176/古の光

「やはり、アスミさんでしたか」


 紫の少女が灰色の空に消えていった後、リュブリャナ城の横に佇んでいたアスミに後ろから声をかける者がいた。振り返ると、そこにいたのは紅い和装に、まとめた黒髪を後ろに流した少女である。


「ムっちゃん」


 アスミは異国の地で思わず知己に出会ったような喜びが胸に満ちるのを感じた。


「こんな、この世界の片隅に。アスミさんの存在変動律を感じたので、もしやと思ってやってきましたよ」

「ここは、ジョー君の能力の世界の隅の方なの?」

「『構築物の歴史図書館』は、ドーム状の世界です。ここは、だいぶ端の方。ただ……」


 そこまで言いかけると、陸奥は鈍色の空を見上げ、キリッと表情を引き締めた。


「どうやら、常世の方に変化があるようです。アスミさんは、今すぐ戻ってください」


 そうしてアスミの手を握ると、陸奥は駆け出した。


「どこに行くのっ?」

「丘の下まで。アスミさんと縁があるのはこのお城のようなので、このお城の存在領域から出れば、アスミさんは元の世界に帰れるはずです」


 アスミは、陸奥に手を握られて安心している自分に気がついた。幼い少女の外見はきっと表層。何か、自分の先を既に見てきた者に守られているような。


(ムっちゃんもたぶん、私もジョー君も知らない何か『世界の秘密』を知ってるんだ……)


 舗装された道を陸奥と共に速足で降りると、やがて丘と街の境界領域に達した。もっとも、境界の向こうにリュブリャナの街はない。紫色の、ボンヤリとした霧が満ちているだけだ。


 陸奥が胸の菊の徽章きしょうに触れると、アスミの目の前に紅の発光体が現れた。


「この光を追って、ダダダッと霧の中を走って行っちゃってください」

「ムっちゃんは?」

「大丈夫ですよ。あちらの世界で『まだ』会えます。共に、最後の戦いを」


 そう言ってウィンクする陸奥に、アスミは覚悟のようなものを感じ取った。


 振り返ってアスミは霧の中へと駆け出していく。古の戦艦陸奥の光を道しるべに走りながら、思考に過った事柄の理由を何に求めるかって言ったら、女の勘なのだけど。


(ムっちゃんにはたぶん、ジョー君とジョー君のひいお祖父さん経由の記憶の他に、もう一つ『自分』の核心のような記憶がある)

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