259/愛のリ・エンゲージメント
魔女――空瀬アリカと
「ブレッド城の地下です」
鳴り合う百色の微光が浮遊する光景も、場に満ちるオントロジカの「聖性」も、大白山神社の地下で経験したものに似ている。おそらくは、空瀬アリカという稀代の存在変動者が作る「工房」が、日本であれ、スロヴェニアであれ、こういうものなのだ。
中心にはやはり祭壇があり、大白山神社の地下聖壇では「理想的な人間像」が座っていた位置に、「ソレ」は存在していた。
彼女は白色の下地に細かい刺繍が入った赤い上衣を重ね着したスロヴェニアの民族衣装を纏い、背筋をまっすぐに伸ばし、正座している。漆黒の髪を左右で二つに束ねて下し、凛然と虚空を見つめている。
どこまでも
空瀬アスミという構築物の歴史の、最新――。
「アスミの十三体目の義体です」
空瀬アリカは語り始めた。
「十二年分。十二体までしか存在し得ないはずだったアスミの義体。着実に『終わり』に向かって時間が進む中、私はスヴャトさんの手紙の存在を知りました。中には、聖女・中谷理華さんの『本当の
ジョー君、志麻ちゃん、ここまで来てくれてありがとう。それでもなお、私はこの十三体目の義体をあなた達に渡す前に、問わずにはいられない。アスミの義体を作りながら、ずっと考えていた、私の素朴な疑問なのです。つまり」
――
「アスミの
アスミの本当の本質能力名は『
世界の革新が可能なほどの強力な能力なのです。私の疑問は――。
何故、そんな世界の命運を握るような能力が、他ならぬアスミに宿ったのかが分からない、ということです。普通の生を重ねる本当の人間ではなく、アスミのような
そう、私は『生』の歴史に疑問を呈することを恐れています。祖父母から親へ、親から子へ、子から孫へと『伝えて』ゆくという人間の営みに、あの子は当てはまらない存在です。『生』の歴史では、親の方が子より先に死ぬのが道理です。しかし、私は十三体目の義体を作ってしまった。十四体目も作れるかもしれない。でも、いつまで? その先は?
私が死ねば、あの子も存続できない。親よりも子が『先』に進むという『生』の流れに反してしまうことに、私は戸惑い続けています。ジョー君、志麻ちゃん、そんな
「当たり前です」
間を置かず、かろやかに、それでいて
「アスミが
志麻は一度大きく息を吐くと、魂の核から言葉を世界に投げ放つように。
「十四体目以降のアスミの義体は、私が作ります」
彼女はそうした未来を選ぶのだと、宣言した。それは、この後の世界で自分だけを優先しないということを言っていた。決意の重さが、伝わってくる。
ジョーは驚いていた。
短い時間とはいえ、旅の道中を隣で過ごしながら、志麻がそんな想いを秘めてスロヴェニアに渡って来ていたことを、知らなかったから。
一方で、納得してもいた。
「それが、志麻からの誕生日プレゼントか」
そういえば「アスミが今一番欲しいものを準備してるつもり」と言っていた。道理だ。十四体目以降の義体は、アスミの未来だ。楽しくて穏やかな未来、これ以上に欲しいものがあるだろうか。
「私の
その時、魔女――空瀬アリカが纏っていた霊性が数瞬ブレーカーが落ちたように消失し、純朴な人間として、アリカは志麻と向き合っていた。素朴な真実の前に、
「驚きました。私の迷いを晴らしてくれたのが、あのちょっと頼りなかった志麻ちゃん、あなただったなんて。あなたに
空瀬アリカの瞳に、決意の炎がゆらめき始めた。
「この空瀬アスミの十三体目の義体、今こそあなた達に託しましょう。私の最高傑作ではないでしょう。ゆらめいているような、
アスミの十三体目の義体が、
加速する空。全てが
「本人にまだ何も聞いてないから、まだ仮も仮なんですが、でも俺が本当に思ってることがあります」
ジョーのこの申し出は、空瀬アリカとしても、予想だにしていなかった、いきなり斜め上からの告解のような感じで。
でも、ジョーとしてはそう。勾灯台公園から地下鉄で帰ってくる時に、眠るアスミの横顔が気になった時から、いつか言う日がくると薄々感じていた。
「アリカ小母さん、アスミと結婚させてください」
それだけは、ジョーが生まれた時から持っていた確かなものだ。時熟は忘却され、刹那的な消費マシンと化した有象無象が荒れ狂うこの世界に、綺麗事を繋ぎ留め続ける二つ目のカタチだ。
――「家族」。
アスミというユメを守るために、アスミと家族になりたい。ジョーはそう思ったのだ。
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