌をバカにしてきたことを今でも覚えてる。


 ああ、殴りたい。


「じゃ、しばらくはそのままでいーんじゃない? そーゆーのって自然に変わっていくかもしれないし、ミコシー昔っから丁寧だから、他人行儀って感じもしないしね?」


 すぐ終わっちゃうかもしれないし。


 そんな本音は隠しておく。


「そうでしょうか。リツさんがそれでいいなら、わたくしとしては緊張しないのでありがたいですが、なにか変えたい気持ちもありますわね」


「それはミコシー次第かもよ。わたし、明日からはレン様とか言ってるかも……甘えた声で」


「!」


 わたしのそんな姿を想像してしまったのか、繋いでいない方の手で口元を隠してミコシーはニヤケてしまう。告白してからボロボロだ。


 ずっと気持ちを隠してきたから?


 昇降口のところで、ナルセンが立っていた。他の生徒に話しかけられていて、こちらを見たのはちらりとだったけど目が見開かれたのはわかった。


 怒りか嫉妬か憎しみか。


 なんにしても、シリアスな顔がサマになるのはイケメンの特権だと思う。いい感じに焦ってくれれば明日にもなにか動きを見せてくれるはずだ。あんな顔で押し倒してくれたらいい。


「どうかしまして?」


「ううん。行こっ」


 わたしは繋いだ手を引き寄せて、見せつけるように寄り添いながら下校した。家までの十数分、通りすがる人に注目されたけど、もはや変な噂など気にする必要もない。


 うちにはどうせ変態しかいないのだ。


 わたしはマシな方で、一番まともなはず。


「わたくし、リツさんの家にお伺いするのは、新築の時以来ですわね。……なんだかすごく大きかったよう気がしてましたわ」


 ミコシーはうちの前で言う。


「今、見ると小さい? おとーさん泣くよ」


 わたしは笑った。


「い、いえ、そういう意味ではなくて」


「わかってるわかってる。小さかったもん。あの頃、ミコシーふりっふりのドレスみたいなの毎日着てて、髪の毛もくるんくるんに巻いてて、お人形さんみたいだったし」


「お恥ずかしいですわ。なんだか」


「おばあは未だに言うよ。おとーさんの稼ぎが少ないからひいおじいの土地を売ることになったんだって。周りの景色も数年で変わったし」


「そうですわね」


 ミコシーはうちの向かいの土地を見る。


 かつては御子柴家の大きな日本庭園が広がっていた場所だ。おにいと一緒に入り込んで、黒くて大きな飼い犬と遊んで、ミコシーとも友達になった。一緒に見ると思い出深い場所だ。


 土地は売られ、今は普通の住宅地である。


 井岡家と御子柴家が一帯の土地を持っていた時代のことなんてわたしも知らないけど、政治家一族に生まれて、不自由なく育ったミコシーからすれば生活が根底から覆って、それ以来近寄れなかった場所なのかもしれない。


「やなこと思い出させた?」


 わたしは言う。


「いいえ、ここには楽しい思い出しかありませんでしたから、わたくし怖がっていたんですわ。リツさんに想いを伝えることで、そんな思い出まで失ってしまうかもしれないと」


「……」


 うん、本当に二股かけてごめん。


 悪いことしてるとは本当に思うのだけど、傷つけてるなと思うとドキドキしてゾクゾクして、ミコシーのこと好きなのかもしれないと思っちゃうから楽しくてしょうがなくてやめられそうにない。


「じゃ、狭い家ですがどーぞ」


 わたしの頭は本格的におかしくなってる。


 サドって凄い。


「もう。リツさんたら、わたくしの方がもっと狭い市営住宅なのご存じでしょうに」


 そわそわしながら、ミコシーは家に入る。


「今度行くねー? ミコシーのおかーさんにも会いたいし、看護師やってるんだっけ? おばあが病院で会ったっていってたよ」


「それって、リツさん、母に挨拶に?」


 わりと本気の声だった。


「気がはやいよー……」


 わたしは苦笑する。


「……ミコシーって親にカミングアウトしてるの?」


 むしろ気になるのはそっちだ。


 遊びに行くにしても、恋人として紹介されるのか友達を偽装するのかはずいぶん違う。結婚できるできないはともかくとして。


「ええ、わたくし、母に手ほどきを」


「ふーん」


 手ほどき?


 強めの違和感を覚えながら、わたしはミコシーを二階の自室に案内して、お茶とお菓子を用意するためにキッチンに戻る。たぶんアレ。同性愛者としての日常の振る舞いなどについてレクチャーを受けたとかそういうことだろう。


 育ちが良い人は他者への理解が寛容になる。


「おまたせー」


「リツさん」


 わたしが部屋に戻ると、ミコシーは脱いでいた。綺麗に畳まれた制服が置かれていて、その下にシンプルで装飾性のない下着を身につけながら、スタイルの良いエロチックな肉体を見せつけている。


「ミコシーも部屋では下着派?」


 わたしはテーブルにお盆を置いて言う。


 気が早いな。


 それでも白いソックスと白い下着、お嬢様を脱ぎ捨てた、今のミコシーの本性がそこにあるように感じられた。たぶん香水なんかつけてないはずだけど、不思議と良い香りがする。気持ちに素直な匂い。


 嫌いじゃない。


「はしたないとは思います。けれども、わたくし、もう平静を装えませんわ。我慢してるんですの。リツさんのベッドに飛び込みたくなる気持ちを。この部屋の中にいるとまるで抱きしめられているみたいで」


「うん、ちょーっと待ってねー」


 言いながら、わたしも制服を脱ぐ。


 誘ったので覚悟はしていたけど、ミコシー重症だ。そこまで想いが募ってるとは思わなかった。わたしがビッチ対応をしたから完全に受け入れられてると思ってる。


 変態が欲求を解放し出すとヤバい。


 それは自分自身で感じている。


 高校で同じクラスで再会してから、敵視されてると思ってた。昔の、本当のお嬢様時代を知っているわたしの存在が疎ましいから、変に喧嘩腰なんだと思ってたけど、すべてこの欲情の裏返しだったと思うとちょっと怖い。


「はあぁ」


 だってもう、完全に目がイッてる。


「リツさん、あ、あああ、愛らしいですわ」


「おっぱいがないのはわかってるから」


 すっごい見られてる視線を感じながら、わたしも下着姿になった。体育の時とか、普通に着替えて見慣れているはずなんだけど。


 性を意識すると不思議な感覚だ。


「いいえ、リツさんはそこが素晴らしいですわ」


 ミコシーは言いながら私の肩を掴む。


「そー?」


 細い腕だけど、力はある。


「あの、お茶、冷めちゃうけど?」


「熱くなった後なら美味しく頂けますわ」


 ミコシーは言いながら、わたしの身体をベッドにすとんと転がした。ナルセンとは違って手慣れた感じがする。はじめてじゃないのだろうか。手ほどき。まさか、まさかね。そう思いたい。どこの親もなんてこと。


「リツさん」


 そのままスムーズに覆い被さってくる。


「いいよ。ミコシー」


 わたしは、ネコってことなのかな。

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