第二話「ジョーとアスミと志麻」

24/少女と夜のS市とスマートフォン

 第二話「ジョーとアスミと志麻」


 傾いた電柱が散見される半分壊れている街を、星々が照らしている。


 時刻は深夜。そんな天から注ぐ自然の光とは別に、少女の手元には人工の光がある。新しい段階の携帯デバイスの普及期でもあった2013年。商品の一般化と共に新たな問題が提起されるのが世の常で、このような公の道を歩きながらスマートフォンを扱う所業に対しては、議論が沸き起っていたりもする。


 少女は夏の装いとして、木蓮の花が刺繍されたワンピースを着ている。衣服から伸びている両手両足は、柔らかな感触を脳裏に過らせ、道行く異性が目撃したら、ちょっと遠目に視線を注いでしまいそう。長い髪は茶系に染められていたが、インスタントな雰囲気ではない。本人の確信する哲学の元で色を選び、手間もお金もかけて整えられているような。それでいて殊更に主張しない気品のようなものが感じられる。そんな落ち着いた印象の髪を、サイドで束ねて流している。夜風に吹かれるその姿が、一つの良くできた美術品のようでもある。


 そんな優美な雰囲気とは裏腹に、手元でスマートフォンを操作する指の動きは激しく、忙しい。ちなみに打ち込んでいる言葉も、動的で、控えめに言ってあまり品が良くもなかった。


(ビッチ! ビッチ! アンド、ビッチ!)


 少女の名前は山川やまかわ志麻しまという。彼女は現在、ただ一人の友人である空瀬からせアスミとの、SNS、リンクドゥの秘匿「グループ」内にて会話中。あちらの状況説明から深刻な出来事が起こったのは伝わってくるのだが、今一つ出来事の全貌を理解できない。


 一番理解を妨げている要因は、アスミからの状況報告の中に、雑音が混じっているからである。その雑音が入る度に、「守人もりびと」として把握しておかなくてはならない大事な情報に、集中できなくなる。雑音の正体は、今までアスミとのリンクドゥでの会話欄には表示されたこともない、男の名を示した文字列である。


 宮澤みやざわジョー。その文字列がスマートフォンの画面に表示される度に、志麻は心中穏やかじゃない。あのアスミが、同年代の男子の名前を口にするなんて。


 アスミの方が牛人という新手の敵と遭遇した話など、二人の「同盟」としてのミッションにとって重要な事柄を伝えようとする一方、志麻の方は積極的に宮澤ジョーが何者なのかを問いただそうとする。結果、二人の会話は今一つ噛み合わない。直接対面せずとも、いつでもどこでもインスタントな会話を可能にしたインターネットにSNS環境、スマートフォンといったデバイスであったが、こと、込み入った対話を行うには向いていない部分がある。結局、日付が回って本日の夕刻、直接アスミと会うことになった。アスミは、宮澤ジョーも連れていく、などということを言っている。


 山川志麻、彼女も、アスミが牛人に対して火を操ってみせた類の、「本質能力エッセンテティア」を持つ「存在そんざい変動者へんどうしゃ」である。


 ただし、彼女が存在変動者であることと、現在の志麻の感情の高ぶりには、あまり関係がない。こちらはどちらかというと、一人の人間としてアスミという少女に執着している、個人的な動機であって。


 アスミにそんな気やすい男子がいたなんて。煮てやろうか、焼いてやろうか。


 そんなことを考えながら、はたから見ればあくまで流麗な足取りで、志麻は闇夜のS市を闊歩かっぽしていく。国道まで出ると、自身の家がある「山」まではもうすぐだった。

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