133/この地の英雄(ヒーロー)

 残骸と化したガンディーラは一旦、青い光の粒子へと解体され、陸奥の右手に向かって収束していく。陸奥はその光を掴みとると、こちらも己の最大出力モードに入る。


「概念武装・主砲」


 陸奥の右手に融合する形で現れたのは、志麻の破滅の意志の具現であった機構怪獣ガンディーラの主砲と、古の戦艦である陸奥の主砲が合体したものだ。ガンディーラの主砲のフォルムは動的で近代的なレイザーライフル。支える陸奥の主砲はありし日の巨砲主義的な大筒形式。二つが合わさって出現せしは、陸奥の小柄な体躯には不釣り合いの大型で、かつ和洋折衷・古今東西・温故知新・なんか全部盛りみたいな、色々混ざった感じ。


「よっし」


 ジョーは、当時の戦艦陸奥の40センチ砲よりもさらに拡張されている、いわばこの「主砲・改」の大口径砲の中に乗り込んだ。ジョーの体重が加わってなお、微動だにせず主砲・改を支えている陸奥の存在感はさすがである。


(人間砲弾になる日が来るとは、予想してなかったな)


 この主砲・改でジョー自身が飛んで、大巨神の腹の中に突入するつもりであるが。上空では、戦艦リシュルーの重量攻撃で大巨神を押さえてくれているのはありがたいのだが、何故かエッフェル搭が地上の四人の光景を見て笑っている。


「あれ? 志麻、さすがに俺、このまま発射されたら死ぬんじゃないか?」

「知らないわよ」


 志麻はちょっと怒っているのか、態度がそっけない。蝶女王を助けるという行動そのものには同調したものの、回りまわってジョーに賛同したことや、ジョーに助けられたことがまだ心理的に受け入れ難いのか。


「なんか、防護服みたいなのも作ってくれるとありがたいんだけど」


 志麻はじとっと大砲の中に半分入ってるジョーを見つめた後、無言で残りのガンディーラの残骸に手をかざすと、能力を発動させた。ガンディーラ、もとい元は愛護大橋の残骸は一旦光の粒子へと解体され、ジョーの姿を覆い、一種の防護装備へと再構築される。


(お? なんかイメージと違うな)


 ジョーとしては近未来SF作品に出てくるような防護服を想像していたのだが、実際にジョーが装着したものは違っていた。志麻の想像力というのもよく分からない。


「なんか、俺、伊達だて政宗まさむねみたいになってるんだけど?」


 ジョーが纏った具足は、金色こんじきの月形の前立が印象的である。胴は五枚に分割される構成で、黒い漆塗うるしぬりである。草摺くさずりは九間六段下がり。兜は六十二間の筋兜。間違いなく、S市、もといかつてのS藩の藩主、伊達政宗公の鎧であった。


(これ、S市博物館に展示されてるヤツじゃん)


 もっとも、重要文化財になっている本物ではなく、志麻が愛護大橋の残骸から再構成した模造品ではあるのだろう。


「イイでしょ? 伊達政宗公」


 ジョーとしてもこの地に住む者として、戦国武将の中で好きな武将をあげろと言われれば、真っ先に出てくるお方ではあるが。


(確かにイイけど、防護能力的に大丈夫なのかな?)


 志麻が作ってくれた具足には脇差わきざしも付属されていたので、抜いてみる。この月の光を反射して幻想的に輝く日本刀は、政宗の愛刀の中でも「くろんぼ切景秀ぎりかげひで」と呼ばれるものである。今宵、大猿ならぬ大巨神、斬ってみせるか。


「ジョーさん、これもっ」


 次いで、陸奥から投げて渡されたのは菊一文字。はからずも二刀流になる。


「じゃあ陸奥、雄々しく解き放たれるんだけど、どこか静かで、あくまで目的は喜びが久しく続くことを願ってる感じで頼む」

「注文多いですねっ。難しいですが、やってみますっ」


 陸奥の右手の主砲・改に、この夜、陸奥が使える残りのこの地のオントロジカの全てが集まってくる。怪しく光る巨大砲は、常世に現れた一抹の夢の産物のごとしだ。


「アスミさん、ジョーさんの要求に答えるのにオントロジカを回すので、起爆力が足りませんっ。私に火をっ」


 言われたアスミは両腕を開いて、周囲を覆っていた地獄の業火を本質エッセン能力テティアで動かし始める。


「私の能力じゃなくて、パリから供給されてるオントロジカを使えばいいんじゃないの?」

「あんまり、異国任せなのもちょっとっ」

「ムっちゃんなりのこだわりがあるのね。分かったわ!」


 アスミが広げた両手を胸の前で合わせると、周囲の炎はくるくると回転しながら、陸奥の頭上で一か所に合わさり、大きな炎の鳥になった。現れた不死鳥はそのまま滑空かっくうし、陸奥に直撃する。


「火力、おーけーっ。ジョーさん、行きますよ!」


 陸奥は体に烈火を纏い、両のまなこは炎に燃えている。全部チャージ完了。あとは解き放つのみ。ぐーっと、ジョーが入った右手に顕現している主砲・改を、勢いをつけるために一旦グっと引いた。


「うむ」


 巨大砲からぬっと上半身をせり出し、兜の前に二刀を構えながら、宮澤ジョー、ここで気持ちを落ち着かせるために一句詠んでみる。自分で創作する詩才はないので、伊達政宗公の時世の句を借り受けてみた。


「曇りなき 心の月を 先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」


 次の瞬間、陸奥は引いてタメた右手のバネを、否、全身に宿った全ての力を解放するように、力強く、歴戦の空手家の上段突きのように洗練された速さと動作で、その右拳もとい主砲・改を突き出した。


 古の戦艦は、あの時から幾星霜。守りたかったこの国の、北のともすれば忘却されがちな土地の片隅で叫んだ。


「主砲発射っ」

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